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同級生を彼女にしたら、世界最古の諜報機関に勤務することになりました  作者: 林海
第七章 18歳、夏(全31回:渡米編)
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18 女神降臨?


 一時間半後、店員さん、請求書を持って、すごーく誇らしそうな顔でやってきた。

 額を見ると、4800ドル。

 60万か。

 さっさとソレを渡せ。サインしちゃる。

 俺のデビッドカードの残高、使い切っても悔いはないんだからよ。

 サインして、カードを店員から取り返す。

 美岬はどこだ?


 店員さんの演出なんだろうな。

 美岬は、小さなバッグを持って、俺の後ろに立っていた。空調の向きが正面から吹きつけていたので、マジ、気が付かなかった。てか、美岬、君もそれを狙っていただろ?


 ……女性ってさ、持って生まれた美に加えて、別の美を作れるんだな。

 それでもって、こんなに変わるのかよ。

 言葉が出ない。

 美岬であって、美岬でないみたいな? でも、やっぱり美岬だ。な……、何を言ってるのか、わからねーと思うが、以下略。


 ……人類ではない。

 もっと絶対的な何かみたいな?

 「女神様みたい」ではなく、「永遠の女神」そのものみたいな?

 FFに出てくる、CGの女性みたいな完璧さ?

 頭ん中、ぐるぐる回っちゃってる。


 シンプルな黒の……、服のことは、いや、服のこともわからないけど、スーツとドレスの中間に見える。機能性は失ってないけれど、あっさりした品のいい装飾もしっかりされている、みたいな? 服飾に対して、語彙がないわ、俺。

 しまむらとユニクロぐらいしか知らないのは、やっぱり自慢にならないんだな。


 髪は、アップにまとめられている。

 元々が桜色の唇は真珠のような艶やさを加え、うすく光るアイシャドウで、大きな目はさらに大きく見える。通った鼻は心持ちいつもより高く見え、内面の気高さを表しているかのようだ。

 高めのヒールの靴、服を含めて全体のバランスが良く、うなじ、首から胸元までの曲線、細い腰からふくらはぎにかけての曲線が、ともに際立って美しい。

 アメリカ人好みの、「東洋人」って感じになっちゃうかと思っていたけど、そんなことはない。日本人としては彫りの深い美岬だけど、こちらの人に比べればさすがにひらたい。でもそこは国際都市で、そういった日本人の特徴を殺さない化粧をしてくれたみたいだ。


 ああ、姫君に(ひざまず)くって、こういう感情から出る行為なのかな。

 それなのに、同時にすごく誇らしい。

 俺自身が偉いわけでもないのに。


 店員さんに、大きな袋を渡されて、我に返った。

 化粧品一式と、着て来た服に靴、手回り品や財布なんかを入れている万能袋なんかだ。

 そこから、いつもの美岬の匂いがして、ああ、化けはしているけど、中身は美岬なんだと納得する。


 「こんなに楽しかったのは、何ヶ月ぶりかしら?」

 コーディネートしてくれた店員さんが、うきうきと言う。

 俺は、親指を立てて返す。

 「美岬、なんて言っていいか分からない。綺麗だ。なんかもう、頭の中に焼きついて、一生忘れられない感じ」

 口調がたどたどしいな、俺。

 美岬、目をうるうるさせて、それでも微笑んで見せてくれた。

 「髪をまとめるのと、付けてくれた分の香水はプレゼントだって」

 そうか、本当に全てをコーディネートしてくれたのか。


 「さっきの請求書、バックしてください」

 店員さんに、お願いする。

 そして、戻ってきた請求書を美岬に見せないようにしながら、4800ドル部分に横線を引き、5500ドルに訂正する。

 それでも惜しくなかった。

 そして、お化粧してくれた店員さんに、そこを軽く指差し、目で笑いかけて渡す。店員さんも微笑みながら、ちょっとうやうやしい演技で受け取る。

 「どうする? 見せびらかしに遊びに行く?」

 「ううん、ホテルに帰りたい」

 そうか。

 まずは自分でも、自分を落ち着いて見てみたいよな。

 店員さんに、タクシーを呼ぶようお願いした。


 ホテルに帰るとなると、途端に臆病になった。このまま、お姫様を無事に部屋まで送り届けねばならない。ここまで美岬が綺麗だと、周り中が誘拐を企む悪党に見えた。

 宝くじが当たると、周りがみんな泥棒に見えるっていうけど、こんな感じなのかな?


 ホテルに帰ると、フロントの黒人のお姉さんとコンシェルジェ兼ドアマンのお兄さんが目をまん丸にして、「ミラクル」とか「グレート」とか叫んだ。アメリカ人て、人を褒めるときも遠慮がないよね。って、これは美点だと思う。

 美岬はすました顔をしていたけど、俺はどんな顔をしていたらいいのか判らなかった。もっともさ、美岬がすました顔をしているときは、やっぱり、どんな顔していいか判らない時が多いんだけどね。


 エレベータに乗ると、途中から白人の十歳くらいの子供が乗ってきたけど、青い瞳が落っこちそうなほど美岬を凝視していた。無遠慮というより、呆然と。この子も、一生忘れられないものを見たのかもしれない。

 いいだろ、俺のなんだぜ。

 って、バカか俺は?


 美岬を部屋まで送り、服や化粧品の入った袋を手渡す。

 美岬が、俺の手を握った。

 「もう少し、一緒にいて。

 このままお化粧落としちゃうの、もったいないよね」

 視線が絡む。もう、どきどきが限界に近い。 

 口が渇く。

 「うん、そうだね」

 やっと、口から言葉を押し出す。

 美岬の部屋に入る。この部屋、ベットは一つだけどやたらと大きい。キングサイズってやつかな。

 アメリカのホテルって、シングルやトリプルの部屋って、あまりないみたいだ。


 「パウダールームの鏡に映してみようよ」

 と提案する。そこで見てみなきゃだからね。

 「うん」

 美岬の手をとって、鏡の前に。

 数十個もの白熱球が明るく、色鮮やかに美岬の姿を照らす。

 いつもながら、鏡に映った自分の顔には違和感がある。顔が左右対称じゃないから仕方ないんだけど。

 それなのに、美岬の顔には、ほとんど違和感がない。改めて、整ってるんだなぁと思う。

 鏡越しに美岬が微笑む。

 そっと後ろから肩を抱くと、華奢な中にしっかりした筋肉。いつもと違う香りの中で、中身はやっぱり美岬なんだと再認識して少し安心する。


 香水も、化粧品の香料も、あまり好きじゃなかった。

 その理由が解った。

 調香師の計算みたいのも常に感じていたし、なにより今までのそういった香料の匂いの記憶は、姉のにおいとの混合だったんだ。


 それなのに、美岬の体香と混じると、こんなに蠱惑的な香りになるんだな。調香師の計算に乗るのも悔しいけれど、胸いっぱいに吸い込んで、まだ足らない。

 しかも、そのもどかしさで、息をするごとに頭の中から一つずつ箍が外れていく音がするようだ。


 不意に振り返った美岬と、目が合う。

 黒いのに、冴え冴えと青く光る瞳。美岬を美岬たらしめている瞳。

 それが、たまらなく愛おしい。

 俺の腕が美岬を抱き寄せるのと、美岬の腕が俺の首に回されるのが同時だった。


 そして、俺の五感のすべてが、美岬に満たされた。



 − − − −

 

 ……初めてを与えあって。

 肌を寄せ合うって、こんなに安心するものなのか。

 美岬と俺のにおいが混じり合って、部屋の空気にゆっくりと溶けていく。

 とろとろと、まどろみかけながら思う。

 もう、これ以上、美岬に近づくことができないのが悲しい。気持ちとしては、心臓を交換したいくらい一つになりたいんだけれど。

 その一方で、何かのスタート地点に立ったような気もしている。

 自分の体が途方もなく大きくなったような気がして、この体でこの先もずっと美岬を守るんだと思う。



 − − − −


 はっと上半身を起こす。

 旅行ガイドをぱらぱらめくる。

 やっぱり、ニューヨークの自然史博物館には、レイトディなんてないぞ。慧思、一時間も博物館にはいられなかったはず。あいつ、異国の街のどこをさまよっているんだ?

 俺たちのこの機会を作るために、あいつは……。


 自然史博物館は見ごたえあるか? とメールを打つ。

 「いくら見ても展示物が多くて、キリがない」

 慧思から、メールが返ってくる。あいつ、此の期に及んで、自分が帰るも帰らないもこちらの自由になるよう、気を使った文面を送ってきている。

 美岬、毛布にくるまりながら、俺の頬に顔を寄せる。

 「好きほど見てこいよとは、さすがに言えないよなぁ」

 「早く呼んであげないと、悪いよ」

 くっくっ、と笑う美岬。

 「そのうちに、もっとゆっくりできる時間を作ろうな」

 そう答えて、キスをする。

 そして、メールを打つ。

 「戻ってこいよ。飯だ、飯!」

 送信。


 ……俺は、今、二重に幸せなんだろうな。

 

次回、夕食、朝食そして

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