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同級生を彼女にしたら、世界最古の諜報機関に勤務することになりました  作者: 林海
第七章 18歳、夏(全31回:渡米編)
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4 古い街の骨董屋にて



 次の日曜、お昼過ぎ。

 石田佐を訪ねることになった。

 アメリカ行きの理由と、兵衛府(つはものとねり)の歴史の話を聞きに来ないか? と誘われたのだ。


 うちの市から、JRで新幹線と在来線で二時間かからず。古い城下町の駅を降り、国宝の黒い城の北側の、歴史のある小学校に面した一画に、石田佐の骨董品店はあった。


 「こんにちは」

 「失礼します」

 などと口々に言いながら、美岬、慧思、俺の三人は、妙にがっしりしたドアを開け、店に入る。骨董品店と言っても、ガラクタ市の雰囲気はなく、ギャラリーの趣だ。


 店の規模こそこじんまりとしたもんだと思ったけど、入るなり展示品の値段に絶句した。入り口に一番近い展示品、赤絵の古そうな小皿が百三十万円だと。で、店の奥に行くと、出ました、八桁。

 あまりのことにくらくらする。そもそも、値段が書かれていないものは、おいくら千万円かな?


 いや、俺は全然骨董とか解らないんだけれど、それでも、その「モノの凄み」みたいなものは伝わってくるんだ。

 歴史博物館にあるものは教材っぽいし、他人事というか自分の人生に無縁なものとして冷静に見られるんだけれど、お店で値札がつくと、なんかこう、こちらに訴えてくるものが具体的になるんだよね。


 そりゃ、俺が、将来、億の単位の買い物ができるようになるとは思えないけれど、それでも売り買いの対象となると買える奴はいるわけで、そしたら器なんか買ったあとに使うかもしれないわけで、考えると怖いわ。

 国宝の皿に盛られた秋刀魚の気持ちとか、重文の皿に盛られた油揚げの気持ちって、どんなんだろ?


 なんか、冷静でないな、俺。

 とりあえず、今、店に飾ってある品物だけで、合計して億を超えるのは確実なんだろうとは思うよ。


 骨董品店ってのは、雑然として埃っぽく、カビ臭いものと思っていたけれど、しっかり空調が効いていてそんな気配はない。むしろ、空気が乾きすぎていなくて嗅覚がよく利くあたり、湿度まで厳密に制御されているのかと思う。

 で、店の奥から倉庫に繋がっていて、その倉庫には日本史観を揺るがすほどの品物が多数眠っていると。


 そうかあ、ここが「つはものとねり」の予算の大元かぁ。

 俺らの生活費も、ここで稼がれているんだな。そりゃ、石田佐が三人の佐の中でトップに立つはずだ。金を稼ぐ奴が偉いってのは、鉄則だもんなぁ。



 石田佐は、店の奥に設えた応接セットで、何かの古文書を読んでいた。

 初めてお会いしたけれど、他の二人の佐と違う形でキャラが立っている。坪内佐は脳髄が服を着て活動しているようなイメージだったけど、石田佐は、上品が服に包まれているようなイメージだ。老人と言っていい歳だと思うけれど、白髪の頭までが上品に見える。

 ここまで上品を越えて貴族的な雰囲気があると、午後はアフタヌーンティーを飲むのが日課って気すらする。あの三階建てのお皿に、スコーンとか、サンドウィッチとか乗っている奴。


 「いらっしゃい。待っていたよ」

 眼鏡に手を当てながら、こちらに視線を起こす。

 「こんにちは。お世話になります」

 美岬が、明るい口調で挨拶する。俺と慧思も続く。

 「緑茶でいいかな?」

 「ありがとうございます」

 口々に答える。


 石田佐は立ち上がって、俺たちに座るよう促してから、応接セットの横のミニキッチンでお茶を淹れてくれた。

 袋に入っている弁当箱が見える。お昼はここで、一人で食べているらしい。

 愛妻弁当だな。

 袋からだろう、年配の女性の匂い。そして、基本に忠実な和食。出汁を丁寧にひき、それで煮た野菜。あとは、そぼろの鶏肉かな。おコゲの混じったごはん。奇を衒ったものはないけど、毎日食べるものはこういうものであるべきだと思うような内容。


 石田佐は、お茶の入った湯飲みをテーブルに置くと、暖かい眼差して俺たちを見た。

 俺は、自分に言い聞かせた。この外見に騙されるなと。

 この上品な老人は、骨董業界や日本の歴史に関わる海千山千の妖怪と、互角以上に渡り合ってきた実績の持ち主なのだ。


 「緊張することはない。

 私は、『つはものとねり』にあって、その組織に縛られない立場にいる。君たちの仲間で、かつ、組織内のしがらみからすら利害が対立しない相手だと思うよ」

 そか、俺だけでなく、慧思も目の色が硬かったかもしれない。初対面だし。

 でも、そだな、今回は腹の探り合いは不要なんだと思おう。


 「この度は、お誘い、ありがとうございました」

 まずはお礼を言う。

 部屋に入った順番で座っちまったから、俺が真ん中、美岬と慧思は両脇になっている。だから、なんとなく俺が代表して話さないと、という気になった。


 「なに、お礼を言われることではないよ。君たちのことは、報告書も読んでいる。

 それで、今のうちに、外国を見ておくのは悪いことではないだろうと思ってね。極めて残念なことながら、君たちは、もう、普通の人生には戻れない。戻りたい意思があったとしても、君たち自身がもはやそれを許さないだろう。

 これだけ足を踏み込んでしまった以上、組織としても、君たちを育て、さらに次の世代に引き継いでいって貰わねばならないからねぇ。

 そして、私は、歴史の巡り合わせといったものを信じているんだよ。

 君たちがこういう状況に置かれたのは、今作られている歴史もまた、再び過去をトレースしているものだからだと思うんだ」

 きっと、俺たちは三人揃って、怪訝な顔をしたんだろうな。


 石田佐は、言葉を続けた。

 「逆に聞こう。君たちは、『つはものとねり』とその歴史について、どれほどの知識を持っているのかな?」

 「訓練中にいろいろと聞きましたが、現状が中心です。歴史については、自分で調べもしましたが、資料も見つからず、よくわかりません」

 「そんなことだろうと思っていたよ。

 現在は、過去から繋がっている。正確な過去を知らなくて、正確な現状も把握できないと思うが、どう思うかね?」

 「おっしゃる通りだと思います」

 これは美岬。


 「組織というものは、体裁が整っていれば、組織外の人間はそれを無条件に信じてしまうものだ。警備会社というだけで、警察と同等の組織と信じてしまう人間は多い。

 我々にとって、そのような思い込みは排除しなければならないものだ。

 おそらく武藤佐のことから、君たちも『つはものとねり自体も信じるな』ぐらいのことは言われているだろう。

 が、疑うこと自体は健全な精神状態の産物だが、過去の経緯から信じられるものは信じたほうが効率的なのも事実だ。当然、盲信しろと言っているわけではないがね。他の組織の『今』について判断するのにも、有効な手段だ。

 とにかく、その材料を、あくまで軽くだが話しておきたい。その中で、アメリカに行く意味合いも話せるだろう」

 「はい」

 俺たちは、口々に返事をした。


次回、歴史とか経緯とかって怖いわ その1

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