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同級生を彼女にしたら、世界最古の諜報機関に勤務することになりました  作者: 林海
第七章 18歳、夏(全31回:渡米編)
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2 迂遠な出張命令


 美岬の母親である武藤佐から電話があったのは、文化祭実行委員会の集まりがあった日のかなり遅い時刻。

 こんなの、この二年間でほんの数回しかなかったことだ。


 「『つはものとねり』は、督の下、三人の佐がいることは知っているわよね」

 あいかわらず、いきなりですね。

 はい、知っていますとも。坪内佐、武藤佐、名前だけは知っている石田佐。

 「石田佐から、お誘いがあったの。

 双海君、菊池君、美岬の三人で、出張に付き合わないかと。夏休みだから」

 えーっ、仕事ですかぁ。高校生時代は、高校生活中心で送らせてくれるはずじゃなかったんかいな。


 と、頭に浮かんだ瞬間、ヤバいと思う。きっと、今の考え、読まれたよな。視覚が使えない電話越しでも、テレパスかってくらい異様に鋭いからな、この人。

 今の()間はヤバかった。

 読まれないためには、こういう話をする時に、こんな間が空くのは避けないといけない。

 「どのくらいの期間ですか?」

 内心の動揺を声に出さないように聞く。

 「十日間よ。

 命令ではないけれど、行きなさい」

 マジか。


 きっと、訓練や受験対応の予定時間は減らしてくれない。デートの時間だけ奪われるのが悔しい。

 納得はしているんだよね。

 でも、気持ちが割り切れるかは別の問題。

 だいだいさ、命令ではないって言ったって、これが命令じゃなきゃなんなんだよ?


 「ちなみに、目的地はどこですか?」

 「『ちなみに』じゃなくて、まず、『はい、喜んで!』と言いなさい」

 なんだ、それ!?

 どっかの居酒屋で覚えたんだろうけれど、ここで使わされるのはシャレにならん。人の考えを読んだ上で、よりによって、それを押し付けるか?

 まぁ、仕方ない。

 美岬、慧思も一緒だから、修学旅行がもう一回あると思おう。

 でも、組織の出張だし、ガチガチに行動が予定されていて、きっと二人きりになんかなれない。


 「はい!↓ 喜んでっ!!↓」

 どーせ逆らえないんだから、不満を表明するための間を十分にとって、もう半分以上、自棄(ヤケ)で叫ぶ。

 この世の中で、これをパワハラと言わず、何をパワハラと言うんだっ!?


 「最終目的地はボストン。主任務地はニューヨークよ」

 はあっ!?

 出てきた地名の意外さに、会話の間のことなんか頭から吹っ飛ぶ。

 そして、武藤佐は畳み掛けてくる。

 「明日にでも、学校帰りにパスポートを取る準備を始めて。もう、あまり日がない。

 パスポートが取れ次第、ESTAの申請をしておくこと。必要経費は、別途支給、後日」

 ()()()えすた、ってなに?

 「アメリカに入国するのに必要な手続きは、自己責任で終わらせておくこと。任務内容は、あなたたちにできることは何もない。石田佐が対応するので、邪魔しないように。

 あと、石田佐からは、組織のことについてよく学んでくるように」


 「石田佐配下のバディは、どんな方が行かれるのですか?」

 「だれも行かないわ。石田佐は、固定の部下を持たないから。

 必要に応じてこちらから護衛は出すけれど、そんなこともそう多くはない。

 だから、いつもは単独行動なんだけど、今回は、受験勉強に余裕があるようならば、見せておきたいものがあると言ってくれたのよ」

 部下を持たないって……。石田佐は、佐筆頭で、督の直下のナンバー2だろ!?

 単純に、組織論としておかしくないか?


 「石田佐の仕事は極めて特殊技能だから、よく学んでくるのよ」

 「慧思にはもう?」

 「あなたと同じ反応だったわ。

 もうちょっと露骨に渋ったけれど。

 出張を受け入れた場合、今年の夏休み中の受験勉強は合宿でなく、自宅での派遣講師対応の予定と話したら、ほいほいと受け入れた挙げ句に、『はい、喜んで!』と叫んだわ」


 パワハラ単語の出どころは、慧思か……。あのバカ!!

 バディの俺が、責任取らされてる気分になるよ。

 武藤佐は続ける。

 「一日二時間、時間を作って彼女とお勉強のつもりでしょ。

 好きほどすればいいのよ、お勉強とやらを」


 何時になくトゲありますね、随分と鋭いのが……。


 「だいたいね、美岬も同じ反応なのよ。素直に目的地を言いたくなくなりもするわ」

 なんか、俺の頭に浮かんだ考えと会話してないか、この人。口に出すより先に、回答が来て会話になっているような気がする。それとも、案外、武藤佐の思考と俺の思考って、相性がいいのかもしれない。


 「お察しします」

 「いつ、何を、察したって?」

 なんでいちいち絡むんだ!?

 もう、勘弁してくれ!


 そか、命令でないと言ったから、この電話、武藤佐にとってもう業務じゃないんだ。

 そろそろ帰ってくるとはいえ、旦那はまだトルコだし、S国、I国の問題も日々きな臭くなっているから、心配で夜も寝られないというのが、誇張表現でない状況。

 その状況も厳しいし、関わりができてしまったS国の知り合いたちの状況も厳しくなる一方だし、文字どおり、公私共に泣きたい状況なのは解る。


 で、家に帰って、私生活で娘を見れば、青春真っ只中。

 頼まれた伝言相手の慧思も、同じく。

 きっと、話しているうちにアホらしくなったんだな。

 で、最後に話している俺が当たられている。

 で、業務じゃないからパワハラにあたらず、無駄口込みで当たっても構わないと思っているんだ。


 去年の夏、成田空港で美岬の両親に吊るし上げられてから、なぜか、こんな風に当たられる敷居が一気に低くなった。

 ただ、からっと乾いているというか、どれだけ当たってきても、俺という人間を否定したり、追い込むことは決してないあたりが不思議なんだ。だから、当たられながら、笑って済ませられる感じになる。

 我儘言われているってのが、一番近い感覚かなぁ。

 年頃の娘を持つ親の感覚ってのが、どうも俺にはよく解らない。


 少し疑っているのは、実の親のいない俺を、家族として受け入れる前段階の対応なのかも、と。で、公私の私の部分を意識して多めに見せているんじゃないだろうか、と。

 そうでないと、俺は十年後、私生活を全て仕事に取られた人生になっちまう。だって、このまま行けば、自分の両親はすでにいないし、妻も妻の親も、友さえも仕事関係ということだからね。

 そこまで考えて、いや、もしかしたら、もっと深い事情があるのかもしれないけれど、まぁ、結果として娯楽半分で俺に当たってるとは思うんだ。いや、四分の三かな?


 どちらにせよ、きっとまともな過去を送っていない人たちだから、なにを考えていてもおかしくはない。

 とにかく、そうなると、「命令ではないけれど行きなさい」の意味は、「行って来た方が俺たち自身にとって有益だから行って来た方がいいよ。そのために失われる時間については配慮してやるよ」というありがたいオファーなんだ。


 「察しているならば、もう一回、心の底から『はい、喜んで!』と言いなさい」

 「はい、喜んで!↑」

 「結構。

 任務の詳細は、文書化したものを美岬に渡しておくので、明日読みなさい。菊池君にも読んでもらうのよ。その後の文書は、責任を持って処分しなさい」

 「解りました」

 「じゃ、おやすみなさい。お姉さんによろしく」

 おお、任務じゃないと、Sっ気以外に、そんな配慮も見せるんだ、この人。

 「ありがとうございます。おやすみなさい」



 受話器を置いて考える。

 詳細は明日の文書を読まないと判らないだろう。でも、その上で、もう一つ、なにか武藤佐が考えていることがあるんじゃないかという気がするけれど、それが何かまでは判らない。


 居間に一緒にいた、怪訝顔の姉に状況説明。

 姉も、海外に行ったことはない。

 「チョコレート?」

 「それはハワイだ!」

 と突っ込んだけど、じゃあ、ボストンでは、お土産に何を売っているのかと自問すると答えられない。さすがに、MIT(マサチューセッツ工科大学)があるのは知っているけれど、お土産にはならんからなぁ。

 ネタでいいなら、ボストン饅頭とボストン焼きで決まりなんだけどな。


 内心、密かに、頭を抱える。

 そろそろ、一人前になりつつあるような自負も持っていたけれど、相変わらずダメダメじゃん。なんも知らないや、俺。()()()えすたとかも調べなきゃ。

 我ながら深みは増してきている気はするけど、狭い。広く深くってのは、努力と時間の両方が必要だなぁ。


 とにかく、どうやったら効率的に海外旅行の準備ができるかなんて判らん。慧思も分かるはずがない。とりあえず、旅行ガイドを買って、共々、頭を抱えることになりそうだ。


次回、俺たちって、モノを知らない



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