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同級生を彼女にしたら、世界最古の諜報機関に勤務することになりました  作者: 林海
第一章 16歳、入学式〜夏休み明け(全42回:推理編)
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13 作戦開始、そして逡巡

 

 サトシと別れてから、俺は頼みを聞いてもらうために、知り合いのレストランに足を運んだ。

 オーナーシェフである店長は、開店前の忙しい時間にも関わらず、いたずらに使いたいという理由に爆笑しながら自分のコレクションの中から頼みのものを貸してくれ、日曜の夜の閉店間際にブツを取りに来いと言ってくれた。


 そして、週末。

 俺はいつもの土日と変わらず、洗濯をしたり、平日に食べる食事をまとめて仕込んだりした。

 姉とはほとんど何も喋らなかったけれど、なにか気が向いたのか、飲みながらではあっても拭き掃除までしていたので、そのうち褒めてあげようと思った。

 

 

   ― ― ― ― ―

 

 月曜日、朝。

 金曜の放課後の事件の話は、すでにクラス内に広まっていた。

 でも、隣のクラスの無茶を言う奴を追い払ったということで、なんとなく俺の株は上がっている感じ。クラスの中での武藤さんへの扱いも、先週と変わらない。

 願わくば、武藤さんへの扱いが急転直下しないで欲しいもんだ。

 俺自身としては、武藤さんと会釈程度でも、アイコンタクトできて嬉しい。


 お昼時。

 いつものように、フランスパンを取り出す俺。

 ついでに、今日持ち込んでいる発泡スチロールの箱から、大きなもう一袋。

 行くぜ。


 武藤さん、近藤さんのいる女子のグループに近づく。

 女子の群れって、華やかだなあ。

 「知り合いのレストランが、道楽で作った鯛焼きなんだけど、試食してみない? こないだのだし巻き卵のお礼にもならんけど。冷やしてあるから旨いと思う」

 暑いさなか、冷たいスィーツ。女子は、甘いものには手を出すね、やっぱり。


 男子も含むクラス全員分を用意した。何かあった場合、すべてをうやむやにするためにだ。

 痛い出費だったけど、まぁ、ひとつ七十円にしてもらったから、保冷剤込みで三千円掛からないってとこか。てーかさ、イタリアンのお店で鯛焼きってどうなんだろ? 店長の道楽が過ぎている気がしてしょうがないんだけれど。

 武藤さんに渡す予定のものは、食品サンプル。シリコン製。店長の話だと、一つ三千円ほどだと。

 こいつだけは、冬の使い残りのホッカイロで熱々。でも、見た目は紙ナプキンで挟んでいることもあって、本物と全く区別はつかない。今の時期、本物を温めておくと、鯛焼きから腐敗物にジョブチェンジしちまうから、これで誤摩化す。


 紙ナプキンで挟んであるのを、近藤さんから一つずつ渡す。

 二〜三人渡したところで、近藤さんが声を上げた。

 「これ、なに、凄く美味しい!」

 「そだろ〜。きちんとした材料、きちんとした腕、近くのイタリアンレストランのPPだよ。行く事があったら、裏メニューだけどデザートにでも頼んでみて。店長がマジで喜ぶから」

 男子も含めて、他のクラスメイトもざわつきだすが、とりあえずは無視。


 さぁ、武藤さんに渡す番。

 熱々を取り出す。

 手を差し出しかけた彼女の眼が一瞬光ったのを、俺は見逃さなかった。途端に、不審そうな表情。

 訝しげな視線をこちらに向け……。次の瞬間、その表情が一気に険しくなった。


 ビンゴ。


 差し出すが、手を出さない。

 ここまでにしておく。

 「おっと、こっちじゃなかった」

 などとわざとらしく言いながら、改めて、冷たいのを取り出し押し付ける。

 武藤さんの眼に、疑いを確信に変えた色が見えたが、そのタイミングで声を張り上げる。


 「クラス全員分あるぞー。食べたくない奴は取りにこなくてよし!」

 ばたばたと集まってきて、争奪戦。全員分あるって言っているのに。

 武藤さんの動きを封じておいて、人ごみから逃げながら鯛焼きを渡すという演技を続ける。

 そして、俺からのプレゼントではなく、あくまで試食と評価を頼まれた窓口に過ぎないことを強調してみせる。

 配り終わって、武藤さんの机の上に裏返しに紙を一枚置く。ここまで、何の不自然さもない、我ながら良い演技。


 甘いものを齧りだすと、クラス内は一気に静寂が戻った。

 俺も席に戻って、フランスパンを齧りだす。

 時々、武藤さんの視線を感じる、ような気がする。

 賽は投げられた。



 当然のことだけど……。

 武藤さんの机の上に置いた紙、白紙じゃない。書かれた文面は、以下のとおり。

 「IRについて、あとで打ち合わせをよろしく。アヌビスよりwwwww」

 IRは、イリジウムの元素記号だったり、投資家向け情報だったり、インターネットでのランキングの略だったり、どうとでもとれる。でも、彼女にとってのIRは、赤外光以外の何ものでもないだろう。

 アヌビスという名乗りは、犬頭のエジプトの神。嗅覚の能力を持つ俺として、視覚の能力を持つ相手に名乗りを上げたつもり。ちょっと中二病風。それが恥ずかしくて耐えられなかったので、wと草を生やして誤摩化す。


 どちらにせよ、俺にも彼女にも、この期に及んで白を切る自由を確保するために遊んだ文面。中二病風味なのは結果的にそうなっちまったんで、しかたない。


 五時間目と六時間目の間の、休み時間。

 武藤さんが、俺の席の前を横切りながら、机の上に紙を残して行った。

 メアドだ。


 武藤さんのメアド、せっかくゲットできたのに、嬉しさより緊張のほうが先に立つのが悲しい。


 早速、送る。

 「話したい。みんなと君と俺の安全について。放課後は?」

 ぎこちない文章だけど、これ以上は書けなかった。危害を与えないとか書くと、却って疑われそうだし。

 ただ、安全の順番は考え抜いた。こちらのスタンスの問題だからだ。みんなが一番。武藤さんが二番。俺自身は三番。それが俺のスタンス。

 六時間目が始まってすぐ、返信がきた。

 「わかりました。場所は?」

 周りの目を盗んで、密かに返信する。武藤さんとメールをやり取りしているという事自体に、どきどきする。

 「駅ビル屋上。ビアガーデン開店前で、椅子が並んでいます。授業が終わり次第、出ます」

 「はい」

 武藤さんはメールを打つのが早いようで、しかも返事が短いこともあって、さくさく決まってしまった。


 そのまま、サトシと近藤さんへのメールを打つ。本来、今日の放課後は、金曜のできごとの報告をする予定だったからだ。

 急遽、武藤さんと話をする必要が生じたこと、どうなるか判らないけれど、良い結果を待っていて欲しいこと、金曜の事件のことはサトシから近藤さんへ説明をして欲しいこと等を記し、近藤さんにはドタキャンの詫び文をも付け加える。

 まぁ、あと……、サトシのことはサトシ次第だ。


 こちらの二通は、授業が終わると同時に送信することにする。授業中だし、近藤さんがマナーモードにしているかどうかなんて、判らないからな。

 そして、授業終了と同時に、あっというまに教室から消えた武藤さんを追って、俺も自転車置き場に急いだ。



 いよいよ、武藤さんと話す。

 ICレコーダー、準備はできている。でも、心の中で納得はできなかった。


 どうしよう……。


 ぎりぎりまで、録音する。そのあとは、成り行き……、だな。

 なんか、状況も、自分の想いも、みんな複雑過ぎて泣きたい気分だ。いっそ、作戦、失敗したほうがよかったんじゃないだろうか。


次回、接触。

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