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同級生を彼女にしたら、世界最古の諜報機関に勤務することになりました  作者: 林海
第六章 17歳、冬(全5回:合宿編)
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5 これも青春?


 そして、もう一つ、美岬に伝えねばならない。

 「それとさ、武藤佐を見てみ。可愛いかな?」

 「私は、母みたいにはなれない……、から。だから、せめて、もう少し可愛くなりたかった」

 途切れ途切れに言う。


 「誰に対して?」

 「あ……」

 「手が荒れてというならば、きちんとメンテナンスはしようね。可愛いとかの話とは別に。でも、俺は、今の美岬が好きだよ。それを、美岬は知っていると思っていたけど」

 正面から美岬の目を覗き込む。

 自らの意思を見せるためにした行為なのに、逆に美岬の大きな目に吸い込まれそうな気になる。

 どうして、こんなに綺麗なのだろう?


 美岬は、俺の視線を外して俯いた。

 「訓練が厳しくなって、私が真を巻き込まなければ良かったんじゃないかって、どうしても考えちゃって。そうしたら、どんどん不安になって、真の辛さの原因はみんな私だし、それが辛くて……」

 「それって、もしかして俺が、訓練に挫けると思ってる?」

 美岬は、下を向いたまま首を振った。

 「それとこれは別。きっと真は耐える。

 だからこそ、その辛さは増えて、それは私のせいで……」


 美岬に、問いかける。

 「今日、ランニング中の掛け声に『水兵リーベ、僕の船……』は無かったよね?」

 「なんの話?」

 「『二次方程式の解の公式』もなかったろ」

 「なかったけど、どういうこと?」

 美岬が目をみはる。


 「もしも、ランニング中の掛け声で、その二つみたいのがあったら慧思は吐いていただろうな。あれは、息を止めて長く叫ばないといけないから。

 遠藤さん、俺たちの体力の底を徹底して見切って、精密としか言いようがない訓練メニューを組み立てている。

 中学の時から訓練している美岬は、俺たちより余裕あるからかえって気がつけないかもだけど、ダウンする寸前を完全に見切られているぜ。

 つまり、俺と慧思は、息つく暇さえないけれど、挫折もさせてもらえないんだ」

 「そうだね、あの人は、そういう意味でもいつも容赦なく鬼だよね」

 ようやく、美岬の声が少しだけ笑みを含む。


 「だから、俺も慧思も、潰れないように大切に育ててもらっているという自覚があるんだ。今の段階では、『つはもののとねり』を辞める自由もあるって言われていることも合わせると、ありがたさの方が大きくなるよね。だから、美岬と一緒にいる代償に、辛い訓練に耐えさせられているというような意識はないんだ。

 たぶん、いや、間違いなく慧思も、『妹との生活を保証するためには、どんな辛い訓練も耐えなくてはならない』なんていう悲壮な意識はないと思うよ」


 美岬は、俺の胸に顔を埋めた。

 「……なんか、馬鹿だね、私。空回りして」

 「いやいや、彼女がより綺麗な方が嬉しいのは真実でして……」

 「もう……」

 俺も、美岬の背に腕を回す。

 不安になる。俺、汗臭くないかな?

 腕に、そっと力を込めながら考える。

 美岬のことを、汗臭いとは思わないのは何故なんだろう?



 − − − − −


 突然、声が掛かる。 

 「ばっかやろー、美岬ちゃんの、怪我じゃなかったのかよ!」

 焦って、美岬と飛び離れる。

 部屋の入り口に、かなり顔色がましになった慧思がいた。安静にできて、消化さえ始まってしまえば、割りとすぐに楽にはなったのだろう。


 いつからいたのだろう、こいつは?

 「俺はなんのために、耐えていたんだよぅ?」

 あ、だいぶ前からそこに居たんだ……。


 「自分の不用意な一言の責任をとるために、じゃないかな?」

 慧思はその場に崩れ落ちて、orzという体勢になった。

 「お前らの方が、遠藤さんよりよっぽど鬼じゃんか」

 「ごめんなさい」

 美岬が言う。


 「美岬ちゃんに謝られても、なぜかちっとも救われた感じがしないー」

 「問題自体が、『お前自身の自業自得だから』じゃないかな?」

 本日、二回目の死刑宣告を下す俺。

 「双海ー! お前という奴はー!」

 慧思が掴みかかってくる。それを躱し、逃げる俺。

 そして、笑う美岬。


 あと一日。

 あと一日で、この訓練も終わってしまう。

 あまりの辛さに、決して続いて欲しいとは思えないのに、かけがえのないと思える日々が。

 おそらくは、他の高校生より辛さも甘さも五割増しの、愛しい日々が。

 きっと、歳をとってから振り返った時に、あの時こうしておけばよかったなどとは決して後悔しない日々が。


 この世に、いや、俺たちの世界に、神なんかいない。

 でも、俺は祈る。

 人というものは、ひとりでに何者かになったりはしない。

 そして、何者になろうとも、最後には死というものに全てを奪われる。

 そんな儚く虚しいものだからこそ……、せめて愛する人から、そして本当の友から、信頼されるに足る者になれますように、と。

 そして、信頼されるに足る者としての日々が、少しでも長く続きますように、と祈るのだ。


これで、この章終わりです。

お付き合い、ありがとうございました。


次章では、18歳でアメリカに行ってきてもらいます。

ちょっとは報われる? かも。


引き続き、お付き合いのほど、よろしくお願いいたします。


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