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同級生を彼女にしたら、世界最古の諜報機関に勤務することになりました  作者: 林海
第六章 17歳、冬(全5回:合宿編)
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4 昼食のカレーの前に


 ようやく、昼食休憩。

 「ふっくらブラジャー、愛のあと!」

 「ふっくらブラジャー、愛のあと!」

 ハロゲン、周期表17族まで叫んだところでランニングは終了し、解散となった。

 鬼は、大学受験の用語を、防大に入る時にでも覚えたのだろうか?


 寮にしている建物の前の冷たい地面に、ようやく寝転がった慧思の顔色は、すでに青白さを通り越して緑がかった土気色に見える。運動と大食は、やはり両立し得ないものらしい。

 もしかして、こいつ、口には出さないけれど、今朝の俺たちのやり取りから、やはり美岬の怪我を疑ってる。そして、その原因を自分の昨日の「五点接地ってのは本当に有効なんですか?」という質問のせいと責任を感じているんじゃないだろうか?

 それが、慧思をここまで無言で耐えさせているんじゃあ……。


 そうだとしたら、俺もなおのこと、口に出しては何も言えない。その男気に応えるために、寝転がった慧思の肩にぐっと手を置くのみで、寮の建物に入り昼食にかかる。慧思は食えないだろう。


 反して、俺と美岬は空腹。

 午後も訓練は続く。

 とはいえ、基礎体力というより、潜入、武器使用、格闘技等のより実戦を模した訓練になるので、走り続けるよりは体力的に楽。各行動には説明も入るし、消化の間はある。


 今までの訓練合宿は学業の方が時間的に多かったのだけれど、俺が夏休み前に負傷して、身体的訓練ができない期間がちょっと長かったのだ。で、つじつま合わせにこうなっている。

 とはいえ、それでも、夜から深夜までは大学受験科目の講師が来る。

 充実した毎日というより、いじめられているような気すらするよ。



 作り置きのカレーのためにスプーンを握り、朝の話を蒸し返す。

 「なぁ、手、見せたくないならいいけれど、どうして見せたくないのかは話してもらえないかな?」

 「見せたくない。ただそれだけ」

 美岬は、そっけなく答える。

 俺と同じくスプーンを握っている手は、驚くほど小さい。そして、その動作に不自然さは全く伺えない。

 「心配しているんだ」とは言いたくない。

 押し付けがましいのは嫌いだ。



 逆に、美岬が聞いてきた。

 「やっぱり私……、可愛くないよね?」


 ……同級生の女子に同じ質問をされたことがあるけど、そういう誘い受けの質問をするときの女性って、生理活性が上がっているんだよね。

 「そんなことないよ」っていう返事を期待して。

 「そんなことないよ」って、ほぼ確実に褒めてもらえる喜びに、ちょっと体温を上昇させて、フェロモン出して。


 でも、これは誘い受けじゃない。

 朝のこともあるし、俺の嗅覚は、そういう変化を認めていない。だから、絶望的に口から出てしまった言葉と俺は解した。

 俺、午前中、叫びながら走りながら、ずっと何が起きているのかを考えていたんだよね。


 「ああ、可愛くない」

 追い打ちの死刑宣告をする。

 「そか……」

 目に見えて、美岬がどんよりする。


 「いいかい?

 もっとこう、上目使いにほっぺた膨らませながら、俺に擦り寄りながら聞くんだ。『私、可愛くないよね?』って。こんな感じで……」

 言いながらやってみせる。

 どんよりした雰囲気を救うためだ。

 「えっ、えっ!?」

 「そしたら可愛いんじゃないかな?」

 「そんなの……」

 「できないよな、きっと。

 美岬は、そういう種類の生き物じゃない」

 呆然としている隙をついて、美岬の手をとる。


 ほんの一瞬、抵抗の気配を見せたけど、美岬は凍ったように動かなかった。半年前には、美岬の意に反して手に触れ、手首から肩まで腕全ての関節を極められている。怖くないと言ったら嘘になる。

 多分、美岬も怖いだろう。遠藤大尉に、作品として扱われるほど高度に訓練され、自らの意思とは関係なく反射的に技を決めてしまう自分自身が。


 「美岬、そういう種類の女子を、羨ましいと思うこともあるだろうけど……。俺もそういう女子を、可愛いと思っちゃうこと、確かにあるけどさ……」

 赤外線までを可視領域とする美岬に、嘘は通用しない。この能力のために、美岬はこの世界でしか生きることができないのだ。

 だから、俺は、美岬には、常に全てを本音で話す。全てを本音で話しながら、身も蓋もない言い方にならないようにする。

 それが、俺にできる、最低限の誠意なのだ。


 手に取った美岬の手を観察し、腫れなどがないことを確認する。

 その上で、自分の両手で大きく包み込む。成り行き上、スプーンごと。

 「訓練で固くなっちゃった手を、隠さなくていい。

 いいんだ。

 匍匐前進を続けて、冬の地面で荒れた手が可愛くないからといって、ますます普通の女子と違ってしまったとがっかりする必要もない。俺は、この手と、この手ができることが大好きだから」

 美岬には、俺の顔も耳も温度が上がっているのが見えているんだろうな。


 「私、身につけた技術で、どうしてなんだろう、真しか傷つけていないよね。

 敵も傷つけていないのに、なんでなんだろう、一番傷つけたくない真ばかりを……。

 そして、こんな荒れた手になっちゃって、今も、更に誰かを傷つける訓練をしているんだよ。

 また、真を傷つけてしまったらどうしよう……」

 ああ、PTSDかな?

 ただ、傷ついた方ではなく傷つけた方がなるってのが、美岬らしいかもな。


 「それでも、やめるつもりは無いんだろ?」

 俺は、返ってくる答えが判っている質問をする。

 「……うん」

 ちょっとだけ、手を握っている力を強くする。

 「俺ばかりをって、いいんじゃないかな?

 美岬の手はこれからも決して汚させないって、俺、決めてる。

 俺は、美岬に、敵も含めて他人を傷つけさせることは絶対にさせない。

 そして、俺と美岬は二人で一つだ。だから、俺は他人じゃないから、ノーカウントでいいっしょ」

 ちょっとばかり、我ながら歯の浮くような台詞を言う。

 でも、本音で本心なんだ。


 「でも……」

 「美岬が美岬自身を傷つけるのと、たいして変わらないよ。料理中に包丁でうっかり怪我をして、誰かを責めたり、不必要にまで自分を責める必要はないだろう?」

 「でも……」

 「デモデモダッテはダメだ。これで納得しろ。

 『はい』と言え」

 あえて強く出る。

 「はい」

 よし。

 素直でよろしい。


次回、これも青春?


次回で、この章終わりです。

お付き合い、ありがとうございました。

次は、アメリカ編、、、かな。ちょっと長めです。

また、、よろしくお願いいたします。



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