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同級生を彼女にしたら、世界最古の諜報機関に勤務することになりました  作者: 林海
第五章 比翼連理別編、若き日々(全7回:再会、その陰で編)
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5 夜の倉庫にて


 東京では、自家用車を持っていても、その有効性を発揮できる機会は少ない。

 だが、今晩は違う。

 久しぶりに、働いてもらわねばと思う。

 ハンドルを握り、助手席に座っている朝倉美桜を見やる。

 シートベルトに固定された体が薄い。十歳に満たない少女のように見える。

 銀色のイヤリングをしているが、アクセサリーを着けた姿を見るのは初めてだ。


 すでに、事情は話していた。

 そして、自分は冷酷に告げたのだ。

 朝倉の想っている人と、同一人物である可能性は極めて低い。そう名乗っているだけの別人で、基本的に処分の対象だ、と。

 期待するな、確認の任務に徹せ、とも。


 そもそも、「つはものとねり」の心臓部である資金調達部門にダイレクトに喰いついてきている以上、場合によっては、本人であっても背景を調査し、処分せねばならないかもしれないのだ。

 朝倉佐が「『すべて』を任せます」と言った以上、そこまでの判断を委ねられていると坪内は思っている。


 さらに……、朝倉美桜の体は、もはや心身への強いショックには耐えられないだろう。内臓の萎縮が進んでいる以上、臓器不全がいつ起きてもおかしくない。そして、その臓器が心臓だったら即死だ。

 そんな不慮の際の対応までも含めて、坪内は自分が任されていると思っている。


 車は、東京湾に面した、倉庫の連なった暗い一画に入っていく。

 あらかじめ指定されていた場所に車を停め、倉庫までを歩く。倉庫街の、監視カメラの死角をつくルートが指示されていた。

 シャッターの脇のアルミのドアを開け、建物の中に入る。朝倉佐配下の、即応部隊の素晴らしくゴツいのが二人待機していた。


 「この廊下の、突き当たりのドアを開けたところにいます。縛り上げてありますから抵抗はできないと思いますが、油断はしないでください。責任者の石田大尉は、奴を監視するモニターを見てます」

 話を聞いたあと、即応部隊の二人の同行は断る。

 「じゃあ、行こうか」

 朝倉を促す。

 たたでさえ悪い顔色が、さらに悪くなっているように見える。それなのに、目だけは青く光を放っていた。

 どう見ても、すでに人の容貌ではない。百鬼夜行に紛れていても違和感がないだろう。


 廊下を歩き出し、ほぼ半分まで来て……。


 「坪内さん。お願いです。一人で行かせてください」

 坪内はその言葉を予想していた。

 言い出した朝倉の声が、必死なのが判る。

 「それはできない。解っているはずだ。君自身の体調のことは。

 不測の事態に対応できない人間に、一人で行かせることはできない」

 自分は、冷たく言えただろうか……。

 「お願いです。

 彼でなかったら、また、彼であっても好ましくない背景があるならば、私自身で処理します。そのためにも……」

 視線を合わせ、動かさず……、結局負けたのは坪内だった。


 ここまで想う人であっても、自ら処理すると言っている。

 これは、状況によっては、朝倉も処理後にあとを追うと言っているに等しい。

 だが……、止めてどうなる?

 朝倉の絶望的な状況が、心身の苦しみをさらに加えた上で、長くてもたかだか数週間延びるだけだ。


 「『すべて』を任せます」には、きっと、その判断も含まれている。それが、朝倉美桜という人間にとって良い選択ならば、あえて見殺しにすることさえも。


 「解った。だが、ちょっと待っていてくれ」

 坪内は朝倉をその場に残し、即応部隊の二人のところへ戻った。

 あまりやりたくはなかったが、最後には朝倉佐の名前を出し、立場で押して拳銃を借りることができた。

 グロッグ17、プロの道具だ。プラスチックが多用されていて軽いが、今の朝倉にはこれでも持て余すだろう。だが、武器も持たせずに行かせるわけにはいかなかった。

 たとえ、これが朝倉自身の命を奪う道具になるとしても、だ。


 曲がりなりにも初歩の訓練を受け、対象の処理を口に出した朝倉が、寸鉄も帯びずにここにいるとは思わない。だが、朝倉が持ち込んだそれが、目的を果たすのにどこまで有効なものかは判らない。

 ならば、朝倉が苦しまずに「そう」できる道具として……。坪内はそこまで考えていた。


 自分自身にかかる責任? 糞食らえだ。

 自分は何に対しても、誰に対しても、恥じ入るようなことはしていない。


 拳銃を渡された朝倉は、(こな)れた手付きで初弾の装填と弾倉の残弾数を確認し、自分のスカートの背中側にそれを差し込んだ。

 ああ、自分が受けたのと同じ訓練どおりの手順だ……。

 「坪内さん、ありがとうございます。本当に……」

 本当に……、か。

 

 朝倉は、もう振り返らず、コンクリートの床にこつこつと足音を立てて歩き出した。

 大きな鉄のドアが、軋みながら開いた。


次回、再会

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