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同級生を彼女にしたら、世界最古の諜報機関に勤務することになりました  作者: 林海
第五章 比翼連理別編、若き日々(全7回:再会、その陰で編)
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4 依頼


 「坪内くん」

 声を掛けられた。

 振り返ると、スーツ姿の女性。


 朝倉の母親だとすぐにわかった。年の割に、なんて言い方ができないほど美しい。

 二十歳代の自分が、おそらくは五十歳になろうかという女性に見惚れることがあるなど、想像もしていなかった。

 朝倉美桜も、あの状態でさえ顔立ちが整っているのは見て取れていた。健康であったら、さぞや美しかったのだろう。


 「娘が、本当にお世話になっていますね」

 「いえ、とんでもない。こちらこそ、いろいろ助けてもらっています。

 それだけでなく、教えてもらうことも多くてありがたいです」

 「本当に?」

 まさかの確認を取られた。社交辞令の挨拶ではないのかと思う。


 「言葉での確認など、朝倉佐には必要ないでしょうに」

 「そうね。否定はしないわ」

 そうか、この人は、本音で話しにきたのだ。

 そもそも、「つはものとねり」は、組織固有の施設を持っていない。したがって、同じ建物で偶然に会うなどということはない。つまり、わざわざ坪内に会いに来たのだ。


 「あの()、この間の検診で、内臓の萎縮がかなりのものになっていたって。

 ついに、病院から連絡が来たわ。

 よく頑張ってきたけど、もう長くはないわね。

 自分でも解っているはずよ。自分の体が生み出す熱量が、日々減っていることをその目で見ているはずだから」

 そう、解っていた。

 朝倉の体のこと、そこからの当然の帰結も解っていたが、それでもショックだった。


 朝倉が病んでいなければ、と思う。

 もしかしたら、バディ以上の関係に発展していたかもしれなかった。それも、自分から積極的に。

 坪内にとって、自分と同等以上の思考力を持つと認めるに値する人間など、そしてそういう異性など、朝倉以外に会ったことはないのだ。

 坪内は、知的手加減が不要である異性との会話の楽しさを、朝倉との間で初めて知ったと言ってよい。


 無言でいる坪内に、朝倉佐は言葉を続ける。

 「ともかく、今日は、何よりまず、お礼を言いたいの」

 「……お礼ですか?」

 「娘を、一人の人間として扱ってくれてありがとう。

 言い難いこともはっきり言ってくれて、初めて対等に扱ってもらえたって喜んでいたのよ、あの娘は」

 「特別なことはしていません。バディとして、『当然のこと』をしているだけです」

 「それが、今まで得られなかったのよ。たぶん、残された時間の中で、自分なりに精一杯やりたかったのね。でも、『当然のこと』としての扱いをされなかった。あの外見からは無理もないことなんだけど、それはもうあの娘にはどうしようもないことだったから……」

 「そうですか……」

 答えながら、違和感を感じる。母親の情だけで話しに来たのか?

 そうは思えない。何かある。


 「実は、お願いもあるの」

 う、やはり……。

 「あの娘から、どこまで過去のことを聞いてる?」

 「わりといろいろと……」

 「あの娘が好きだった人の話は、聞いた?」

 「今でも好きな人の話ならば、聞いています」

 朝倉佐は、深いため息をついた。


 「そう……。莫迦(ばか)な娘……。

 私に、そう言える資格は、ないんだけれどね。

 とにかく、坪内くん、資金調達部門で、あの娘が好きだった人を名乗る男が捕まったの。

 かなり深いところまで嗅ぎ回っていたらしくて、即応部隊の出動が要請されて、うちから二ユニットを出した。

 現在、身柄を拘束しているのだけれど、よほどの生活をしてきたのか、何らかの組織に隠蔽されているのか、身元が判明しても背景が割れてこないのよ。

 となると、翻って身元も背乗りを警戒しないとならなくなるし、ね。そのまま十中八、九、どこかの回し者だと、向こうからは言って来ている。

 ただ、処分しちゃってからだと取り返しがつかないので、確認を求められているの。面変わりしちゃっているし、私は、二、三回しか会っていないので自信がない。

 もしかして処分があるかも知れないのに、実の親御さんに面通しさせるわけにもいかない。

 結局、美桜に行かせるしかないんだけど……」」


 さすがに、坪内も即答はできなかった。

 しかし、一呼吸の後……。

 「解りました。『すべて』任せていただけるのであれば……」

 「解っているのね?」

 自分に、決断の念押しなど不要だ。


 短く答える。

 「はい」

 「そう……。坪内くんの上司には話を通しておきます。『すべて』を任せます。

 お願いします」

 そう言うと、朝倉佐は丁寧に頭を下げた。


次回、夜の倉庫にて

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