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同級生を彼女にしたら、世界最古の諜報機関に勤務することになりました  作者: 林海
第一章 16歳、入学式〜夏休み明け(全42回:推理編)
12/232

12 推理、その3


 サトシが口を開く。

 「お前の言っていることは全て推測だ。それが全て正しいとして、彼女の能力とは何だと思う?」

 「わかることだ」

 「ん?」

 怪訝そうだ。

 「よく考えてくれ。彼女が俺にシンパシーを感じるとすれば、嗅覚で他の人にわからないことが分ると言うことだ。それ以外、俺に取り立てての目立つ項というか、個性はない」

 「ん?」

 いつになく、サトシが鈍い。無理もない。自分に対して、そういう想定すらしたことがないだろうからな。


 「例えばだけど、俺がサヴァン症候群で、何年何月何日と言われればそれが何曜日と反射的に判る。そのかわり、他の生活能力はないとしよう。

 その場合、彼女はその能力に、シンパシーを感じるだろうか? 少なくとも、俺はその能力を凄いとは思わない。カレンダーを見れば判る事なのに、失うものが多すぎる。

 でも、嗅覚で他の人のプライベートがわかる。これは、使い方によっては神の力と誤認させられる、危険かつ誘惑的な力だ。ここにシンパシーを感じる事ならあるだろうな」


 サトシは理解したらしい。

 「よく解った。神の力を持っていて、同じく神の力を持つ者に対して、ということだな。……謎、解けてね?」

 「また一足飛びだな」

 サトシの頭がフル回転しているのが見ていて分かる。

 「神が、逆鱗に触るものをどう処分するか、だ。俺は、お前と付き合って長いからな、お前がバカな犬だってことを知っている」

 「余計なお世話だ」

 憮然とする俺を無視して、サトシは続ける。

 「バカだから、神じゃなくて犬の仲間の延長として普通に付き合えるが、な。

 最悪の可能性を言うけど、これが賢くて、美しくて、嗅覚じゃなくてもっと凄い何かだったら、自己認識も神じゃん。そうなれば、自分を否定してくる人間はとことん殺すんじゃないか? そこに躊躇(ためら)いや自省があるとは思えない」

 うっ、となった。


 俺は、嗅覚だから良かったのだ。少なくとも、自分で自分の能力を神のようだとは考えにくい。鼻が利く神ってのは、ありがたみがなさ過ぎる。どれほどよく見繕っても、大口の神、すなわち狼ぐらいがせいぜいだ。


 「じゃ、もしかして、本当に眼が青く光っていたのか?」

 サトシは、水でも掛けられたような顔になった。

 「話の論理が飛び過ぎてたな。馬車の前に馬をつないでいる。かといって、論理が飛んでいないというならば、神かサイコパスかを、犬の嗅覚に頼って確認しなきゃならん羽目になるな……」

 「その確認に、嗅覚は必要ない」

 サトシは、はっとしたようにこちらを見た。

 「そういう能力に対して、能力で解析する必要はない。お前に取っちゃ特別でも、俺にとって、俺の嗅覚は当たり前で、他の感覚と差はない」

 そう俺は、断言した。


 「具体的には、何が言いたい?」

 サトシが聞いて来た。

 「まず、武藤さんが何かをわかるとしよう。何がわかるかというのは、消去法で簡単に推定できる」

 「ほー?」

 「味覚とかはあり得ないだろ。誰かを舐めたりしてはいないしさ。触っていないから触覚でもない」

 サトシが考え方を理解したようだ。

 「空気の流れを、触覚で感じるというのはなし?」

 「ないな。完全に否定はできないけれど、得られる情報量が少なすぎるだろ。気配って奴に分類されるんだろうけど、情報確度が低すぎないかな。気配を感じただけで、その相手を追い込むに値するかという判断は難しいぜ。

 殺気を感じたから殺していいって話は、さすがにそりゃないよ」

 「そうだな。となると、嗅覚は既に否定されているから、必然的に聴覚、視覚のどちらかだな」

 なんとなく、だが、サトシとブレーンストーミングしている間に自分なりに答えが出てしまった。


 少し迷ったが、答えを伝えてしまう。

 「俺は視覚だと思う。

 聴覚だと、声の調子で相手が嘘をついているとか、相手の感情は本当はこうだとか、そういうことは判ると思う。でも、逆をいえば、相手が嘘をついているとか、怒っているとかしか判らないし、それだけの情報で、相手を廃人になるまで追い詰められるもんだろうか?」

 「それだけって、それでもう十分って気もするけどな。視覚だとどう想定できるんだ? それ以上の事が解るのか? 細かい表情を見抜くとかか?」

 「そのレベルなら、女子はみんなやっているぜ。俺が考えつくのは、赤外線まで見えているんじゃないかということだ」

 「きゃー」

 サトシが、裏声で悲鳴を上げてみせた。

 「お前、えっちなこと想像してるだろ。盗撮とかのサイト見たな、まったくもう……。でも、図星だ。彼女には、服は透けて見えているし、下半身が元気だったりしたら一発で見破られるぞ」

 「んーと、冗談抜きで、どこまで分かると想定できる?」

 「どうせもう、中二病ぽいからその設定でいくけど、武器を持っていたら分かるだろうな。ポケットに温度差があるものが入ってれば、当然判るだろうからな。

 体表の血流から、緊張してるとか、感情の動きもかなり判るだろう。飯を食ったかとか、運動したかとか、屁をこいたとか、前の晩寝ていないとかの健康状態もかなり精密に判るだろうな。ある意味、全てお見通しだ」

 改めて考えると凄い力だよな。


 サトシが目を泳がせながら言う。

 「……それより、既存の五感に拘らないで、まんま超能力とかの可能性は?」

 抜け目のないわりに、案外無邪気だったんだな、こいつ。

 「想定したきゃ、想定してくれ。だが、そこまでのファンタジーを持ち出さなくても説明はできそうだと言っておく。人類の遺伝子に、視覚も嗅覚も設計図があるけど、超能力の設計図なんてあるのか? 生物のローズ田島は、二つの可能性がある場合、単純に説明できる方が正しいと言っているじゃないか」

 バラの育種を趣味でやっている生物の先生なもんで、来年には定年のお爺さん先生なのに、このアダ名だよ。校内のばら園にも、品種名「ローズ田島」は植わっているそうな。

 「『オッカムの剃刀』か。うらやましいな。

 こっちのクラスは、先生違うから、そういうことは言ってくれないやな。で、確認はできるのか?」

 「ああ、簡単だ。赤外線のトリックで話は済む。言葉は悪いが、引っ掛けることができそうだ。なんせ、今の段階だと、武藤さんも引っ掛けられることを、全く想定していないだろうからな」

 作戦は、すでに頭の中にいくつか浮かんでいた。


 サトシは空のカップを弄びながら、根本的なことを聞いて来た。

 「方法は聞かないでおくよ。だが、一度、根本に戻りたい。

 なぜ、双海は武藤さんの謎を突き止める? 突き止めてどうするつもりだ?」


 俺は、三十秒ぐらい考えた。

 いじめの解決など、取り繕うようなことは、何を言っても嘘になる。

 俺は……。

 「やはり、彼女を助けたい。彼女は泣いている。俺にしか、彼女を真に理解することはできないと思う」

 「その想い、それ自体が幻想かもしれないんだぞ。人が人を真に理解することができるってのを、お前さんは信じていないはずだ」

 「頼みがあるんだが……」

 「なんだ、人の話の腰を折って」

 「ホント頼むから、大人なのかガキなのか、キャラを統一してくれ。長い付き合いだが、特に近頃、戸惑うことが多い」

 サトシは、こいつにこんな顔ができたのかという感じで、ひっそりと笑った。

 「無理を言うな、俺だって、俺自身を制御し切れていないんだ」

 「まぁ、同じ歳だからな、解らないでもない」

 俺は、空のカップを指先で弾く。


 「聞いてくれ。

 人が人を理解しきれるわけがないと、俺は思うよ。けれどもな、他の人と違う感性を持って産まれてしまったことへの理解は、他の誰よりもできる、できるはずだ。

 俺は、その点だけでいい。その点だけで良いから、彼女を助けたい」

 「武藤さんを好きだしな、などと皮肉を言うつもりはない。ただ、その線が線だ。それを越えたら戻れないことは解っているな? 藪には蛇がいるもんだし、彼女を引っ掛けてその能力を証明したら、きっといろいろと戻れないぞ」

 さすがに、一瞬、返答に間を置かざるを得なかった。

 どこから戻れなくなるのかは判らないけれど、どこかにその閾値(しきいち)があることは本能的に理解していた。

 「ああ、解ってる」

 心理的には、渾身の力を振り搾って頷く。


 その時、メールの着信音。

 近藤さんからだ。

 「おい、月曜の放課後、詳しい話を聞きたいとさ。何かが見える話は抜きで、皆んなには今日の事件を話す。一緒に来い」

 「あ、ああ、行く、行きます」

 声がうわずっているって。

 人はこんなにも、一足飛びに天国へ行けるものなんだな。


次回、作戦開始。双海真、動きます。

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