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同級生を彼女にしたら、世界最古の諜報機関に勤務することになりました  作者: 林海
第五章 比翼連理別編、若き日々(全7回:再会、その陰で編)
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3 決心


 研修に来た三人は、きわめて優秀に見えた。

 年齢も坪内に近い。

 おのずから、研修は和やかなものとなった。

 

 坪内は、パワーポイントで半ばプレゼンテーションのような講義をしながら、三人の反応を確認していた。朝倉は控えめにノートパソコンやプロジェクターの準備をしていたが、薄く青い色の入った大きな伊達眼鏡を掛けており、なんとなくとぼけた表情に見えた。


 坪内の見るところ、三人とも優秀ではあるが、中堂進がもっとも研修に対して熱心だった。

 遠藤猛志は態度が大きく、受け答えの話し方も坪内の感情にこつこつと当たるものがある。微妙に反りが合わないという、あの感じである。

 小田勇人は、一歩引いた態度で、熱心さにはやはり欠け、坪内の言葉を聞いているのかいないのか、判らない時があったし、一度はピントの外れた質問をした。

 もっとも、彼らの見せている態度がどこまで本気のものなのかは判らない。


 資料をスクリーンに映し出し、配布済みテキストに加筆をさせるために時間をとる。数分の間だが、演台にしている机に置いた携帯の画面を確認する余裕が生まれる。

 パワーポイントの制御は朝倉が行っており、坪内は話すことに専念できた。が、このような空いた時間には、メールチェックをする形で朝倉の観察結果を読むことができる。


 『遠藤、小田を推挙すべきです。中堂はお勧めできません』

 坪内の見るところと真逆の判断である。釈然としないまま読み進める。

 『遠藤は、色々観察し、考え、それを表面に出さないように演技をしています。明らかに、我々のことを疑っていますね。あの態度は、我々に対するジャブです。そのうちに、坪内さんを観察するために怒らせに来るかもです。彼、そのくらいは考えていますよ。なかなか大した役者です。

 小田も同じく、我々を疑っています。やはり、我々の方が観察をされていると言って良いでしょう。逐一、こちらの反応をうかがっています。それを隠すために、茫洋と振舞っているのです。

 中堂も演技です。ただ、熱心さを演技するということは、腹に一物あるものと考えざるをえません。再度の徹底した背景調査が必要と、原隊にも注意喚起すべきです』


 ……これは敵わない。人が、神の視点に敵うわけがない。

 マンウォッチングというレベルを超えている。

 『これから、仮想の話をします』

 坪内は、事前に入力済のメールを送信した。いくつかの文を事前に打ち込み、用意しておいたのだ。

 朝倉に対し、「よく観察して欲しい」などと付け加える必要はない。

 視線を上げる。


 三人の研修生の、和やかな表情が見えた。

 その瞬間、人というものに対して、坪内は果てしない恐怖を覚えた。

 朝倉の視点を追体験したようなものだ。

 坪内は、己の胆力が朝倉のそれに及ばないことを、否応なく自覚せざるをえなかった。



 − − − − − − − − 



 レポートを書く。

 朝倉と話し、その結論をまとめるだけの仕事だ。

 人間を観察することについて、自分は人並みの能力を持っていると坪内は自負していた。が、すでに朝倉と張り合う気はない。

 人並みは、人並みでしかないのだ。


 朝倉への嫌悪感も、もうない。

 自分以上の能力を持つ者への畏敬と、人としての共感がある。

 三人の研修生の、和やかな表情に隠されていた真意を考えると、自分の心情を隠しきれずにいる朝倉の方が遥かに人として好感が持てた。

 もっとも、潜入なんて仕事には向いていないだろうが……。


 指はキーボードを叩き続けている。しかし、思考は、自問自答を続けていた。

 研修後のフリートークで自衛官たちと話し、現場での作戦遂行能力において自分は遠く及ばないことを自覚せざるをえなかった。

 彼らは、坪内よりおおよそ二つ年下ではあったが、実動的、肉体的な訓練において積み上げてきたものの質と量が違いすぎた。

 また、自分には朝倉のような技もない。そうなると、できることは何かと考えてしまうのだ。


 朝倉の恐ろしいところは、眼力そのものではない。

 そこから得られる情報を処理する、論理的な思考力の方だと思う。だが、思考力だけならば、自分は朝倉に決して劣らない。自分の学歴も、過去に積み上げてきたこともそれを実証しているはずだ。

 ただ、朝倉のように思考力と組み合わせる技がない以上、結果として自分は、朝倉にまったく太刀打ちができない。

 朝倉の技に相当する何かを、そう、今日の自衛官たちの作戦遂行能力に匹敵する何かを、自ら構築していかねばならない。


 思考がまとまってくる。

 朝倉は、それでも人だ。一人の人間に過ぎない。それも、心身ともに病み衰えている人間だ。

 多数の人間による重層的かつ多角的な情報収集と分析、組織的に作り出された状況の変化には敵わないはずだ。

 人脈、情報収集手段、分析手段となる伝手、なんでも良い、最初は顔を繋ぐ程度でも構わない。ネットワークを作り、維持し、時間を経るごとにその有効性を増すことができれば、自分は再び自分の能力を信じることができるのではないだろうか……。


次回、依頼

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