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続き。

魔法瓶の中の液体を飲み終んだ私は、にっこり。そして。





「美味い、もう一杯」





 マリズは口をあんぐりさせている。冗談よ、冗談。





「もう本気にしないでしょ。液体がもっとあるなんて思ってないわよ」





「そ、そりゃあ、よかった。もしかして、本心で言っているのかと思ったよ」





「でも、美味しかったわよ。なんだか、杏仁豆腐みたいな、ドクターペッパーみたいな意識高めな知的飲料みたいな感じがして」





「ああ、飲みやすいように、香料とかを加えて加工しているからね」





「そうなんだ」





「うん、ってこんな話をしている場合じゃないよ! 急がないと!」





「そ、そうね。私ったらつい姫様だからって、のんびりと優雅に天蓋付きのベッドで寝ているように、落ち着いてしまったわ」





「じゃあ、本当に時間がないから行くよ」





「う、うん」





 私は自分の体を、ぐるりと見回した。





 マリズの体は青い炎のようなものがシュワシュワと身に纏っているが、私の体を包んでいるのはピンク色の炎のようなものだった。





「おお、流石姫様だ。オーラの色がピンクだ! っと、感心している場合じゃないな。姫様、僕の手を握って!」





「う、うん」





 私は自分を纏っているピンク色の炎のようなものについて、質問したかったが、時間がなかったので、また今度マリズに質問することにした。





 マリズの手を握ると、何か体の中に、グッと流れ込んでくるかのような感覚があった。それは例えて言うならば、冬の寒い日に飲むココアのような体に染み入るような感覚に近いものだった。





 そして……私の体をマリズの青い炎のような物が包み込んだ。それが自身のピンクと混ざり、融合する。





「なんだかいやらしいわね」





 私はどこか嫌悪感を抱いて、言った。


「いやらしい? どこがだい?」





「何だか光が混ざり合う光景が、よ。それに色もどこか妖艶な感じがしてまるでストリップ劇場のようだわ。行ったことないけど」





「ははは。やっぱ姫様面白いね。そんなこと考えるなんて。でも、それ想像する人の方がいやらしいんじゃない?」





「何で私がいやらしいのよ。そんなわけないでしょ。大体、いやらしい風に想像させる映像、色を演出するマリズの方がいやらしいわよ。ねえ、梅干しを見たら、口の中に唾液がたまるでしょう? それと一緒で色が混ざったり、夜の歓楽街みたいな色を見たらそんな想像も梅干しの時みたく無意識に感じてしまうわよ。でも、だからと言って私がいやらしいわけではないでしょう? それは脳が条件反射的に行っているのだから」





「分かった。分かったよ。僕が悪かったよ。って、いけね。時間が……。四の五の言わずにもう行くからね」





 マリズは言うと、むんっ、と足に力を込めた。





 足の筋肉が肥大した、と思った同時にマリズはジャンプをした。





 マリズと手を繋いでいた私もマリズに引っ張られるように、地面から離れた。





 気づけば、空の天高い上空にいた。えっ? 一瞬で私達こんな天高く舞い上がったの? まさかマリズのジャンプ力だけで? 





「ここは地上から一万メートル上空だ。さあ、更に魔法エネルギーを燃やしていくぜ。そしてこの星の大気圏を抜けちゃうよ」





 マリズは言うとむむむと力を込めた。





 すると、私たちを包み込んでいた光が一瞬カッと明るくなったと思ったら、オーロラみたいな色を放った。





「地上の人が僕達を今みたら僕達はまるでUFOのように見えるかもね」





 マリズは笑って言ったが、実際そうだと私も思った。





「今、僕達は、自然と溶け合っている状態だ。人間として生きてはいるけれど、自然とも融合しているような感じだね。だから僕達はある種の今、自然現象だ」





「わ、私たちが自然現象? 雪とか、雨とか、台風とか、みたいな? し、しんじらんなーい」





 私は、まるで子供に逆戻りしたかなような、呆然とした口調で言った。





 マリズは頷くと、ある方向に向いた。





「こっちの方角に僕の星があるんだよ」





「そ、そうなの?」





「うん、それでは地球……本当にバイバイ!」





 マリズが言った直後、私達の体は光に包まれた。いや光になった。光と化した。


まるでサ○ヤ人が高速で移動するかのようなスピード間で私とマリズは宇宙空間を移動して行った。





「本当に信じられない速さね。雰囲気だけど」





 なんせ広い宇宙空間を移動している為、速いというのはマリズの説明で分かっているのだが、速さを計る対象物というのがこれと言ってない為、実感が湧かないのだ。





 超高速移動中にUFOやら人が住めそうな緑あふれる惑星などが、視界に入ったがもちろんその星に降りるはずもなかったし、降りるつもりも毛頭なかった。





 仮に植物と生命が溢れている世界だったとしても、それが良いとは思えなかったからだ。





 もしかしたら、古代の地球のように恐竜みたいな巨大生物が潜んでいるかもしれないし、あるいは毒のある生き物だらけかもしれない、植物だってそうだ。その地に立って息を吸える確証も持てないし、何と言っても、人間がいなければ、いや姫がいなければ話にならないのだ。私にとって姫とはある意味、心臓や酸素と等しい、欠かすことの出来ない大事な物なのだ。





 そんなことを考えていると。





「もう着くよ」





 マリズが言った。





「う、うわあ。何て綺麗な星なのかしら。まるで地球のようね」





 私は品のある声で言ったが、その言葉に嘘偽りは全くなかった。





 純度100%の本当の気持ちが無意識の内に声として出たのだ。





 パッと見は地球とさほどは変わらない。宇宙から見ると青かった。





「ここが、僕の住む星、シャバダドゥビドゥバだ」





 マリズは言った。





「へえっ、ここがあなたの住む星、シャバドダビドォバね」





 私は噛んだ。





「違うよ。僕の星はそんな名前じゃないよ」





「いや、噛んだのよ。察しなさいよ。あなたの住んでいる星の名前言いづらいのよっ!」





「ああ、確かにそうかもしれないね。僕の星の住人は自分の星のことを略してシャバダって言うんだ」





「初めから言いなさいよ。ってシャバダって刑務所から出た時の感想みたいじゃない」





「ああ、本当だね。でも人によっては訳してドゥビとも言うんだ」





「人によって言い方が違うの? まるで私の住んでいる日本のマクドナルドの呼び方の関東圏と関西圏の呼び方の、マックとマクドみたいな違いね」





「本当だね。でも、君はどっちがいい?」





「うーん。どっちがいいのでしょう?」





「もし、君が望むなら、君が僕の住む星の名前を変えてもいいんだよ?」





「えっ? 変えてもいいの?」





「うん。だってき君はもう、僕の星のお姫様なんだからね。だけど、星の名前を変えると言った、重要な話の場合には勝手に変えるんじゃなくて、皆の前でお城の上から、表明か何かした方がいいね。その方が民は納得安心するよ。まあ、と言っても勝手に変えたとしても、デモとかは起こらないと思うから大丈夫だとおもうけれど」





「そんなこと、分かるの?」





「いや、僕の星の住人は本当に一部の住人を除いて姫を大事にしているんだ。だから、僕の星で暮らすことに何の心配もいらないよ」





「ありがとう」





 私は嬉しくなって、オーッホッホッッと高笑いを上げた。


「じゃあ、今から降りるよ。しっかり捕まっていて」





「うん」





 マリズと私は頭を下に向け、星の方向に向けると、一直線に星に向かって降りて行った。





 これが大気圏の中なのね。凄いわ。貴重な経験だわ。なんて私が思った、瞬間、私とマリズはドシーン! と地面へと両足で降り立った。





「はあっ、はあっ」





「息が荒いようだけど、大丈夫かい?」





「ええ、大丈夫よ。むしろ、快感な感じだわ」





 激しく地面へ降り立った、衝撃と、新たなるこれから私が住む星の空気、そしてもう地球には帰れないかもしれないという不安感。それらが炊き込みご飯のように混ざって、私の心の中に複雑な感情を作っていた。でもそれは炊き込みご飯と同じで、嫌な混ざり具合ではなかった。





「それより、これからどこへ行くつもりなの。さっそくお城に案内してくれるの?」





「うん。そうしようかと思う。この星を案内しようかと考えもしたけれど、やっぱりまずは姫様になったんだから、自分の住む家に行くべきだと思うんだ。それに今は、僕は魔力を使い果たして、案内するだけの余力は残っていない。だから、ここからは城まで歩いて行かなくてはならないんだ」





「えっ? 何で、ゲーム魔法のように一瞬で城まで行くことは出来ないの?」





「今言ったけど、僕はもうしばらく魔力が回復するまで魔法は使えないんだ」





「じゃあ、どうして、最初から城に降り立たなかったの?」





「……あ」





「……あ。じゃないわよ! ふざけてるの? 馬鹿なの? 死ぬの? それぐらい最初から考えていなさいよ!」





「ごめん姫様。でも魔力がどんどん消費されて行っていたから、あまり降りる場所まで考える余裕がなかったんだ」





「……そうね。確かにそんな余裕はなかったかもしれないわね。……しょうがないわね。次からは気を付けなさいよ」





「ありがとう、姫様。流石僕らの姫様だ。心が広い」





「ふんっ! 当然よ」





 私は胸を大きく張って言った。


「ところで、お城までは歩いてどのぐらいかかる予定なの?」





「うーん。現在地は地形的にクロボーロ付近だから、あと三日はかかるね」





「はあっ? 三日間も歩かなければならないの? 私、憤慨しているんですけど」





 その時、私の体からピンク色の淡い光が輝いた。





「おお、それはまさしく姫オーラ! 凄い。もしかしてちょっとだけ姫様覚醒したかもしれないよ」





「えっ? 私が覚醒? 一体どういうこと?」





「これはたぶん予測だけど、この星に姫様として来たことで、君の中の姫オーラが溢れ出て来たんじゃないかな。湧水みたいに」





「えっ? じゃあ、私今かなり良い感じ? 魔法とかバンバン使える感じ?」





「いや、まだそこまでは行かないと思う。だけど、一度出た姫オーラを意識して、姫を更にイメージしていくことによって、どんどんと姫様の内に秘められた、パワーが解放されていくと思うよ。これなら姫様が魔法をバンバン使える日も近いね」





「本当? やったわ!」





「でも、正直助かった気分だよ。何せこれから姫様が住む城に向かう道中の森はモンスターの巣窟の場所だからね。姫様がオーラをちょっとでも解放出来るようになったなら、幾分楽になる」





「モンスターの巣窟を通るって……。聞いてないわよ! 本当に何て場所に降りたのよ! なんて日だ、本当になんて日だ!」





 私は心の底からそう思い、言った。


「ねえ、マリズ。姫パワーと姫オーラは何が違うの?」





「うん。姫パワーは姫の潜在意識下にあるパワーを全て引き出す。そして姫オーラはまあ、その人が持っている素質、あるいは個性みたいなもんだね。人それぞれオーラが違うように、姫様もまた、皆とは違うオーラなんだ」





「じゃあ、つまりこういうこと? 私には私だけの姫のオーラがあり、私だけの魔法が使えるっていうこと?」





「うん。そうだ。そして、それは僕にも分からない」





「えっ? マリズも私がどんな魔法を使えるのか分からないの?」





「うん。皆が覚える基本的な魔法はあるけど、それ以外は人それぞれ違うんだ」





「そうなんだ。私一体どんな魔法が使えるのかしら。わくわく」





「でも、姫様は姫パワーが解放されているし、姫オーラもこの星に来たことによってあふれ出て来ているから、あとは閃きで魔法が使えたりするかもしらないよ」





「うっそー。嬉しいなぁ」





 そうしてマリズに色々と聞いた後、私とマリズは魔物が潜む暗黒の森へと足を踏み入れることにした。





 ザッザ、ザッザ。





 森を一歩入ると、木の葉を踏む独特の音が耳に届き、まるで迷路に足を踏み入れたような感覚に陥る。





 どこを見回しても、同じような景色が続く。森の音は自分とマリズの足音、風の音、風で揺れる木々の音、聞いたことのない鳥や虫の鳴き声が更に視覚だけでなく、聴覚も迷路へと誘う。





「ねえ、マリズ。どうしよう。どこに進めばいいんだろう。方位磁石持っている?」





「いや、持っていないよ。それに僕は今魔法が使えないから、姫様だけが頼りなんだ。君の魔法を使ってみてくれないか?」





「でも、私魔法使えないし」





「いや、この星に来て姫オーラが覚醒した姫様なら使えるよ」





「本当?」





「うん」





「あっ、そうだ。私鬼召喚出来るんだよね。それ良くない? かなり用心棒になるっぽいし」





「そう言えばそうだったね。姫様鬼と契約したんだったね。そうだ。鬼はかなり力が強大だから用心棒にはもってこいだね」





「そうね。じゃあ、私鬼ここに召喚するわね」





「うん。姫様頼む」





 そうして私は森を進むための用心棒として鬼を召喚することにした。


って言ってもどうやって鬼を召喚するか分からなかった。





「ねえ、マリズ。どうやって鬼を召喚するの?」





「姫様、君はもう鬼と契約を済ませたんだから、もう君は心の中で鬼と繋がっているはずだよ。姫様はただその鬼を心の中で呼びかけて、呼び出せばいいんだ」





「えっ? そんなソウルメイトみたいな感じになったの? 私とあの鬼は」





「うん。そんな感じだね」





「いやいや、苦笑。言葉に出てしまったよ。苦笑。何その不安しかない繋がりは」





「いいから早く鬼を呼び出して。いつ魔物が僕達に襲い掛かってくるか分からないよ。分かったもんじゃないよ」





「そんなに繰り返して、急かさないでよ。私だって、色々思う所があるのよ。だって鬼とソウルメイトになるなんて、あら、いやだわぁ」





「ふう」





「分かったわよ。すぐに召喚すればいいんでしょう。あなたって、あれね。女心、いや姫心が分からない人なのね。執事のくせに」





「はあっ」





 何この執事、性格ゲロクソじゃない。フンっだ。分かったわよ。すぐに呼び出せばいいんでしょ。すぐにね。でも、この執事、城に言ったらこき使ってやるんだからね。べ、別に私どSってわけじゃないんだからね! それにしても心の中で鬼に呼びかけるか。何だかあれね。心の中の鬼って言うと、ただ単に私の歪んだ醜い性格にしか聞こえないじゃない。まあ別にいいけれど。





「鬼さん、鬼さん、私の心と繋がっている、ソウルメイト的な鬼さん、いらっしゃったら私の所へ来てくださいな」





 私は目を閉じて、何も知らない無垢で可憐な少女のように天に向かって祈った。





 すると、空が一瞬光ったと思ったら……。





「あれは隕石だよ」





 マリズが言った。





「隕石かよ!」





 私は突っ込んだ。





 ズズズズズズ!





 えっ、えっ?





 不思議でどこか不快な感覚と音を感じて、私はそのおぞましい感覚、音の出所を探した。





 そこは私の体からだった。





「ひ、ひえぇええええ!!」





 何と鬼が私の体の中から、少しずつ姿を現し始めたのだ。その鬼の体はどこか透き通っていて、影のようでいて、まるで自分の体を脱皮でもしているような感覚だった。





「わお! 素晴らしい。これまた一発成功だね! 姫様」





「いや、わおって、あんた。怖すぎるわ。こんなのこんな魔法。召喚魔法って全部こんな感じなの?」





 もうすぐ、私の体の中から排出、生み出される鬼を客観的に見つめながら言った。





「いやいや、それもまた人それぞれなんだよね。ある人は光と共に魔物とかを召喚する。ある人は召喚した魔物が空から降ってくる。姫様はそれが自身の体の中からだけってことだね」





「いや、どんなホラーだよ。私の姫オーラ、歪んでない?」





「そんなことないよ。普通だよ」





 言う、マリズの目はどこか軽蔑の表情をしていて、口元は若干歪んでいる。





「いや、マリズ。絶対思っていないだろ。めっちゃ、顔に表れているわ! これぞお手本のような顔に書いてあるだわ!」





 私は全力でマリズに言った。





「そんなことより、さあ、鬼が全部出たようだよ! 姫様はじゃあ、鬼に何でも命令していいよ」





「あっ本当だ。鬼全部出てきた。って、やっぱこうやって鬼を間近で見るとすげえ、迫力あるな。何か例えて言うなら、水槽の中でサメと一緒に泳いでいる感覚? みたいなのに近いかもしれない」





「気をつけないと、食べられるよ?」





「不安感を煽るなーー!」





「ごめん、姫様。冗談だ」





「分かったわよ。で、鬼に何でも命令していいの?」





「うん、いいよ。ここで放尿しなさい! とかでも構わないよ」





「いや、言うわけないでしょ。私を何だと思っているのよ。あんただんだんと、自分の性格を、性癖を隠しきれていないわよ。大丈夫なのあんた、こんなので私の姫が務まるの? もし、何かあったら私あなたの執事解雇するから」





「うん。そうなったら仕方がない。姫様の命令は絶対だからね。あーあ、でもそうなったら自殺するしかないか……」





「何さらっと、私に言葉の圧力かけているのよ。最悪よあなた。分かったわよ。解雇しないわよ。たぶんね。まあ、自殺しないって分かったら解雇するかもしれないけれど」





「解雇されたら、まずはロープを……」





「あんた、最悪ね。はあ、まあしょうがないから、しばらくは解雇しないでおいてあげるわ。感謝しなさいよね!」





「あっ、姫様ツンデレだ。姫ツンデレだ」





 もう、マリズの相手をするのがだんだんと面倒くさくなってきたので、私は鬼に何か命令してみることにした。





「鬼よ。三回回ってワンと鳴きなさい!」





「はい、姫様、望むがままに」





 鬼は低い、ドスの効いた声で言うと、三回回った後、ワンと鳴いた。そのワンという鳴き声はソプラノでどこか可愛かった。


「すごいわ。本当に三回回ってワンって言ったわ。何この感覚、私の中に目覚めるような新たな感覚は。なんだかむず痒いような、それでいて気持ちいいような感じは」





「姫様、召喚された鬼も本当に嬉しそうですよ」





「あら、本当?」





 私は言われて、召喚された鬼の顔を覗き込んだ。





 めっちゃ、私を睨んでいた。





「睨んでる! めっちゃ睨んでる。憎しみをまるっきり隠せないで、いや隠さないで私のことを憎悪の瞳で見つめている!」





「そりゃあ、そうだよ。あんな命令を下したんなら。鬼にだってプライドはあるんだから」





「いや、先に言えよ! ってお前、こうなること予想していたのかよ。最悪だろ、最低執事だろ。何だよ、お前のさっきの放尿しろっていう命令は。命令していたら私鬼に殺されていただろ! どんな罠だよ!」





「大丈夫だよ。どんな命令してもだって姫様と、鬼は契約しているんだから。たぶん大丈夫だよ」





「たぶんて何だよ。お前知らないのかよ!」





 私は以前憎しみの目で私を睨みつける鬼を横目でちらみして、恐怖に怯えながら言った。





「そんなことで、びびっていてら、姫様として務まらないよ。だって鬼を超える魔物はこの世界に腐るほどいるんだからね」





「ええっ。本当?」





 私はそれを聞いてテンションがダダ下がりになった。





 その時、森の奥の薄暗い、視認出来ない空間の木々、草がわさわさ、さわさわと揺れた。





「しっ、何かが来るよ」





 マリズは真剣な表情で言った。





 私は召喚された鬼の後ろに隠れた。


「ばあっ」





 森の奥の巨大な木の影からそうやっておちゃめに姿を現したのは、人間の姿をした大人の女性だった。とはいえ完全に性別が女だとはもちろん確認するすべは今の所ないが。その女性は艶のある髪の毛を腰まで下ろし、目はどこか感情のない冷たい目をしていた。そして口元にはマスクをしており、洋服は白い、いや元は白いが今は土で汚れて、薄茶色いワンピースを着ていた。





「あ、あれは」





 マリズが顔を強張らせていった。





「知っているの? マリズ」





「ああ、あれは都市伝説でよく聞く、口裂け系モンスターだ。ほらっ君の世界にも同じような都市伝説があるだろう?」





「えっ、えっ? 口裂け系モンスター? も、もしかして口裂け女のこと? あわわ、あわわっ」





 その女性が暗殺者のように無音でこちらへと近づいて来た。





 こ、怖い。怖いわ。果てしなく、さりげなく怖いわ。私の心の中に恐怖が無慈悲に襲い掛かってくるわ。





 そして、口裂け系モンスターが私達のすぐ目の前に姿を現した。





 そして、私達に言った。





「ねえっ、私……美麗?」





 日本とは若干言葉のチョイスが違うが、私は恐怖でそんなことどうでも、よかごたんけんだった。ちなみにそれは九州弁だったような気がするごたん。





「はあっ、はあっ。う、うん。き、綺麗。い、いや、び、美麗、そしてこの明媚さと相まって、あなたを更に美しく、コントラストによって際立たせているわ。あなたはまさに自然界の生きる芸術よ」





 まあ、私には敵わないけどね! 





 私は心の中で小さく言った。





 すると、口裂け系モンスターがおもむろにマスクを取り言った。





「これでも私、美麗?」





 視線を口元に持っていく。するとそこには……鮭が咥えられていた。





「く、口裂け系モンスターじゃなくて、口鮭系モンスター!?」





 私はつい、なんとはなしに、いや、無意識に、いやある意味必然的に、条件反射的にそう叫んでしまった。





「だ、だだっだだだだ誰が、モンスターじゃ!」





 口鮭系モンスターは口に加えていた鮭を掴むと地面へと叩きつけた。





「あーあ、この鮭。高かったのに。海流の激しい海域でしか採れない幻の鮭だったのに。あーあ、あんたのせいでもう、台無しだよ。台無しんだよ」





 口鮭系モンスターは顔に青筋をいくつも立てて、下からヤンキーのように私を覗き込んだ。





「お、鬼さん鬼さん。この女をやっつけて下さい」





 私はしもべなのに、敬語をつけて鬼さんに命令した。


「承知したでござる」





 鬼はゆっくりと立ち上がると、口鮭女の前に立ちふさがった。ちなみに今までは未来から来たロボットみたいな感じで片膝を立てて待機していた。





 ござるか。なんか案外可愛い鬼ね。





 私はほっぺにえくぼを浮かべた。そう、このえくぼは私のチャーミングポイントなのだ。この鬼のチャーミングポイントはたぶん喋り方ね。他にどんな言葉づかいをするのかしら。





 私は鬼が次に発する言葉に耳を傾けていた。





「そこにいる姫は俺と契約をした姫でござる。なので、守らなければならない存在なのでござる」





 眉毛の太い鬼が濃い顔で真剣にござる言葉を話しているのを見ると、胸がきゅんっと一瞬、だけしたような気がした。





「あっ? てめえ鬼のくせに人間側につくのかよ」





「私は人間ではないわ。姫よ」





私が言うと、口鮭女は「へっ!」と捨て台詞を吐いた。





「何が姫だよ。ただの腐れ人間の分際で。鬼をぶっ殺したら次はお前だかんな」





 口鮭女は、そう言って両手でワンピースの端を掴み持ち上げ、軽く、これからダンスでもしましょう。よろしくね、みたいに首を傾げた後、クラウチングスタートの構えをとった。





「やべっ、何かしらないけど、この女やべっ」





 体がこの女に対して、強烈な危機を発していた。





「姫は、その巨木の後ろに隠れてくんなまし」





 鬼が言ったので、私は素直に従うことにした。だって姫は強気だけじゃだめだもんね。か弱き姫を演じるのも姫としての務めよね。





 私が巨木の影に隠れたのを確認した後、鬼は両腕両足に力を「むんっ」と込めた。すると鬼の体がボンッと、実際に音を立てて盛り上がった。その衝撃とパワーで空気が震え、地面が鬼の周辺一、二メートルぐらいひび割れした。





「少しは楽しめそうね」と口鮭女。





「それはこっちのセリフでござる」と鬼。





 二人の戦いの火ぶたが切って落とされた。


 まずは、口鮭女が神速とでも呼べそうな勢いで鬼に向かって回し蹴りを放った。





 鬼はそれを紙一重でかわすと、口鮭女の足を太い右手で掴んだ後、振り回した。





「はあぁああ。あの木に叩きつけてやる」





 鬼の力を込めた全身のパワーが顔の筋肉にも伝わり、まさに全身凶器。





 鬼がぐるぐるとこれでもか、とばかりに口鮭女をジャイアントスイングで回す。





 その回転は速すぎて目に捕えることが常人では不可能の域だ。しかし、マリズに教わり、目に姫パワーを集中することによって動体視力をアップする方法を学んだので、私は動体視力が増し、イチ○ー、スズキのように、アスリート並みの動体視力になり、その回転を捉えることが可能になった。そして口鮭女を見てみると……。





「笑っている?」





 口鮭女は回されながらも笑顔を顔に張り付けにたにたとしていた。そして手にはどこに隠していたのか、紅鮭を手にしていた。





「ラララ♪ ラララ♪」





 口鮭女は回されながら歌を歌いだした。そして手に持っていた鮭を口に加えた後、咀嚼して嚥下した。





「何だか嫌な予感がするわね」





「ああ、そうだね」





 マリズが相槌を打つ。





 鬼が口鮭女を木に向かって思いっきり投げると、口鮭女は空中でぐるりと体操選手のように一回転した後、投げつけられた木に両足を着地させ、その後反動でこちらへと飛んだ。





「ば、馬鹿な」





 鬼が驚愕の言葉を漏らした。と、同時にもう決着はついていた。





 口鮭女の空中での回し肘が、鬼のこめかみに直撃し、鬼は一瞬にして気を失ってしまったからだ。





「あ、あわわ、あわわっ」





 私はうろたえてしまい、助けを求めるように、マリズを見た。





 マリズは死んだふりをしていた。


「あんた、ふざけんじゃないわよ」





 私は死んだふりをして、白目をむいているマリズを睨みつけながら強い口調で言った。





「す、すまない姫様」





 マリズの声が頭の中で聞こえた。どうやらテレパシーで私に謝罪の言葉をかけているらしい。が、私は許さなかった。





「し、死なないで。大丈夫大丈夫?」





 私はわざとらしく、マリズをゆさゆさと激しく揺さぶった。





「ちょ、姫様、頭がやばい、揺れるよ。がんがんするよ」





 そうこうして、ようやくマリズは死んだふりから目覚めた。





 すると、それを見ていた口鮭女が「もう、茶番は終わったの?」とどこか憐れむような目を、いや見下したような目をして言った。どうやら茶番を含めての全てがこの女には分かっていたらしい。あーあ、何て鋭い女何だ。





「では、私、行っちゃうから」





「いっちゃう?」





「ええ、まずはあなたに向かって、ゴー、アンドトライするつもりだから。メイビー、メイビーね」





 何だかよく分からないことを言いながら、口鮭女は再び、クラウチングスタートの構えをとった。





 私はここで、武井壮のことをなぜだか急に思い出した。そして……。





 口鮭女の倒し方。それはクラウチングスタートを構えた時に隙が出来るっ!





 私はそう、咄嗟に判断し、口鮭女の低い位置にある頭めがけて、ローキックをかました。それは、私は人生で初めて、モンスターと言う名の生き物に放つ、黄金の右足だった。





「ぶべらっ!」





 口鮭女は頭を蹴られた勢いで、頭が360度周り、そしてそこで止まった。そして言った。





「今のは痛かった。鬼痛かったぞーー!」





 どこかで聞いたことがあるような、セリフを口にしながら、口鮭女は回転した頭を元の位置に戻すと、今度は立ち上がった。そして、こう言った。





「私に、こんなに痛い目を合わせたのはお前が初めてだ。責任とってよねっ!」





 なぜだか、急に怪しい、泣いているとも、怒っているともとれない表情を浮かべながら口鮭女が言った。





 口鮭女が仲間になった。


「じゃあ、口鮭女と契約しなよ。姫様。それにしてもまさか口鮭女が仲間になるとは、たまげたなぁ」





 マリズは依然どこか口鮭女に怯えながら言った。





「そうね。そうすればまた鬼のようにいつでも召喚することが出来るようになるしね」





 私は口鮭女の手に軽く口づけした。





 瞬間、口鮭女は光に包まれた。





「これで、契約完了ね」





「うん。姫様」





 でも、どうしようかしら。鬼と口裂け女またいちいち召喚して出すの面倒くさいわね。ええい。まあ、しばらくはこのままでいいわね。





 私は思って、鬼と口鮭女を置いていかないで、このまま連れて行くことにした。まるで桃太郎ね。でも、こうした方が、もしもの有事の際に咄嗟に危機を脱することが出来そうだからいいわ。まあ、とは言っても怖いけれどもね。





 思って口鮭女の方を振り返る。





 口鮭女が私の視線に気づき、にっ、と笑った。





 とても不気味だと、思ったけど、仲間になったという感情もあり、その不気味さの中にも愛嬌のようなものを感じることが出来た。





 可愛いわね。うん。可愛いわ。たぶんね。いや、可愛いわ。間違いなくね。





 私も口鮭女ににっと、笑顔を返した。





 だけども、やっぱりすぐに後ろをついてこられたら、ヒットマンに狙われているような感じ、プレッシャー、得体の知れない、ぞわっとする感覚も感じるので私の視界には入らないようにしてもらった。鬼と口鮭女には影に潜み、まるで忍者のように私の護衛をしてもらうことにした。


「でも、具体的に姫になって私は何をすればいいのかしら」





 私が疑問に思っていると、マリズが少し申し訳なさそうな顔をした。





「どうしたの? まさか、私に何か隠し事をしているの?」





「ごめん、姫様! 実は姫様にはやって欲しい使命があるんだ」





 マリズは頭を深々と下げた。





「使命? でも、使命なのに、やって欲しい……なの?」





「いや、本来ならば姫様はやらなくてはいけないんだけど、だけど、僕は姫様にそれを隠してこの世界に連れて来てしまったから。だから、無理にその使命を姫様に押し付けることは出来ないよ」





「そう、良心の呵責って奴なのね?」





「う、うん」





「でも、その内容について、一応聞いてみないと分からないわ。もしかしたら、私それ、内容次第でやってもいいかもしれないわよ」





「ほ、本当?」





「だから、内容次第よ。竜のうんこの中にある宝石を素手で探してきてほしい、とかだったら断るわ」





「そ、そんなことはさせないよ。姫様に」





「じゃあ、竜はいることはいるの?」





「いるってレベルじゃないよ。むしろ、君たちの世界の狸とか狐ぐらいの感覚で竜はいるよ」





「嘘! 怖いわ!」





「ああ、でも大丈夫だよ。竜は基本おとなしいから。ただ、ちょっかいを出したり、竜の子供をさらったりすると、ガクブル状態になるけど」





「そ、そうなの。でもどんな種類の竜がいるの? 炎とかを吐ける竜とかいるの?」





「いるよ。もちろん。生まれた土地によって竜も使える特殊能力が違うんだ。君たちの世界の生物も変わった特殊能力を持っている生物がたくさんいるだろう? スカンクだったり、蜘蛛だったり、目から血を飛ばすトカゲがいたり、うんこを転がす生き物がいたり、超音波を使ったり、毒を持っていたり、大きな角を持っていたり、丸まる生物がいたりさ」





「う、うんそうね。じゃあ、この世界の竜もそれと同じく多種多様なの?」





「ああ、そうだね」





「じゃあ、スカンクみたいに、臭いで攻撃する種類の竜もいるの?」





「うん。いるよ」





「いるのかよ!」





「うん。そしてうんこを転がす竜もいるし、丸まる竜もいる。蝙蝠みたいに、逆さに木にぶら下がる竜もいるし、深海をクジラみたいに泳ぐ竜もいる」





「嘘でしょ。想像していた竜と全然違うじゃない。というか多種多様過ぎて怖いわ」





「ああ、そうだろうね。もちろん、土の中をモグラみたいに進む竜もいるよ」





「何その竜。でもその竜は、空は飛べないんでしょう?」





「普段は土の中にいるから、空は飛ばないけれど、地面から出てきたら、折りたたんでいた翼を広げて、空を飛ぶこともあるよ」





「飛べるんかい!」





 私は何かもう、色々と怖くなった。竜のイメージも一気に変わったし、何だか、どこにいても竜に見られているような気がしてきた。





「もしかして、擬態できる竜なんかもいたりする?」





「おっ、よく分かったね。いるよ」





「何でもありかい!」





 私は突っ込みながらも、内心、いつ竜に見つかるかと思い、びくびくしていた。


「それで、私にやってもらいたい使命っていうのは一体何なの?」





 私が聞くと、マリズは真剣な表情をした。





「うん。それはこの世界の悪を退治して欲しいんだ」





「この世界の悪? 一体どういうことなの? この世界には悪の存在がいるっていうことなの? もしかして魔王とかいたりしちゃう?」





 私は少しびくびくしながら、マリズに聞いた。だって、魔王なんかいたらどうしようもなさそうじゃない。いくら魔法が使えるからって言っても魔王って言ったら悪の権化みたいな存在だ。そんな相手にたかが姫が勝てるのだろうか。





「いや、魔王はこの世界にはいないよ。他の宇宙にはたくさんいたりするけれど」





「そ、そうなんだ」





 少し安心。私、ほっと胸をなでおろす。





「もし、魔王と闘いたいのなら、僕のこの案件が済んだらそっちの方も、やってもらって構わないよ。なぜなら、姫様はどこの世界でも重宝しているからね」





「ふーん。でももし私が違う世界に行ったとして、私の姫パワーは使えるのかしら?」





「今はまだ使えない。なぜならば、僕が言ったその悪が他の世界との姫の繋がりを断っているからだ。でも、この世界ではまだかろうじて、姫パワーは使える。だから、この世界の姫パワーが完全に失われる前に君は、この世界の悪を滅ぼさなくてはならないんだ」





「そ、そうなの。それは大変な任務ね。まず、この世界の悪を滅ぼしてから、全てが始まるということね」





「その通りだ」





「でも、そのあなたが言うこの世界の悪っていうのは一体何者なの? 具体的に説明して下さらない?」





「もちろんさ。姫様は例えば病気になったらどうする?」





「私? 私は自力で直すわ」





「そ、そうか。でもそれじゃあ話が進まないんだ。じゃあ、もし自分ではどうしようもないほどな、体調不良になったらどうする?」





「まあ、その時は行くわね。医者にね。まああんまり信用していないけれど」





「でも、この世界に民衆を治療する医者はいないんだ」





「えっ? 一人も?」





「いや、前まではいた。しかし医者達を統率しているエリート医者が、町の医者達を全て監禁して今、牢屋に閉じ込めているんだ」





「医者が医者を閉じ込めているの?」





「うん。そうなんだ」





「ど、どうしてそんなことを」





「詳しい理由は分からない。ただそれを指示したこの世界のトップの医者がエリート医者を操って、この世界から医者をなくそうとしているということだけは分かっているんだ」





「もしかして、医者をこの世界からなくして、人々を絶滅させようとしているのかしら。あるいは、自分以外の医者が治療するのが、許せないのかしら。トップとして。もしくは自分らだけ金が欲しいのかしら」





「この世界はお金がないからそれはないね」





「へえ。お金この世界ないんだ」





「まあね。ある程度は魔法で色々と何でも出来るからね」





「じゃあ、治癒魔法は?」





「それも、その医者が禁忌の術を使って治癒魔法をこの世界の医者や住人が使えないようにしたんだ」





「じゃあ、私も治癒魔法が使えないの?」





「君はこの世界の外から来た住人だし、まだ使える」





「まだ?」





「うん。その禁忌魔法に完全には犯されていないからね。でも、後数か月もすれば君も、回復治療魔法は使うことが出来なくなると思う。禁忌魔法の影響によって。だから姫様は治療魔法が使えなくなる前に、その悪の医者をやっつけて、この世界に回復魔法を再び使えるように、この世界を救って欲しいんだ」





「ふーん。そういうことね。ラジャ。いいわ。やってあげるわ。皆の幸せの為だもの。姫である私には民を救う義務があると思うわ」





「そうか。やってくれるかい。姫様」





「うん。私やる!」





「ありがとう」





 マリズは90度直角のお辞儀をして私にお礼を言った。


「で、マリズ。私は具体的にこれから何をすればいいのかしら。というかこの世界での今の時間が知りたいわ。今何時なのかしら。そして私の元いた世界。つまり地球では一体何時なのかしら」





「実を言うと、この世界の時計も止められているんだよ」





「えっ、そうなの? 初耳ー!」





「どうして、いっこうみたいな言い方でいうんだい?」





「別に私がどんな言い方で言ってもいいじゃない。ってあなた本当に地球について詳しいのね。それで早く教えてよ。今地球では何時なのかを」





「分かった。ちょっと調べてみるね」





 言ってマリズは瞑想をするように目を閉じた。





 目を閉じているマリズはまるで、お人形さんのようでとてもプリティーで頭をなでなでしたい衝動に駆られた。





 しばらくすると、体感的に30秒ぐらいだろうか。そのぐらいしたらマリズが目をぱっちりと開けて、まん丸キュートなおめめが露わになった。





「今の日付は12月26日の夜11時55分だよ」





「えっ、そんな時間なの? 深夜じゃない。私いっつもお肌の為に9時には必ず寝る習慣があるのよね。保育園の時からずっとそうして今まで生きて来たのよね」





「そうなんだ。流石姫様だね」





「ねえ、マリズ。寝ていい?」





「だめだよ姫様。君はもう本当に姫様なんだから、これからは地球とは違って忙しくなると思うよ」





「そんなのいやだ。やだやだやだ」





「わがまま言わないでよ。そうだ。さっき最後のスマスマが終わった所だよ」





「嘘でしょ。今日が最後の放送日だったの? 見逃したじゃないの。どうしてくれるよのよ、マリズ」





「姫様がどうしても見たいというのならば、僕の魔法でさっきの放送を見せてあげることは出来るよ。でも、約束して欲しい。それを見せるから、今寝ると言うのはやめてほしいし、姫の仕事もちゃんとして欲しい。どうだい? 約束出来るかい?」





「するする。するに決まっているじゃない」





 マリズは頷くと、私に最後のスマスマを見せてくれた。





「ひっく、ひっく。解散しないで~」





 私はとめどなく流れ落ちる涙を、鼻汁をぬぐうこともせすに、最後のスマスマを見た。





「もう……いいかい?」





「いやだ。いやだ。また再結成してくれるよね? マリズ」





「僕に彼らのことは分からないよ。でも、人生というのはどうなるか分からないから、また再結成する可能性もあると思うよ」





「ありがとうマリズ」





「いいんだよ。姫様。泣く時はないていいんだよ」





「うん。ぐすっ」





 私は強く生きようと思った。





「さあ、もう日も沈みかけているから、今日はここで寝るとしようか」





「えっ、ここで? だってここ森よ? ジャングルよ。アマゾンよ。Amazonだって届かないアマゾンよ」





「うんそうだよ。でも、だからこそ進むよりも待機した方が安全なんだよ」





「言われてみればそうかもしれないわよね。ワニが出たりトラが出たりしたら嫌だものね」





「そう言った動物は出ないけどね」





「えっ、出ないの? 安心したー」





「でも、その代り妖怪や、幽霊が出るけどね」





「だまし討ちー」





「その口調やめてくれないかな。姫様。調子が狂うんだけど。でも少しは傷心から回復したようだね」





「うん。私頑張る。私の頑張りをメンバーが見てくれることを期待して、私の頑張りで、カオス理論で巡り巡って、再結成してくれるように私頑張る。だからマリズ。応援してね」





「うん。分かったよ姫様」





 私は沈みかけている、暮れなずむ空を見上げ姫としての自覚を持つように意識した。


「じゃあ、さくさくっと悪を退治しに行こうか!」





「えっ、待ってよマリズ。まだ心の準備が出来ていないわ。それに悪医者の情報すら何も私は得ていないのよ。それに私はどうやって医者と戦ったらいいの?」





「それはもちろん姫魔法だよ。悪医者は自分の仕事道具を凶器として使用する狂喜っぷりなんだ」





「こんな大事な時に駄洒落なんか言わないでよ」





「悪かったよ。姫様」





「ねえ、何だか知らないけれど私あなたと話していて何だか懐かしい気がするのは何でなのかしら。急にそんなノスタルジックな感情が湧いて来たのだけれど」





「昔、ペットか何か飼っていたかい? もしかしてそれの影響じゃないか?」





「ううん? 私ペット何か飼った事ない。昔、良く見ないで刺身食べたら寄生虫食べてしばらくお腹の中で飼った事あるけど」





「それは飼ったって言えるのかい?」





「うん。不本意だけどね」





「流石姫さんだ。懐が広いや」





「それに水虫にもかかったことがあるわ。お父さんから移されて」





「この話題はこの辺でやめた方が良さそうだね。姫様のイメージダウンに繋がりかねないから」





「そうっ。でも私こんなよ? どうあがいてもこんな性格よ?」





「そうかもしれない。でも庶民派の姫だからこの世界でも十分支持を得られると思うよ」





「それは嬉しいな」





「じゃあ、早速行こうか!」





「モンスター怖いわ」





「恐れていたら何も出来ないよ。死ぬまで自室で閉じこもっている姫の話なんて誰が楽しいんだい?」





「それはそうだけど。でも姫だからって何かを成し遂げなけばならないという事はないわよね」





「そんな事はないよ。姫になった以上は責任があるんじゃないかい? 皆を導く」





「そうだね。うん。私頑張る」





「何だか、さっきまでとは急に大人っぽくなったね。まるで何年もどこかに行っていたみたいに」





「やめてよ。それじゃあ、さっきの私がマリズに抱いた郷愁と同じじゃない。まるで私達が数年間時を止められていたかのような言い方しないでよ」





「でも、あながち間違ってはいないかもしれない」





「えっ、どういう事?」





「この世界には魔法があるだろう? もしかして時を止める魔法を誰かが使ったのかもしれない」





「例えば誰?」





「伝説魔法の使い手、ラビリンスコーヒーLv1とか」





「誰よそれ。変な名前」





「それ以上は侮辱しない方が良い。なんせ彼はもし生きているのであればこの世界を丸ごと作りかえるだけの魔法が使えるのだから」





「嘘っ、そんなの。信じられない」





「信じられないかもしれないけれど、それは事実なんだ。彼が本気を出したらこの世界の住人は全員死ぬし、世界自体が変わる。変えられるそれだけの力の持ち主なんだ」





「でも、どうしてそれなのにレベルが一なのかしら」





「そこは追及しない方が良いと思う」





「ふーん。それを推測するのもまた面白そうね」





「また、面白おかしく言って。さあ彼の事は今は良い。行くよ悪徳医者征伐に」





「ええ」





 こうして私とマリズは悪徳医者退治に向かった。


「痛いよー。痛いよー」





「ど、どうしたの?」





 私とマリズが悪徳医者退治の為に道中を歩いていると、何か痛がっている人がいた。





「歯が、歯が痛いんだー」





「どれ、見せてみて。うわっ。凄い虫歯。何を食べたらそんな風になるのかしら」





「食べたわけじゃないんだ。甘い物を悪徳歯医者が武器で虫歯菌を飛ばしたんだ」





「虫歯菌を飛ばす? そんな事出来るの? もしかして唾を飛ばすってこと?」





「いや、違う。悪徳医者は自分だけの道具を極めている。つまりその武器を使えば治療と共に逆に破壊目的でも使う事が出来るんだ」





「まあ、恐ろしい」





「あんた助けてくれよ。痛くて痛くて俺死んじゃうよ」





「姫様、姫パワーで何とかしてあげてよ」





「そんな事言われても、私治癒魔法とかないし、でも民の為だもんね」





「あんた、いやあなた様は姫なのですか? 待望の姫様なのですか?」





「うんそうよ。痛いの痛いの飛んで行けー!」





 私は虫歯で痛んでいる民の一人の頭を撫でた。





「ねえ、どうして痛がっている箇所を飛んで行けしないで頭を撫でたんだい?」





「だって痛みって脳が作り出しているんじゃないの? だから頭を撫でたのよ」





「なるほど。流石姫様だ。あっ、痛み治ったわーい」





「凄い。治癒魔法じゃないのに痛みを消した。流石だよ」





「ありがとう」





 とその時、ドリルのような音が聞こえた。





「な、何なの? 凄い音が聞こえるわ。あそこから」





 私は音のする方を見た。するとそこには……歯を削る時の機械があった。バキュームと共に。でも一つだけ違うのはその大きさで、大きさはまるで削る機会はチェーンソー、バキュームは掃除機ぐらいの大きさだった。





「あなた悪医者ね」





「いかにも。あんたのそのオーラ。もしや姫様かい?」





「ええ、そうよ。姫よ。姫で悪い?」





「いいや。悪くない。もしここが平和の世界であったのならばな!」





 言って、悪徳医者はバキュームの電源があるのかは知らないけれどスイッチのような物を押した。瞬間、ものすごい吸引力で辺りの草木がどんどんと吸い込まれていく。





「凄い、吸引力だわ。ダ〇ソン以上のね」





「ふん、当然だ。この吸い込みは家をも飲み込むんだからな」





「まあ、吸い込まれた先はどこに繋がっているの?」





「そんなの俺が知るか」





「彼は能力は使いこなす事が出来るけど、道具の製造までは事細かに知らないからね。彼に出来るのは使いこなす事と、道具を医者パワーで大きくすることだ」





「医者パワー? そんなのがあるの?」





「うん。姫様は姫パワー、医者は医者パワー。モチは餅屋って言うだろう? 専門の人には専門のパワーが宿っているのさ」





「ねえ。そこの歯医者あんたもプロなんでしょう?」





「当然だ。何を今更」





「だったら、道具を使いこなすだけじゃなくて、道具を改善点を見つけて、それを新たに開発者に提案したり、あるいは自分で開発したりしないの?」





「何だと?」





「ただ、与えられた道具を使っている。それで医者として良いの? あなたは満足しているの?」





「何を偉そうに」





「あなたは自分が使っている道具を分解したこともないんじゃない?」





「なぜ、分解する必要がある」





「ねえ、自分が使っている道具がどのような仕組かを知る事も大事な事なんじゃないの? 医者として、そしてプロとして」





「くっ」





「どうやら自覚はあるようね。でも道具だって万全じゃないのよ。思い通りに行かない時もあるし、どんな暴走をするかも分からない。その時に備えてあなたはもっと自分の道具について知っておいた方が良いわ。バキュームのその穴の中とかね」





「そ、それもそうだな。よしっ」





 悪医者はバキュームの中を覗き込んだ。そして自分の道具の中に吸い込まれた。





「勝ったわね」





「姫ともあろう者が騙し打ちなんて」





「騙していないわ。本当の事を言っただけなの。そしてあの医者はそれを実行しただけ。でもあの医者死んだの?」





「いや、死んでいない。むしろ姫によって、姫の説得が原因で吸い込まれ倒された。つまりあの悪医者は元の善良な医者に戻るはずだ」





「嘘っ、信じられない」





「本当だよ。ほら、見てご覧?」





 するとさっきまであった大きなドリルとバキュームは消え失せ、そこにはさっきの吸い込まれたはずの歯医者がいた。だけど、その様子は先ほどとは違って禍禍しいオーラのような物は微塵もなかった。





「う、うーん」





「起きたわよ!」





「あれっ、俺こんな所で何をしているんだ? 早く歯医者の営業を開始しなくちゃ!」





「どうやら元に戻ったようだね」





「凄いや。流石姫様だ」





 先ほどの虫歯痛の民が感心の声を上げた。そして歯医者の方へ走って行った。





「歯医者さーん。俺、今は痛くないけど虫歯があるんだ。治療してくれよ」





「何だと? ちゃんと朝昼晩、歯磨きはしているのか? 歯はゴシゴシ強く磨いてはダメだぞ。細かく優しく磨くのだ。歯茎を傷めないようにな」





「分かったよ。だから虫歯を治療してくれよ。それと親不知も抜いて欲しいんだ」





「分かった。今すぐに俺が営んでいる歯科医院に行くぞ」





 そして二人はそのまま歯科医院へと直行して行った。





「何だかとても不思議な光景ね」





「そうだね。でも姫様はこの世界の住人をまずは二人救ったんだ。悪徳歯医者と虫歯の民、そして虫歯に悩んでいる人をこれから治療するだろうから、もっとだ」





「何だか充実感があるわ」





「それこそ姫様が姫様たるゆえんだ。まさに姫になる為に生まれてきた。天職、姫だ」





「嬉しいけど、むず痒いわね」 





 こうして最初の悪徳医者の歯医者をやっつけたと同時に救った私だった。


「どうだい? 歯医者をやっつけて、更生させて経験値を得たことで姫としてのレベルが上がった気がするかい?」





「ええ、マリズ。前にも増して私は姫らしくなったと自負しているわ」





「それは良かった。それで、何か新たな魔法は使えたりはしないのかい?」





「ねえ、私にそんなにあれこれ求めるのはもうやめて。そして質問攻めもあまりしないで。私は今凄い姫としての今後に悩み始めたのだから」





「どうして悩む必要があるのかい?」





「ねえ、姫ってもっと自由な物じゃないのかしら。高貴な、それでいて近寄りがたいそんな存在。それが私にとっての姫の理想。でもマリズ。あなたは姫の私に遠慮なく何でもかんでも、質問してくるわよね。これについて私は悩んでいるの。私の姫としての理想の実現を拒んでいるのはマリズあなたなのかもしれないわ」





「それは。酷いな。仮にも僕は君を姫にしてあげたんじゃないか。それだけじゃなくこの世界にも連れてきた。それなのに、恩をあだで返すようなその発言。僕は姫様を買いかぶりすぎていたのかもしれないね」





「違うわ。悪いのは私じゃない、あなたのよ。マリズ。忠実な振りをして私の心を裏で動かそうとしているのかもしれないけれど、そうはいかないわ。マリズあなたを私は解雇しようか悩んでいるの」





「ストーリーが分からないよ。姫様になってこの世界を救う目的のストーリーのはずなのに、そんな気分次第で姫様が魔王になるようなストーリー誰が楽しいんだい?」





「もうやめて。私の人生は何かのストーリーなんかじゃない。これ以上なんか私の気に障るようなこと言ったら本当に解雇するからマリズ」





「分かったよ。もう僕は必要な時以外何も言わないよ」





「そう、それでいいのよ……ってうっそーん。引っかかったわね。マリズ。私の姫としての演技はどうだったかしら、こういう冗談も言える茶目っ気のある姫を大衆は求めているんじゃないかって私は理解している」





「……」





「な、何か言ってよ」





「実は言うと、次の姫候補を探そうか悩んだんだ。もう少しで姫様を地球に戻す所だったよ」





「冗談だって言っているでしょ!」





「うん。僕の今の話も冗談だ。というわけでお互い冗談が好きって事でこれからもよろしくね」





「そうね」





 何だかよく分からない掛け合いをした私達だった。





 そんな時、目の前に新たなる刺客が現れた。





「あれは、眼科医だ!」





 マリズはそう叫ぶように言った。


「眼科医はどんな能力、魔法を使うのかしら」





「そうだね。それは僕が今調べてみるよ」





 マリズは魔法を詠唱した。





「今の魔法はどんな魔法なの?」





「相手の能力を調べる事が出来る魔法なんだ。でも、相手が強い場合、全ての能力を知ることは出来ない」





「じゃあ、私の能力も丸裸なのね」





「所がどっこいそうじゃない。なぜならば、姫様使える身だからだ。姫と契約した場合、僕は姫様のプライバシーには一切合切干渉する事が出来ないんだ」





「なるほどね。上手くできているのね」





「それが契約の証だからね」





「分かったわ。で相手はどんな能力の持ち主なの?」





「うん。あの眼科医は魔法で世の中からメガネとコンタクトをなくしているんだ」





「そんな事が可能なの?」





「うん。一つ一つ破壊するのは不可能だと思った眼科医が魔法で、メガネ職人とコンタクトレンズ製造会社の製造をストップさせる魔法を発動させたんだ」





「そんな酷いって、どんな魔法よそれは」





「そこまでは分からない。だけど、もしかしたら催眠術のような魔法なのかもしれない。メガネを作ろうと思っても作れない。あるいはやる気が起きない魔法なのかもしれないし、そこまでは僕には分からないよ。でも、世の中からメガネとコンタクトレンズが着々となくなっているその事実は疑うことが出来ない事実、真実なんだ」





「鬼畜!」





「少しはやる気が出て来たかい?」





「そうね。私がやらなきゃ誰がやるって話だもんね」





「そうなんだ。こんなストーリーとして意味の分からない話は誰もが出来る事じゃない。君がやるしかないんだよ」





「ねえ、マリズ。自虐的な言い方はやめて。もっと誇りを持ってよ。私達の仕事に」





「うん。頑張ろう」





「自分を無理に鼓舞しないで。傷つくから。でもまあいいわ。確かに私しか出来ない仕事だからやるけれどもね」





 私は眼科医に立ち向かって行った。





 悪徳眼科医はポケットから何かを取り出した。





 眼科医との攻防は凄まじい物だった。時間の関係上割愛するが、相手に無理やりメガネをかける魔法、更にカラーコンタクトを相手の目に入れる魔法、そして治療用のレーザーを改造し、破壊目的に変えた破壊レーザー攻撃の魔の手を搔い潜りなんとか私は悪徳眼科医を倒す事に成功した。





「また一歩、姫としての器が大きくなったね」





 マリズに褒められて嬉しくなった私だが、本来ならば全てを事細かに不足なしに説明しなければ私の活躍の全てが分からないのに、時間の関係上と言って説明を割愛した事は、誰が見ているわけではないとは言え、果たして姫としての説明責任を果たしていたのだろうかと甚だ疑問に思ったりしたけど、姫はおてんば姫という事にして可愛く誤魔化そうと決めた。






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