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姫になる。

「あああああああー、姫になりてぇえええええーー!!」





 私はつい部屋の中で大声で叫んだ。





「うるせぇええええーーー!!!」





 すると一階からドンドンと威嚇するように音を立てながら上がってきた、母親にドア越しに怒鳴られた。





 その後、ドアを力一杯蹴られた。





「あうぅー」





 その威嚇音に私はしゅんとなった。





 ああ、何で私は姫になれないんだろうか。





 姫に憧れ続けて、早二十年。





 私は立派なニートになりました。





「おい!」





 母親がドア越しに叫んだ。っていうかまだドアの前にいたんですか……。





「な、何? お母さん」





「お前、何の仕事もしてないで、ただ家の金だけ食いつぶす気か?」





「い、いえ。そんなことはないです」





「何にもしないで、このまま死ぬまでここにいるつもりかよ」





「い、いえ。いずれは働くつもりでございます」





「いずれ? そんなこと信用出来るわけねえだろうが。いつまでも姫様に憧れて、部屋の中は天蓋付きで、姫様コスプレにばっかり明け暮れて、それ関係の本や、ゲーム、雑誌ばかり部屋に置いて、お前ふざけんなよ」





「わ、私の趣味に口出しするなあぁあああああああああ!!」





 私はプチンと切れて叫んでしまった。あ、まずい。





「おい、お前。今切れたよな。この間交わした約束覚えているよな」





「き、切れてないですよ。私を切れさせたら大したもんですよ」





「ごまかしてんじゃねえよ。言ったよな、この間。もう姫関係を侮辱されても切れないって。もし切れたら、この家から出て行ってもらうって」





「い、言って……」





「あぁん?」





「い、言いました」





「そういうことだ」





「そういうことって?」





「さっさと荷造りしてこの家から出ていけ。期限は明日までだ。お父さんには話をつけておく」





「そ、そんな。急に。私、どこへ行ったらいいの?」





「そんなの自分で考えろ! タコっ! もういい年した大人だろ!」





「うっ、うぅ」





 私はその場にがくりと膝をついた。





 床に膝をつき、うなだれている私を、お気に入りの二頭身姫人形が無表情な顔で見つめていた。


「ねえ。どうしよう……。カトリーヌ、マドレーヌ」





 私は二頭身姫様と、三頭身姫様二人に相談を持ちかけた。





『君なら、大丈夫さ』『まだチャンスはこれからさ』





 カトレーヌとマドレーヌが言ったような気がした。





「すんすん。ありがとう」





 私は鼻をすすって、保湿成分の入ったティッシュで鼻水を拭きながら、姫人形達にお礼を言った。





 あーあ、でも私これから本当にどうしよう。私仕事したことないし、家を出ても行くあてもないし、ましてや金も持っているわけでもないし。うわー。私かなり今ピンチな状態? でもだからって、誰かをパンチしたり、パンツを売ったりして金を稼ぐ気は毛頭ないし。私はだって、自分で言うのもなんだけど、清純だよ。うんうん。今まで誰とも付き合ったことないし、私キスだってまだなのよ。うん。そう、私決めているんだ。キスするのは結婚する人とだけだって……。キャッ!





 私は恥ずかしくなり、顔を両手で覆った。





 覆った両手の隙間から、目を覗かせ、自室の大きな1面鏡を見ると、そこには顔を真っ赤にした可愛い人が……。





「お、お姫様?」





 って私の顔だった。てへぺろ。





 私は自分の美しさに見とれて、しばらく鏡を見つめ続けていた。


その時だった。突如として声が私の頭の中に響いた。





 <助けて……助けて……>





 な、何だ? 声が頭の中に直接響き渡る。まるで誰もいない長いトンネルの中で、反響する声のようだ。





「だ、誰なの? あなた一体誰なの? ストーカー? 変質者? それとも変質者超能力者なの?」





 <なぎさ……助けて……>





「な、何で私の名前を知っているの? どこで私の個人情報を手に入れたの? どこから私に話しかけているの? 個人情報保護ってあなた知っているの? あなたがやっているのは立派な犯罪なのよ」





 <なぎさ……こっちを見てくれ>





「こっち? こっちってどこよ。上なの下なの左なの右なの? それとも北東なの? 北西なの? 南東なの? 南西なの?」





 <君から見て、北北西だ……>





「北北西? はあっ、めんどくさいわね」 





 私はポケットから方位磁石を取り出した。なぜ方位磁石を持っているのかというと、もし私が誰か姫である私が悪の一味にさらわれたりした時に自力で逃げ出し、方位を頼りに家に帰るためだ。





「こっちね」





 私は北北西を見た。北北西は窓がある方位だった。





「きゃっ!?」





 窓の外から、誰かが覗いていた。だけど、私はストーカーよー! 悪の手先よー! とは叫ばなかった。





 なぜなら、その人はとても小さくて、まるで小人のようだったからだ。身長は30センチぐらいだろうか。だけど、私が助けを呼ばなかった最大の理由はそれではなかった。





「し、執事?」





 その小人は執事の恰好をしていたからだ。





 <なぎさ……部屋に入れてくれ、なぎさ……僕をかくまってくれ……。いやなぎさ姫……>





「なぎさ……姫?」





 私はマッハで瞬間的に、無意識に条件反射的に窓を開けた。


「一体あなたは一体何者なの? そして何で私のことを知っているの? どこ中出身なの?」





「その質問は後にして、まずは僕を抱きしめて欲しい……」





「あらっ、あなた頭の中に響く声だけじゃなくて、普通に話すことも出来るのね……って、だ、だだだだだだだだ抱きしめるぅ??」





「は、早くしてくれ。追手が僕を狙っているんだ。早く君が僕を抱きしめてくれないと、追手に見つかる」





「あなたが、追手に見つかるのと、私があなたを抱きしめるのに一体何の関連性があるっていうの?」





「いいから早く、詳しくは後で説明する。ただ、君の秘められた姫パワーが僕の執事としてのオーラを隠すんだ」





「ひ、姫パワー? 私にそんなパワーが宿っているっていうの? わーい!」





 私は執事をぎゅっと力強く抱きしめた」





「い、痛いよ。なぎさ……でも、ありがとう」





「いいえ、いいのよ。セバスチャン」





「僕、セバスチャンじゃないんだけど……」





「え? 違うの? 執事は皆、セバスチャンって決まっているもんだと思っていたわ」





「とんだ偏見だよ。僕の名前はマリズって言うんだ」





「へえっ、マリズかぁ。カッコいい名前ね。どこかのバンド名みたいね」





「褒めてくれてありがとう」





「いいってことよ」





 すると、ガサッ! っと外で大きな音がした。





「まずい、どうやら来たようだ。僕が見つからなかったことを祈る」





「来た? 来たって誰が来たの? それともまた北を見ろっていうことなの?」





「し、静かに。君は何にも見えないようなふりをして」





「どういうこと?」





「いいから、窓の外から誰かが覗いても、気づかないふりをするんだ。分かったね」





「もし、気づいたそぶりを見せたら、どうなるの?」





「君は殺される」





「ひっ? こ、殺される? 殺すって。あの殺す? 死んで魂が肉体と切り離されて、またどこかの新たな肉体に宿り、赤ちゃんからやり直すっていう、あの殺す? 嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だー! だってせっかくここまで来たのに、ここまで必死で生きてきたのに、足し算も引き算も、九九も割り算も掛け算も、ルートも四捨五入もフレミングの法則も三権分立も必死で覚えてきたのに、また忘れて一から覚えなくちゃいけないってわけ? っていうかまた日本に生まれるとは限らないじゃない。ってことは今私が嵌っている、創刊60周年記念を迎えた、集談社のイケイケ姫エデンがもう読めなくなっちゃうってことじゃないーーー!!」





「だから、死にたくなかったら、気づかないふりをするんだ!」





「気づかないふり気づかないふり気づかないふり気づかないふり」





 私は頭の中に理想の姫を描いて、妄想の中に入り込んだ。





「す、すごい。完全に姫モードに入った。なぎさ……君は凄い姫の素質を備えている」





 マリズが私を褒めたけど、姫の妄想に入っている私には、彼の声はただの声の旋律にしか聞こえなかった。





 急に窓の外に影が現れた。





 な、何? 何なの? あれは……。





 窓の外に現れたのは、身長2メートルはありそうな、巨漢の鬼だった。頭に角が二つ付いていて、牙をむき出しにしている。





「目を合わさないで」





 マリズが小さな声で言った。





「分かっているわ」





 私も、口をほとんど動かさない、小さな声でマリズに言った。





 私は窓の方を眺めながら、今日は「夜空が綺麗だなあ」と鬼に聞こえるような声で独り言をつぶやいた。





 鬼はそれを聞いて、自分が見えていないと悟ったのか、窓から姿を消した。





 しばらくすると、「ふうっ」とマリズが大きくため息をついた。





 私も、少し安心して「はあっ」とため息をついた。





 そして鬼が完全に消えたのを確認するために窓に近づき、窓の外を見た。





「ばあぁ!!」





「キャッ!!」





 鬼が窓の外から急に再び姿を現した。





「ま、まずい。君に鬼が見えているということが、鬼にばれてしまったぞ!」





 マリズが焦ったような口調で言った。





「やはり、気づかない振りをしていたか。一回姿を消して、安心した所に急に姿を見せ、反応を確認する。これが俺のやり方だ。これで今まで何人も、気づかないという演技を見破ってきた。お前はまんまと術中にはまったな」





「どうしようどうしようどうしようどうしようどうしよう!」





「このままではまずい。なぎさ、このままでは殺されるぞ」





「な、何か方法はないの?」





「ある。一つだけ。そして、僕はそれを、なぎさにお願いしに、なぎさの所までやってきたんだ」





「どういうこと? 単刀直入に早くいってよ。焦らさないでよ。執事なんでしょ。私は将来どこかの国の姫になる予定なのよ? こんなと所で死んでいい器じゃないのよ。私は」





「それは好都合だ。じゃあ、良く聞いてくれ」





「うん」





「僕と契約して、僕の国のお姫様になってよ」


「はっ? ちょっと待って? 何言っているの?」





「だから、僕と契約して僕の国のお姫様になってよ」





「う、うわっ。え? 頭が混乱してわけわかめスープみたいになっているよ」





「わかめスープになっている時間はないよ。はやくしないと鬼がこの部屋に入って来て、君は殺されちゃうよ」





「で、でもいきなりお姫様になってって言われても、そんな急に。いや、嬉しくないわけじゃないんだよ。でも頭の中がまだ整理つかなくて、本当にどうしよう。考える時間が欲しいんだけど」





「あ、ああああ。お、鬼が」





「えっ? 鬼がどうしたの?」





「鬼が、玄関の方に向かったよ。玄関からどうやら侵入してくるつもりらしい」





「げ、玄関から? でも、ど、どうして。窓ガラスをぶち破って入ったりはしないんだ。鬼なのに」





「まあ、彼らは彼らなりに自分の流儀ってものを持っているのかもしれないね。それとも単に音を立てたくないだけなのかもしれないけれど」





「でも、一般の人には鬼の姿は見えないんでしょ?」





「それはたしかにそうだけど。だけど、世の中には鬼を専門に退治する鬼撲滅組織というのが存在しているんだ。鬼は彼らに見つかるのを恐れているのかもしれない」





「ふ、ふーん。いろんな組織があるんだね」





 ガチャガチャ。





「な、何か玄関から音がするよ。マリズさん」





「うん。たぶん鬼がピッキングをして家の中に侵入しようとしているみたいだね」





「ピ、ピッキング? 鬼もそんなことをするの?」





「鬼を舐めちゃあいけないよ。彼らは単に脳筋ではないんだ。彼らは、訓練されていて、車はおろか、電車や新幹線や、飛行機や一輪車も運転することが出来るんだ」





「嘘っ。って一輪車ってそれただの特技な気がするけど」





「細かいことは今はいい。だけど遅かれ早かれ鬼はこの家に侵入してくるよ。大丈夫なの? この家のセキュリティーは?」





「う、うん。ピッキング対策は施してあるし、ホームセキュリティーのアルソックにも入っているし、大丈夫だと思うよ」





「それは良かった。でもまだ安心してはいけないよ。彼らは腐っても鬼なんだからね。もし家にピッキングで入れないとわかれば、ドアをぶち壊して入ってくるかもしれない。彼らの行動は僕でさえ予測がつかないよ」





「う、ううう。鬼畜野郎め」





「さあ、早く考えて。僕の国のお姫様になるのかならないのか」





「そ、そんなに急かさないでよ。でも、仮に私があなたの国のお姫様になったとして私にメリットはあるの?」





「メリット? シャンプーのことかい? それならすぐにお城にメリットシャンプーを取り寄せよう」





「違うわよ。私にとって利益になることはあるのかって意味よ。なんでメリットシャンプーが出てくるのよ。それに私が使っているシャンプーはヘアレシピよ」





「ああ、利益のことか。うん。もちろんお姫様になるんだから。メリットはある。というかメリットだらけだよ」





「例えば?」





「例えば、君は毎日の食事内容を自由に決められるし、シェフに全部お任せすることも出来る。ミシュラン五つ星の料理だって、バイキングで食べ放題だ。君のいるこの世界の食べ物全てを提供することも出来るよ」





「え? マジ?」





 私は頭の中に自分がお姫様になっているイメージを抱いた。う、うわー。さ、最高じゃないですか。





 やばい。まだあるのかな。わくわく。





「ほ、他には?」





「他にはどんなことが望みだい?」





「スポーツだって色々やりたいし」





「それはもちろん当たり前だよ。別にスポーツは強制ではないけれど、姫様の健康を維持する為にどんなスポーツだってやることが出来る。インストラクターをつけたりしてね。まあ、よっぽど危険なスポーツを除いてだけどね」





「ふ、ふーん」





「他にはあるかい?」





「ま、漫画とか。ゲームとかは?」





「この世界にある漫画やゲームは僕達の世界の人々にとっても娯楽になるし、この世界について知るための勉強にもなるから全て現在進行形でタイムリーに集め続けている。だからこの世界とのタイムラグは存在していないはずだよ」





「う、うっひょー」





 あっ。つい心の声が……。私ってはしたない子。





「ど、どうしたんだい? 急に変な声を出したりして」





「な、何でもないわ。マリズ」





「お、何だかさっきよりもお姫さまっぽい口調になっている気がするけど、もしかして少しはお姫様になる気になったかい?」





「おほほほほっ。まだ熟考中よ。少し、待って下さるかしら?」





「凄い。やっぱり君はお姫様の仕草が様になるね」





「ありがとう」





 私は素直に喜び、口元に右の手の平を当てて、おっほっほと笑った。


ガチャ!





「あっ、玄関が開かれる音がしたわよ」





「どうやら、ピッキング対策を上手くかい潜ったらしい」





「そんなに冷静に言わないでよ」





「でも、君の親は全く気付いた様子はないね。まあ、それはそうだ。姫のオーラを身につけていない一般人にはただのドアの音にしか聞こえないからね」





「ど、どうしよう」





 ドンドンドンドン!





 鬼が階段を上がってくる音と振動が、私の耳に聞こえてくる。ああ、だんだんと音が大きくなってくるわ。





「どうするのかい? もし仮に君が殺されたとしても僕には君を生き返らせる術は持っていないんだ。もしそうなったら僕は違う、姫になれる才能の人間をこの世界から新たに探し出して、僕の国へ戻るまでだ」





「そんなに簡単に姫になれる才能を持った人間はいるものなの?」





 私は少しがっかりして聞いた。私だけが特別な存在だと思っていたからだ。





「いや、なかなか見つけるのは難しいだろうね。僕は今まで100ヶ国以上の国々を巡り姫になり得る才能を持った人物を探してきたけれど、見つからなかった。で、やっと僕はその才能を持った君を見つけたんだ」





「え? 100ヶ国以上? それ本当?」





 私は無性に嬉しくなった。





 100ヶ国以上巡って、私しか見つけられなかったとマリズは言っているのだ。つまり、やっぱり、くっきり、はっきり私は分かったので言った。





「やっぱり私……特別なんだ」





 私の顔はたぶんだけど、姫様のように凛としていたと思う。


ガチャッ!





 勢い良くドアが開かれた。





「来たよ!」





 マリズが額に汗を流しながら震えた声で言った。





「ええ。そのようね」





 私はもう決心していた。お姫様になるということを。もう私はどっち道、このままでは殺されるし、殺されないとしても家を追い出されるので、この先の人生の展望は見えず悲観して、道は行き止まりで八方塞がりだったからだ。





「ういっーす!」





 鬼はドアの入口をまるで暖簾を潜るように入ってきた。





「狭くて敵わねえや」





 鬼は口を歪めて笑った。





 鬼は手のひらを上に向けた。





「ぬうっん」





 鬼が力を込めるように、唸りを上げた。





 顔と、腕にはいくつもの血管がはちきれんばかりに浮いている。





「金棒カモン!」





 言った直後、鬼の手の平に光が集まりそして……。





 鬼の手には金棒が握られていた。





「これが本物の鬼に金棒だぜ」





 へへっと笑って鬼は金棒を背中に回し、振りかぶる体制をとる。





「私、姫になるわ」





 私は執事のマリズに言った。





「よく、決めてくれた」





 マリズは言うと、手を左手を後ろへ回し、右手をお腹の辺りに持ってきて、敬礼をした。





 刹那、執事が輝いた。





「僕は、執事。姫であるあなたの執事。これからいかなる時でも、あなたの傍であなたのお世話をし続けます」





 執事は光の球となって私の頭に移動した。





 カッ! 





 光が収まると、私の頭にはティアラが燦然と輝いていた。


「これからは、僕と君は一緒だよ」





「そう、何だか常に監視されているみたいであまりいい気はしないけれど」





「そんなこと、言わないでくれよ。言わば僕は君の使い魔みたいな存在なんだから。もし、話かけられるのが嫌なら、僕は君の判断で自分の意志を消しさることだって可能だよ」





「あらっ、そうなの。考えておくわ。だって年がら年中監視されていたんじゃ、トイレにだって行けはしないからね」





「ああ、なるほど」





 マリズは笑って言った。





「それとも、僕と能力を分断するかい?」





「分断? 出来るの?」





「うん。能力を君だけに授けて、僕はなんの変哲もないただの執事になる。そんなことも可能なんだ。もちろん、君が死んだら能力は返してもらうけど」





「それを最初に言ってよ。能力だけ頂戴!」





「分かった。そうするよ」





 マリズは言うと、ティアラから一粒の光が抜け出してきた。





 その光の粒は、私の目の前で大きく広がると、再び執事マリズの姿へと形を変えた。





 私の頭にはティアラが未だ燦然と輝き続けている。





「君はそのティアラをはめている限り、姫の能力を使うことが出来る。もちろんそれは君に秘められた。君の中に存在する姫パワーを引き出すだけだけれど」





「あなたは? あなたの能力はこのティアラによって全てなくなってしまったの?」





「まあ、そうだね。僕の能力は全てそのティアラに託してある。今僕に出来ることは僕のいる世界では誰しもが身に着けている能力ぐらいだね」





「そうなの。ちなみにどんな能力が使えるの?」





「まあ、妖精のように飛ぶぐらいだね」





「そう。じゃあ、私も空を飛ぶことが出来るようになったの?」





「出来るよ。ただ、今はそれどころではないだろう」





 ハッ!





 私はその一言で、今の自分の置かれている現状に気付いた。





 鬼さん……。





 私は恐る恐る、後ろを振り返った。





 鬼が憎しみに燃え上がる瞳で私のことを射るように見ていた。





「もう会話は終わったのかい?」





 ピキピキ!





 鬼の血管が切れるような音が私の耳に響いてきた。





「あら、ごめん遊ばせ。準備オッケーよ。愚民よ」





 私は斜め四十五度の角度から澄ましたような顔で鬼を見上げて言った。





 それを聞いた鬼が、ドタドタと床が抜けるような、勢いで大きな音を立てて、私の方へ向かってきた。





「平伏せ! 民よ」





 私が言うと、鬼は動きを止めた。そしてゆっくりと正座をした。





「ハハーッ! 姫様。お気に召すがままに……」





 鬼は両手を揃え、頭を床にこすり付けるように私に向かって、頭を垂れた。





「おっほっほっ!」





 私は、クジャクの羽で作った扇子でゆっくりと顔を仰いだ。


「すごいっ! これが姫パワーなの?」





 私は自分でやったことながら、姫パワーの能力に驚いた。





「うん、その通りだ。だけど、まさかただの平伏せだけで鬼を従えることが出来るとは思わなかったよ。鬼は僕の世界でも、位が高くて例え姫であろうとも従えることは容易くない。君の器は計り知れないよ」





「まあっ!」





 私は両手を合わせて喜んだ。





 すると、一階からドスドスと音が響いてきた。





「な、何だい? ま、まさかまた鬼が来たのか?」





 マリズが困惑の表情を浮かべる。





「いや、違うわ。あれは私のママよ」





「えっ? 君のお母さん?」





「ええ、そうよ。足音の癖で分かるわ。でも、お母さんにあなたや鬼は見えないのでしょう?」





「うん。だけど、大丈夫なのかい? 凄い勢いで、まるで威嚇するようにこっちへ向かってきているけど」





「いいのよ。もう私はあなたの国の姫になったのだし、この家は私にとってただのあばら家だわ」





「いいのかい? 君を育ててくれた両親だろう?」





「で、でも。私はもうこの家から出て行かなくてはいけない身分だし。関係ないわよ」





 ドンドンドン!





 部屋のドアが勢いよく、叩かれた。





「おい! 飯の時間だぞ! 早く来いよ」





 ママは言うと、来た時と同じようにドスドスと音を立てて、階段を下りて行った。





「行っちゃったね」





「うん」





 いくら家を出ろと言われても、ちゃんとご飯には呼びに来てくれるママ。今まで気づかなかったけど、実は私のことを考えてくれていたのかもしれないな。家を出ろと言うのも私の為を思ってのことなのかもしれない。





「じゃあ、やっぱりなおさら……」





 私は呟くと、言葉を続けた。





「姫になって、立派になってこの家に帰ってこなきゃ」





 私はすくっと立ち上がった。


「ところでこの鬼どうするの? まさか奴隷のように従えるってわけでもなさそうだし……」





「君が望むなら、それは不可能ではないよ。ただ、やはり鬼は扱いが極めて難しい。従えていたと思っていても、いつ反乱を起こすか分からないからね」





「うわっ。本当? 姫パワーを持ってしてもそれは制御が出来ないの?」





「うん。こればっかりは鬼の潜在的な、干渉できない部分だからね。遺伝子的に見てもなかなか難しいよ。ある程度は、思い通りに動かせても、それ以上の部分ではまだどこまで従えることが出来るか、分からないね。未知の領域だよ」





「じゃあ、反乱を起こした鬼もいたってこと?」





「うん。前例があるからそう言ったんだ。実は君の前の前の姫も鬼に殺された。鬼を従え操っていたにも関わらずだ」





「えっ? 前の前の姫も?」





「うん。鬼を従え、魔物退治を行っていたんだけど、姫の姫パワーが落ちた時に、鬼が急に反旗を翻して、姫に襲い掛かったんだ。哀れ、姫は予期していなかった事態になすすべもなく、瞬く間に鬼にやられ、死んでしまったんだ」





「うっ。うぅう」





「だから、鬼を仲間にすることは慎重に考えた方がいいよ」





「そ、そうね」





「でも、もしまだ結論が簡単には出せないのなら、一旦鬼を封じて、切り札で出すってことも出来る」





「ふぇ?」





「鬼と、契約をすれば鬼を自在に召喚することが可能になるんだ。ただしそれには条件がある」





「鬼を連れて行かなくても、鬼を召喚出来るの? じゃあ、そっちの方がいいじゃん。折り畳み傘みたいに便利でさ」





「そうだね。そっちの方が襲い掛かられる心配が少ないからね。まだ姫になったばかりの君には合っているかもしれないね」





「じゃあ、その条件っていうのを教えてよ」





「うん。その条件っていうのはね……」





 マリズはしばし間を置いてから言葉を続けた。





「契約する者とキスをすることなんだ」





「ふぅーん。キスねえ。キス……。うん? キス? キス……キス……キス……キス……。え、ええええええええ!!?」





 私は知らず知らずの内に絶叫を上げていた。


「キスって、あのキス?」





「うん。あのキスだ。魚じゃない方のキスだ。接吻とも言うね」





「はあっ? 何で私がキスをしなくちゃならないの?」





「いや、キスをする、しないは君の自由だよ。ただ、鬼を自分のしもべにしていつでも召喚出来るようにする為には、キスをしなくてはならないんだよ」





「何で? 何でそういうことになるの?」





「うん。それには姫パワーの持つ特性が関わってくる。姫パワーは自分の秘めた姫の能力を最大限に引き出すことが出来るが、それはあくまで自分に関してのみだ。それを相手に注入するには直接それを相手の体の中に送り込まなけれがならない。それにはキスが一番適しているんだよ」





「そんなこと言われたって……手を握るとかじゃ、だめなわけ?」





「手を握ったところで、注入できるエネルギーには限りがあるよ。それにその方法だとエネルギー授与の効率が悪すぎて、効率が良くない」





「効率って。効率のことだけ考えて、私の心につく傷のことは考えないわけ?」





「傷? 一体何が心の傷になるっていうんだい?」





「だって私……まだキスしたことないんだもん」





「そうか。君はまだキス未経験なんだ。だけど、それとこれとは関係があるとは思えないね」





「どうして?」





「だって、鬼は人間とは種族が違うからね」





「種族が違えば関係ないっていうの?」





「じゃあ、君は犬に舐められることが耐えられないかい?」





「ううん。私犬好きだもん」





「犬に顔を、あるいは口をぺろぺろされても良いのかい?」





「されたことないけど、そんなに抵抗はないかもしれないわ」





「そうだろう。それと一緒だよ。鬼だって同じだ。鬼と人間は種族は違う。だから鬼にキスするのと、犬にキスするのは対して違いはないよ」





「いやいやいやいや。それとこれとは違うでしょ。ペットの犬は懐いて、可愛いし、小さいし、言うことも聞く。でも鬼はでかくて厳ついし、言葉も喋って人間っぽいし、言うことも聞くかどうか分からないんでしょ。全然違うよ」





「そうか。それならば、諦めるしかないね」





「でも手からでも、姫パワーを送れるんでしょ? 効率が悪いって言っても」





「そうだね。送ることは可能だね」





「どのぐらい時間がかかるの? 手からパワーを送ると」





「うん。キスだと、数十秒でパワーを送ることが出来る。だけど、手からパワーを送ると、数分かかる……」





「対して違いねえーー!!」





 私は憤怒して絶叫に近い声を上げた。


「そうかい? 数分と数十秒じゃ大分違うと思うけど」





「いやいやいや。たった数分の違いで心に一生の傷を負うのと、負わないのとでは天と地ほどの差があるわよ」





「そうか。でも、今はそう言っていられるけど、もしこれが一秒を争う出来事だったら君は死んでいる可能性があるよ」





「え? 死ぬ? でも私はもうお姫様なんだから、固い護衛に守られてもう安心なのよね」





「え? 僕言っていなかったかい? 姫になってからが、君の本当の仕事が始まるんだよ」





「は? 仕事って何? 民に向かって手を振っていればいいんでしょ? あと適当に自室で優雅に過ごして、飯食ったりして」





「そんな訳ないじゃないか。姫になったからにはそれ相当の責任や義務がある。君はもう僕の国の姫になったんだから、君の命はもう君だけのものじゃない。君はもう一般市民とは違うんだから。今までみたいにぐーたらのんびりと過ごして生きていくことは出来ないよ」





「嘘でしょ。なんか最初の説明と違う気がするんだけど」





「僕は嘘は言っていないよ。君の姫としての生活は保障する。だけど、姫になった以上は姫としての責務をちゃんと果たしてもらわなければならないっていうだけだよ」





 ま、まあいいわ。とりあえず、姫の生活っていうのを一度体験してみようじゃないの。ぐだぐだと考えるのは体験した後だわ。





「分かったわ」





 私はしぶしぶ頷いた。





「分かってもらえて嬉しいよ。で、この鬼はどうするんだい?」





「あっ、忘れてた」





 私は、未だ床に頭をくっつけてひれ伏している鬼を見て言った。





「契約するわよ」





「そうか。でもどっちから姫パワーを送るんだい?」





「手からに決まっているでしょう!」





 私は怒鳴るように言うと、鬼に向かって言った。





「頭を上げい。そして我に、左手を差し出すのじゃ」





 鬼は頭を上げると、左手を私に向かってゆっくり、そーっと差し出した。





「うむ。綺麗な手をしておる」





 私は鬼の差し出した左手を見て言うと、自身の右手を鬼の左手と重ね握手をした。





「これからどうするの?」





 私はマリズを見て言った。





「うん。じゃあ今から説明するね」





 マリズは頷いた後、そう言った。


「まず、自分がお姫様であることを強く頭に意識する。そして自分の頭の中で民に城から札束をばら撒くようなイメージで、自分の姫パワーを、相手の目を、つまり今回は鬼の目だね。鬼の目を見ながら、エネルギーを配る、委ねるイメージで手に集める。そして渡す。どう? 簡単だろう?」





「ふーん。結構簡単そうじゃない。ただ、相手の目を見て、エネルギーを配ればいいんでしょ。札束みたいに」





「そうだ。でも、言うは易し、行うは難しだよ。そんなに簡単に出来るとは思えないけどね。まあとりあえずやってみよう」





「そうね」





 私は自分の頭の中で、自分がお姫様であることを強く意識した。





 私はお姫様。この世で、この太陽系で、この銀河系で、この宇宙で一番のお姫様。誰だって私に敵う者はあるはずないわ。





「うふふっ、うふふっ」





「ちょ、ちょっと。姫の世界に浸りすぎだよ」





 マリズが困ったように私に言った。





「あらそうっ?」





 でも、何だか私の体がポカポカとほてっているわ。恍惚な気分を感じるわ。





「それにしても凄い姫パワーだ。やはり、僕の目に間違いはなかったよ」





 私はマリズが言う言葉を後目に、鬼の目をじっと見つめた。





「ひ、姫様……」





 鬼は恍惚の瞳で、目をうるうるとさせながら私のことをまるで私の信者のようにじっと見つめている。





「うっわ。やばいこの感じ。癖になりそう」





 私は心の中が、心地良さで、ぞわぞわと沸き立つのを感じた。





「早く続きを行ってくれ。早く姫パワーを注入しないと君は魔物になって死ぬよ」





「は? は? ちょっと待てよ、お前! そんなこと早く言えよ! 何後出ししてんの? 死にたいの? ねえ、お前死にたいの?」





「まあ、嘘だけどね。ちょっとした執事ジョークさ。君の性格を把握する為にやったことだ。許してくれ」





 マリズは私に敬礼して言った。





「お前、後で覚えてろよ」





 捨て台詞を吐いた私は、途切れた集中力を頭の中に理想の姫をイメージして取り戻すと、再び鬼の目をじっと見つめた。そして、姫パワーを札束を配るようなイメージで鬼に渡す動作をした。





「はあっはあっ」





 その直後、急に疲労が襲ってきた。うわっ、何これ。





「す、凄いよ。一発成功だ。君は天才だよ。っていうか君は生まれながらのお姫様だよ。君は一体何者何だい? もしかして前世がお姫様だったのかい?」





 マリズがえらく、感心、興奮した様子で私に言った。


「成功したって……こと?」





「うん。そうだ。君は素晴らしい」





「褒めてくれてありがとう。じゃあ、これで私はこれから鬼を自在に召喚出来るってことなのね」





「ああ、そうだ。ただし、今現在召喚出来るのは契約したこの鬼だけだけどね」





「今現在ってことは、他の違う鬼も召喚出来るようになるかもしれないの?」





「それは君次第だね。君が姫の修行を怠らずに、姫としての素質を更に磨いていけば、君は僕から見て十分にダイヤの原石だから、不可能ではないかもしれないね」





「ええ? 私ダイヤの原石なの? ダイヤ自体じゃないの? ちょっと心外~」





 私は、どんだけ~みたいな言い方でそう言った。





「いや、実を言うと君はもう僕から見たらダイヤそのものだよ。だけど、君はもっともっとキャラットを大きくすることが出来る」





「うわっ、うれすぃー。ちなみにだけど、他の違う鬼ってどんな鬼を召喚できるの?」





「それのことなんだけど。実はまだ、成功した人が誰一人として存在していないんだ」





「ふぁっ? 存在していない? 何それ。空想なの? 妄想なの? それともただの概念なの?」





「いや、なんて言えばいいのかなー。一言で言うと伝説的な存在ってやつ?」





「なにそれ、信用できないじゃない」





「でも、古文書に記されているんだよ。伝説の姫なら色々召喚できるって」





「伝説の姫? 何それ。私のことじゃない」





「凄い自信だ」





「自身じゃないわ。確信よ」





「そうか。でも君は確かに今まで出会ってきた姫の中で何かが違うと思う。オーラもそうだけど、キャラ的なのも含めてね」





「テンキュー」





「なぜそこで、英語なのかが分からないよ。全くもって君のキャラは予測が出来ないよ。まるで、気まぐれな梅雨のようだよ」





「あら詩的な表現ね」





「執事だもの」





「う、うん」





 私は返答に戸惑った。





 でも、私がもし仮に伝説の姫だったとしたら。





「うわぁ、夢が広がるわー」





「ど、どうしたんだい急に」





「ご、ごめん遊ばせ。つい妄想が肥大して夢が拡大して、頭の中から喜びの声が漏れてしまったわ。姫としたことが恥ずかしい」





「そ、そうか」





 マリズが少し困惑して言った。





「ねえ、じゃあこの鬼を召喚出来るってことはこの鬼を消すことも出来るの?」





「そうそう。この鬼はもう君の使い魔だから自由自在にマジシャンのように出したり、消したり出来るよ。ただし、君の姫パワーがある時だけだけれどね」





「えっ? 姫パワーがある時って?」





「ああ、説明していなかったっけ。姫パワーっていうのはロープレで言う所のMPだね。使い魔を召喚したり消したりすると消費して、姫パワーがなくなると召喚したり消したり出来なくなる。あっ、姫パワーがなくなると自然に消えるか」





「ふーん。姫パワーねー」





 私は自分にどれぐらいの姫パワーがあるのか考えてみた。でもよく分からなかった。だから聞いた。





「ねえ、私にはどれぐらいの姫パワーがあるの? 教えてちょんまげ」





「教えてって言われても、君には、かなりの底知れぬ量の姫パワーが存在しているから説明するのは難しいかもしれないな」





「うそ、ほんと? ラッキー! で、どのぐらいの量? この鬼を召喚できる回数で言うと?」





「この鬼の召喚できる回数かい? ちょっと待ってて、今調べてみるから……」





 マリズは言うと、電卓っぽい物を取り出し指先で弾き出した。





 カタカタカタカという、軽快でリズミカルな、心地よい音が耳に届いた。まるで旋律みたい。私姫はそう思った。オシャレでしょ。





「はい出たよ」





 マリズが言った。





「どのぐらい?」





 私はすぐに、反射的に聞いた。





「うん。33億4231万3289回召喚出来るよ」





「わーい」





 何か私の姫パワーが凄すぎる気がして、脳のネジが外れた気がしてそんなお花畑な感想を私は言った。


でも、冷静に考えれば考えるほど、その鬼を召喚出来る回数が多い気がした。これは鬼を召喚する姫パワーが少ないのかあるいは私の中に潜む姫パワーが凄すぎるのか自分ではよく分からなかった。





 でも、33億回召喚ってもうそれ現実的に不可能な数字じゃない。プールから数滴水をすくって使うような感覚なのかなあ。よく分からんけれども。





 あ、でも今気づいた!





 鋭いことに気付いた流石な私はマリズに質問してみることにした。





「質問~~!!」





「なんだい急に? 何かあったのかい? もしかして目に見えない敵の攻撃を受けているのかい?」





「失礼ね、本当にただの質問よ。あのさあのさ、姫パワーってさ、消費したらどうなるの? ゼロになったら死んでしまうの? 消費しても回復することは可能なの?」





「なんだいそんなことかい。僕はてっきり本当に敵の強襲を受けているのかと思ったよ。あるいは君の中に別人格がいるのかと思ったよ」





「私は多重人格者じゃないわよ!」





 私は憤慨して言った。





「そうか、それは良かった。多重人格者と契約したら僕の身が持たないからね。僕は実は人見知りなんだよ。だからころころと人間が入れ替わったら僕の方も、急に頭を切り替えられなくて混乱して、もしかしたら、テーブルにテーブルクロスをひき忘れてしまうかもしれないよ」





「そうなの……ってテーブルクロスをひき忘れても別にいいじゃない!」





「いや、そうはいかないよ。僕は執事なんだ。執事には執事としてのプライドっていうものがある。執事としての責務をちゃんと果たしていかないと、僕の執事パワーはどんどんと下がっていくよ」





「執事パワーってそんなのもあるの?」





「それはそうさ、執事パワーに限らず人間のどんな職業だってその職業のパワーは存在する。その責務をちゃんとこなさないとパワーは上がらないし、逆に下がっていくばかりだよ」





「ふーん。でもちょっとよく分からないわね」





「じゃあ、例えば美容師がいるとするよね。その美容師が眉毛を整えるつもりが間違えて逆に、眉毛を繋げてしまったらどうだい?」





「!!?? そ、そんなこと、あるわけないけど許されることではないわあ」





「そうだろう。もし美容師がそんなことをしたら美容師としての資格はないし、先輩にいや輩先にしかられて客から苦情も来てモチベーションも下がり、美容師としての腕は落ちていくだろう。下手すれば美容師としての活動自体出来なくなる」





「確かに……。なるほど。だからマリズも執事としてのプライドを持っていなくてはならないってことね。って輩先ってなんで業界用語??」





「そういうことだ、まあ美容師の話と僕の執事の話では事の大きさも違うから一概には同じとは言えないけどね。業界用語は昔の名残さ」





「昔? 昔って一体何? あなた過去にどんな職業についていたの??」





「まあ、それはいずれ話す機会があれば話そう」





「そうっ、分かったわ」





 私はマリズの説明を受けて納得した。と思ったら全然違う話をしていたことに私は気づいた。


「ちょっと、私がした質問に答えてないじゃない!」





 私は少し憤慨して言った。





「君の質問?」





「そうよ。姫パワーを使って消費してゼロになったら死んでしまうの? っていうことと、姫パワーは回復するの? っていうことよ」





「ああ、そんなことか。その答えは至極簡単だよ。姫パワーは筋肉みたいなのだ。使えば鍛えられてもっと強固になるし、使わなければ衰えていくばかりだ。使って筋肉が筋肉痛で動かなくなってもまた回復するように姫パワーもいずれ回復する」





「そうなの。良かったわ。でも、筋肉に例えるなんてあなた面白いわね」





「いや、ただ君に分かりやすいように筋肉に例えて言っただけさ。でも、筋肉をもっと鍛えたいなら、栄養もきちんと採る必要があるように、姫パワーも鍛えるためには栄養をきちんと採る必要がある」





「栄養? 一体どんな栄養なの?」





「うん。姫パワーの栄養は姫を構成する為の重要な物だ。だけど、君はそれが十分に採れている。大したもんだ」





「私が? 一体どういうこと?」





「君は姫としての素質を備えているだけじゃなくて、海外の姫についての歴史に興味を持ち、雑誌やらを漁ったり、コスプレをしたりしている。そして姫としての口調にも気を付け、見るテレビも姫物ばかりだ。食べ物に関しては姫と同じ食事というわけにはいっていなけれど、君は常に頭の中に自分の理想の姫をイメージしている。これは栄養としては素晴らしい」





「つまり、姫パワーの栄養は姫について深く掘り下げたり、興味を持つっていうこと?」





「そういうこと」





「なんだ簡単じゃん」





「君にとってはそうかもしれないね。でも普通の人にとってはそれが難しい」





「そうかもしれないわね。オホホホホ!」





 私は口元に手を当てて、お上品に笑った。





「さあ、こんな所でいいかい? 準備はオーケイかい?」





「準備? 何のこと?」





 私は頭に、はてなを浮かべて言った。





「何言っているんだい。君はもう僕達の国のお姫様なんだよ。もう君の家はここではない。さあ行くよ。僕達の国、『シャバダダバダドゥビドゥバ』へ」


「シャバダダバダドゥビドゥバ?」





「そう、それが僕が住んでいる国の名前だ」





「何だか、胡散臭いっていうか、ダサいっていうか、変な名前ね」





「失礼な姫様だなあ。これでも歴史はずいぶんとある国なんだよ」





「ふーん、そう。で、その国はどこにあるの?」





「ここから、この惑星の科学技術を使ったらロケットで数十万年はかかる距離にあるね。まあ、僕達の科学技術を使っても対して差はないけれど」





「え? あなたの住む、いえこれから私が住む国ってそんなに遠くにある国なの? っていうか宇宙の他の惑星にある国なの?」





「その通りだよ。君は一体どこに僕の住む国があると思っていたんだい?」





「いや、分からないけど、漠然と地底だとか、魔界だとか、平衡世界だとか、裏地球とかそんな感じの所にあると思っていたわ……じゃあ、あなた宇宙人なの?」





「君から見ればね。でも、僕から見たら君は宇宙人だよ」





「はっ!? そ、そうよね。あなたからみたら私は宇宙人よね。たしかに。あなたなかなかやるわね」





「光栄です! お姫様」





 マリズは冗談っぽい口調で笑って言った。





「でも、じゃあ、どうやってこの地球まであなたは着たの? ロケット? でもあなたさっき言っていたじゃない。あなたの国の科学技術も私の住んでいるこの地球と大差ないって」





「そうだね。たしかにそう言った。僕の国のロケットを使っても数十万年ぐらいかかると思うよ」





「じゃあ、一体全体どうやって……」





「考えてごらん。僕は君に何を授けた?」





「姫パワーよ」





「姫パワーを授けたら何が使えるようになった?」





「ん? ……ま、まさか。魔法? 魔法を使ってあなたはこの地球にやってきたでありますか?」





「その通りだよ。なんか今の君の言い方変な言い方だったけどね」





「そうでありますか。だが、魔法を使えるのならばなぜロケットなどを開発しているのでありますか?」





「その言い方まだ続くんだ……。まあいいや。なぜロケットを開発か。なるほどね。鋭い所をつくね。お姫様は。実は魔法を使えると言っても、一部の人間だけなんだよ。しかもその魔法が使える容量は極めて少ない。だからそう簡単にはこんな遠い星へは来れないんだよ」





「では、なぜこの星へ来れたのでありますか?」





「うん。それはね。まあ、魔法を貯める容器があってね。そこに魔法が使える人が集まってそこに皆で魔法のエネルギーを貯めたんだよ」





「いわゆる一つの魔法瓶というやつですね」





「瓶じゃないけどね。まあ、似たようなもんさ。そこに貯めた魔法エネルギーの詰まった容器を僕が授かり、そしてそれを使ってこの星までやってきたんだ。実はもうその容器の中にはほとんど魔法エネルギーはなくなっていて、僕の星へ帰れる分だけしかないんだよ」





「そうでありますか。でも帰れるのならばいいではありませんか」





「そうだね。でももっと君に魔法を見せてあげたかったし、空とかも一緒に飛んでみたかったけど、まあそれは国に帰ってからすればいいだけだしね」





「そ、空も飛べるでありますか?」





「うん。そうだね。僕の星に帰れば、星自体から魔法エネルギーが出ているから、空を飛ぶことはたやすいと思うよ、ってまだその言い方続けるの? いい加減なんか疲れてきた」





「そう、ごめん遊ばせ」





 私は口調を元に戻した。





「ようやく普通の口調になったね。安心したよ」





「いえ、いいの。でも空を飛べるのかー。凄いわ。私夢だったの。空を自由に舞ってみることが」





「それは良かった。じゃあ、そろそろ行くかい? 僕の星へ」





「分かったわ。行きましょう。あなたの……いや、これからは私も住む星へ」





 マリズは頷くと、漫画やドラマなどで執事がするようなスマートなお辞儀をした。


マリズはまるで忍者のように印を結ぶと、ゆっくりと目を閉じた。





 これから一体何が始まるというのだろうか。





 わくわく感と、不安感がマーブル模様のように複雑に混ざり合った気分に私はなった。





「えいっ!」とマリズが声をかけると、私とマリズの目の前に一升瓶ほどの大きさの瓶が現れた。





「これは一体何? もしかしてこれがさっき言っていた魔法瓶っていうやつ?」





「うん、これがその魔法瓶だ」





 魔法瓶の中には何やら流動系のまるで真っ暗闇の海でうごめくホタルイカのような液体が神秘的な色合いでゆっくりと波打っていた。





「なにこれ。これが魔法エネルギーっていうわけ?」





「うん。そうだ」





「なんか、欲望の街、東京の夜をこの瓶に詰め込んだっていう感じね。どこかオシャレで、綺麗で、セクシーで、でも怪しげで、どこか暴力的で人を近づけないような雰囲気を持っている液体に見えるわね」





「うーん。流石姫様だ。この液体をそんな風に形容した人は今までいなかったよ」





「そう、流石私っていうわけね。まあこれぐらい朝飯前ね。オーホッホッホッホ」





「さあて、まずはこの瓶の蓋を開けるよ」





 マリズは言うと、今度は印を結ばずに、まるでマジシャンのように煙と共に日本刀を取り出した。





「えっ? すごい! カッコいい!」





 日本刀とは言ってもマリズサイズの大きさなのでそれほど大きくはない。私達地球人の大人サイズから言うと、小刀ぐらいの大きさだ。





 マリズはその握られた小刀サイズの日本刀を構えと共に背中の後ろへと持って行った。





「「「封印解くの閃!!」」」





 マリズはまるでアニメの必殺技の掛け声のような声と共にその日本刀の光る刃を魔法瓶の蓋の部分へと電光石火の勢いで薙ぎ払った。





 瓶の蓋は日本刀の刃が触れた瞬間、眩い光を放った。





「キャ、キャー!? ま、まるで太陽拳よ!?」





 私は咄嗟に右手の甲で自身の顔を隠したが、その拍子にバランスを崩し、後ろへと倒れてしまった。





 ああこれじゃあ、まるで深窓の令嬢のようだわ。深窓の令嬢も捨てがたいけど、私はもっと力強い泥臭い姫になりたいのよ!





 私は眩さから回復されない両目をつぶったまま、これからの自身の意思表示を示すかのごとく、おおぉおおおおお! と叫びながら力強く立ち上がった。


しばらくすると、光に目がようやく慣れてきた。





「大丈夫だったかい? お姫様」





「ええ、だ、大丈夫よ。だけどまあ、ほんの少しだけだけれど、太陽の光に焼かれるヴァンパイアの気持ちが分かったような気がするわ」





「そっか、それは良かったよ」





「いや、良くねえよ。知りたくもなかったわ」





 私は頭に付けていた、カチューシャを地面へと叩きつけた。





 落ち着いてくると、私は地面へと、砂まみれになったカチューシャを拾い上げ、ふーっと息を吹きかけ、手でパンパンと砂埃を落とすと、再び頭にそれをはめた。





「で、それをどうするの?」 





 落ち着いたとはいっても、まだ若干苛立ちが心の中に燻っている。私は、それを隠そうともしないで、マリズに聞いた。





「この液体かい?」





「そうよ。それ以外に何があるの?」





「そんなに怒らないでくれよ。僕だってまだ地球人のことを知らない部分がたくさんあるんだ。だから、どんなことで切れたりするのかよく分かっていないんだよ」





「そう」





 そう言われて、私はようやく、少しだけ悪いことをしたかな、なんて思った。まあ、これもマリズの私の怒りを鎮めるための作戦なのかもしれないけれど、しょうがないから作戦だとしても乗ってやるか……。だって姫様は民を従えなくちゃならないんだものね。求心力は大事よね。





 私はそう自分に言い聞かせ、納得させた。


「この液体を飲むんだよ。グビグビッとね」





「飲む? 何の為に? というかその液体飲めるの?」





「さっきも言った通りこの液体は、魔法エネルギーだ。それを飲むということは、魔法エネルギーを直接体内に入れるということだ」





「ああ、なるほど、そういうわけね」





「そう、この高純度の魔法エネルギーを体内に入れることにより、一時的に高度な魔法を使いこなすことが出来るようになるんだよ」





「へえー、凄いわね。じゃあ、早速飲んでみてよ」





「ああ、分かった。でも、後で姫様も飲むんだよ?」





「え? 私も? 何で私も飲まなければいけないの? 関係ないでしょ、だって私が魔法を使うわけじゃないんだから」





「うん。姫様が魔法を使うわけではないけれど、姫様もこの魔法エネルギーを飲まなくてはだめだ。それはなぜかというと、僕と共に姫様も僕の魔法で宇宙空間を移動するからに他ならないんだよ」





「どういうこと?」





「うん。宇宙空間を移動する魔法は移動速度は速いけど、欠点が一つだけある」





「欠点? それは何?」





「うん。それは体への負荷だよ。体に魔法を使用した者同様に一緒に移動する者にも多大なる負荷がかかる。それは生身の人間が何も身に纏わないで移動できる負荷では決してない」





「で、でも私は姫様なんでしょう? じゃあ、姫オーラを纏っているから大丈夫なんじゃないの?」





「うん。姫様には姫オーラがある、だけど、それはまだ使い方を知らないためにとても微弱なものだ。とても宇宙空間を移動できるだけのオーラは纏っていない」





「ええっ、私の姫オーラさっき凄いって言っていたじゃない」





「うん。それは本当だ。君のオーラは僕が今まで見てきた中で最強クラスだ。だけど、君はまだその力の引き出し方を学んでいない。だから、言うならば、海の大量の水をスプーンですくいながら使用しているようなもんだよ。これから、僕の国に帰って姫様になって、姫パワーの引き出し方を学べば姫様は例え海の水でも、スプーンじゃなくて、海の水を富士山の大きさのスプーンですくうぐらいの引き出し方は出来るようになるはずだよ。だけど、今はまだ出来ない。だからこの高純度の魔法エネルギーを飲んで、体内から体外に魔法エネルギーを発散させて、エネルギーをばら撒くことによって魔法エネルギーの洋服を着ることによって、宇宙を移動するための負荷を受けないで済むようになるんだよ」





「はあ~、なんかすごい話ね。話の規模がでかすぎて全部はよくわからなかったけど、とりあえず、真帆エネルギーを飲まなければ、負荷がかかって死んじゃうってことなのね」





「うん。その通りだよ」





「じゃあ、私、その液体飲むわ。でも、マリズがまず最初に飲んでからね。だって、どんな味がするのか想像も出来ないもの」





「そうだね。分かったよ。まずは僕が飲むよ」





 マリズは行って魔法瓶を手に取ると、ぐびぐびと飲み始めた。





「ぷっは~!」





 まるで酒でも飲んでいるかのような良い飲みっぷりだった。


マリズが魔法の瓶の中身の液体を飲むと、すぐにマリズの体に変化が起き始めた。





 シュワシュワと煙のような物が湧きあがり、空間に現れては、風に流され、あるいは気化して溶けていく。





 マリズはまるで、漫画などでオーラなどを身に纏ったかのような、青色の炎のような物を体からあふれさせていた。





 うっわ。大丈夫なのかな。なんか今にも爆発炎上しそう。ってすでに炎上しているようなものだけど。こういうのは、やっぱり漫画とかだけのものよね。実際に目にしてみると、恰好良いっちゃあ、恰好いいけど、怖い方が大きいわね。





 私が、それを漠然と見ていると、マリズが「さあ、早く飲んで!」と私を急かした。





「そんなに、急かさないでよ。のんびり行きましょうよ。のんびりとね」





「そんな、呑気にしている時間はないよ。こうしている間にも僕の身に纏った、魔法オーラは刻一刻と、消費され続けているんだ。もって後、三分だよ」





「ウルトラマンか!」





 私は大声で突っ込んだ。が、マリズは真剣な顔を崩さない。





「いや、これは冗談ではないんだ。さっきは何度も冗談を言ったけれど。今回は本当の本当だ。嘘ついたら針千本飲ましてもいいよ。本当に早く、しないと魔法エネルギーが尽きて、僕は星に帰れなくなる。もし、君が後、一分以内にその液体を飲まないと、僕は本当に自分一人で、自分の星へ帰ってしまわなくてはならなくなる。君はそれでもいいのかい? せっかく僕の国のお姫様になったのに。この星で、また同じような生活を行わないといけなくなるんだよ? もう君に帰る家はないんじゃないのかい?」





 た、確かにそうだわ。私は家を勘当させられた身。もう私に帰る場所なんて……ない! 





 私は覚悟を決めた。バリバリに覚悟を決めた。





 おら、何だってやってやるよ!





 そして私は、魔法の瓶に近づいた。





 魔法の瓶には、マリズの残した、魔法のエネルギーの液体が瓶の4分の1ぐらい残っている。





「これ、全部飲み干せばいいの?」





「ああ、そうだ。その通りだ。だけど、早くしてくれ。ハリーアップ、こうしている間にも僕の体の魔法エネルギーは消費され続けているんだ。この青い炎のような物がその魔法エネルギーだ。これがこうして燃えているように見えるのは、魔法エネルギーを消費し続けている証拠なんだ」





「そ、そうなの。たしかに言われてみれば、消費している感が半端ないわね」





「そうだろう。って本当に早くしてくれ、本当に僕あと20秒ぐらいしたら、僕一人でも帰っちゃうよ」





「わ、分かったわよ。飲むわ、飲めばいいんでしょう。いや、自分の意志で飲むわよ。だって私には帰る場所もないんだし、この機会を逃したら、本当の姫になれる可能性なんて殆どこの人生でないしね。せっかく生まれてきたんだもの。私は姫が好きで、姫に憧れ続けていたんだもの。そして、そのチャンスがここにある、ここにしかない。これを逃したら、私は世捨て人になるか、命を絶たなければならなくなるかもしれない。だから、私に残された道は飲むしかないの! いや飲みたいの! 姫になる為に!」





「あ、あと10秒だから」





「えええっ!」





 私は、急いで魔法エネルギーが入った瓶を手に取ると、ごくごくと、喉を鳴らしながら、夏の暑い日に飲むビールのように、ぐびぐびと一気飲みした。ビールはまだ実際には飲んだことないけどね。イメージよ、イメージ。





「良くやった!」





 マリズは頷きながら、私を褒めた。


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