表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/2

後編

 それから一か月後。秋の大運動会の日が来た。


 朝からとてもいい天気で予定通りにプログラムが進んだ。いよいよ地区対抗リレーの予選が始まる。放送で選手召集の合図があった。点呼を取る中山さんの顔も少し緊張しているように見えた。


 選手入場。地区対抗の選手が揃ってグランドを一周する緊張するけれどちょっと誇らしい時間だ。ところがその途中、前を走っていたコイケ君が転んでしまった。集団で走っている中で、どうしてもまっすぐ走れないコイケ君が誰かの足にぶつかってしまったらしい。


 ドキリとしたけれど、起き上がったコイケ君はいつもの笑顔だった。膝のカサブタも頑張っていた。良かったとホッとしたところに


「おいおい大丈夫かよ、気をつけろよなぁ」


という他のチームの誰かの声が聞こえた。何だか意味ありげな笑い声とヒソヒソ話。僕の胸がギュッと苦しくなった。何だかとっても悔しかった。


 グランドの反対側にいる一年女子がスタートラインに付いた。いよいよ予選のスタートだ。僕も緑のはちまきを締め直して出番に備える。次の走者としてリレーゾーンに呼ばれていたコイケ君が、突然僕たちの方を振り向いて「ブイサイン」を突き出した。僕はまたドキリとした。だってそんなコイケ君を見たのはこれが初めてだったからだ。


 ピストルが鳴り、リレーがはじまった。第一走者の緑は六チーム中の四番手だ。順位通りにコースが決められ、内から四番目の位置でコイケ君がバトンを待っている。


 入学したばかりの頃は通学するのだって大変だったんだ。夏休み前は十メートルだって走れなかった。それが今、僕たちの地区代表の選手として走り出そうとしていた。新しい靴が白く輝いていた。僕はとても心配な反面、コイケ君がどんな走りをするのかワクワクしていた。そしてついにコイケ君にバトンが渡った。

 

 コイケ君が走り始めると、つま先が地面を削って砂煙が上がる。いつもと同じだ。始めはスピードが上がらない。だけど、一度スピードに乗ったら、チームの二年生とも接戦になる位走れるようになっていた。「速い!」という声が何人かから同時に挙がった。スピードに乗ったコイケ君のぎこちないけれどパワーに溢れる力強い走りに、僕たちはくぎ付けになった。あっという間に前を行く三番手の青を捕まえる。


「コイケ君!」

「いけいけ!」


チームのみんなが大声を出した。吾妻君が腕を回して飛び上がっている。コイケ君のスピードは落ちるどころドンドン上がっていった。大きな砂煙の塊が、二番目を走っていた優勝候補の黄色にもグングン近づいて、そして飲みこんだ。

 

 僕たちは予選を二位で突破して決勝に進み、決勝でも三位になった。大殊勲は勿論コイケ君だ。コイケ君の走りに、僕は誇らしい気持ちでいっぱいだった。コイケ君を笑った奴らに


「見たか!」


と言ってやりたかった。


 だけどコイケ君は、みんなの祝福にもいつものようにニコニコ笑って、恥ずかしそうに俯いているだけだ。そして首に掛かった銅メダルを、何度も何度も確かめるように指でなぞっていた。


4年の代表が僕に決まった時の中山さんの顔を思い出して、なんだかいつも拍子抜けだなあと、思いながら、僕もコイケ君に習って自分の銅メダルをなぞってみた。


 その時、グランドの奥に砂煙が上がるのが見えた。砂煙は滑り台よりも高く、ジャングルジムよりも高く舞い上がった。


あのお盆休みのグランドで、モウモウと舞い上がっていた砂煙が、きっとコイケ君を祝いに来たんだろう。そう思ったらあの時どうしてコイケ君に声を掛けづらくなったのかが分かった気がした。急に胸に何かが込み上げてきて、僕は顔を上げられなくなってしまった。


悲しくなんか全然ないのに涙が出てきたのは、この時が一番最初だった。でもこれは、決して嫌な涙じゃない。コイケ君が見せてくれたとびきりイカしたキセキは、僕の心に一生刻まれ、いつも僕を奮い立たせてくれるに違いないから。


(了)

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
小説家になろうSNSシェアツール
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ