6. 王女の価値
数日が過ぎても、サーリアの身の回りはなにも変わらなかった。ベッドから出ることもなく、長い一日を過ごすだけの日々が続く。
侍女が数人、世話についているが、会話を交わすこともない。彼女らは腫れ物に触るように、ただ黙々と仕事をこなす。
家畜のようだわ、と思う。
朝が来て、昼が来て、夜が来る。食べ物を与えられ、身を清められ、そして眠る。同じことの繰り返し。重傷を負った身では、動くこともままならない。
夜ごと一人、ベッドの天蓋を眺めながら思いを巡らせる。時間だけならたくさんあるのだ。
『サーリア殿は、ご自分の価値をわかっていらっしゃらないようだ』
アダルベラス王レーヴィスの言葉だ。
サーリアの価値とは、なんなのだろう。考えられるとしたら、『神に愛でられし乙女』と呼ばれる者であること、それしか思い浮かばない。
『戦利品』という言葉が頭をよぎる。
本当に、サーリアのために戦が起こったというのだろうか? 『神に愛でられし乙女』という噂の王女を手に入れるために、アダルベラスはエルフィに攻め入ったのだろうか?
たった、それだけのために?
彼女はそっと手を合わせた。そして目を閉じて祈る。
ああ、神よ。全知全能の神よ。どうか、今起きていることがすべて夢でありますように。目を覚ませば、お父さまも、国民も、皆が幸せな笑みを浮かべていますように。
その願いがくだらない現実逃避とわかってはいても、サーリアはそう願わずにはいられなかった。
◇
「まあ、なんて細い身体でしょう!」
黙々と仕事をこなす侍女たちが、その声に振り向いた。
貴賓室の扉が開いたかと思うと恰幅のいい女性が入ってきて、サーリアを見るなりそう声を上げたのだ。
女性は、ベッドに半身を起こすサーリアの元に歩み寄ってきて、穏やかな声音で話し掛けてくる。
「お初にお目にかかります。私は侍女頭をさせていただいております、ベスタと申します」
今までにない対応にサーリアはなんと答えていいかわからず、ただ彼女の柔らかな笑みが浮かぶ顔を見つめた。
「アダルベラスの食事は御口に合いませんか?」
そう首を傾げるので、サーリアは慌てて頭を振る。
「いいえ、そんなことは」
「けれど、そんな細い身体をされて」
「まだ傷が癒えておりませんから」
なぜか弁解してしまう自分に、サーリア自身が驚いた。それに、久々に言葉を口にしたような気がする。
もしかしたらこの女性は、人の警戒心というものを皆無にしてしまう力があるのかもしれない、と思った。
「もっと早くお目通りさせていただきたかったのですけれど、王女殿下が水疱瘡になってしまわれて。ああ、伝染しては生きた心地が致しません。サーリアさまはもうされまして?」
矢継ぎ早に出てくる言葉にサーリアはこくん、と頷くしかできなかった。
よかった、とベスタは胸を撫で下ろす。
「私の目が行き届かないので、サーリアさまにはなにかと不自由な思いをさせてしまっているでしょうが」
「いいえ、よくしていただいております」
会話を交わすことなどないが、侍女たちが働きものであることに間違いはない。むしろ、言葉もないままよく気がつくものだと感心することすらある。
「それはようございました」
「おい、ベスタ。この私を待たせるとはいい度胸だな」
彼女の背後の扉から、ふいにそんな声が掛かる。腕を組んで扉の枠にもたれかかるようにして、アダルベラス王レーヴィスが、そこに立っていた。
「女性の部屋に突然入室するのは失礼と言い張るから、待っていたのに」
「ああ、陛下。申し訳ありません」
そう謝罪しつつ、さして申し訳ないとは思っていないようだった。
レーヴィスのほうも、優しく微笑みながら侍女頭を見ている。
部屋にいた侍女たちは、国王の入室に頭を垂れ、控えた。
数日ぶりの、忌々しい顔。
「姫には快適にお過ごしいただいているかな」
「ええ、あなたが入ってくるまでは」
「これは手厳しい」
そう軽い口調で返してきて、両の手のひらを天に向けて肩をすくめてみせる。
周りにいた侍女たちはサーリアの態度に眉をひそめ、ベスタだけは微笑みを浮かべたまま、二人のやりとりを見ていた。
レーヴィスが、おどけたような口調で侍女たちに指示する。
「私は姫と話がしたいので、退室していただけるかな?」
「かしこまりました」
頭を下げると、ベスタを始め、侍女たちは部屋を出ていく。そのときに、開かれた扉の外に衛兵と思しき男性が二人、控えているのがちらりと見えた。
そして扉が閉められ、室内に二人きりになってしまう。サーリアは思わず身を硬くした。