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月の微笑 ~略奪された王女と独善の王~  作者: 新道 梨果子


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46. お伽噺

 しかし、ひとしきり笑ったあと。セレスはそのままサーリアのほうへ一歩踏み出してきた。衛兵たちが慌てて、セレスの腕を抱えている手に力を入れて抑え込む。

 だが彼女はそれをまったく気にせず、こちらに向かって口を開いた。


「どうしてあなた、守られているの? どうして一人だけ、守られているの? 二度も毒を盛ったわ。けれど二度とも倒れたのは違う人間。他人を犠牲にして生きているのね。死にたがっているくせに」


 笑いながらそう言い募る。


「皆に愛されているのね、あなた。そういえば、神にも愛されているのだったかしら? まるでお伽噺ね」


 そう続けると、俯いてくすくすと笑う。

 そして彼女はぱっと顔を上げると、サーリアのほうを睨みつけてきた。


「わたくし、誰に嫌われても良かったわ。誰に愛されなくても良かったわ。たった一人、たった一人に愛されれば、それで良かったわ」


 彼女の空色の瞳からは、大粒の涙が零れ落ち続けている。


「どうしてその一人すら、わたくしから奪ったの? 本当に、ひどい人……」


 膝から崩れ落ちそうになるが、兵士たちに抱えられ、それも叶わない。彼女は俯いて、ただ涙を零すだけだった。

 サーリアがいなければ、彼女は幸せだったのだろうか? わからない。

 ただ、今のこの状況だけはなかった、と思う。


「部屋に軟禁しておけ。手荒な真似はするな」

「御意」


 なんの感情も込められていないような冷たい声音で、レーヴィスが指示を出している。

 セレスは両脇を抱えられたまま、連れて行かれていく。


 しかしレーヴィスの前を通り過ぎるとき、彼が話しかけた。


「そなたが愛すべき人間は、他にいた」


 その声に、セレスはぴくりと身体を震わせた。


「……誰かしら」

「ヴィスティだ。あの子を愛してくれたら……」

「え?」


 セレスはゆっくりと顔を上げる。


「ヴィスティ?」


 そして小さく首を傾げて問うた。


「……どなたのこと?」


 何度も目を瞬かせて、心底不思議そうにレーヴィスを見つめている。

 彼女の質問に、部屋の中が凍り付いた。


「……もういい。連れて行け」


 ため息とともに、レーヴィスが言い放つ。

 セレスは部屋を出て行くときに、もう一度、サーリアのほうを振り向いた。


「残念だったわね。死ねなくて」


 くすくすと笑いながら話し掛けてくる。そしてまた大きく声を上げて笑い出した。

 衛兵が引きずるように彼女を連れて部屋を出て行く。

 しかし彼女はなおも笑い続ける。なにがおかしいのか、それは彼女自身にも理解できていないだろう。


 それを見送ったあと、レーヴィスは床に組み敷かれたままの、セレスの侍女の前に立った。

 彼女は床から顔を上げ、彼を睨みつける。

 侮蔑したような視線を向け、レーヴィスは彼女を責め立てた。


「セレスがこんなことをしでかす前に、諫めるのがそなたの仕事ではなかったか。諫めるどころか遂行してしまうとは。しかもヴィスティを使って。正気とは思えない」


 それを聞いて、ふっと鼻で笑ったあと、侍女は怨念の籠った声で返した。


「アダルベラス王の血を引く子など、私にはなんの価値もない」

「……なんだと?」

「私は決してお前に忠誠など誓っていない。私はセレスさま、ひいてはオルラーフ国王陛下にしか忠誠を誓わない」

「なるほど、私は甘すぎたようだ」


 レーヴィスは足を上げ、侍女の頭を強く踏みつける。

 サーリアの侍女たちが、ひっ、と短く声を上げた。


「ぐっ……」

「もう二度と、そのような口が利けないようにしてやろうか」

「お……のれ」

「今すぐ忠誠を誓えば、慈悲を与えてやってもいい。どうだ?」

「誰が!」

「やれやれ、立派な心掛けだな」


 最初から期待はしていなかったのだろう。口の端を上げ、侍女を見下ろしている。口元は笑っているが、激昂しているのがわかった。

 彼が怒っているのは、間違いなくヴィスティのことだろう。

 きっと、今すぐずたずたに切り裂いてやりたいと思っている。それをなんとか理性で抑え込んでいるように見えた。

 彼は大きく深呼吸したあと、侍女の頭にあった足を降ろして、衛兵たちに向き直った。


「セレスと一緒に軟禁しておけ。見張りを数人置いて、撤収していい。ご苦労だった」


 彼らはその指示に従うと、セレスの侍女を連れてぞろぞろと部屋を出て行く。侍女たちはそれを見送って、ほーっと安堵のため息をついている。


 だがサーリアは皆が出て行ったあとも、呆然と立ち竦んでいた。

 そう、彼女の言う通りなのだ。契約のためにこの身を差し出したのだ。商売女と自分と、なにが違うだろう?


「サーリアさま、お怪我は」


 侍女の一人が動けなくなっているサーリアに声を掛けてきて、はっとして顔を上げる。


「私は……大丈夫。それより皆は」

「私どもも、大丈夫ですわ」


 どこか誇らしげに彼女たちは答えた。逞しい彼女たちに申し訳ない気持ちでいっぱいになる。


 そうしていると、レーヴィスが大股でこちらにやってきて、サーリアの前に立った。

 見上げると、眉間に皺を寄せてこちらをじっと見つめている。

 怒っている。これまでにないくらいに。


「もう、いい加減にしてくれないか」

「え……」


 腰に手を当てて、はーっとこれみよがしに息を吐いてみせた。


「逃げようともしなかった? 怖がりもしなかった? この期に及んで、まだ死にたがっているのか。世継ぎを産んだあとなら私が殺してやると言っただろう。それまでは少しは生きる努力をしてみたらどうだ」

「だ、だって……」

「そなたを守るために、セレスの前に立ちはだかったのは誰だ? 死にたがりを守るために、彼女たちは危険に晒されたのか?」

「それは……」

「自分の娘が死んでも構わないというセレスと、お腹の中の子と一緒に死のうとするそなたとの違いはなんだ?」

「わ、私は……」


 畳み掛けるように責められるが、なにか反論しようにも出てくる言葉はなくて、サーリアは結局、黙り込むしかできなくなった。


「陛下、どうぞその辺で。サーリアさまは動けなかっただけですわ」

「普通、急に刃を向けられたら動けなくなるものですわ、勇猛な殿方とは違います」

「陛下は戦場も経験なさっておいでだからそうお思いになるのでしょうが、女はそうもいかないのですわ」


 侍女たちがレーヴィスの前に出て、言い連ねる。さすがのレーヴィスも数人に詰め寄られて気圧されたようだった。

 それを見て、彼はわずかに肩を落とした。


「サーリア。彼女たちになにか言うことはないのか」


 そう問われて、侍女たちを見回す。

 セレスが懐剣の切っ先をこちらに向けたとき、真っ先に目の前に飛び込んできてくれたパメラ。彼女は本気だ。本気で身を挺してサーリアを守ろうとしている。

 他の侍女たちだって同じだ。彼女たちが怖くなかったはずはない。


 サーリアを守護しているという三人の天使など、どこにいるのかもわからない。

 いるとしたら、目の前の彼女たちなのかもしれない。


「……ごめんなさい。……ありがとう」


 なんだか涙が溢れて来た。だが下唇を噛んで、辛うじて堪える。


「いいえ、サーリアさま、私どもはなにも」

「それより、ご無事でようございました」


 感極まってしまって、サーリアと侍女たちは抱き合った。

 侍女たちの中には恐怖が去った安心感からか、泣き出す者もいる。

 レーヴィスはそれを見て、踵を返して部屋を出て行った。


 ただ。それでも。


『あなたなんか要らない』


 セレスの言葉が、サーリアの胸の中で響き続けていた。

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