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18. 真実

 なにか反論したかったけれど、なにひとつ思い浮かばず、ただ俯いて座っているしかできなくて、膝の上で握った拳が震えた。

 でも、そんな、けれど、という意味のない単語ばかりが頭の中に浮かんでくる。

 隣から、ため息が聞こえる。


「そなたも似たようなものだ」


 その言葉に、ぴくりと身体が揺れた。


「気が強いのは結構だが、なかなか不遜な物言いを止めないので困った。略奪してきた王女に大きな態度を取られるのはまずい。対外的にも、対内的にも」


 口の利き方には気を付けろ、と彼はこの城に来た頃、何度もそう口にしていた。


「泣いて暮らしていただいたほうがいいくらいだったんだが」


 泣かない。泣くものか。王女たるもの、人前で涙を見せてはいけない。

 サーリアはきゅっと下唇を噛んだ。


「わざわざ言わなくとも、普通は身の危険を感じて迎合するものだと思うが。それどころか自害しようとするとは、本当にエルフィのことを考えているのか疑問に思った」


 サーリアの動揺を知ってか知らずか、レーヴィスは畳み掛けるように話し続ける。


「誇り高いと言えば誇り高いのだろうが、正直、落胆した。これが本当に『神に愛でられし乙女』のやることなのか?」


 もうやめて、という言葉が喉まで出掛かった。耳を塞いで、どこかに閉じこもってしまいたかった。

 でも、どこに?


「まだアダルベラスを内側から崩そうという気概を見せていただいたほうがよかったかな。ま、されても困るが」


 内側から? 大国アダルベラスを? たった一人で? そんなこと、不可能に決まっている。

 きっと今、サーリアは蒼白な顔色をしているのだろう。それを見て、レーヴィスはどう思うのだろう。

 口惜しい。屈辱だ。反論する根拠を持たない自分が悔しい。

 これは言ってはならない。そう思うのに、思わず口から零れ出た。


「あなたの娘が同じように望まれたら、あなたはそれでも頷いたのですか」

「……嫌なことを言う」


 そう返して、レーヴィスは鼻の頭に皺を寄せた。

 サーリアの頭の中に、あの愛らしい笑顔が浮かんだ。お母さま、とうずくまって泣いている姿が浮かんだ。またね、と手を振る姿が浮かんだ。

 おそらくはヴィスティがレーヴィスの最大の弱点なのだ。だから利用して彼をなんとか黙らせようとしている。

 本当に、これが『神に愛でられし乙女』のやることなのか?

 そう思うのに、口が止まらない。


「けれど、それをしたのがアダルベラスでは?」

「私なら、利するところがあるとみれば嫁がせるがな」


 気を取り直したのか、レーヴィスははっきりとした声で断言した。


「ないとしたら」

「利するところがない? まあそういうことにしておこうか。もしアダルベラスよりも強国に申し込まれ、それを断りたいのだとしたら、いろいろ方法はある」


 たとえば、対外的に王女を殺すこと。実際に殺す必要はない。たとえば、対外的に病に伏せさせること。たとえば、先に他国に嫁がせること。

 しかしそれがエルフィにできただろうか。サーリアは第一位の王位継承権を持っていた。エルフィにとってもサーリアは唯一の存在だった。

 もちろん他にも叔母を始め、継承権を持つ者はいたが、『神に愛でられし乙女』の名はそれほどまでに重かった。

 その決断が、父にできたのか?


「お父さまにできるわけがない……!」


 もう駄目だ、と思う。とても冷静になんていられない。


「私は『神に愛でられし乙女』だったもの! これっぽっちも神に愛でられてなんていないのに! 三人の天使なんてどこにもいやしないのに!」


 もう隠せない。この激情を、どこにぶつければいいのか。

 そうだ、目の前にいる。憎むべき男がいる。


「あなた方がこの結末を選んだ!」


 そうしてレーヴィスのほうを振り向いて睨みつけ、叫ぶ。

 だが彼は、少し口の端を上げただけだった。

 アダルベラスがエルフィに関わらなければ、今でもあの国は、父は、サーリアは、幸せなままだったのに。


「あなた方に決して神は微笑まない! 幸福な結末などありえない! 戦いによって生まれる幸せなんかない!」

「この結末を選んだのは我々だけではない。エルフィ王もだ」


 サーリアとは対照的に、レーヴィスは静かな声で返してきた。


「なに……」

「侵略されることは簡単に予測できたはずだ。できなかったとは言わせない」


 呆然とレーヴィスの顔を見つめる。そしてあの日のことを思い出す。


『私はこの国を滅ぼした愚王』


 死ぬ前にエルフィ王が遺した言葉。

 ああ、お父さま……!

 サーリアは両の手で耳を押さえ込み、瞳をぎゅっと閉じた。


「聞け、サーリア」

「いや!」


 レーヴィスはサーリアの手首を掴み、耳から引き剥がそうとする。

 抗うサーリアを無理矢理力でねじ伏せようとしている。


「エルフィ王は国を棄てた。侵略されてでも、娘を一人逃がすことに賭けたのだ」

「聞きたくない!」


 もしや、と思っていた。まさか、と考えた。

 本当は、レーヴィスに否定して欲しかったのだ。我々は一方的に攻め入った、と。エルフィ王の非ではない、と。

 けれど、それでは納得できなかっただろう。そして自分を騙し続けなければならなかっただろう。レーヴィスの語ったことが真実。これですべての事柄が符合する。


 父は、国を、棄てたのだ。

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