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曰く付きの館  作者: 木染維月
第一章 死情
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 蓮を回収するためコパルの書庫を後にした私たちは、廊下に出て――唖然とした。


 大理石だか何だか、とにかく高そうな石の床は自分の姿がくっきりはっきり映るほどに磨き上げられ、その上に国会議事堂さながらの赤いカーペットが敷かれている。人二人ほど寝転がれそうな、幅の広い廊下全体を天井から照らすのは、私のような引きこもりの目など潰れてしまいそうな煌びやかなシャンデリア。何? 何ですか? ここは宮殿か何かですか?


「何百メートル走できちゃうんだろうね、この廊下は・・・・・・」


「無粋なこと言わないでくださいよ。・・・・・・それにしても、コパルたんの言っていたことは本当のようですね。『鬼』も『生贄』も、見渡す限り影すら見あたりません」


「本当だ、確かに」


 言われて見ればその通り、そんな広い廊下には人っ子一人見当たらない。いやまあ、人っ子というよりは『鬼っ子』か? どういう仕組みかは知らないが、チータスの奴、そんなにまでして何がしたいんだ。


 と、まあそんなことは考えるだけ無駄だし、今は行動あるのみと思い向かい側にある扉へと向かう。恐らくは我が家の門から玄関までよりも長いであろう距離をてくてくとあるいて――行った先のドアも、彫刻が施されていたりドアノブが金だったり。どんな成金趣味が作ったのだろう、この館。


 流石にノッカーまでは付いていなかったので普通にノックをして、「ラピス? 入るよー」と一声かけてから中へ入る。



「・・・あれ、かのんおねーちゃん、ろりこんのひと、はなしはおわったの? じゃあ、あたしからもいいたいことがあるから、そこにすわって」


「・・・・・・」


 そこに、とラピスに指し示された丸テーブルを見ながら、私は考える――ラピスって、やっぱり姉としてはひどい奴だなあ、と。


 丸テーブルや椅子、蝋燭立てなんかは明らかにコパルのより高そうなそれなのに、彼女たちの仕事であるはずの本の整理といえばラピスのほうは全く成っておらず、そこら中に本の山が出来ている。最早山脈だ。テーブルの上こそきれいだが、全体的に空気が埃っぽくもある。



 ・・・・・・だが心優しい私と幼女にのみ優しい祐平は特に何も突っ込むことなく、言われるがままに椅子に腰掛けた。蓮も既に座っており、私と蓮がちょうど向かい合う配置となった。


「さて、じゃあ、どこからはなそうかな」


 そう言ってラピスは、蓮の隣の椅子に腰掛ける。祐平が「ちっ」と舌打ちするのが聞こえたが、幼女のみならず誰に対しても優しい私は特に何も突っ込まない。


「まず、もうわかってるとおもうけど、このやかたはあきらかにおかしい」


 ラピスは言葉を探るようにしながら、訥々と語りだした。その、幼女に不似合いな神妙な面持ちに思わず目を奪われる――彼女は今、館の書庫の番人として、この世の者ではない彼女として、真剣に話をしているのだ。


 相手が幼女、とかそんなことは関係ない。私は、私達は、ただ一人の客人として、人間として、彼女の話を真剣に聞くだけだ。


「ちーたすのやつは、ひゃくにんころせっていってる。あたしにはしょうじき、あいつがどこまでほんきでいってるのか、わからない――たしかにいってることはあきらかにいじょうだけど、でも、それくらい、しょくりょうぶそくはしんこくなの」



 だから、せんたくしはふたつある。



 そう言って、彼女は指を一本、突き立てる。


「ひとつめは、あいつのいうとおり、ひゃくにんころして、・・・・・・ふうかおねーさん、だっけ?そのひとを、かえしてもらうこと。ふたつめは――」


 彼女は二本目の指を突きたて――ご主人様の命令に反する提案を、口にした。


「――だれもころさないで、じりきであいつをみつけること」


「・・・・・・・・」


 誰も何も言わない――言えない。言える筈がなかった。自分にとって大切な人一人を救う為に百人殺すのか、それとも親友が犠牲になるかもしれないリスクを背負って百人救うのか――そんな二者択一は、一介の引きこもりでしかない高校一年生には厳しすぎる。


 あるいは、チータスにはもっと別の目的、真意があるのかもしれないと、そこまで考えが至れば良かったのだが――その時の私は、生憎そこまでこの二択問題を掘り下げることはしなかった。


 まあ馬鹿である。


 他者との比較が嫌いな私でもこれだけは自信を持って断言できた――昔からわかりきっていたことではあるが、改めて。


 そしてこの問題、『百人殺さない』という選択が必ずしも善良な行いではないことも、事を複雑にしているのだった。ラピスやコパルの言うところの『表の世界』ならいざしらず、この場においての大量虐殺は必要悪かもしれない。



 でも。



 それでも私は、決めていた。



 ラピスに言われるまでもなく――というのはちょっと見栄っ張りかもしれないが。



「誰も・・・・・・誰も、殺しはしないよ」



 皆が私を見る――期せずして沈黙を破った形になってしまった。それでも、誰も驚いたような顔はしていない。


 この場にいる全員が、同じ考えをしていたのだろう。


 殺しは、しない。


 誰一人として、絶対に。


 もちろん、風花も含めて。


 ただ、私がその考えに至るまでに辿った過程は、他の三人とは違うだろう。引きこもりにして人でなしのこの私に、ナイフを握らされたならいざ知らず、この時点では良心の呵責などある訳がない。ただ、ここに来るまでの、部屋の中での出来事を思い出したのだ。


 例えば、メールの返信。


 噂どおりなら、風花が『伝説』に巻き込まれている、と気付いた時点でおかしいのだ。ドッペルゲンガ―だか何だか知らないが、『向こう側』(今となっては『こちら側』というべきか)の何者かがメールに対して返信を打つはずだ。周りの人間が巻き込まれても気付かないからこその「生贄落札会」伝説・・・・・・。私が異変に気付いた時点で矛盾が生じている。


 それに、あの掲示板。あれだけ露骨な情報提供・・・・・・完全に、私を呼んでいるとしか思えない。いや、もしかしたらそう思わせておいて、後で「え、そんな風に捉えてたの? うわー自意識過剰だわー」と笑い者にするつもりかもしれないが、それはこの際考えないことにして。


 そこまでして呼びつけた私にさせたいことが、大量虐殺だとはとても思えない。


 『鬼』に対する口減らしなら、自分でやればいいじゃないか。


 だから、大量虐殺はついでくらいに頼んだのかもしれない――と、そう考えたのだ。



 だが、もちろん不安もある。


 チータスが本当に大量虐殺を「ついで」で頼んだのか、そんな確証はどこにもないし、だから風花が無事に帰ってくる保証もどこにもない。あるのは不安だけ――。


 でもまあ、やるしかないじゃないか、と。


 どのみち何もせずに帰るという選択肢はないのだ、何かしらしなければならないなら自分の納得のいくように、やりたいようにやってみようじゃないか。


 開き直りともとれるかもしれないが、とにかく一介の引きこもり、厭世観に満ちていた筈の一人の少女は――そう、決意したのだった。


「・・・・・・分かった。奏音がそういうなら、俺も従おう。もともと、ここに来ようと言ったのは奏音だからな、決定権はお前に全てある。・・・・・・ま、でも、俺もそのつもりだったが」


「僕もです。そもそも人殺しなんて出来るはずないですから。それに、『鬼』のなかに小さな女の・・・・・・いえ、未来ある子供がいたら大変ですから」


 ・・・・・・約一名、動機が不純な奴を見つけたような気がしたが。



 『誰も殺さない』。



 そんな、この、人を喰らわねば生きてゆけない化け物の巣窟の中で掲げるにはあまりにも綺麗事じみた、馬鹿馬鹿しい努力目標。


 それを、厭世観とマイナス思考が大好きな引きこもりは、二人の知り合いと共に堂々と掲げ――。



 書庫の外へと。



 本日二歩目の「外の世界への第一歩」を。



 歩みだしたのだった。


これにて一章完結!

やったー!


書きあがっているとはいえ、そこそこ長い闘いでした。特に、羞恥心と闘う作業が。


二章は、自分の中では二番目にお気に入りの章です。よかったら引き続き読んでやってください。

これからも、「館」をよろしくお願いいたします。

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