Ⅴ
「死」とは何か。
・・・・・・について、彼らはどう考えるのか。
いつ死んでもおかしくない場所に行く(かも知れない)直前ということもあり、私は彼らに訪ねてみたい、そう思った。
まあ、私みたいな考え、曲がった考えをしている人はそういないだろうが・・・・・・。
ちなみに、その質問を投げかけると
「えっ、やっぱりお前、精神が・・・・・・。こんなことになるまで気付けないなんて、俺は彼氏失格だ。本当にすまない、奏音! こんな最低な男(以下略)」
と、蓮に盛大に謝られてしまったのだが、その過程は飛ばすとして。
まずは祐平。
「えー、死ですか。基本的に前向きな人間のつもりなので、あんまりそういうことは考えたことないですね。でも強いて言うなら、崖のイメージがありますね」
「崖?」
「はい。急に交通事故なんかで亡くなる人は、特に深い考えも無くぼんやり歩いていて、踏みしめようとした地面がないことに気付いた時にはもう落下してる、とか・・・・・・。長患いして苦しんだ末に亡くなる人は、ちゃんと崖っぷちが見えていたけれど、一方通行で引き返せないから、そちらへ歩くしかないから、だから覚悟を決めてから落下する、とか」
「ちなみに君はどちらの人生を歩んでると思うの?」
「前者ですかね」
特に深くはない、割と一般論めいた考え方だが、自覚はあるようだった。
・・・・・・。
次に、蓮。
「死か。ちょっとこれを言うと死にたがりと勘違いされるんだが・・・・・・俺は、死ぬことは楽になることだと思う。祐平がさっき落下を死に例えていたが、俺の考えは逆だ。生き物が生まれることを、『この世に産み落とされる』とかって言うだろ? 人生って深い谷底とか落とし穴みたいなもんで、文字通り産み落とされたが最後、『死』という底に向かって落ちていくしかないんだ。だからまあ、人生は言うなればただただ死へと突き進んでるようなもんだろうな。で、深さはもともと決まってるけど、穴なり谷なり底に辿りついたら死ですよ、と。ゴール地点ってか、やっとたどり着いたみたいなかんじか? まあ、そんなとこだ、俺の考えは」
厭世観に満ちた考えではあるし、シンパシーを感じなくも無いが・・・・・・。
それって死のための人生ってことか。
そう尋ねると、
「そうだな」
とあっさり肯定されてしまった。
・・・・・・案外苦労人なのかもしれない。
「ちなみに、奏音先輩は、死についてどうお考えですか?」
祐平が私に尋ねる。
「私は、まあ・・・・・・色々ひねくれた考え方の人だからね。話すと長くなっちゃうけど、まあ魂が消えることだよ」
他人に聞く割には自分のことを言うのは面倒くさいので、質問に対して十分の一も答えになっていないような、適当な答えを返す私だった。まあ結論だけ見るならば間違ってはいないし。
「あ、そういえば祐平。お前のねーちゃんの同級生で、面白い考え方してる奴がいなかったか?何か、変な部活・・・・・・同好会? に入ってる奴」
「僕の姉の周りは大抵変な考え方ですし、大抵変な部活あるいは同好会に入っているので何とも言えませんが・・・・・・死についてだけで言うなら、僕の姉本人と健先輩が特に変ですかね」
「へー、祐平、あんたってお姉さんいるんだ」
「ホントに何も覚えてないんですね・・・・・・僕の姉は小林ミドリといって、風花先輩と同じく華道部に入っていますよ」
「へー、そーなんだー。華道部なんだー」
本当は覚えてるけどね。でも何となく、今はそのことを言いたくないのである。
「で、あんたのお姉さんは死についてどう考えてるの?」
「おい奏音、やめろ。こいつの両親は・・・・・・」
「別にいいんですよ、蓮先輩。姉は気にしてますが、僕は両親のこと、覚えてないので。奏音先輩は覚えてないようですが、僕たちの両親はだいぶ前に死んでます。交通事故です」
「へー、そーなんだー。それは悪いことを聞いたねー。ごめんねー」
・・・・・・思いっきり棒読みである。
「いえいえ、お気になさらず。まあそんなことがあったもんで、姉は止めてくれる大人がいなかったからですかね、両親の死体を見たらしいんです。それがトラウマで、死についての考え方・・・というか、認識、ですかね? それは、ただ『この世で一番悲しくて、あってはならないこと』と」
「なんか・・・・・・幼い頃のまま考えが止まってるって感じがする」
「同感です」
少し悪いことを聞いたか・・・・・・しかし、本人が気にしていないと言っている以上、余計な気遣いは不要だろう。あえてそれ以上の感想を述べず、先を促す。
「それで・・・・・・健先輩って人は?」
「健先輩ですか。あの人は・・・・・・天才としか言いようがないですね。世の中でよく言われるような安っぽい天才ではなく、正真正銘の、天から授かった才です。全てを見透かしている癖して、天才を気取ったようなところは一切無い。気取る必要も無いんでしょうね。だって本当に天才なんですから」
「天才天才って・・・・・・胡散臭い響きだねぇ」
「会ってみれば分かりますよ・・・・・・まあ、これから生贄落札会に行くのでしたら会えないでしょうけど。で、あの人の死に対する考えですが、死に対する可能性を全部網羅している、そうとしか言いようがありません。輪廻転生も魂も神も仏も、果てはただの生命活動の停止に至るまで、全部可能性として持っている、そんな感じです。個人の考え・・・・・・とは言い難いですがね」
「それは・・・・・・そうだね、考えっていうのとは全然違うと思う」
そして今の話を聞く限りでは、その健という人物にさして興味も持てない。天才なんて、所詮は他人との比較によって生じるもの、いわば一つの認識に過ぎない。私は他人との比較が大嫌いなので、他人を天才と称するのも馬鹿と罵るのも嫌いなのだ。・・・・・・もちろん、無能な、何も出来ない人間の僻みだと言われてしまえばそれまでだが。
そんなことを考えていると、蓮が
「着いたぞ」
と言った。見れば、確かに目の前には石造りで苔の生えた鳥居が建っている。この狭い町のことだ、そう遠くは無いとは思っていたがまさかこんなにも近いとは。山に登っていることにすら気付かなかった。
まあそうやって自分の周りの物事に無関心でいるからイジメなどに遭ってしまうのだろう。
愛の対義語は無関心。
「それはそうと、先輩。この山・・・・・・まああまり登る人もいませんが、それにしてもこんなところに鳥居なんてありましたっけか」
「まあ、あるからにはあったんだろ。ここのところ快晴続きだったのにこの山はこんなにジメジメしてるんだ、知られてなくてもおかしくはないんじゃねえか?」
「そういうもんですかね・・・・・・そんなに深い山奥って訳でもないですが」
「細かいこと気にしてると禿げるぞ」
「そういう人は推理小説で一番最初に死ぬんです」
「でもこれは推理小説の世界の話ではねえからな。強いて言うならオカルトやファンタジーの世界だ。なんつったって都市伝説だしな」
そんな二人の不毛な言い争いをよそに、私は感慨に耽っていた。あの部屋を出て、自分の足で歩いて、ついにここまで来た。まあ風花の身に何かあったと気付いてから二週間と経っていないが、それでも時間の流れなんて関係なしの生活を送ってきた引きこもりから言わせて貰えば充分すぎる時間だ。
長かったなぁ・・・・・・。
と。
そんなことを考えている間に「彼女」が近づいてきていることに――全く気付くことができなかった。
私もそうだし、蓮も、祐平もだ。
「ねぇ」
そんな風に声をかけられて。
初めて、「彼女」の存在を認識した。
「おねーちゃん、おにーちゃんは、やかたにごようじのひとなの?」
小さな女の子――西洋人形みたいな顔立ちで西洋人形みたいな格好の、蒼髪蒼眼の少女。ふりふりのスカート、髪と同じ色のマント、それを留めるラピスラズリのブローチ、そしてゆるい縦ロールの柔らかそうな髪の毛。そんなロリータファッションとも取れる服装が、嫌に似合っていた。
どうやら、チータスは約束を守ってくれたようだ。
――町はずれの山に建つ、祠の無い鳥居をくぐるとこの世のものではない「彼女」に連れて行かれて――。
――この世のものではない「彼女」の、お出ましだった。