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曰く付きの館  作者: 木染維月
終章 贈情
36/39

 蓮や祐平に案じられるような身ではない、という謎の意地から館をほっつき歩いてまわっていた私だが、食堂に入ったのは初めてだった。


 暗めの茶色で統一され丁寧に磨き上げられた無数の長テーブルと、目が痛くなるほどに白いテーブルクロス。


 テーブルの各所に置かれた、無駄に彫刻の多い銀の燭台。


 金の額縁に入れて飾られた、謎の抽象画。


 そんな成金趣味全開の食堂の、その一角、一つの長テーブルに。

 ──関係者全員が、腰掛けていた。


「……チータスにしても祐平にしても、随分仕事が速いね。私たち、特段ゆっくり歩いてきたつもりはないんだけど」


 そう。全員が集まるのにこの速さは、いくらなんでも──速すぎだ。それに、ここに来るまでに誰ともすれ違っていないというのもおかしな話である。


「ああ……確かに変だ。ま、でも、この土地自体が都市伝説だ、変なことがあっても不思議じゃないだろ」


「う……ん、まあ、そういうもんなの、か、な……?」


 何か納得がいかないが、まあ別に何でもいいや、と、気にしないことに決めた。


 改めて着席した一同を見回すと、見覚えのある顔がいくつか見え、驚いた──祐平の姉、小林ミドリ先輩や、ミドリ先輩と仲の良い森直人先輩、小川小春先輩、等々。だが何よりも驚愕したのは、長テーブルの、いわゆる「お誕生日席」に腰掛ける──。


「風花……!」


 懐かしい親友の顔が、そこにあった。

 思えば、引きこもって以来、直接顔を見るのは初めてだ。


 元といえば、風花を助けるためにここへ来た。だから本来、これは喜ぶべきことなのだろうが──今の私は、素直に喜べない。


 だって、未だ、風花が「作られた親友」である可能性と、向き合う準備が出来ていないのだ。もちろんいつかはこんな時が来ると、何となく分かってはいたが。


 心の準備が──。

 まだ──。


「……奏音。大丈夫か?」


「は、はいっ!?」


 突然、蓮に声をかけられ、素っ頓狂な声を上げてしまう。


「お前が何を心配してるかは知らねえけど、たぶん大丈夫だよ。風花はそんな器用な奴じゃねえ」


「? う、うん」


 なんだ、こいつ。

 全部見透かしているみたいじゃないか。


 そういえばさっきの、話し合いの流れも、何故か蓮が主導権を握っていた。蓮は、もしかして、色々と知っていて隠しているのではないだろうか──。


 まあ、でも。


 だとしたら、そうだとしたら、こいつが大丈夫というからには大丈夫なのだろう。それに、もう、こんな状況まで来たら、どちらにせよ後戻りは出来ない。


 もう、覚悟を決めて、向き合うしかないのだ。


 向き合わざるを得ないのだ。


 ならば、何を知っても受け入れよう、それが真実なのだから──と、そう思えるほど、大人じゃないけれど。そう思えたなら、未だに引きこもりをやっていないだろうけど。


 でも。


 ──蓮が、大丈夫と言うならば。


 散々引き伸ばしにしてきたことだ。

 もうとっくに、知っていなくちゃならない筈のことだ。

 そのツケが、たまたま今日に回ってきただけのこと。


 なら──。


「風花!」


 声を張り上げて。



「──ひ、久し振り──」



 ──風花は、少し微笑んで、答えた。



「久し振り、奏音」




          ◆




 さて、ここで今更ながら──本当に今更だが──登場人物紹介、といこうか。チータス側、暮葉側と分かれ、向かい合って座る面々はそれなりに数も多く、私自身も誰が誰なのかあまり把握し切れていない。


 なので、整理も兼ねて──まずは、チータス側から。



 チータス。『生贄落札会』主催者及び『玄叢館』管理人。暮葉の弟。黒ずくめ。

 ラピス。『この世の者ではない彼女』及び書庫の番人。コパルの姉。毒舌。蒼髪蒼眼。

 コパル。書庫の番人及びメイド。金髪金眼。毒舌。ラピスの妹。姉妹ともにロリっ子。

 「カノン@不登校」。便宜上そう呼んでいる。私のネット上人格か? 詳細不明。

 ルチー。厨房の番人。きのこに対する愛が重い。得意料理はきのこのリゾット。優しい。

 ルーク。白髪の幼女。髪の先端が辛うじて藤色に染まっている。全身白色。忠実過ぎる部下。

 菅原蓮。西校天下の女たらし。マイダーリン。華曰く「愛が重いのにゃ」。

 そして──私、高橋奏音。説明不要。



 次──紅暮葉側。


 紅暮葉。創設者様。健曰く「美しき終焉の美女」。和装で巨乳の熟女。チータスの姉。

 楓。本人曰く、「え、苗字? あたい馬鹿だから忘れた」。ポニーテール。とにかく馬鹿。

 広樹。楓と親しいらしい。苗字不明。がたいの良いスポーツ刈りの少年。風花と同学年。

 雨咲桃音。クラスに一人はいそうな清楚系モテ女(祐平談)。天使の微笑み。何故か髪が桃色。

 小林ミドリ。祐平の姉。若干変態。ついさっき堀口健のハニーとなった。皆の姐さん。

 小川小春。似非幼女。需要はない。何がしたいのかよく分からない、ハイテンションな高三。

 森直人。冷静沈着。「三点リーダー直人」という不名誉な異名を持つ。幼馴染四人の正常枠。

 小林祐平。ミドリの弟。ロリコン変態脳内お花畑。皆知らないが実はシスコンでもある。



 そして、小野風花。どちら側かは不明。学級委員長様。黒髪眼鏡ショートカット。



 ──と。

 以上十六名である。


「あれ……? お姉ちゃん、健先輩と華先輩は?」


 と、祐平が首を傾げる。


「んー、なんか、華ちゃんは今、ポラロイドカメラで健の恥ずかしい写真を撮って、『バラ撒くんだにゃー!』って」


「あ、そう……」


 この状況でそんなことするか。

 華先輩、相変わらずだなぁ……。


 して、話し合いの主導権を握ったのは、どちら側にも属さない風花だった。


「えー、紅暮葉さん。ご説明願います──なぜあなたは、『生贄』解放に反対なのですか?」


 完全に「学級会の時の委員長」モードで場を取り仕切る風花。成る程、確かに適任である。


「う……む。私が『ここは未だ孤児院である』という妄想に囚われている──訳ではない、というのは、既にバレておるのか?」


「はい、バレバレです。回答願います」


 ならば、と、暮葉。ため息のつき方がいちいち色っぽい。祐平が発情するのも無理はないかもしれない。


「回答拒否、じゃ。他人に語るに値するような理由ではないじゃて」


 一発目から拒否──しかし風花は気にするふうでもなく、「そうですか」と先に進めた。


「では次、チータスさん。あなたが『生贄』を解放したい理由は、この伝説自体に終止符を打ち、これ以上の犠牲を出さないため──で、よろしいですね?」


「ああ、よろしいよ」


「了解しました。さて──ここで皆さんに問います。双方の主人である者の意見に反対である場合は、今この場で述べてください。挙手を」


 ──誰も挙手をしない。


「では皆さんの意見は双方の主人と同一であるものと見做します。──次の質問です。今のところ、チータスさんの仰る『鬼』百人の犠牲と代償に伝説自体に終止符を打つ、という案が最善手と思われます。他に方法を思いつく方はいらっしゃいませんか?」


 ──と、ここで手を挙げたのは、楓だった。


「はい、楓さん」


「はーい、楓だよー。あたい、馬鹿だからよく分かんないんだけど──暮葉ちんは、『鬼』の中に愛する者がいるから、『鬼』を犠牲にするのは──」


「うわああああああストップストップ待つのじゃこのクソだわけぇぇぇええっ!」


「──静粛に願いますッ!」


 顔を覆い崩れ落ちる暮葉と、「ん? あたい、なんかいけないこと言った?」という阿呆面の楓。

 当事者ふたりを除いた、場の空気が凍りついた……。


「待て。待つのじゃ、そんなこっ恥ずかしい理由でわざわざ妄想に囚われている振りまでして『生贄』解放に反対していたなどと──」


「いえ、いいんじゃないですの? ふふっ、愛は何物にも代えられない──例え、愛する者ひとりを救うが為に何百人が犠牲になろうとも! 愛しい人を助けるほうが大切──当然ですわッ!」


「小春先輩、一生静粛にしていて下さい」


「ふ、風花が辛辣ですわ……委員長モード恐るべし、ですわね……」


 蓮が、「いや、完全に小春先輩が茶化したのがいけないだろ」と耳打ちしてきた。全くもってそのとおりである。


「事実確認です。紅暮葉さん、楓さんの言ったことに間違いはないですね?」


「いや、それはじゃな、その──」


「な・い・で・す・ね?」


 目が笑っていない。


「な、ないです」


 創設者をも屈する絶対零度スマイル……。

 恐ろしや、学級委員長。


「では……意見のある方」


 一転、食堂内はシンと静まり返る。


 そりゃあそうだろう、元よりこの問題、最適解などあろう筈がないのだ。世の中なんて理不尽なものだから──誰かが妥協するしか、ないのである……。


「姉さん」


 チータスが、おもむろに立ち上がり、言った。


「な、なんじゃ」


「『鬼』達本人の意思に、任せてみないかい? 『鬼』だって望んで人を喰ってる訳じゃないんだ、人を殺してまで生きるのなら死にたいと思ってる奴なんか大勢いる。でも人間、食欲には勝てないから、殺したくないとは思っても、腹が空けば本能の赴くままに食べてしまう」


「うむ──」


 暮葉が顔を伏せる。


「だから、こうしよう。『鬼』全員に希望を聞いて、我が身が潰えても伝説を終らせようと思える奴だけ、腹が減っても喰えないように、どこかに隔離しておく。人を喰ってまで生きたい奴は、好きにすればいい。これでどうだろう」


 前髪で隠れて見えない彼の瞳は、しかしきっと──。

 姉の目を、まっすぐに見据えていたのだろう。


 暮葉はため息を一つ吐き出し、そうじゃな、と答えた。


「それなら私も納得せざるを得んな。彼の人の意思──遺志とあらば、彼の人が死に逝くのも、文句は言えまい……」


 暮葉は、寂しそうに微笑んで。



 話し合いと伝説は、終結した──。




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