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曰く付きの館  作者: 木染維月
終章 贈情
35/39

 はて、彼の男は『俺の部屋』と言った筈だが。

 ここはどう見ても──男の部屋ではあるまい?


 所々に白い雲が描かれた青い壁紙といい、置かれた大きなぬいぐるみ達といい、床に敷かれたスポンジ製のタイルといい──どこからどう見ても。


 子供部屋──では、ないか?


 あの豪奢絢爛な廊下から一歩入っただけなのに。

 まるで不釣合いな──。


「ああ、この館は昔、孤児院でね。その頃の名残でこういう部屋があって、日本人の俺としては床でごろごろしたい時も多々あるから、この部屋を俺の部屋にしてるって訳さ」


 ……なんだそのくだらない理由は。

 別にソファの上とかでもいいだろ。


 だが祐平は、全く別の箇所に、反応を示した。


「え? なんですって? 『昔』──孤児院『だった』って? そう言いました?」


 目を見開いて問う祐平。

 ああ、この変態のこんな真剣な表情──当初は『異世界ハーレムだ金髪幼女妹メイドだ』と騒いでいた奴と同一人物だ、などと、誰が思えよう。ラピスとコパルに見せてやりたい。


 チータスは、遊具の一つであろうウレタン製の立方体クッションに腰掛け、長い足を組み──、やれやれというふうに手を広げ、言った。


「そう、そこ。それこそが暮葉の妄言なんだって。あーんな狂人の言うこと、信じてもらっちゃ困るなぁ? それとも何? 変態の祐平君は暮葉の容姿と男の浪漫(おっぱい)に騙されて、丸々信じて暮葉の部下になっちゃったりとか──した訳?」


「なっ……」


 図星を突かれた、というような表情の祐平。

 ──ふと、疑問が浮かんだ。


「あ、あの……そもそも、暮葉って何者? 狂人って? 創設者なんじゃないの?」


 ──言ってから、思った。

 人格、素に戻しちゃった……。

 まあ良い、別に大した問題ではない。開き直って答えを待つ。


「奏音さんの素ってそんなカンジなんだ? へ~。で、暮葉っていうのは、俺の姉貴の名前。和装でやたらと色っぽい、謎の熟女」


 自分の姉を謎の熟女呼ばわりか。

 ひどい弟だ……ともあれ、結局暮葉なる人物が何物なのかはよく分からないが。


「いいかい? 祐平君。この館には『鬼』も居るし『生贄』も居る。あの贅肉女が言ってることで本当なのは、『ここは異世界ではない』ってことだけ──紛うことなき『表の世界』さ。じゃあなんで暮葉はあんなことを言っているのかっていうと──」



「ちょっと待ってください!」



 と、突然。

 祐平が、抗議の声を上げる。何か気付いたのだろうか。


「『生贄』がどうとか『鬼』がどうとか、そういうのは後であなたの話を聞いてから考えます。でも──あなたは、暮葉さんのことを──『贅肉女』って! 言いましたね! 許すまじですっ!」


 一気にそうまくし立てると──次に、私の方を、びしぃっ! と指差して言う。


「それに、奏音先輩もです! 何さらっと暮葉さんを呼び捨てにしてるんですか! あの人は美しき終焉の美女ですよ!? ちゃんと『さん』付けしてください!」


 ──嗚呼。


 結局、小林祐平という人物から──。

 「へんたい」のルビが外れることは、ないのですね。


 私とチータスは、そう悟った──。


「……チータス。話、続けて」


「無視ですか! 無視なんですか!」


「…………えーっと。あ、そうそう、なんで暮葉はあんなこと言ってるのかっていうとね。暮葉は、ここが未だに孤児院である、という錯覚に囚われてるフリをして、『生贄』を逃がすまいとしてるのさ。そこで俺は、君たちに依頼をしようと思ってここに呼んだ」


「依頼?」


「そう、依頼。もちろん本気で『鬼』殺しをして欲しい訳じゃないっていうのは、ラピコパも君たちも察してくれると思ったけど」


「ラピコパ……?」


「ラピスとコパルの略さ」


 部下の扱いが適当すぎる。


「俺は、『生贄』を解放したい。だけど、暮葉の部下が、少ないながらも結構頑張ってるんだ。入り口はだいたいいつも塞がれてるし、生憎この館には窓が一つもない。つまり玄関が唯一の出入り口なんだよね。だから困ってる」


 ホント困ったもんだよ、とため息をつくチータス。

 だが、結局、チータスは私たちに何をさせたいのか──それが、分からない。

 私は問う。


「チータス。結局、なんで私たちを呼びつけたわけ? それで、私たちに何して欲しいの?」


 そう──あの書庫で“ラピコパ”と話してから、ずっと氷解しない疑問が、


 ──あんた結局なにがしたかったの?


 これだ。


 暮葉が『生贄』を手放すまいとしているのは分かった。

 チータスが『生贄』を解放しようとしているのも分かった。


 だが私たちに何をさせたかったのかは──分からない。


「簡単さ。俺に協力して欲しいんだ。具体的には、暮葉の部下の注意を逸らしてくれさえすればいい。俺の部下は、残念ながら暮葉側に顔が割れてるからね。ただ、強制はしないさ。俺の話、祐平君は暮葉の話も踏まえた上で──どちらにつくか、決めてくれれば結構」


 成る程。

 理解はした。


 だが、ここでまた一つ、疑問が浮かぶ。


 それは、「『生贄』を解放したら『鬼』はどうなってしまうのか」ということ。


 コパルの話だと確か、『鬼』は『生贄』を喰わないと生きてゆけない体だった筈。

 つまり、『生贄』の解放は、イコールで、『鬼』の──……。


「……飢え死に」


「うん? どうした、奏音さん?」


「『生贄』を解放したら……『鬼』は」


 するとチータスは「ふっ」と乾いた笑い声を立てて、天井を仰ぎ、言った。


「そう、そうなんだよ……。言わなきゃバレないかなー、って思ったけど、流石にそんな訳ないよねぇ、うん。結局ね、俺側についても暮葉側についても犠牲は出るのさ。『鬼』の数は約百人。俺が最初に『鬼』百人殺せって言ったのは、実はそういう暗喩も含んでるんだ。でも、『鬼』は殺さないと、人を食い続けるから」


 だから、君たちの手で。

 『鬼』を殺して、伝説に終止符を打って──。

 ──全てを、終らせてくれないか。


 そう言ったチータスの声が震えていたのは、きっと気のせいだろう……。


「個人的にはね……祐平君。君なら、暮葉を説得出来るかな、と思ってるんだ。一番良いのは、俺も姉貴も、互いに納得して全て終らせることだからね」


 そう続けたチータスに、だが祐平、


「チータスさん。暮葉さんは……なんで、『生贄』を逃がしたくないのか、考えたことはありますか? 暮葉さんにも何か思惑があるのかもしれないじゃないですか」


「…………」


「姉弟で、話し合ってみませんか?」


 思わず。

 思わず私は、驚愕のあまり──蓮に目配せを送った。


 ──蓮、蓮、祐平がまともなこと言ってる……ッ!


 それを受け取り、蓮も深く頷いた。


 ──こいつ、脳内にお花畑以外のものが入ってたんだな。


 ああ、そうそう、そういえば、まだ蓮に殺しかけたことを謝っていないではないか。

 あとで謝ろう。許してはくれないかもしれないが……。


 ただ、何となく。

 昔だったら「別に蓮になんか許してもらわなくても」と思っていただろうに、今の自分が「ちゃんと謝って、許して欲しい」と思っていることが──少し、不思議だった。


 と、ここで、チータスの部屋に入ってからずっと黙ったままだった蓮が、初めて口を開いた。


「悔しいが確かに祐平の言うとおりだ。ここは──いっそ、お前らの部下も含めた全員で話し合ってみるってのはどうだ? 腹割って話し合ったら、案外協力し合えるかもしんねえだろ。なっ、奏音、どう思う?」


 突然話を振られてうろたえる。

 私は、少し考えてから彼に応じた。


「そうだね。話し合いは文明の基本だもんね」


「そうか、じゃあ決まりだな。どっか、俺たちとお前ら姉弟とお前らの部下が全員で話せる場所、案内してくれチータス。そこで全員で、隠し事も恨みっこもナシで話し合いだ」


「えっ……う、うん。なら食堂かな。俺は部下を呼んでから行くから、君たちは先に行ってて。場所は分かるだろ? あ、祐平君、君は暮葉──姉さんを呼んでくれないかな」


 少々押され気味に──だが満更でもなさそうにチータスは頷き、一足先に部屋を後にした。祐平も暮葉を呼びに、渡り廊下のある方へと向かう。



 ──蓮と二人きりになってしまった。

何だか気まずくて──。


「あ、あの、蓮」


「……気にすんな。これで貸し借りゼロ、過去の云々とか諸々とか、全部チャラだ」


「う、うん、でも」


 すると蓮は、「あー、なんだ、その……」と、一瞬口ごもり。


 そして、ぶっきらぼうに、

 言った。


「せ……先輩命令だ。引き摺るな。気にするな。そして忘れろ」


 その時答えた私の顔は──きっと。

あの日と同じように、赤かったに違いない──。



「────、はい」



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