Ⅰ
──意識が、戻る。
私はなぜこんなところで寝ているんだ?
……あぁ、そうだ。
私が蓮を殺そうとして、それを祐平が止めて、それで──。
それで、気を失ったんだ。
そこまで状況を把握して、思った。
――情緒不安定、怖っ。
他人事みたいな感想だけれど、だって、それ以外に言いようがない。「もう一人の私」に会って、ルチーに会って、「もう一回人間信じてみようぜ?」みたいな流れだったのに、それで、そこからの殺人未遂──。
自分のこととは思えないし思いたくないくらいに、思いっきり流れを無視した行動だった。
いやいや、だって、当時にしたって殺すほど怨んでないだろうに。それを、なぜ今になって。多少の不信感があるのは確かだけれど、それにしたって、殺人未遂は──。
「いくらなんでも、ねぇ……」
あの時祐平が止めてくれなかったら、と思うとぞっとする。何しろ今頃は人殺しだったのかもしれないのだ。全くもってどうかしている。
──と。
じゃあ、今は何が起こっている──?
薄く目を開いて、状況を確かめる。
まず、蓮が仁王立ちして何やら誰かを怒鳴りつけている。で、祐平が蓮を宥めていて……えっと、もう一人のこの人、誰?
黒ずくめの、全てを嘲笑うかのような表情の男。長い前髪に隠れて目元は見えない。
「あーあ、はいはい、分かったよ……。泣く子と地頭と阿呆には勝てぬっていうけど、全くそのとおりだね」
──あっ。
私、この人のこと、知ってる──。
この、全てを見透かし弄ぶかのような、飄々とした物言い。自信と余裕に満ちた態度。この人は──。
「主催者……チータス」
風花を誘拐した、張本人。
こいつに会うことを目的にここへ来たのに、今は素直に喜べない。
──風花と会えたとして、何もかもを知ってしまうのは怖かったし、何より……目が覚めたらそこに立ってたんだから、達成感とかある訳ない!
どころか「ごめん今どういう状況?」である。
この人どっから沸いたの、くらいの認識だ。
で、これから私はどうすれば──。
「オーケー……じゃあ、話そうか。『俺の部屋に案内しよう』」
──え?
今この人、部屋に案内するって?
謎の主催者が、自室なんて公開していいのか──?
「あぁ、あと、奏音さん。いつまでも寝たフリしてないで、早く起きてくれないかな。それとも、まさか俺にバレてないとでも思ったのかな?」
──バレてた。
別に、寝たふりで通そうと思ったわけでもないが……。見破られると、それはそれでぎくりとする。
さて──いよいよもって、事の心髄たるこの男と、言葉を交わす訳だが。
感慨は特にない──今は、蓮への罪悪感と祐平への感謝と、この男に一瞬の隙でも見せれば付け込まれるだろうというプレッシャーで、いっぱいいっぱいだからだ。
感慨に浸る余裕などない。余裕ができてから、ゆっくり感慨に浸れば良いだろう。
私は──口を開いた。
「寝たフリとは言うがな。──私も、先程目が覚めたばかりだ。狸寝入りと言われる程の時間は経っておるまい」
あえて──「こちら」の人格で。
初手を打つ。
唖然とする蓮と祐平を尻目に、私は言葉を続けた。
「さて、やっと会えたな、主催者チータスとやら。私は確か、貴様が風花に手を出せば、貴様の脳天を撃ち抜く、との旨をメールに記述した筈だが。彼女は無事なのだろうな」
彼の、見えない目元を見透かすように、前髪の辺りを鋭く睨みつける。
チータスは私の視線などどこ吹く風で、
「ああ、無事さ。むしろ彼女とは打ち解けて楽しくやってるよ。生贄になるのが惜しいくらいだね」
などと返す。
どこまでも、飄々としていて。
付け入る隙が、見当たらない──。
「ならばいい加減に、彼女を返せ。もう良いだろう」
「んー? ごめん、奏音さん。俺の部下──メイドが、ちゃんと伝言を出来ていなかったようだね。俺は確か、『鬼』を百人殺せ、って、伝えるように言った筈なんだけど」
──あ。
色々なことがあって、完全に失念していたが。
そういえばあったな、そんな条件。
だが、誰も殺さないと決めた筈だ。そう、それで確か──。
「──だれもころさないで、じりきであいつをみつけること」
ラピスは、そう言ったのだ。
「なんでこんな、むえきなせっしょう──いえ、たいりょうぎゃくさつのようなまねを、ちーたすさまはごめいじになったのでしょうか」
「それは知らないよ。会って聞くしかない」
コパルにも、そういうふうに言った。
即ち、ここまでの道程の目的は──「この男に会うこと」。
だから──達成されている。『鬼』殺しなど微塵も必要ない。
その旨をチータスに伝えるべく、私が口を開きかけると──。
「はい!? 今『鬼』って! 『鬼』って言いました!? この期に及んで何言ってるんですか! そんなもんは居ないって──とっくのとうに、分かってるんですよ!」
祐平が──叫んだ。
……何だって?
そんなもんは──いない?
どういうことだ──?
「……ふーん」
チータスは、歪めたままだった口の端を、不意に元に戻し。
言った。
「花畑くん、って呼んだのを訂正しよう──祐平君。奏音さんも入浴剤くんも、部屋に来たまえ。暮葉の妄言を正してあげよう」




