Ⅵ
さて、怒涛のひとときが過ぎ、何となく放心していると。
ミドリの携帯電話が、ムーと鳴った。
「あ、私の? 指示かな」とか言いながらいそいそとミドリが電話を取り出すが、よく見るとこいつ、今どき開閉式、つまりガラケーではないか。
骨董品である。
――というときっと怒られるので、「珍しいもん見たな」と思うに留めておいた。
「はーいもしもし小林ミドリでーす・・・・・・うん。今? 待機よ。健と二人。うん。え、奏音ちゃんが? ホントに? ・・・・・・蓮くんは生きてるの? ・・・・・・あ、そう。ふーん。あー、でもそっか、その場から動けない・・・・・・うん。オッケー、了解でーす。うん、はーい。じゃーねー」
・・・・・・生きてるの? って、なんか、物騒な話になってません?
ミドリは、俺に向き直って、通話内容を告げた。
「蓮くんの言ってた通りになっちゃったわよ――蓮くん、奏音ちゃんに殺されかけた、って。でもそれを祐平が止めて、気が抜けた奏音ちゃんが気を失っちゃって・・・・・・」
「マジかよ?」
ああ、確かにそういえば、蓮の奴、殺されるかもしれないと言っていた気がするが・・・・・・。本当に殺されかけたのか・・・・・・。
あの色男もとい男、何をすればそんなに怨まれるというのだ?
「それで、奏音ちゃん介抱しないで立ち去ったら変だから、蓮くん、その場から動けないらしいわ。というわけで、健、『管理人』代打よろしくだって」
「マジか・・・・・・」
覚悟はしていたが、それでも実際にあの役をやるとなるとキツい。何せやたらと『風花の趣味』な方向で格好いいのだ。演じきれるだろうか。
「健」
「うん?」
「――頑張って」
ミドリの、花の咲いたような笑みと、声援に。
――ホンット、しゃーねえなぁ。やってやりますか!
「おう!」
俺は、ぐっと親指を突き立てた。
が。
「あれ? 俺の行動理由、おかしくねえか?」
数刻後。
はたと己の不純な動機に思い至った。
――一回目。風花のイキイキとした笑顔。
二回目。ミドリの、思わず和んでしまうような笑顔。
女子の笑顔が動機の男・堀口健。
「うわぁ・・・・・・」
自分で自分にドン引き。
――思春期男子とかいう問題ではない気がした。
「祐平の影響か? いやきっとそうだそうに違いないぜ」
しかも後輩に責任転嫁してみた。
――罪が重くなっただけのような気がした。
ともあれ、俺は、鏡の中の自分と向き合って――苦笑する。もとより俺のルックスはそう悪いほうではないが、これは、何というか――。
「・・・・・・格好良すぎ」
鏡の中で不敵に微笑むのは、黒色のだぼっとしたパーカーを着て黒色のだぼっとしたスウェットズボンを穿き、黒いヘッドホンをかぶって黒く長い前髪で目を隠した、そんな男。どこか飄々としていて、どんな困難も口笛一つで片付けてしまいそうな――そんな、男。身体の輪郭を窺うことは全くできないが、長身であることから、スタイルも良いのだろうと想像できる。
何もかも見透かしたようでいて、でも嫌味ではなくて。
何となく近寄り難いようでいて、でも頼りにしたくなる。
俺が、ついさっきまでなりたいと思っていたのは――
こういう奴では、ないだろうか?
「こんな奴になれてたら――××××って思うことも・・・・・・なかったのかもな」
自嘲気味に、片頬で笑う。
××××と思うこと――それは、人間が犯し得る罪の中で、一番の大罪だ。だが、多かれ少なかれ、人生において、××××という思いが脳裏を掠めることは――確かに、ある。でも、だからこその――嘲笑だ。
しかし鏡の中の男は、そんな嘲笑さえも様になっていて――少し、腹立たしかった。
――というか、こんな奴が本当にいたら、全国の純粋かつ健気なる男子たちを全員敵に回しているだろう。俺たちの、モテようという健気な努力を返せ。
「なんつってな・・・・・・はあ。で、この男・・・・・・『チータス』か? こいつが、これから全ての物語を収束させに動くわけだが」
この『チータス』、実は全ての鍵を握る人物であり、相当な大役だ。まして、それを代打など――本当は蓮がやるべきことだろうに。そのほうが奏音のためだ。
「ま、でも、しゃーないわな。俺は俺なりに、できることをやるだけだぜ、ってな」
大丈夫、演技は得意分野だ。だって、ガキの頃から、中二病を演じて自分の周りにいる者の、ミドリ以外の全員を――自分さえも――騙しおおせてきただろう?
――まぁ、ミドリには最初から看破されていたが。
少し自分の演技力に自信を失くしながらも自分にそう言い聞かせて、俺は、この、俺がなりたかった男――『チータス』になったような気分に、気持ちを切り替えて。
――ドアを開けた。




