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曰く付きの館  作者: 木染維月
第五章 紙上
30/39

 そう。


 俺が今、周囲の人間に見せている姿、性格は――本来の、「素」の俺ではない。

 つまり、本当の俺の姿を、見てもらえていないということだ。


 もし、仮にだ――仮に、ミドリに俺のことを好きになってもらえたとして。そのとき、ミドリが惚れた堀口健は、それは「俺」ではないのだ。


 俺のことを好きになってもらえたことには、ならないのだ。


 どころか、ミドリに「俺」の姿を見てもらえたことなど、ただの一度もないことになる。



 だって――だって。

 本当の、本来あるべき「俺」なんて。




 ――とうの昔に、迷子じゃないか。




 だが――、仕方ないんだ。本来の俺の姿なんて、とてもじゃないけれど人に見せられるようなものではない。「先」が見えること。何もかもの予想がつくこと。知りたくないことまで知ってしまう恐怖。


 見たくもない世の中の全てが見通せてしまう者の気持ちなど――人生を、まるで既存の物語を読むかのように生きる者の感覚など。


 ――誰が、誰が判ろうか!


 でも、そんな今の自分の感情の答えもまた、分かってしまう。結局、誰とも感情を分かち合えないことが、寂しいだけなのだ、と。誰かに理解してもらいたいだけなのだ、と。


 何となく――俺は、高橋奏音が羨ましかった。

 理解者がいない、人間が信じられないといって、拗ねて、不貞腐れて、部屋に閉じこもり、だがそれを必死になって引っ張り出そうとしてくれる親友がいて、恋人がいて、それに思う存分甘えて、いつまでも駄々っ子のように引きこもって――。


 今のはさすがに身も蓋もない言い方をし過ぎたし、それ相応の辛い過去があるのも承知の上だ。だが――それでも、要はそういうことだろう。全くもって、実に羨ましい。妬ましいくらいに。


 引きこもりなんてしたら、今後社会的にどうなるか、なんて――そんなこと。


 判らなくてもいいのに。


 判らなかったら、俺だって――。


 ・・・・・・俺だって、何だ?


 そんなのは言い訳だ。


 俺みたいな頭がなくたって、引きこもりになったらどうなるかぐらい、分かるだろう。

 甘えているのは、俺のほうだ。


 でも、実際、引きこもってしまいたい、と、××××と、そう思ったことだって一度や二度ではないのも確か。何年も自分を偽り続ければ、そうなるのも仕方ない。


 というか、もういい加減、どうにか楽に生きられないものだろうか。この際だから、もういっそのこと、それこそ×××しまうとか――。



「顔が、暗ぁぁぁあああーいっ!」



 バシーン!


「痛ぁああッ!?」


 突然、何の前触れもなく、いい音を立ててミドリにド突かれた。


 本当に何の前触れも脈絡もなかった。あまりに急に攻撃されたものだから、そりゃあもう、心臓が止まるような心地がした・・・・・・きっと寿命が二、三年縮まったに違いない。


 背中がひりひりする。


「痛ってぇなあ・・・・・・何すんだよミドリ! あんまり突然攻撃されると、この俺の封印されし左手が解き放たれちまうかもしんねぇだろ!」


 いつもの調子で軽口を返してみるが、成る程、どうやら俺はとんでもない失態を犯したらしい。他人のいる前でこんなマイナス思考全開な顔を晒すなど、本当にどうかしていた。十数年かけて築き上げた虚構が無駄になってしまう。


 だがそんな俺にお構いなしに、ミドリは続ける。


「暗い! 暗いのよ健! どうしたの何があったの! おねーちゃんに言ってご覧なさい!」


「いや別に俺はお前の弟じゃねぇよ!?」


 確かにお前は「みんなの姐さん」ってキャラしてるけどよ。


 おねーちゃん、て。


 それで言えれば。

 それで言えれば――苦労しねぇんだよ――・・・・・・!


 そうまで思って、壊れることも出来ない苦しみなんて。そんなもの、他人に見せられるようなもんじゃないし、何より。


 こんな明るい奴に、俺みたいな、暗くて歪で捻じ曲がった奴の悩みなんて、見せちゃいけない。


 見られたくない。ミドリにだけは。


 ミドリ、だからこそ。


「だいたいなぁ、何だよ突然『顔が暗い』って。別に俺だって暗い顔くらいするわ! ましてこんな訳の分からん計画に巻き込まれてる真っ只中、暗い顔したくもなるだろ」


「はぁ? あのねぇ健、一つ言っとくけど、姉っていうのは感情を読むのに長けてるもんなのよ? 可愛い弟の様子、ずーっと気にしながら生きてんだから。私が何年、祐平の姉やってると思ってるの?」


 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・、おい。


 まさか、そんなこと。


 誰よりも本性を見られたくない、よりによってこいつに。

 バレてたっていうのか? ずっと?


 そんな――そんなことって――。



「健、あんた、自分が思ってるほど頭よくないんじゃないの? 言っとくけどねぇ! 他の人は騙せても! 私だけは! ずーっと! 一瞬たりとも! 最初っから! ――騙せてなんかないのよ馬鹿ぁああああー!!」



 すっ、と――。

 何かが抜け落ちる、音が。

 して。


 ――なんてこった。


 こんなことって――あるだろうか?

 あまりに、報われなさすぎじゃないだろうか。


 一番騙したかった奴が、騙せていないなど――。


 俺が今までしてきたことって、何だったんだ?

 もう、何だか、全てが馬鹿らしい。


――苦笑しながら俺は問うた。


「騙せてない、って・・・・・・。最初から、って、最初からか? いつからだ? まさかとは思うけど、俺が周りを騙し始めたのって」


「うん。小学校上がるか上がらないかぐらいの時だよね。覚ええるわよ、こいつ何やってんだろうなー、って思ってたわ」


 最初って、マジで最初かよ。

 一周回って笑えてくる。


「でも、私も、だんだん健の意図に気付いてね。そんな無理しなくてもいいのに、って、思ってたわ。ところが、中学校に上がってすぐくらいだったかな・・・・・・ある小説を、読んだの。健みたいな、馬鹿みたいに頭いい人が出てくる小説だったわ。それ読んでたら、あぁ、健っていつもこんな気持ちで毎日過ごしてるのかな、つまんないだろうな、って、思って。もちろんその小説はフィクションだし、全くの見当違いかもしれなかったけどさ。でもそう思って、一人でぼーっとしてるときの健の顔とか見てみたら、すっごくつまんなそうな顔してるんだもん。何してあげられるだろう、って、必死で考えた。なんで他の人たちは気付かないんだろう、って、すごく悩んだ。でも、小春や直人にそれを言われることを、健はきっと望んでないって思った、から。――だから、せめて、健の毎日が面白くなれば、いいな、って・・・・・・思って・・・・・・」


 濡れた声で、探りながら言葉を紡ぐミドリ。


「ねぇ、健、私たち、ちょっとやそっと周りから変な目で見られたくらいで、健から離れていくようなひとに、見える? もしそう見えるんなら一回レーシックか何かで眼球削って貰ったほうがいいわよ。っていうか、あんたね、馬鹿みたいに頭良い癖に、人間関係不器用すぎなのよ。あんたがもうちょっと器用だったら、そこまで自分のこと追い詰める必要なんかなかったのに。あんたが馬鹿なのよ、もう――馬鹿っ・・・・・・――ばかっ――・・・・・・!」


 ばか、ばかと連呼しながら、ミドリは俺の背中をぺしぺしと叩く。


 ――自分が何かしたんじゃない、ってことは分かっていた。でも、誰よりも傷つけたくなかった奴にこんな顔をさせている自分が――酷く、嫌になった。


「なぁ・・・・・・ミドリ。教えてくれよ。その――お前が読んだ小説の中の天才は、どうやって生きてたんだ? どうやって――どういう奴だったんだ?」


「ん・・・・・・。先に言っとくけど、その人、演技なんかしてなかったからね。あのね、その人は、『同じ人間なんだから私とお前らにそう差があるわけないだろ』『お前らやれば出来るんだから、いつまでもサボってんじゃねーよ』って、周りにも平気で自分と同じレベルを求めて無茶振りしちゃう人だった。強引で強気なお姉さんだったなぁ。で、『世の中がつまんねー奴らばっかりだから、私が面白くしてやってんだ』って言って、世界中飛び回って色々とんでもないことして・・・・・・。そんな人」


 ――はっとした。


 こんなに面白くない世界。既存の物語のように繰り返す歴史。

 そんな、つまらない世界ならば――自分で、面白くしてしまえたら。


 そう出来たなら、わざわざ演技なんてするまでもなく、世界は、毎日は、人生は、魅力的で――。


 自分で面白く出来たのなら、気を抜くとすぐに世界を見下したような表情になってしまうとか、全てを見透かしたような顔をしてしまうとか、そういうことも、なくなる。


 なんて――俺は、馬鹿だったんだろう。


 ミドリの言うことを、何も否定できない。


 本当に――。


 わざわざ馬鹿の振りして疲れ切って人間関係全部が疎ましくなって、××××って思ってでもできなくてどうしようもなくて、自分で築いた虚構が邪魔で何ひとつ自分の思うようにいかなくて――。


 そんな虚構なんて、必要なかったんだ。


 俺のやってきたことは、最善手ではなかった。


 他に、もっと正しいやり方が、楽しいやり方が、あった。


「ミドリ」


「ん」


「・・・・・・さん、きゅ」


 軽く、微笑んでみせる。



 ――が。

 がらり、と、ミドリの発する空気が変わったのを感じた。


「いやー・・・・・・健が立ち直ってくれたのは嬉しいんだけどさぁー。『超頭良い奴の、びっくりした顔を見てみたい』っていう私の目的はまだ果たせてないのよね」


 不服そうに口を尖らせるミドリ。


「あのー小林さん? ちょーっとナニ言ってらっしゃるか理解できな・・・・・・」


「っていうかね? あんた何やってもあんまりびっくりしないし。だから、例えばこんなこと言ってもびっくりしないのかなー、って思うと、なんていうか、こう・・・・・・悔しいじゃない! もうこっちも意地なのよ」


「いやだから何言って・・・・・・」


「いい? 一回しか言わないからちゃんと聞いてね」


「お、おう・・・・・・?」


 決めた。決めたぞ。俺は何を言われても驚かねぇ。だいたいこの俺を驚かせるなんてそうそう出来るもんじゃない。やれるもんなら――


「あんたをもっと知りたい、あんたの『素』が、見てみたい。だからあんなこと言ったの。だって、健が――」


 一息、


「――好き、だから」


 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・、?

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・、!?


 ・・・・・・ぱしゃり。


「えっ、ちょっ、まっ、!?」


「激写ぁぁぁぁあああっ! うわぁなんてアホ面! いいのが撮れたわ! やったー!」


 一生の不覚! いやだって、反則だろ! こんな――こんなのってねぇよ!!


「ちょ、ちょっと待てミドリ! 今の――今のってもしかして、世間一般に言う『嘘告』――!」



「・・・・・・・・・・・・はぁ?」



 あ、あれ?


 ミドリは、半眼になって、「馬鹿なの?」とでも言いたそうな表情で。

 少し恥ずかしそうに、そっぽを向いて。


 ぼそっと言った。



「あんたねぇ――なんで私が、好きでもない男のためにここまでしなきゃいけないと思う訳? もしかして、健って――ホントに馬鹿だった?」



 ああ――神さま。

 俺の恥ずかしい画像がばら撒かれるという運命は、どうやら確定なのですね。

 だって――。


「・・・・・・先越された・・・・・・」


 きょとんとするミドリを余所に、俺は、絶叫した。


「華のアホぉぉぉぉおおお――――――――――!!」


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