Ⅱ
あれから一週間経った。
返信は、まだ来ない。
几帳面な風花のことだ、メールに気が付いたらすぐに返信をくれる筈である。これはもう、何かが起こった後と考えて間違いない。
・・・・・・そこまで考えて、はたと気づいた。
何かが起こったと分かったところで、自分に何が出来る? 自分はこの部屋から出ることすら出来ない存在だって、この間気づいたばかりじゃないか。風花のほかに連絡をとれる友人などいないし、だからといって掲示板の知り合いに頼む訳にもいかない。何かしようというのなら・・・・・・外に出るしか!
自分がここまで無力な存在だったなんて。親友の為に何もしてあげられないような、そんな無力な。
何もしないのも落ち着かないので、とりあえず掲示板での相談を試みた。すると意外にも、解決策に繋がりそうな答えが返ってきた。以下、そのやり取り。
某月某日 AM8:00 カノン@不登校
友人が例の「生贄落札会」の都市伝説に巻き込まれた可能性有り。解決策その他何か有益な情報の提供を求む。
某月某日 AM8:02 シュウ0614
釣りかい?
某月某日 AM8:03 カノン@不登校
釣りではない。誰か有益な情報を。
某月某日 AM8:08 よのみん
それなら「え:い5おhxzて@vてd7」ってサイトに飛ぶといいですよ。生贄落札会に巻き込まれた人たちの名簿が見られるはずです。
某月某日 AM8:09 カノン@不登校
確かな情報か?
某月某日 AM8:11 よのみん
確かかと言われると分からないですね。それらしきサイトは見られますが、その名簿が本物かどうかは知りません。
某月某日 AM8:13 シュウ0614
釣りかい?
某月某日 AM8:14 カノン@不登校
よのみんさん、ありがとう。そのサイトに行ってみる。他にも何か知っている人はぜひ教えて欲しい。
某月某日 AM8:25 ひさぎ
そんな都市伝説、嘘に決まってるでしょ。みんなまともに取り合って、バカじゃないの?そのお友だちも家出か何かだよ。
某月某日 AM8:26 シュウ0614
釣りかい?
某月某日 AM8:50 世界保健機関
眉唾だとは思うけど、落札会の主催者を名乗る人とチャットが出来るサイトっていうのは聞いたことあるよ。サイト名までは知らないけど。
某月某日 AM8:51 カノン@不登校
世界保健機関さん、ありがとう。そのサイト名やその他、何か知っている人は引き続き情報提供を求む。
某月某日 AM9:10 シュウ0614
釣りかい?
某月某日 AM9:30 雀の涙
世界保健機関さんが言っていたサイトって、もしかしたら「綾穂幣ちゃちはし、明日紗」じゃないかな。よのみんさんのと同じく、本物かどうかは分からないけど。
某月某日 AM9:31 カノン@不登校
雀の涙さん、ありがとう。引き続き情報提供よろしく。
おかしい。すぐに分かった。こんなに立て続けに情報提供者が現れるなんて。いくらネット上とはいえ皆暇ではないはずの時間帯、しかもいくら調べても出てこなかった情報ばかり。さらに、数時間後この掲示板を訪れたらスレッドごと消去されていた。明らかに何か不穏なことが起こっている。そして風花は――それに巻き込まれているかもしれないのだ。いや、巻き込まれていると見て間違いない。
かなり迷ったが、半信半疑で「よのみん」「雀の涙」が書き込んでいたサイトに行ってみることにした。もちろん、高額請求などのリスクも飲み込んだ上で、だ。
不規則な文字列はそれなりの信憑性のような印象を持たせるが、検索避けなどの効果もある。怪しいことには変わりない、が――。
クリック。
まずはじめに目に飛び込んできたのは、黒い画面に赤い文字で書かれた「WELCOME TO NIGHT WARLD」だった。いかにも中二病臭い雰囲気。しかし僅かな可能性でも試す価値は無きにしも非ず、私はこの悪趣味さを見なかったことにする。続いて、「黒画面に赤文字は見づらいでしょうから、こちらへどうぞ」と。「こちら」の部分に傍線が引いてあり、クリックすると別のページに飛べるようになっている。・・・・・・まだ引き返せる、という訳か。でも私は・・・・・・私は、引き返さない。
「こちら」をクリックした。
今度は至って普通の白い画面に黒い文字。そこには「これまでの参加者」と題された表が載っていた。左から日付、年齢、名前、現在の状況が記されていて、それが何十段も続いている。
祈るようにして表を見進めていく。日付が新しいものほど下にあるという、変わった記し方だった。マウスを握る手に力が入る。ブラウザバックしてしまいたい衝動。
――あった!
まるで身体に電流が走ったかのような反応。吸い寄せられるようにその名を見つけた。これだけの中からよくも見逃さなかったものだ、と我ながら思う。
某月某日、十七歳――小野風花。
世界が歪んだ心地がした。
心が深紅に染まった心地がした。
酷く無機質な文字列に対する私の反応は驚くほど速かった。一周回ったのか何なのか、心の中の酷く冷静な部分が私を突き動かす。もう高額請求のリスクなどとうに思考回路から消え去ってしまっていた。
表の下のほうには目もくれずブラウザバック、「え:い5おhxzて@vてd7」を後にするとすぐさま「綾穂幣ちゃちはし、明日紗」をクリック。WELCOMEからはじまる例の文句の下の「書き込みをする」にカーソルを当ててマウスの左側を連打する。マウスが壊れそうな勢い。私はその書き込み欄に向かって、またしてもキーボードが取れるような勢いでキーを叩いた。叩きつけた。
「お前は誰なんだ、私の友人に何をした。名簿のサイトを見たぞ。犯罪だ。どこにいるのか答えろ。すぐそっちに向かう。私の友人を返して貰おう」
エンターキーを拳で殴る。荒い息をなるべくひそめて返事を待つ。
――一分と経たず、返信が来た。
どうやってこのサイトに辿り着いたんだい? 最近ここまで辿り着ける人が急増していて困ってるんだ。皆が皆、暗号を解いて来た訳じゃないだろうに、ねぇ。
さてさて、はじめましてかな? 俺が『生贄落札会』主催者、ハンドルネームは『チータス』です。どうでもいいけど、『主催者』って言いづらくない? 新春シャンソン賞と同じくらい言いづらいよねぇ。あと、車掌さん、も言えないんだよね。僕の滑舌が悪いのかな? 知ってる?滑舌が悪いと『滑舌が悪い』って言うのにも噛むんだよ。いじめだよね、これ。
ごめん、話がそれたね。ご友人がこっちに来てるってことかい? そうならごめんね、今忙しいんだよ。生憎、来客の対応が出来そうもなくて。山の鳥居の話、知ってるんでしょ? なら悪いけど、自分で来てくれないかな。多分、そのお友だちにも会えると思うよ。ちょっと帰れるかは分からないけど。
まあとにかく、来るっていうなら来ていいよ。手が空いたらお茶菓子の一つでも出してあげるからさ。紅茶の種類に希望があれば言ってね。ここの紅茶は美味しいよ、自分で言うのも何だけど。個人的にはセイロンとかアールグレイがおすすめかな。
最後に忠告なんだけど・・・・・・って、見ず知らずの俺に忠告されるっていうのもいい気分はしないだろうけど、君、随分荒れてない? 長らく人と関わってない中での親友の失踪、混乱する気持ちは分かるよ。でもね、外の世界には何があったか・・・・・・思い出してみてご覧よ。君を傷つけるものがたくさんあった筈だ。君が今、例え一時的にでもこの部屋を離れて外の世界と関わろうというのなら、同じ轍を踏まないためにも、きっちり過去を思い出しておいたほうが良いんじゃないかな。
外に出る決心がついたらおいで。君のお友だちと一緒に待ってるよ!
生贄落札会主催者 チータス
――すっと、何かが抜け落ちていったような気がした。高鳴っていた鼓動が急に静かになった。もしかしたら怒りを通り越してしまったのかもしれないが・・・・・・とにかく、落ち着いた。
よりにもよって風花に酷いことをしているかもしれない人物のメールなんかで落ち着いてしまうなんて・・・・・・。騙されているような気分だ。
この人は、知っているはずのないことをたくさん知っている。私が引きこもりだということも、人と長らく関わっていないことも、過去のことを忘れていることも、全部。だからという訳ではないが、風花がチータスという人の所にいることに変わりはなさそうだが、そう急いで行かなくても、今すぐに風花をどうこうするというようなことは無いように思えた。
まるで、メール越しに、自信に溢れ、飄々とした人物が見ているかのようだ、と。
そんなふうに、思えた。
もちろん急いで行くつもりだ。しかし、急がば回れとよく言うし、ちゃんと心の準備をしてから行くのが得策だろう。
――大丈夫。過去のことを思い出して、この窓を開け放ったら・・・・・・すぐ行くから。それまで待ってて。
私は心の中でそっと風花に言った。大丈夫――私のくだらない過去の回想など、三分で終わる。
n年前の中二病の最たる部分が如何なく発揮されている部分ですごめんなさい見なかったことにして下さい。
いや、書き換えようかとも思ったんですよ。でも変えると矛盾が増えるんですよね。どうしようもなかったんです。若気の至りってやつですね。すみません。
これからマシになるので、見捨てないでやってくださいね笑