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曰く付きの館  作者: 木染維月
第四章 詩情
26/39

 ――何も、言えなかった。


 誰が合っているとか間違っているとか、そんな次元の話ではないと、直感的にそう思った。


 強いて言うなら、誰も間違っちゃいない。


 暮葉さんはもちろんのこと、チータスだって――結局、自分の行いが孤児たちのためになると信じて、今こうして動いているのだ。互いの信ずる正義に則った、この気高い争いで――僕は、どちらかを否定することなんて出来ない。


 でも、一つ、大きな疑問があった。


「・・・・・・暮葉さん。その、チータスさんと・・・・・・話し合っては、みたんですか? だって、結局、根元のところでは二人とも一緒じゃないですか。――孤児たちに、幸せに生きて欲しい、って」


 そんな問いに、暮葉さんはゆるゆるとかぶりを振る。


「・・・・・・だいぶ前じゃが、話し合ったぞ。――言ったじゃろう? 奴は、宿敵じゃが、弟なのじゃ。姉弟で話くらいするわい・・・・・・でも、駄目じゃった。熱くなりすぎたんじゃな、私も、彼奴も。お互いに主張を一歩も譲らなんだから――結局、言い合いになって、そのうち話が脱線して、互いに口汚く罵り合って――結果的に、その日、決別することになったのじゃ・・・・・・」


「もう一度、話をすることは出来ないんですか?」


「・・・・・・祐平殿。そなたは下の弟という立場じゃから分からんじゃろうが・・・・・・弟に嫌われた姉貴というのは、これ以上ないほどに臆病なのじゃぞ。まあ有り体に言えば、弟と話すのが怖い。それだけじゃ」


「・・・・・・・・・・・・」


 一瞬、自分の姉を想像しかけて、やめた。あの姉貴は全くといっていいほど参考にならないだろう。


 ――と、突然。


何の前触れもなく、暮葉さんが深刻そうな声を発した。


「のう、祐平殿。――突然じゃが、もし、そなたの想い人がいま犯罪者になろうとしているといったら・・・・・・そなたは、どうする?」


「はい? なんですか突然。暮葉さん、犯罪行為はよくないですよ。犯罪にならない範囲でチータスさんを説得しましょう」


「え!? ・・・・・・い、いや、想い人は私のことではのうてな?」


 赤面して、わたわたと手を振る暮葉さん――違うのか。

 まあ、暮葉さんの可愛らしい一面が見られたから別にいいか。


「暮葉さんじゃないなら、誰だっていうんですか。他に想い人なんて・・・・・・、あっ」


 ・・・・・・思い至った。

 もしかして、もしかしなくとも――。


「かのん、せんぱい」


「――正解じゃ。急いだほうが、良いかも知れぬ――」


 奏音先輩が、犯罪者――?

 暮葉さんは、何を言い出すんだ――?


 だが。


 そんな突拍子もない言葉に信憑性を持たせるくらいには、暮葉さんの表情は真剣だった。


「先輩が、どうしたっていうんですか。奏音先輩が犯罪なんてするわけないです。適当言わないでください。いくら暮葉さんだからって、怒りますよ」


「祐平殿。落ち着いて聞くんじゃ。いま――今、高橋奏音は、人を殺めようとしているのじゃ」


 人を。

 殺めようと――。


「――そんな、馬鹿な」


「その相手は――」


「いい加減にしてくださいっ」



「―――――菅原、蓮」



 この会話を交わしたときの暮葉さんの様子といったら、まるで記憶にない。そんな余裕はなかった。そんなわけないと言いつつも、心のどこかで納得していたからだ。――ああ、やっぱりか、って。


 だからなのだろう。

 それからの行動は、暮葉さんの部下もかくやというほどに速かった。


 気付いたときには暮葉さんのいる寝殿造りの屋敷から飛び出して、渡り廊下を渡っていた。渡り廊下は洋館ふうであることからチータスのほうが優勢なのだろうか、などと考える余裕はもちろん無く、ただひたすら走って――どこをどう走ったのかも覚えていないが――そして。


 目の前に。


 奏音先輩が。


 ――僕の知らない先輩が。


 でも、こんな日が来ることも、心のどこかで分かっていたような気分で――。


「かの、ん、せん、ぱい」


 掠れた声で呼びかけても先輩が振り返る筈などなく。

 奏音先輩の瞳がまっすぐに見据えているのは――あの男。


 菅原蓮先輩。


 ――僕は一瞬、判断に迷った。力ずくで奏音先輩を止めるか。だが、今の先輩の様子では到底無理に思えた――から、蓮先輩を庇って立ちふさがるか。だが、そういえば奏音先輩は僕と姉貴も恨んでいた気がする――から、なら、どうすれば――。


 ――少し考えてから、僕は、ごく自然な歩調のまま、奏音先輩の隣まで歩いた。


 そして、箸でも手に取るかのように奏音先輩の手からサバイバルナイフを抜き取り、そのままその切っ先を蓮先輩の腹部へと――。


――刺し込めなかった。


「・・・・・・馬鹿じゃねぇの? 俺は、奏音になら殺されても仕方ねえと思ってるけどよ――祐平、お前に殺される気なんか微塵もねぇよ」


 ナイフの切っ先をつまんで、そのまま方向を変える蓮先輩。

 僕は、何も言えない。


「だいたい、お前は何しに来たんだ? 祐平。俺は、奏音にこのまま殺されちまおうって思ってたのによ。それだけのこと、しただろ? 俺に相応しい最期があるとすれば、それはこういう終り方なんだろうよ」


 ――ああ。

 暮葉さんは、間違っている。

 今、分かった。


 僕が知らなかっただけで、蓮先輩にはそういう、自己愛に溺れるような人になってしまうのも仕方ないような過去が、確かにあったのかもしれない。


 でも。

 この人は。

 ――そんな、大切な大切な自分よりも、奏音先輩を愛している。


 なら――。

 僕に、勝ち目はない。


「・・・・・・先輩こそ馬鹿なんじゃないですか? このまま奏音先輩に刺されて死んだところで、それで幸せなのは蓮先輩だけです。あなたは、そんな自己満足のために奏音先輩を犯罪者にしようっていうんですか」


「・・・・・・・・・・・・」


「奏音先輩もです。蓮先輩は、確かに奏音先輩に酷いことをしたのでしょう。それは、僕も、僕の姉も――なのでしょうね。でも、少なくとも、蓮先輩は、奏音先輩のことを、心の底から愛してる。過去のことは分かりませんが、今はその事実だけ、信じてみようとは思いませんか?」


 僕の言葉を聞いて、奏音先輩は――ゆっくり、ゆっくり振り返る。

 ――全てに疲れたような、そんな表情だった。


「祐平・・・・・・私は」


 掠れた声で何かを言いかけた先輩は、しかし、その言葉を口にすることなく――どさり、と床に倒れこんだ。磨き上げられた床が酷く冷たいものに見えて、奏音先輩が冷たくなっていってしまうような気がした。


 しばらくの間、僕も、蓮先輩も、声を発さなかった。


 永遠のような時間が、蜂蜜のような濃さで流れてゆくばかりだった。



これにて四章は完結です!後味の悪い終わり方をしましたね。

さて次の五章ですが、度々言っているように、この作品の中で一番のお気に入りの章です。というか一番面白いです。というか健がですね、かわいいんですよ。本当に読んで欲しいです。

いよいよここからが佳境、ラストに向かって走り出してもう止まりません。これからも「館」をよろしくお願いします。


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