Ⅱ
蓮先輩と昔話に花を咲かせていた筈の僕は――花は花でも彼岸花やチョウセンアサガオといった類の花だが(要するに毒のある花だ)――
気付いたら僕はその部屋に居た。
しかも、跪くかんじの体勢で。
っていうか跪いてた。
・・・・・・何やってんの、僕!
「・・・・・・苦しゅうない、面を上げよ」
少し低めの、凛とした女性の声。・・・・・・って、そりゃあ苦しゅうないに決まっている、なんで尊敬も畏怖もしていない、初対面の人に向かって苦しゅうあるんだよ。
「祐平殿。私はそなたに頼みがあるのじゃが」
だから、なんで初対面の人に頼みごとされなきゃならないんだよ!
「落ち着いて聞いてほしい。そなたは、この館を訪れた人間の中でかなりまともな部類じゃ。だから、どうか――」
僕がまともな部類って、どんな館だよっ!
と、四連続突っ込みを終えて顔を上げると。
・・・・・・一瞬、死んでもいないのに成仏しそうになった。
いつの間に連れてこられたのだろうか、寝殿造りみたいなかんじの和室、おそらくは御簾の内――そこで跪く僕を、豪奢絢爛な紅い着物に身を包んだ熟女が見下ろしている。
切れ長の、金の瞳。
みずみずしい、薄く紅を差した唇。
抜けるように白く、滑らかな肌。
お団子状に結い上げた栗色の髪の毛と首筋にかかる後れ毛。
揺れる簪。
丸見えの肩――そして何より。
着物のあわせから覗く――というにはあまりにも見えすぎている、・・・・・・男子の夢・・・・・・!
「どうか、聞いてほしいのじゃが・・・・・・」
「ハイなんでもやります何なりとお申し付けください」
「・・・・・・まだ何も言っとらんじゃろうが」
呆れる熟女の、憂いを帯びたため息のなかに漂う色香!
うわああああ!
どうしようどうしよう! 新たなる変態的ジャンルを開拓してしまった!
幼女のみならず、熟女にも、こんなに魅力があったなんて! 花魁って素晴らしい! 神様ありがとう!
・・・・・・大きい!
「うむ、すまぬ、私の手違いだったようじゃ。帰って良いぞ。『春』の奴にはもっとまともな人間を手配して貰わねばならんのう――」
「わーごめんなさいごめんなさい! 僕はまともですよ! どうぞそのままお話しくださいませ!」
・・・・・・その金色の瞳で射抜かれるように睨まれているのをみると、どうやら発情しているのを感づかれてしまったらしい。
かなりの失態である。
そしてかなりの変態でもある。
「・・・・・・それはそうと、えーっと・・・・・・」
「紅暮葉じゃ。暮葉で良い」
「暮葉さん。僕がこの館を訪れた人間のなかでまともな部類って、どういうことですか?自分でいうのも何ですが、僕と一緒に来た、高橋奏音って人と菅原蓮っていう人の方がよっぽどまともですよ?」
僕が問うと、暮葉さんは目を閉じて眉間を指でつまみ、深いため息をついた。動作がいちいち色っぽい。
「祐平殿、そなた、あの二人とはどういう関係じゃ」
逆に、問い返される。
「関係・・・・・・えーっと、奏音先輩は僕より一つ年上です。僕の姉の後輩の親友で、僕ともかなり仲良くしてもらってますね。個人的な話ですが…僕が一方的に、奏音先輩に好意を寄せてます・・・・・・。ただ、奏音先輩には彼氏がいて、それが蓮先輩です。恋敵って形にはなりますし、もう一つ、どうしても彼に対して許せないことがあるんですけど、彼の思いの一途さとか、そういうところは認めざるを得ない、そこそこ立派な人だと思ってます」
「・・・・・・私は、そういうことを訊いておるのではないのじゃが」
どこかで聞いたような台詞だ。
「まあでも、よく分かった。祐平殿――そなたは、あの二人のことを、何一つとして理解できておらぬ。あやつらがまとも? はん、阿呆抜かせ――。一つ予言をしてやろう。高橋奏音の精神は、そろそろ終わりじゃ。限界、というか、破綻、というか――。近いうちに気が狂うじゃろうな」
「なっ・・・・・・!?」
何を言い出すんだ、暮葉さんは。奏音先輩の精神が破綻? そりゃあ、イジメに遭って引き篭もって、そこから急に外へ出てここへ来て大変なのは分かるけれど――?
「じゃ、じゃあ暮葉さん、蓮先輩は? どうしてまともじゃないっていうんです?」
熟女に対して思わず喧嘩腰気味になる僕。僕だって、全くどうかしていると思うが。
「ああ、奴は・・・・・・・うむ、奴はちんちくりんじゃからのう」
「・・・・・・は?」
「だって、愛が重いじゃろうが。しかもその重い愛も、実は自分に向けられたものじゃし」
蓮先輩の愛が、自分に向けられたもの?
ただでさえアホっぽい面を更にアホ面にし、僕は熟女を凝視する。別に、どさくさに紛れて変なところを凝視したりはしていない。断じて。
「・・・・・・あやつは幼い頃、父親から虐待を受けていたのじゃ。家庭内暴力じゃな。じゃから、幼い頃の自分とイジメに遭う高橋奏音の姿を重ねて見たんじゃろう。奴はただ自己愛が重い奴なんじゃ」
「・・・・・・はぁ」
え、じゃあ、恋敵ながらもその深い愛に尊敬の念を抱き、認めてきた僕って、何・・・・・・?
ちょっと待ってよ暮葉さん。
色々知りたくなかったことを知っちゃってるんですけど。
蓮先輩ってそんな人だったの? そりゃあ家庭内暴力とか、大変だったんだとか可哀想だなとかは一応思うけど。
えー・・・・・・。
「そういう訳じゃから、私は渋々、そなたにこの頼み事を託したい。渋々じゃ。そなたは超が付く変態であり脳内お花畑であることを除けば、そこそこまともじゃから」
そんな頼まれ方されて嬉しいと思います?
まあでも、こんな美しい熟女に頼み事をされて断れる僕ではない。そして暮葉さんもきっと、それを分かった上で言っているのだろう。僕は意を決して、
「分かりました。それで、頼み事って何ですか?」
と尋ねた。
「うむ。――まずそなた、チータスという男を知っておるか?」
・・・・・・えっと、いきなり謎の主催者チータスの性別をカミングアウトされましたよ?
もう・・・・・・知りたくもない他人の内情をボロボロこぼしちゃう暮葉さん、可愛いなぁ・・・・・・。
「そりゃもちろん。表の世界でも有名ですよ? 謎の主催者チータス、って」
動揺を隠して、僕は常識であるかのように言う。
だが、暮葉さんの答えは予想に反するものだった。
「・・・・・・はて、主催者とな? あやつが何を主催しておるのじゃ?」
なぜかきょとんとする暮葉さん。首をかしげるのと一緒にかんざしが揺れる。だからいちいち色気が・・・・・・って、二人は知り合いじゃないのかな?
「知らないんですか? 『生贄落札会』主催者、って言われてますけど」
「なんじゃ、その物騒な落札会は。あやつはまたそんな、くだらんことをしておったのか」
おや?
話が読めない。
「ちょっと暮葉さん、ちゃんと説明してくださいよ。僕、訳分かんないんですけど」
「おお、すまんすまん。・・・・・・そうじゃな、先に言おう。そんな物騒なイベントは、ない」
「・・・・・・え」
え、エ、ゑ、ヱ?
え、ちょっと待って。
え?
・・・・・・えー?
「え、じゃあ、『鬼』とか『生贄』とかっていうのも・・・・・・?」
「嘘じゃな。奴の好きそうな設定じゃ」
おい。
澄ました顔でさらっと設定とか言うな。
・・・・・・じゃああの、書庫でのラピスとのやりとりは何だったんだ? 謎の、チータスからの大量殺人依頼は? ラピス達は僕らに嘘を吐いていたってことか? それとも、館の住人は皆、僕らと同じように騙されているのだろうか?
だが、そんな疑問を口にしかけた僕よりも早く、暮葉さんが口を開く。
「すまんの、チータスの奴が迷惑かけて。でも安心してよいぞ、風花殿はここにおる」
「あ、そうなんですか」
それは、とりあえず良かった。
とは言っても全然納得できないけれど。
「で、そのチータスなのじゃが・・・・・・。私は、チータスの奴が風花殿を攫ってしたかったこと、というのを阻止したいのじゃ」
「風花先輩を攫って、したかったこと・・・・・・?」
未だ話の流れが掴めない僕は、ただオウム返しに問い返すことしか出来ない。
「それって、何ですか?」
「それは言えん」
「え」
「・・・・・・まだ、それを言える段階にないのじゃ。時が来れば、きっと話そう」
「はあ・・・・・・」
何それ格好良い。
「まあ、阻止するのは私がやるから良いのじゃが。祐平殿、そなたにして欲しいのは、『人集め』じゃ。・・・・・・とは言っても実際に連れて来るのは私の部下の仕事で、そなたは、そなたの知り合いで、有能で、まともで、なおかつ表の世界に帰れなくても大丈夫な人物の名を挙げてくれれば良い」
「人集め、ですか・・・・・・」
うーん・・・・・・。
姉の友人が多いことから、僕の知人というのはそれなりに多い。だから、有能でまともな人ならたくさんいるのだが・・・・・・。
表の世界に帰れなくても大丈夫な人。
そんな人、いるのだろうか?
僕が頭を悩ませていると、暮葉さんが再び口を開いた。
「私の目論見が成功すれば、ここを訪れた人全員を表の世界に帰すことを約束しよう。じゃが、チータスはなかなか手強い。十中八九成功すると思うが、万に一つということもある。じゃから、まあ、必ずしも帰れないという訳ではない」
成る程。
そういうことなら――。
「・・・・・・分かりました。今思いつくだけでも五人ほどいます。ただ、一つ教えて欲しいことがあるんですけど」
「何じゃ?」
「――教えてください。暮葉さん、あなたとチータスの関係を――」
僕の問いかけに対し、暮葉さんは不敵に笑って、答えた。
「――宿敵であり、弟じゃ」




