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曰く付きの館  作者: 木染維月
第三章 至情
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 なんだか色んな人に支えてもらい、なんとなく前向きな気分になった私は――前向きな気分なんてかなり久し振りだが――しかしそれでもなお上階に戻る気になれず、ふらふらと地下を歩き回っていた。


 地下の廊下は一階とは違い、石造りの冷たい床である。光源も所どころに設置された蝋燭のみで、全体的に薄暗い。ただ植物室よりはマシな程度だった。


 やたらと多い扉をしかし開けてみる気にもならず、ただ足の向くままに複雑に交錯する廊下を歩く。一瞬、迷子になりはしないかと心配になったが、よく考えたらもう迷子だった。


 私の感情と同じように。


 歩く、歩く、歩く、歩く、歩く、歩く、歩く、歩く――。


 ただひたすらに歩いて歩いて歩き回って、――ようやく私はその考えに至った。


 ――何やってんだ私。

 っていうか何しに来た、私。


 色々あってすっかり本来の目的を見失っていたが、私の目的は――風花を助けることじゃないか。

 例えそれが、上辺だけの友情だったとしても。


 会って、訊くのだ――風花にとって私とは何か。


 その勇気を、ルチーに貰った。





 ――とか。


 言えるくらいには前を向けたら、どんなにいいか!


 無理だ。


 私にとって風花とは、蓮とは、華先輩とは何か。それが分かるまで、到底、本人に尋ねる気にはなれない。


 でも、私の心境に変化が表れつつあるのは確かなようで、何がしたいのか、どうすればいいのか、ちゃんと考えられるくらいには変わったと思う。

 人はそれを、成長と呼ぶのかもしれない。


 あの五人のことは嫌いだ。大っ嫌いだ。当然である。

 ――では、なぜあの五人はそこまで私に執着した?


 あの時のクラスメイトも嫌いだ。当たり前である。

 ――では、私が彼らだったら、高橋奏音を助けただろうか?


 蓮のことも、あの話を聞くまでは嫌いと言い切れた。

 ――彼は、何を思って、どれだけのことを私にしてくれたのだろうか? そして私は、一度でもそれを知ろうとしただろうか?


 なんて。

 成長――したのだろうか。

 こんな言葉、もうすっかり無縁になってしまったとばかり思っていた。


 ただ一方で、すっかりひねくれてしまったこの性格と、心に巣食う厭世観とマイナス思考はなかなか変わらない。


 あえて変えようとも思えない。


 そっちの方が楽だからだ――人を信ずればいずれ裏切られ、人を好きになればその分傷つき、いかに生きようといずれ死ぬ。


 今この瞬間がどんなに鮮やかな色をしていようと、時は皆等しく全てをセピア色に変える。ヒトは皆愚かで、上辺だけの信頼関係や薄っぺらい友情、あるいは過剰なまでの上下関係や他人を見下さないと生きてゆけないちっぽけな自尊心――世の中にあるのは所詮そんなものばかりだ。ある者は自我を保つためだけに他人を哀れみ、ある者は己を通すためだけに詭弁を声高に叫び、またある者は欺瞞に満ちた組織の中で見て見ぬ振りを続け、あるいは己も悪事に手を染める。中には割に合わない、殺人などという行為に走る者もいる。


 放っておけばヒトは死ぬのに。


 「死」とは何か。自分にも他人にも散々問うてきたが――今ある人生が本当に魂の人生経験に過ぎないなら、それこそ努力や向上心なんて必要ないのかもしれない。


 放っておけばヒトは死ぬけど、その死にすら大した意味はない。


 お芝居の役が、ひとつなくなるだけ。


 ――そこまで考えて、私は思わず苦笑した。ああ、やっぱり成長とか出来ないんだ。こういう人間に、なってしまったんだ。今まで完全に諦めていたから何とも思わなかったが、なまじ希望を持ってしまったために、成功者が妬ましい。


 そう、例えば――

 蓮、とか。


 と。

 そう思った、その瞬間。



 私の中で、何かが切れた。



 別にこの時、特段ブルーだったとか嫉妬心で狂いそうだったとか、そういったことは全くなく、ただ何の脈絡もなく――



ぷつり、と。



 そんな音がしたのだ。



 そう、それはまるで――決壊した堤防のように。

 濁流のような何かが、突然溢れて暴走しだしたのだ。



 人はそれを情緒不安定と言うのだろうが――この時の私にそんなことを考える理性など残されていなかった。



 なんでだろう。笑って息が出来る人、全員が妬ましくて仕方ない。痛い程に冷え切った鉄の球体の中で、真っ黒な炎が燃え盛っている。なんであの人たちの中に私は居ないのだろう。どうして私だけがこうなのだろう。いや、私だけではないだろうが、それでも大多数はそちら側なのだ。どうして私はこちら側にいるのだろう。どうして私なんだろう?



 頭の中で、声がした。「おい、どうした? 情緒不安定か? くだらん。お前の本心がたとえ――」しかし私は最後まで言わせず、「黙って! 何、偉そうにのたまってんの? 私の分際で!」と怒鳴り返す。ただ実際のところ声を発したのは私だけであり、脳内で響いた声は他人には聞こえない。結果としてただ気が狂った人の行為になってしまった。

 それで合っているが。



 心の中に冷え切った鉄球を飼っていた。こいつの所為で、豊かな感情と感受性を失った。でもその方が良かったのだ。下手に温められた結果がこれだ。何故だか、鉄球の中で黒い炎を飼い始めてしまったではないか。きっとこの鉄球が割れるなり溶けるなりして壊れたとき――私は、本当に壊れてしまうに違いない。



 この理不尽かつ突発的な嫉妬心を、抑えられなくなるに違いない。



 そう思うと、鉄球を割ってみたい気持ち半分、そんなことを考える自分が怖い気持ち半分で――なら、人と関わるのはきっとやめた方がいい。



 いつこの鉄球が割れるか、分からないから。



 燃え盛る炎はとどまる所を知らない――どんどん勢いをまして、圧力だけで鉄球を割ってしまいそうだ。その蒸気はやがて体中に満ちて、出口を求める。



 何か叫ばないと、崩れそうになる。



 訳もなく物凄い勢いで溜まってゆく蒸気(ストレス)で、内側から決壊しそうだ。内圧が高まり過ぎれば、破裂する。



 破滅する。



「うわあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああ――ッ!」



 私の中にあったものが。


 私を、


 壊した。



情緒不安定って怖いね(笑顔)

展開が強引? いいんです。情緒不安定だから。

黒歴史供養なんですよ……回収されない伏線も強引な展開も見逃してください……これからも「館」をよろしくお願いします……

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