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曰く付きの館  作者: 木染維月
第三章 至情
18/39

「・・・・・・・・・ノンさん、カノンさん」


「んー・・・・・・」


「カノンさん、起きてってば」


「今日は・・・・・・朝練ないから・・・・・・」


「起きてよー、寝かせたのはあたしだけどさー」


「顧問が体調不良で・・・・・・朝練は中止・・・・・・」


「寝起き悪すぎでしょ、なんで起きてないのに顧問が体調不良って分かるの。おかしいって」


「あと六十分・・・・・・」


「一時間って言えよ、って突っ込みたくなるんだけど」


 と。


 最終的にはルチーの右フックを盛大に浴びせられて起きた私である。

 って、なんで私、無事なの?


「無事じゃないでしょ、あたしの右フック喰らったじゃん」


「それはノーカンで。なんで私、何もされてないの?眠らせてその隙に磔にしようとか、そういうことじゃないの?」


「・・・・・・逆に、なんで磔?」


 呆れたように言うルチー。しばらく己の無事を信じられなくてぼーっとしていたら、目の前にことんと湯飲みが置かれた。


 ちなみにここは、洋館である。


「はい、しいたけ茶。飲んだことある?表の世界にもある筈だけど」


「いや、初めて見るよ。っていうか、湯飲み・・・・・・」


「これはあたしの趣味」


 どんな趣味だ。


 さておき、あの超絶品きのこフルコースによからぬ物(睡眠薬だろうか)を入れた理由を訊かなくてはなるまい。何もされていなのがかえって不気味なのだ。


「ねえルチー、ひとつ訊きたいことが」


「何なりとどーぞ?」


「あの炒め物に何入れたの?」


「あー・・・・・・乾燥させてから粉末状にした、いわゆる毒キノコっていうか・・・・・・。端的に言えば、睡眠薬代わりのきのこ」


 えへへ、と頭を掻きながら言うルチー。

 そこもきのこなのか。


 きのこに対する愛が重い。


「何もしないなら、なんで私を眠らせたの?」


「んー」


 ルチーは誤魔化すように笑って首をかしげてから、――ため息をひとつ吐いて、言った。


「あんまり言いたくなかったんだけどねー。うん。・・・・・・まず、この館に住んでる人って、結構いろんな人がいるでしょ?」


「そうだね、私が知る限りでもかなり」


「で、あたしの友だちで、人を見る目がある、っていうのかな・・・・・・そういう人がいてね。雨咲桃音、っていうんだけど。まあ、表の世界の心理カウンセラーだと思ってくれればいいや。ラピちゃんとかコパちゃんとかから話きいてると、カノンさん、なんか色々大変そうだったから・・・・・・。その人を呼んで、カノンさんが寝てる間に診てもらったんだ」


 あの二人、何を話したんだ・・・・・・?


「・・・・・・今から言うことは、その友だちの受け売りだけど」


「うん」


「カノンさん、闇抱えてるでしょ。それも、心の内側に、かなり大きな」


「・・・・・・・・・」


 初対面の年下に言われたことに心当たりがありすぎて、何も言えなかった。

 確かに私の心に巣食うマイナス思考と厭世観を、人は闇と、または病みと呼ぶのかもしれない。


「だからさっきのしいたけ茶に、ちょっと変なきのこを混ぜさせてもらった。普通の人が飲んだらテンションが上がり過ぎちゃって手がつけられなくなるきのこだけど、友だちが、カノンさんはそれくらいで丁度いいんじゃないの、って」


 適当だな、その人!

 そこまでじゃないでしょ、私!

 っていうか、何そのハッピーきのこ!


 ・・・・・・と、ルチーが、改まった表情で口を開いた。


「ねえ、カノンさん。じきにあなたはこの部屋を出て行っちゃうんでしょ? ちーくんやるーちゃんを、探しに行っちゃうんでしょ?」


「それは・・・・・・うん」


「・・・・・・また来てよ。いつでもいい。お願いだから、また来て。カノンさんだったら何時に来たって美味しいきのこ料理作ってあげるし、カノンさんが心に抱えてるもの、聞いてあげる。相談でも愚痴でもなんでもいい、ストレス発散でも八つ当たりでもいい。お願いだから、抱え込まないでよ。カノンさんの為じゃない、あたしの為だから――そんな風に、今にも壊れちゃいそうな人、初めて会ったんだよ。あたしが、怖いだけなの。カノンさんが壊れちゃうのが、怖い――」


 何も言えなかった。

 淡々と言うルチーの目の奥には、確かに恐怖の色が見えもする。

 実際には、私はとうに壊れてしまっているし、もう手遅れなんじゃないかと自分で思っていた。


 でも。


 私の心は、そんなルチーの不器用な言葉を嬉しく思えるくらいには、凍りきってはいなかったようで。

 ただ純粋に、感謝の念が湧き出るのみだった。


「・・・・・・ありがと、ルチー。きっと・・・・・・きっと、また来る。・・・・・・最後にさ、その、ルークだっけ? その人の外見的特徴みたいなものを教えてくれない?」


 すると、ルチーは顔を綻ばせて、大きく頷いた。

 ひまわりのような笑み――いつか聞いた、そんな言葉を思い出した。


「うん、るーちゃんはね――白髪で、肩につくくらいのストレートで、髪の先端が淡い薄紫色なの。抜けるような白い肌と、白いブラウスに白いズボンで・・・・・・結構ちっちゃいかな。ちーくんが『黒』なのに対して、『白』ってかんじ」


「へー・・・・・・」


 アルビノか何かだろうか?


「じゃ、私はもう行こうかな。きのこ効果か知らないけど、今なら何か成し遂げられそうな気がする」


 これは嘘。いつも通りのテンションだったが、ルチーの心遣いに分かりやすい形でのお礼が言いたかったのだ。


「もう行くの? ・・・・・・また来て。絶対だよ」


「うん、ありがとう」


「今度は舞茸の天ぷら作ってあげるから!」


 名残惜しそうにするルチーに背を向けたまま、私は格好つけて親指を上に突き立てた。そして格好つけたまま、そのままドアの外へと出て行ったのだった。



ルチー、物語の深いところには全く関わってこないサブキャラちゃんなんだけどさ……いい子だよね……すごく純粋にいい子だよね……あと作者が個人的にきのこ好きだから……(独り言)

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