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曰く付きの館  作者: 木染維月
第三章 至情
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 夢を見た。


 夢の中で私は、中学校の校舎にいる。別にあの頃の回想などという訳ではなく、ただ校舎にいるだけだった。


 教室に向かう――一年二組。


 そこにあった私の机には盛大に落書きがされており、真っ黒と言っても過言ではない状態だ。でもこれは、あの五人が書いたものじゃない。


 書いたのは――私自身だ。


 ストレス発散は基本、家でしていた。それも、両親がどちらも仕事に出ていて、留守にしているとき。しかしやっぱり、どうしても耐えられないときというのはある訳で――。


 だから、そこにあるのは、紛れもない私の手記。


 感情の記録。


 夢なのだから、これが実際に私が書いたものと同じ文面かどうかは分からない。それでも不思議と、懐かしいような気分に浸っていた。ただし、この場においての「懐かしいような気分」は頭痛、吐き気、その他諸々の不調を指す。だって何しろ、あの時代に戻ってきてしまったのだ。吐きたくもなる。

 ただ、夢の中の不調など構っている程暇ではない。机の上の文字を解読しにかかった。


「・・・・・・誰があの五人に言ったの? 私とあの人が付き合ってることは、華先輩と風花くらいしか知らない筈なのに。あの二人のうちどちらかがバラしたなんて、考えたくない。そして何より、そうまでして私に構い続ける五人の心理は、もっと考えたくない。私に執着し続ける意味は? どうして私なの? いっそ、先生たちが気付くように、堂々といじめてくれたらいい。それなのにあいつらは、ずっと巧妙に先生の目を逸らし続けて。

 というか、あの人と付き合ってる、っていう噂が漏れてから、五割増しくらいでひどくなってるような気がするんだけれど。気のせいじゃないよね。私、なんであの人と付き合ってるんだっけ。俺がお前を守る、なんて口ばっかりで、何もしてくれないじゃない。結局、ずっと勝ち組人生を歩んでるあの人、いやあの男には、何も分かりはしないんだね。世の不条理かな?

 いや、でも人生ってそんなもんかもね。ずっとこんな生活が続くんだ。むしろエスカレートするんだ。いわゆる勝ち組、負け組って最初から決まってんだよ。

 いっそあの日、死なせてくれりゃ良かったんだ。一瞬でもあの男に希望の光を見出した私が憎い。そして私を放っておいてくれなかったあの男が憎い。人生がとんとん拍子のあの男が妬ましい。風花以外の誰もが憎い。生が憎い、死が憎い。義務教育なんて糞喰らえ。見て見ぬ振りのクラスメイトの眼球は全部ビー玉か何かなのか? ・・・・・・」


 ・・・・・・そこまでで、私は読むのをやめた。


 この文章に覚えがあった。


 この、途中までは内容も口調もそこそこまともな文章に。


 そう、途中までは。


 感覚の話になるが、私の中で、この日は自分が決定的に壊れた日なのだ。


 鮮明に――とはいかないが、かなりはっきり思い出せる。


 まず蓮の軽薄な行動を怨んだ。華先輩の能天気な態度を嫌った。あの五人のことは当然のように憎み、クラスメイトもろとも死ねばいいと思った。私も込みで。

 世界を憎んだ。地球を憎んだ。宇宙を、四季を、現世を、床世を、空を、海を、朝を、夜を、自分自身を――恨み、怨み、妬み、憎んだ。


 全部消えろと、そう思った。


 壊れている。さすがに、これは今なら分かる。でも、私を壊したのは私じゃない。だから、私は悪くない――悪くない。


 それとも、そう自分に言い聞かせないとまた壊れてしまいそうで、もう何年も、中学校を卒業してもなお、悪くない、悪くないと唱え続ける私は、未だに壊れているのだろうか?


 また壊れてしまいそうどころか、直ってすらいないのだろうか。


 そうだとしても、私は悪くないけれど。


 いや、この際、悪い、悪くないの問題ではないのだろう。誰が壊したか、ではなく、誰が壊れているか、だ。


 ふと、私は、廊下で聞いてしまった蓮と祐平の会話を思い出した。夢の中でふと思い出すというのも変な話だが――蓮は、決して何もしてくれなかった訳ではなかったじゃないか。

 私が知らないだけで、裏でたくさん動いてくれていた。例えそれによって、私の親友が仮初めで紛い物のものになってしまったとしても、あの男――あの人には、悪意がないどころか善意しかなかったのではないだろうか?


 ねえ、奏音ちゃん。


 人間不信の奏音ちゃん。


 人間不信で厭世的で、根暗で壊れててどうしようもない奏音ちゃんは、何か大きな思い違いをしてるんじゃない?


 人間、もう一回信じてみても――いいんじゃない?


 あの頃の、一人ひとりの行動の意図とか。


 考えてみたら、案外みんな、悪意なんてなかったんじゃない?


 向き合ってみた方が、いいんじゃない?


「・・・・・・いや、それは」


 それは――まだ。


 風花が私にとって何なのか、私が風花にとって何なのか、決定的に知ってしまうのはまだ怖いから。

 意志薄弱な私が、もう少し向き合ってみようと思えるまで――。



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