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曰く付きの館  作者: 木染維月
第三章 至情
16/39

 彼女の言う通り、廊下の突き当たりの扉を開けると厨房があった。


 ただし、どちらかといえばそこは、洒落た古風な喫茶店のキッチンといったふうであり、とても私たちがよく見かける厨房と似ているとは言い難かった。


 全体的に、暗めの色の木材で統一された室内。


 所どころに置かれた食器の明るい色がよく映えている。


 そして、謎にそこらじゅうに置かれた原木、そこから生えるきのこ・・・・・・。


 「表の世界」でもよく見かけるしいたけやえのきといったものから、薄緑色に発光しているもの、童話に出てきそうな、白い斑点のある赤いきのこなど、とにかくそこかしこにきのこがある。


 そしてその中でひときわ大きなきのこ――正確にはきのこっぽい服をきた女の子――が、この部屋の主だった。


「あのー・・・・・・ここ、厨房ですか?」


 私より三つくらい年下に見えるその少女になぜか敬語で尋ねる。すると少女は、座っていた丸椅子から腰を上げて答えた。


「あれっ、もしかしてカノンさんじゃない? ちーくんとかラピちゃん、コパちゃんから話は聞いてるよー。・・・・・・あれ、でも、ラピちゃんから超絶美男子と人外生物が一緒だって聞いたんだけど」


 しいたけのようなベレー帽、いかにも「シェフ」といった白いエプロンと赤いチーフ、きのこの刺繍が入ったしいたけ色のスカート。くりくりとした目と三つ編みにした金髪が特徴的な、可愛らしい顔。彼女もまた、ラピスやコパルと同じように「番人」だというのだろうか?


「うん、私は高橋奏音。超絶美男子と人外生物は一階にいる筈だよ。ちなみに、人外生物にはルビで『ロリコン』って振られるから」


「・・・・・・ふーん?」


「で、あんたの名前は? ラピスたちみたいに、あんたも『番人』なの? 『厨房の番人』みたいな」

「あたし? あたしはルチー。カノンさんの言うとおり、『厨房の番人』だよ。どう? せっかくだし、何か食べていかない? 味は保証するよ?」


「じゃあ、そうさせてもらおうかな」


 オッケー、腕によりをかけて作るねー、とルチーは自分がさっきまで座っていた丸椅子をこちらに差し出してきた。どうやら座って待てということらしい。椅子を受け取って腰を下ろすと、フライパンに油を敷き始めたルチーに尋ねた。


「ねえ、ルチー。この厨房は、この館に住んでる人全員の分の食事を作ってるんだよね。『鬼』以外の」


「『鬼』・・・・・・? ・・・・・・ああ、鬼ね。そだよー。全員分作ってる。まあ全員っていうか、番人とメイドと管理人と創設者様の分かな。でも、管理人と創設者様はよく留守にしてるんだー。きのこ料理に飽きたって言って、わざわざ表の世界まで外食しに行ってる」


 答えながら、ルチーはフライパンにバターとマッシュルームを投入してゆく。香ばしい匂いが鼻をくすぐる。


「管理人と創設者・・・・・・? 誰、それ」


「ん、知らないのー? ・・・・・・あ、そっか。表の世界では管理人のこと『主催者』って言ってるもんね。うん、管理人はちーくんで、創設者様は『紅暮葉』って人。くれない、が苗字でくれは、が名前だよ。あたしたちは皆、暮葉様って呼んでる」


「ふうん。食事を運ぶのは? メイドの仕事?」


「そうだね。コパちゃんがよくつまみ食いして怒られてる」


 続いて原木からもぎりとったしいたけの柄の部分を取り、傘を上にしてチーズを乗せ、オーブンに入れる。マッシュルームが入ったフライパンに生クリームやベーコン、ほうれん草などが足されてカルボナーラのようになっていた。


「じゃ、食事を運ぶメイドを尾行したらチータスに会えるかな」


「えー、ちーくんに会うの? やめときなやめときな。あんな奴と会ってどうすんのよ。あたしだったらゼッタイ自分からは合いに行かないもん」


 フライパンの乗っている隣のコンロで、ルチーはパスタを茹ではじめた。どうやら本当にカルボナーラにするつもりらしい。それと平行して、さっきオーブンに入れたしいたけの柄が包丁で縦に切断されてゆく。


「・・・・・・えーっと、私がこの館に来た理由までは聞いてない? 知人を助けに来たんだけど。どうしてもチータスに会わなきゃいけないの」


「ふむ、なーる・・・・・・それなら先に、るーちゃんに会いなよ。正確にはルークっていうんだけど・・・・・・。るーちゃんはちーくんのいも・・・・・・じゃなくて式神みたいな子なんだけど、るーちゃんはちーくんにすっごく忠実なの。あたしも見ててたまに怖くなるよ・・・・・・。でも、忠実な部下が優秀な部下とは限らない、って名言、表の世界にあるでしょ? るーちゃんは忠実だけど、優秀な部下じゃない。だから見つけられさえすれば尾行するのはカンタンだと思うんだ。で、後をつけ回してれば、そのうちにちーくんのところに辿り着くハズだから」


 茹で終わってさっと水を切ったパスタに、あのマッシュルームが入ったソースが絡められる。そのフライパンがあったコンロで、今度はしいたけの柄を炒め始めた。油の代わりにバターを敷き、とうもろこしとしめじを投入、醤油を中心とした調味料が次々と入れられてゆく。


「ふーん、じゃあそうしてみるよ。で、そのルークって子の外見の特徴は?」


「うーん・・・・・・『白』かな?」


 しいたけがオーブンから取り出され、チーズの独特の匂いが漂ってくる。カルボナーラには黄身の黄色が鮮やかな卵が落とされ、仕上げにブラックペッパーが振りかけられた。しいたけの柄の炒め物も炒め終わったようで、皿に盛り付けられた。


「『白』? ごめん、もうちょっと具体的に――」


「と、その前に。完成! おまちどうさま!」


 じゃん! と両手を広げるルチー。ルークとかいう式神のことを聞いておくべきだ、とは思ったが、こんな美味しそうな匂いを嗅がされて我慢するなんて精神に毒だ。食欲で寿命が縮まる。この、きのこ類独特の香ばしい香り・・・・・・!


「いっ・・・・・・」


「い?」


「っただきますっ!」


「めしあがれー!」


 まずはカルボナーラから、一口。――途端、私は言葉を失った。


「うむぐぅっ・・・・・・!」


「どう? 美味しい?」


「こっ・・・・・・この、まろやかなカルボナーラのソース! その中でマッシュルームの独特の食感が引き立って、箸が止まりません! 麺の硬さも丁度良くて、ソースとよく絡んでますね! ベーコンの塩気がますます食欲をそそって、仕上げのブラックペッパーが程よいアクセントになっています! どんどん食べられる、飽きの来ない一品――いえ、逸品ですね!」


 ・・・・・・一周回って勢い余って、何故か食レポを始めてしまう私。

 ルチーも苦笑して、


「うん、止まらないのは箸じゃなくてフォークかな」


なんて言う。


 さて、言うまでもなく他の二品も美味で、その食レポの長さたるや原稿用紙七枚分くらいにも及んだ。こんな料理を毎日食べていたら、他の食品全てがジャンクフードに思えるに違いない。


 だが――私は、警戒しておくべきだったのだ。身に迫る危険がないのでついつい忘れがちだが、ここは呪われた、伝説の館。間違っても世界一美味しいきのこ料理屋ではない。

 だから、例えばあのしいたけの柄の炒め物に入れていた「醤油を中心とした調味料」の中に何か良からぬものが入っていたとしても――何ら不思議ではないのだ。


 そして私がその可能性に思い至ったのは、全ての料理をたいらげ、満腹感だけでは説明のつかない眠気に襲われてからだった。


「眠・・・・・・瞼が・・・・・・重い・・・・・・ルチー、あんた・・・・・・何か変なモノ・・・・・・入れたんじゃ・・・・・・」


「あー、気付いたかー。ごめんね、ちょっと寝ててね。悪いようにはしないから。うん、カノンさんに起きてられると都合の悪いことが、ちょっとね」


 悪びれもせず言うルチーに全力で遺憾の意を示そうとするが、それさえも眠気に飲み込まれる。もともとそんなに意思の強いほうではない引きこもりはあっさりと眠気に屈し、瞼が落ちるのに任せて深い眠りへと落ちていった――。


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