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曰く付きの館  作者: 木染維月
第三章 至情
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 蓮、祐平と、情報や食料を求めて別行動をするべく別れたのが数刻前。

 数刻後の現在――書斎近辺でラピス、コパルと共に情報収集にあたっていなければならない筈の私は、何処に居る?


 もちろん書斎などではなく、どっこい、地下である。


 地下室。

 大方、私を書斎近辺に配置したのは、危ない目に遭ってもすぐに逃げ込めるように、という蓮の配慮なのだろうが、あんな最低男に配慮なんかされる身ではない。思惑通りになってたまるかという、いささか理不尽な思考のもと、私は持ち場を離れて館内を探索していたのである。


 ただ、最初から地下にいたのかといえば、そういう訳ではない。ラピスと適当に雑談を交わし(「かのんおねーちゃん、あのあたまのあたたかいへんたいは、どうすればなおるのかな?」「ラピス、馬鹿は死ななきゃ直らない、変態は死んでも直らない、って言葉知ってる?」)、コパルの本の整理を少し手伝い(「かのんさま、もうしわけありませんが、でていっていただけませんでしょうか。はっきりいって、あしでまといです」)、することも特にないので廊下に出てみれば、向こうのほうで何やら蓮と祐平が話し込んでいるではないか。気になったのでそっと二人に近付き、廊下に置かれていた柱時計の影から二人の会話を盗み聞きしていたのである。

 ちなみに柱時計は動いていなかった。ただのインテリアなのだろう。


 ――そう、そこで、聞いてしまったのだ。記憶の彼方に埋もれていた筈の、あの暴風雨の日の話を。そして、あの後の、蓮と華先輩と風花の話を。


 思い出したくなかった。


 それに、知りたくなかった。


 聞きたくなかった。


 当時、あれほど怨み、妬み、憎んでいたあの男、菅原蓮。もしかしたら今だって――。


 でも。


 あんな、女たらしみたいな奴が、そうも私を一途に想っていたなんて、誰が思う?


 あの屋上での出来事だって、ただあの場の雰囲気でそれっぽいことを言ったのだと、そう思っていたのに。


 私に付き合えと言ってきたのだって、もしかすればイジメを増長させるためかもしれない、とさえ思っていたのに。


 しかも、その発端が――ティンパニロール! ただお世辞で言っただけの、あのティンパニロールへの褒め言葉! あの発言なんて、本当に、「明るく楽しく話しやすい高橋奏音ちゃん」としてのキャラ作りの一環でしかなかったのに!


「はっ――愚の骨頂だよ。あいつも、私も」


 そう吐き捨ててみるけれど、だからといって何が変わる訳でもない。


 ・・・・・・いや、それはまだいい。


 風花のことだ――あんな校舎裏でのやり取りのことなんてもちろん初耳だし、考え過ぎかもしれないが――。


 もし、風花が、誰かの意図によって「作られた」親友だとしたら?


 こみ上げる吐き気を抑えながら必死に思い出した、中学時代のイジメ。あの規模のそれをなくそうだなんて、風花一人じゃまず無理だ。きっと当時の蓮、華先輩、風花も同じ結論に至っただろう。


 じゃあ、その次に考えることといったら何だ?


 イジメをなくすのは無理。ならせめて、高橋奏音に「味方」を作ろう。よく、現場を知らない専門家が声高に言うじゃないか、「味方が一人いるのといないのとじゃ雲泥の差なんだ」と。

 そこから先は想像に難くない。


――そうだ、風花、お前・・・・・・せめて、奏音の味方でいてやってくれよ。それだけで目茶苦茶心強いと思うぞ、あいつは。――


――そうだね、風花たん、これだときっと風花たんも辛いと思うけど、でも、お願い。分かって?――


――いえ、先輩方にこうして頼まれるまで何もしなかった私にも責任はありますので。そうですね、私にも取り立てて仲の良い友人などいませんし・・・・・・やるなら徹底的に、ここはいっそ、親友になどなってみては如何でしょうか?――


 そんな――そんなやり取りが、あったのかもしれない。


 あったのだろう。


 なら、私はこの館に何をしに来た?


 上辺だけの、偽装された、作られた「親友」を助けに、この呪われた地に自ら身を投じたのか?

 どんな道化なのだ。


 馬鹿馬鹿しいにも程がある。


 そう思うと、情報収集なんてほとほとくだらない限りで――どこをどう歩いたのか、気付いたら私は地下室にいたのだ。


「信じてたのにな・・・・・・少なくとも、風花だけは。私と蓮が付き合ってるって噂、誰が情報源になったのかはついに分からなかったけど――風花だったのかもね、案外」


 下手をすれば被害妄想にも近い、そんな呟きに――目の前の少女は、律儀に答える。


「そう思うか? まあ私に言わせれば、こんな世の中で誰かを信じる方が馬鹿だと思うがな。全く愚民どもときたら、何時だって一時の感情に踊らされるばかりでちっとも進歩が見られない」


「・・・・・・うるさい。あんたに何が分かるの?」


 私もまた、そんな、悟ったような少女の物言いに、律儀に答える。


「何でも分かる――少なくとも、お前のことならな。私が誰なのか、お前も分かっているのだろう? ならそんな質問をするな、阿呆が」


 幾つかある地下室のなかの一部屋、「植物室」。今私がいるのはそこであり――目の前の少女はきっと「私自身」なのだろう。


 薄暗い、じめじめした石造りの部屋。少女曰く「地下水を直接引いている」らしい、澄んだ水の流れる水路が部屋中に通っている。その水が、天井から一つだけ吊るされたオレンジ色のランプに照らされてきらきらと光を反射するさまはまるで雲母のようで、私の心にすっかり巣食ってしまったマイナス思考と厭世観も、綺麗に洗い流されてしまいそうだ。そしてそこに植えられた植物はどれも幻想的な姿をしていて、薄暗い部屋の中でそれらの植物が飛ばす胞子が青白く光っていた。そんな部屋の中心に、ぽつりと置かれた書き物机。簡素な造りでいかにも場違いといった風だが――その机を挟んで、私と少女は対峙していた。


 私と少女。


 あるいは、私と私。


「あんたが私をこの部屋に呼んだの? それとも、ただ私が迷い込んだだけ? あんたと会ったのは偶然?」


「・・・・・・呆れた奴だな。そんなことはどちらでも同じ――分かっているだろうに。私はお前だし、お前は私だ」


 少女の、全てを見下したような物言いには覚えがあった。私のネット上の人格――「カノン@不登校」だ。一見すればただのハンドルネームだが、重度のネット利用者にとっては「もう一人の自分」とも言えるような存在、一つの立派な人格なのである。ある者は現実世界よりもずっと素直な自分、またある者は理想の自分をその人格で創り上げ――私は、前者側の人間だった。


 だから、彼女なら。


 彼女なら、迷子になって久しい私の本当の感情を――知っているのではないだろうか?


 ・・・・・・彼女に質問しようとして口を開きかけた、その時。



「・・・・・・出て行け。そろそろいいだろう」



 彼女が先に口を開いた。


「なんで? あんたは私なんじゃないの? 助けてくれるんじゃないの?」


「誰がそんなことを言った、呆け茄子。お前の、私についての推測が合っているのなら、――素直なお前はこう言っているぞ。『自分の感情は自分で見つけるべきだ、いくら自分自身とはいえ人に訊いたのではチート行為だ』と、な」


「・・・・・・」


「チート。即ち、チータスだ」


 聞き覚えのある名。他でもない、「生贄落札会」の主催者。知らない筈のことをたくさん知っている、謎の人物。


「ちなみに『チータス』とは、『チート』と、同じくチート行為を指す言葉である『TAS』、つまり『タス』を合わせた、主にゲーマーの間で使われる略語だ」


 何だその要らない雑学は。

 っていうか、同一人物なんだから、あんたが知ってることは私も知ってるでしょ?


「そうだ、そういうことだ愚か者。私が知っていることはお前も知っている。故に私に訊く必要は一切無い。・・・・・・上階で女たらしと変態が待ってるぞ? 早く行け」


 ――そうか。


 私の感情は、私の中にある――それだけのことじゃないか。

 あの人たちに抱いている感情は何なのか。・・・・・・そんなこと、自分で確かめればいい。


「わかったよ。色々とありがとう。・・・・・・また来るよ。あんたは私なんだから、アポは要らないでしょ?」


「好きにしろ、馬鹿者――」


 そう言って、彼女は――私は、ふっと軽く微笑んだ。


「ああ、そうそう、一つ忘れていた」


「何?」


「この部屋を出た廊下の突き当たりに、厨房があるぞ。この館のことに限っては、私はお前の知らないことを知っている」


「・・・・・・そっか」


 そのまま私は振り向かず、礼も言わずに部屋を出た。

 そして扉が閉まる頃には――彼女の姿を、すっかり思い出せなくなっていた。

本格的に奏音がこじらせてます、第三章です。

再び奏音視点になった物語、回想シーンから舞台を館に戻して本格的に動き始めます。

佳境はもう少し先になりそうですが、これからも「館」をよろしくお願いします!

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