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曰く付きの館  作者: 木染維月
第二章 私情
13/39

 その後、雨は弱まり、学校側から下校しても良いとの許可が出た。もうすっかり暗くなり夜の冷気が街を包むなか、生徒たちは皆、蜘蛛の子を散らすように一目散に去っていった。学校での長い長い待機時間にうんざりしていたのだ。


 俺はといえば、誰にも会わない裏道を選んで奏音を家に送り届け、その後華と合流し、今は俺の自室に華と二人でいた。


「周りの後輩ちゃんに聞いた話だけどね、奏音たん、今でこそあんな明るい性格っぽく振舞ってるけど、小学校の頃は『暗い』ってイジメられてたみたいなんだよ」


「・・・・・・・・・・」


「今もイジメはあるみたいだね。『根暗の癖に、調子乗るな』って、ね」


「・・・・・・・・・・」


「かなり酷いイジメみたいで・・・・・・凄惨、っていうのかな、アタシも内容聞いて、怖すぎて忘れちゃった」


「・・・・・・・・・・」


「真面目な話だよ? 怖すぎて忘れちゃうなんて、実際にあるんだなー、って身をもって体験したよ」


「・・・・・・・・・・」


「詳しく聞きたい? 覚えてる範囲で」


「・・・・・・・・・・」


「ねぇ、蓮、ごめんね? 謝るから何か言ってよー・・・・・・」


「・・・・・・・・・・」


 華と合流してから、俺はひとことも喋っていない。


 華がそういった事実を知っていたのに教えてくれなかったことに対する怒り、というのももちろんある。でもそれよりも、情けない話だが、今の俺は口を開くと泣いてしまいそうだったのだ。


 華は全てを察して、知っていたのに黙っていたことを話してくれた。


「・・・・・・奏音たんがそこまで追い詰められてるなんて、知らなかったんだよ。っていうか奏音たんが演技してた理由に、それもあると思うんだ。隠したかったんだね・・・・・・。アタシ達は、見事に騙されてたってこと。奏音たんの思惑通りに」


 そんなことは分かっている。


 でも、たとえこの状況が奏音の意思によって作り出されたものだとしても――気付くべきだったのだ。誰かが。俺が。


 それに気付けなかった責任は、計り知れない。


 何といっても、俺があの場に居なければ奏音は本当に死んでいたかもしれないのだ――そう思うと、自己嫌悪の渦に飲み込まれてしまいそうだった。

 ただ、そのイジメを俺が直接どうにかすることが出来ないのは火を見るより明らかだ。むしろ悪化するだろう。歯痒い思いだ。


「・・・・・・華」


「蓮・・・・・・! やっと口利いてくれた! ごめんね? ホントにごめんね?」


「いや、それは別にいい。そうじゃなくて・・・・・・イジメ。どうにか出来ないか?」


「・・・・・・あー。蓮がやると悪化するもんね。女子の嫉妬は怖いから」


「そうなんだよ・・・・・・だからお前、何とかしてくれないか」


「うー・・・・・・そもそも、蓮じゃなくたって他学年に干渉するのは難しいよ? でも、パイプは無いでもないかもしれない」


「お? 頼もしいな」


「いやー・・・・・・でも、あー・・・・・・、うん、分かんないかも。あのね、今アタシの餌食となっている可愛い可愛い後輩に、祐平きゅんっていう子がいるの。小学六年生」


「加害者の自覚はあるのか・・・・・・」


「ん、一応ね。で、それの姉に、小林ミドリっていう人がいてね。三年の茶道部」


「学年離れたぞ?」


「最後まで聞いて? それで、そのミドリ先輩の後輩に小野風花って子がいて。一年生」


「茶道部か」


「うん。すごい真面目で、イジメにも加担してない筈なんだよね。学級委員だし。だから、祐平きゅん経由でミドリ先輩通して、風花たんに頼んでみようか、っていうこと」


「面倒くさ・・・・・・でも、その小野風花って奴が信用出来るなら、それが良いだろうな。そいつにコンタクトが取れたら、俺を小野風花に会わせてくれ。俺からもちゃんと頭を下げて頼みたい」


「そっか。じゃ、それで決定ねー。うん、愛のチカラだね」


「殴るぞ?」


 こうして俺たちは、奏音へのイジメをなくす計画を立て始めたのだった。何しろ死のうとするまでに追い詰められた人間の話だ、何をするにも細心の注意を要する。でもだからこそ、早急な対応が必要でもあった。


 なんて。


 もっともらしいことを言う割には、この時点で俺は大きな過ちを犯していることに気付いていない。この時は確かに正しいことをしていると、奏音を救えると、信じていた。ただ動き出した計画は止まらない。引き返せない。


 滅亡といえば大袈裟かもしれないが、とにかくストーリーはバッドエンドへと進み始めたのだった――。




 それから数日経ったある日の放課後のこと。


 突然華に呼び出された。


 場所は校舎裏。我が校随一の告白スポットである。俺は行き慣れているが、殆どの人間はあまり行ったことがない筈。そんな場所に、何の用だというのだろう。


 ――まさか、告白?


 いや華に限ってそんなことは・・・・・・しかし、華も一応女だ。その可能性は無きにしも非ず、である。華は俺と奏音のことを知っているから、だとしたら厄介だ。俺が関われる奴で他学年へのパイプがある奴なんか、そう多くはないのに・・・・・・!

 とりあえずは、行くしかない。俺は意を決して校舎裏へ向かった。



 人気のない校舎裏。華は、一人でそこに佇んでいた。心なしか、いつもより一回り小さく見える。


 ・・・・・・いや。


 華は眼鏡をしていた。それもただの眼鏡じゃない。パーティ用の、鼻とヒゲがついた安物の丸メガネ。あのプラスチックの、百円ショップなんかで売っているやつだ。


 しかも髪型。よく見ればあいつ、いつもは結ったりしないロングヘアで三つ編みをしているではないか。それも、顔の両脇に二本、頭の上から触覚のように二本、後頭部から二本・・・・・・合計六本の三つ編みを、頭から生やしている。


・・・・・・・・・どこから突っ込めばいい!?


「あっ、蓮・・・・・・! やっと来たんだ。もっと近くに来てよ」


 華のいつもに増した奇行に困惑していると、華がこちらに気付いた。


「え? お、おう。で、あのさ」


「蓮、ちゃんとアタシの目、見て」


「え? いや、だからさ」


「あのね、アタシ・・・・・・気付いちゃったの。アタシ、蓮のこと・・・・・・」


「ちょっと待て、俺に発言権はないのか」


「蓮のことが、好き」


「いやその前にだな、その」


「奏音ちゃんとのことは分かってる。でもこの、溢れて止まらない気持ちをどうしても伝えたくて・・・・・・」


「俺に発言をさせてくれ」


「蓮、困らせてゴメンね。でも、聞いて欲しかった。どうしても。忘れて? アタシもすっぱり諦めるから!」


 ね? と上目遣い(ただしヒゲ付きメガネ越しに)で俺を見上げる華。

 これを・・・・・・俺にどうしろっていうんだ!


「と、とりあえず俺に発言させろ! そして突っ込ませろ! 突っ込みどころが多すぎて困るわアホ!」


「キャー、蓮が怒鳴ったぁ」


 けろっといつもどおりのテンションに戻って俺を茶化す華。


 何だこいつ!

 腹立つ!


「いやお前、何やってんだよ。そもそもそれ、校則違反だろ。不要物持込だろ」


「いやいやいや、だって、こないだの件、報告しようと思ってね? でも普通に呼び出してもつまんないし、蓮が勘違いしそうな場所に呼び出そうって思ったの。で、校舎裏ってなったら絶対期待するでしょ? で、じゃあだったらホントに告白してびっくりさせよー! とか考えるわけ。にゃふ。でもそれで本気にされてもアタシが困るし、普通に告白してもつまんないから、それでこれ」


 そう言って華は、自分の頭を指差してみせた。改めて、六本の角が生えた宇宙人みたいなそのツラを見る。


 こいつには女子としての尊厳はないのか?


「あー楽しかったぁ。儂は満足じゃ! にゃーん」


「お前ホント面倒臭いな!」


「なんでー? 蓮も楽しかったでしょー? にゃふん」


「早く報告をしろ」


「はーい・・・・・・」


 渋々といったふうに華はうなずき、説明を始めた。六本の触覚が順に解かれてゆく。


「えーっとね、あの日蓮の家を出た後、その足で祐平きゅんの家に行ってその日のうちにミドリ先輩と話をさせてもらったの。で、翌日にはもうミドリ先輩に風花たんを紹介してもらって」


「『風花たん』・・・・・・?」


「ただ、よく考えたら同学年だってイジメをひとつ無くしちゃうっていうのは相当難しいことなんだよねー。それに、言いづらいけど・・・・・・風花たんの話を聞く限り、奏音たんへのイジメはたかが学級委員一人の力でどうにかなるレベルじゃ、ないんだよ・・・・・・」


 華は辛そうに目を伏せる、ただしヒゲ付きメガネをかけて。

 なんだろう、この感じ・・・・・・。すごく深刻でシリアスな話をしている筈なのに、このヒゲ付きメガネのせいで全然そんな気がしない。


 普通に、外してくれと心の底から思うのだった。


 ただ、いくらそんな気がしなくとも深刻な話は深刻な話、華はヒゲ付きメガネ越しに俺の目をまっすぐに見据えて、言う。


「蓮。状況は、思ったより深刻だよ」


「おう分かった、分かったからまずその忌々しいメガネを外しやがれこの脳内お花畑が」


 脳無いお華ばたけが。

 この女、どうやらメガネをかけていることを忘れていたようで、赤面して慌ててメガネを取る。

 一応、恥ずかしいという感覚はあるようだ。


 華はひとつ咳払いをしてから、


「状況は、思ったより深刻だよ」


と言い直した。


「それで、うん、一応この場に風花たんを呼んであるんだよね。もーすぐ来ると思うんだけど・・・・・・」


 と、そこに、ちょうど「風花たん」だと思われる人影がこちらへ近づいてきた。


 何故初対面なのにそいつが「風花たん」だと分かったかって?


 だってそいつの外見ときたら、見るからに「学級委員」といったかんじなのだ。黒い髪は几帳面に切りそろえられ(ボブというのだろうか、とにかくショートカットだ。さすがに三つ編みではなかった。そんな時代錯誤な学級委員がいてたまるか、今は昭和じゃない)、メガネをかけている(さすがに牛乳瓶の底のような丸眼鏡とかではなかった。そんな時代錯誤な以下略、ついでに言えばヒゲも鼻も付いていない)。制服の着かただって生活指導教員が突っ込む余地は一分もなく、ブレザーには皺一つも見当たらない。全体として真面目そうで、気の強そうな顔立ちだった。


「あ、来た来た! ナイスタイミング! 風花たーん! やっほー!」


 華が元気よく手を振ると、『風花たん』は


「風花『たん』じゃありません」


 と、ぴしゃりと言い返した。俺は心の中でぐっと親指を突き立てる。うむ、よくやった、そのまま華のメンタルをへし折ってしまえ。


「えー、いいじゃん、かわいーよ? むー・・・・・・まーいいや。蓮、紹介するね。この子が今回私たちの計画的犯行の協力者、小野風花た・・・・・・風花ちゃんだよー」


「お前今『たん』って言いかけなかったか? それに犯行じゃねえよ」


 華は俺の的確な突っ込みを無視し、「風花たん」に向かって言う。


「風花たん、この木偶の坊みたいな野郎が菅原蓮。奏音たんのいじめをなくすように依頼したちょーほんにんだよぉ」


「マジで泣かすぞこの野郎!」


 いや、女だから野郎ではなく女郎か・・・・・・?

 ・・・・・・じゃなくて。


「えーっと・・・・・・菅原蓮だ。小野・・・・・・だったか? なかなか無茶なことを言ってるっていう自覚はあるが・・・・・・どうか、よろしく頼む」


 俺は、『風花たん』・・・・・・もとい小野に、直接自己紹介をする。


「風花で結構です。高橋さんの件、確かに承りました。私も、学級委員として何かせねばならない問題と理解しておりましたので」


 ・・・・・・こいつ本当に中一か?

 という俺の純粋かつまっとうな疑問はおくびにもださず(・・・・・・出てないよな?)


「悪いな。重ねてよろしく頼む、風花」


 ともう一度頭を下げた。


 しかし、よろしく頼んでおいてアレだが具体的な策がある訳ではない。そしてそれを考えるのが、どうやら今日の会合の目的らしかった。


「・・・・・・正直に申し上げますが、菅原先輩、高橋さんの件は私一人の手に負える問題ではないと思うのです」


 神妙な面持ちの風花。


「アタシもだよー、蓮。アタシも考えるけど、蓮も風花たんも、何か良い方法がないか考えてー?」

「風花『たん』じゃありません」


 それはもちろん、俺だって考えている。でも、イジメをなくす方法なんて・・・・・・マニュアルも最適解も存在しないし、考えたこともなかったし、そもそも現状を把握しきれていないのだ。


「とりあえず、風花。お前が知ってる範囲でいい、その・・・・・・奏音へのイジメの現状を教えてくれないか」


 俺が問うと、風花はその凛とした瞳を僅かに・・・・・・いや結構盛大に泳がせて、言いづらそうに答えた。


「・・・・・・私と高橋さんは同じクラスです。ただ、小学校の頃のことは把握しておりません。だから、どれくらいの人間が高橋さんに明確な敵意を持っているのかは判りかねますが・・・・・・ですが、主にイジメを行っているのは五人です。そして、その五人組と比較的仲の良いグループが気分次第でイジメに加担し、他のクラスメイトは五人組と関わりたくない上、特に高橋さんを助ける理由もないので傍観していると思われます。ただ、勢力図的に五人組に多少なりとも気に入られておいた方が都合が良いのも確かです。なので傍観者の中には、ちょくちょく高橋さんに手を出している人もいるようです」


 成る程酷いクラスである。

 ってか、担任は何やってんだ?

 教育委員会は機能しているのかと疑いたくなるレベルだ。


「あー・・・・・・蓮、あのさ。ちょっとあんまり言いたくないんだけどさ・・・・・・奏音たんと風花たんのクラス、行ってみない? 百聞は一見にしかず、っていうか。アタシはここに来る前にちらっと見てきたんだけど、五人組がどういう人たちかよく分かるから」


 華が、突然提案してきた。確かに見ておいたほうがいいかもしれない。それに幸い、今は放課後である。一年生の教室に侵入しても文句は言われまい。というより、誰もいないだろう。


「そうだな。行ってみるか」


 華に促されるままに、俺は一年教室へ向かった。


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