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曰く付きの館  作者: 木染維月
第二章 私情
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 あの日のことを話す前に、それよりもう少し前のことを話さなくてはなるまい。


 四月。


 奏音たちの代の、入部当初の話。






 その頃の俺といったらモテの絶頂期にいて、女子共からは「西中指名ナンバーワンホスト」だとか「西中天下の女たらし」だとかいう謎の異名で呼ばれはじめていた。それが名誉なことか不名誉なことかはともかくとして、そんな風にモテ男扱いされて悪い気はしない。俺は、少々調子に乗っていたのである。

「蓮君、ずっと前から好きでした・・・・・・!」「蓮先輩、これ、手作りです! 受け取ってください!」「蓮・・・・・・私と、付き合ってくれない?」とか。

 そんな告白を毎日のようにされては、「悪い、お前とは付き合えない」なんて言って消化試合のようにフってゆく日々。


 馬鹿である。女共も、俺も。


 ただ誰とも付き合わないことには正当な理由があって、もしも俺がこの状況のなかで誰か一人の女と付き合えば、その女は全校中の女子から猛バッシングを受けることになっただろうから、さすがにそこまでの責任は負えない、とまあそんな訳だった。


 の、だが。


 俺が所属するのは吹奏楽部のパーカッションパート、いわゆる打楽器パートだ。仮入部期間、調子に乗っていた俺は新一年生のハートを射止めるべくティンパニロールやドラムなど、とにかく見栄えのするものばかりを披露していた。そして一年生共は俺の狙い通り、目をハート形にして「菅原先輩カッコいいー!」と黄色い歓声を上げた――が。


 一人、様子が違う女がいた。


 いや何も、その女が冷たい目をして「何やってんの、馬鹿、たらし」と吐き捨てたとかそういう訳ではなく、その女も他の女と一緒になって目を輝かせていたことには違いない。


 ただ、見ている場所が違ったのだ。


 他の女は俺の顔面に対して興奮しているのに対し、そいつは――ただ熱心に、俺の手元を。


 俺の、楽器の技術を。


 俺のティンパニロールを、見ていたのだ。


 俺は思わず、そいつの顔をまじまじと眺めてしまった――俺の手元から視線をはずしたその女と、不意に目が合ってしまう。動揺する俺に向かってそいつはにっこりと笑いかけ、言った。


「菅原先輩、格好いいですね! ティンパニロール!」


 それが、俺と奏音との出会いだった。




 五月。

 仮入部期間が終わり、ついに新一年生が正式に入部。部活動自体が初めての中学一年生に教えなければならないことはあまりにも多く、俺たちも自分の練習どころではなかった。それに、まだ顔と名前も一致しないので咄嗟に注意できないことも多々ある。部内はてんてこ舞いだ。


 そんな中、俺は一人の女の名前を探して名簿と睨めっこをしていた――お察しの通り、「高橋奏音」である。モテ男という立場上、特定の女についての質問を他の女にすることは出来ない――随分苦戦した。もともと活字は得意なほうではない。


 そして悪戦苦闘の後、探し当てた。クラリネットパート所属、一年、高橋奏音。


 接触してみたいとは思ったが、興味本位でそんなことをすれば高橋奏音にリスクが及ぶ。運よくクラリネットパートの二年生に金井華という、俺を異性として見ていない、幼馴染のような奴がいたので、そいつから色々と聞き出すことにした。


 ただ、華は面倒臭い奴で、端的に言えば変態なのである。

 嫌いではないし気の置けない仲ではあるが、積極的に関わりたくはなかった。


「んー? 蓮から呼び出しなんてめっずらしーい。どーしたの? 何? やっとアタシの魅力に気付いて、愛の告白?」


「違うわ、アホ」


「ダメだよー、蓮。だって今アタシ、祐平きゅんと遊ぶので忙しいもーん!」


「違うっつってんだろ。人の話を聞け」


「ごめんってー。で、なあに? この華ちゃんにどんな用かにゃ? うふふ。ご用件をどーぞー」


「相変わらず気持ち悪いな、お前…・・・。まあ良い、実は今日聞きたいのは、高橋奏音のことなんだ」


「・・・・・・えっ」


「今日聞きたいのは、高橋かの」


「いやいやいやー、二回言わなくてもいいよー。ただびっくりしちゃっただけだから。・・・・・・それにしても、何で奏音たん? あ、待って言わないで。考える。うーん、にゃふー・・・・・・あー、やっぱいいや。どーせ考えたって、蓮みたいなちんちくりんの考えることなんかわかんないもんねー。ふふん」


「ちんちくりんって言うな! ・・・・・・いや、まあ、アレだ。ちょーっと興味本位っつーか、そのー・・・・・・」


「ほほーう! 恋の始まりですにゃー。わかりますぞー、旦那!」


「ち、違…・・・」


「蓮もお年頃だねー。ぐふふ・・・・・・祐平きゅんも、早く色恋沙汰に巻き込まれないかにゃー」


「ゆうへいって奴、可哀想だな・・・・・・」


「可愛いよー! アタシのおもちゃだからー、なんちゃってー。で、奏音たんなんだけど」


「おう」


「明るくて楽しい子だよー。すっごく話しやすいし。ただ、なんでかな、同学年の友達は少ないみたい。少ない、っていうか・・・・・・いないみたい」


「なんでだよ? 謎過ぎないか?」


「うーん、それはアタシも気になるところなんだけどね、訊いたら悪いかなー、って思って、訊けなかった」


「だろうな・・・・・・」


 華も、高橋奏音のことはそれくらいしか知らなかった。

 そしてもちろん、俺も。


 高橋奏音という人間の危うさを、脆さを、何一つとして理解していなかったのだ――。





 そして、六月。

 「あの日」の出来事のきっかけとなる日。


 ――一年生もだいぶ部活に慣れ、俺たち二年生も先輩という立場がくすぐったくなくなってきた頃のある日のことだった。


 何年に一度という規模の暴風雨が、日本列島を襲った。


 何年に一度なのかは知らない・・・・・・ただ、尋常じゃないレベルだったことは確かだ。

 実際、西中学校の窓ガラスも何枚か割れているし、雨どいが何本か吹き飛ばされた。


 それと、屋上のフェンスに――穴が、あいた。

 それが悲劇だったのだ。


『連絡放送です。現在、暴風雨の影響で安全に下校することは困難です。生徒の皆さんはそのまま校内で待機していてください。繰り返します。・・・・・・』


「えー、もう六時過ぎたよー」

「我慢しなよ、こんな雨じゃ帰れないもん」


 吹奏楽部でもそんな会話が交わされ、皆不満そうだった。

 俺も早く帰りたかったがこればっかりは仕方がないので、華としゃべったりして時間を潰す。


 ・・・・・・そして、六時半頃のこと。


「華先輩」


 突然、高橋が華に声をかけてきた。


「ん? なーにー? 奏音たん」


「私、教室に、コンクールの課題曲のスコアを置いてきちゃったみたいなんです。だから、今からちょっと取ってきますねー」


「スコア・・・・・・教室に? 熱心だねー、アタシなんか楽器室に置きっぱなしにしちゃってるよー? まあ、窓ガラスとかが割れてるところもあるみたいだし、気をつけて行ってきてねー」


「はーい、行ってきまーす!」


 高橋は元気よく言い、音楽室を出て行った。

 それから俺と華は、スコアが読みづらい、というか存在意義がよく分からない、という吹奏楽部員にあるまじき話題で盛り上がり、しばらく高橋奏音のことなど忘れていた。


そして、気付いたのが、七時半頃。


「ねーえ、蓮、もう七時半だよー! アタシの夜ご飯はー? 帰りたーい。お腹すいたー」


「駄々っ子か、お前は」


「むー。・・・・・・・・・え、待って。七時半? ・・・・・・ねえ、蓮」


「なんだよ、改まって」


「奏音たんがスコア取りにに行ったのって・・・・・・」


「!?」


「どうしたんだろう・・・・・・? すっごく嫌な予感がするんだけど・・・・・・?」


「・・・・・・見てくるッ」


「ちょっ、蓮!?」


 気付いたら俺は、弾丸の如く音楽室を飛び出していた。矢と化した雨が、廊下の窓を割らん限りに叩きつけている。


――高橋が未だに教室にいるとは思えない。どこにいる? まさかこの雨の中、外へ・・・・・・いや、それならセン公が気付いて連れ戻す筈だ。じゃあやっぱり、教室か? それは無いか・・・・・・。そもそも最初からあいつ、スコアを取りになんか行ってないんじゃないか? ・・・・・・そうだ。あるじゃねぇか、もっと簡単に出られる『外』が・・・・・・!――


 そう、俺の予想通り、高橋奏音は屋上にいた。

 ただ、その様相はとても俺の知っている「高橋奏音」だとは思えなかった――。


 窓ガラスさえも割ってしまいそうな雨をその身体に受けて、


 冷たい屋上のアスファルトに両膝をついて座り込んで、


 制服も身体も髪も泥まみれで、


 あの明るい笑顔からは想像もつかないような表情で、


 もうどれくらい泣いているのか判らないほど瞼も腫れて、


 喉が潰れるほど、声が枯れるほどに何かを叫んでいるのに、


 その声は無情にも、全部雨風が掻き消してしまっていて、


 見るに耐えないほど――



 ――ボロボロだった。


「た、高橋・・・・・・」


 出しかけた声も、思わず飲み込んでしまう。

 今の彼女に声をかける勇気は、俺には無かった。


 だって、どうして、そんなことができようか?


 この暴風雨の中、


 六時半からずっと、


 雨に打たれて、


 風に吹かれて、


 泥にまみれて、


 瞼を腫らして、


 声を枯らして、


 もう、何もかもがボロボロで、限界で――。



 俺の存在に気付く様子も、全く無い。


 ――分かってる。今すぐ彼女のもとへ駆けて行って、どうしたんだ、何があったんだ、なんて訊いて、タオルで身体を拭かせて、体育着に着替えさせることがこの場においての一番「正しい」行動だってこと。


 でも。


 こんな光景。


 見てはいけなかった。


 見たくなかった。


「なんでだよっ・・・・・・なんで、こんなことになるまで・・・・・・! 誰かに相談とか、出来なかったのかよ!」


 だが、華から五月に聞いたことを、思い出す。


――「明るくて楽しい子だよー。すっごく話しやすいし。ただ、なんでかな、同学年の友達は、少ないみたい。少ない、っていうか・・・・・・」



「いないみたい」



「華のアホ! 何が明るくて楽しい子だ。思いっきり無理してんじゃねえか・・・・・・!」



 と。



 不意に。


 彼女が、


 ゆらりと立ち上がった。


「高橋・・・・・・?」


 そのまま彼女は、


 ふらふらと、おぼつかない足どりで、


 フェンスの破れ目の方へと――


「――高橋・・・・・・!」


 何やってんだ、馬鹿な真似はよせ、そんなありきたりな言葉さえも、喉につっかえて上手く声が出せない。


 走って彼女を止めに行かなければならないのに、足が竦んで動かない。


 全身が凍りついたようだ。


 純粋に、目の前で人が死のうとしている、という現実を受け入れられない自分がいる。


 そこにある感情は――紛れもなく「恐怖」や「怯え」。

 なんて…・・・なんて、情けない!

 一時の恐怖心で行動を起こさないという道を選べば、俺は一生後悔することになる。俺のティンパニロールを褒めてくれたあの女を、永遠に失ってしまう。それも、他ならぬ俺の目の前で。それが嫌なら、動け! 動け――菅原蓮!


 そうやって無理やり自分を鼓舞するうちに、芽生えかけてた思いが確固なものに変わるのを感じた。彼女にもう二度とこんな思いはさせたくない、二度とこんな目に遭わせたくない。


 そうだ、俺は――俺は、この女を守りたい!


 こんな風に身も心もボロボロになるまで泣かせたりしないし、死のうとなんてさせる訳がない!


 だから、


 死ぬのは、


 待ってくれ、


 やめてくれ。


 立場とか体裁とか関係ない、


 相談にだって乗れるような存在になってみせる、


 俺がお前を守る。


 こんな俺の魂の叫びを、


 神でも仏でも悪魔でも何でも良いから、


 どうか聞き入れてくれ!




 ――惚れた女ひとり守れないで、

   何が男だ!




「――ッ! 高橋!」


 その瞬間、俺を縛っていた何かが、すっと解けた。

 雨音さえも掻き消して彼女の名前を呼んだ。

 暴風さえも退けて彼女のもとへ走った。


 そして、


 今まさにフェンスの破れ目をくぐり終わろうとする彼女を、


 酷く脆く弱い彼女を、


 力いっぱいに、


 抱きしめた。



 ――絶対に、離すものか。



「れ、蓮先輩・・・・・・!?」


 驚いた様子の彼女の声は掠れていて、痛ましくて、俺はより一層強く彼女を抱く。

 そして、彼女をフェンスの内側に引き戻して、彼女を抱きしめたまま屋上に寝転んだ。

 制服に氷のような雨水が染み込んでくる。


「なんでここに・・・・・・いつから居たんですか。どこから聞いてたんですか。なんで・・・・・・私のことなんか、放っといてくれればよかったのに。どうして」


 ああ、この女は。

 演じきるつもりだったんだ。

 明るい「高橋奏音」を演じて、辛いこと全部、隠し通す気だったんだ。

 隠し通してそのまま――終わるつもりだったんだ・・・・・・。

 でも俺は、そんなこと許さない。


「・・・・・・先輩。今見たり聞いたりしたこと、全部、忘れてください・・・・・・。何も見なかったことにしてください。『高橋奏音』は、明るくて元気て話しやすい女の子なんです。根暗じゃないし、イジメに遭ってもないし、雨のなか屋上で絶叫なんて馬鹿なことしてないし、まして死のうとなんかしてません。いいですか」


「いい訳・・・・・・ないだろ!」


 聞き分けないこと言わないでくださいよ、四月から今まで頑張ってきたんですから・・・・・・疲れきった表情で、彼女は言う。


 そんなにまでして守りたいものって、何なんだよ。

 キャラか?

 プライドか?

 でも、そんなもん…・・・俺の意思には、きっと勝てない。

 お前を守る。そう決めた。


「高橋」


「・・・・・・はい」


 俺は起き上がり、彼女を立たせた。そして肩をつかみ、彼女の目をまっすぐに見つめる。


「お前は、この俺の制服をびしょ濡れにした挙句、先輩様に隠し事をして多大なる心配をかけ、そして何より自分を大切にしなかった。その責任、取ってもらうぞ。だから、」


 そして、

 ありったけの思いを込めて、

 言った。


「先輩命令だ。俺と、――付き合え」


 言ってから恥ずかしくなって、顔に血がのぼるのがわかった。

 それでも、俺は、目を逸らさない。

 高橋は、

 一瞬ぽかんとした後、

 目に大粒の涙をためて――。


「――はい!」


 午後八時。未だ弱まらない雨と風の中、俺と奏音はびしょ濡れで泥だらけのまま、互いが互いを温めるように、華が様子を見に来るまで抱き合っていた――。


イタい奴のイタい回想シーンです。

中学二年生の頃に書いた部分なのでまぁ読んで字の如く中二病っぽく。

菅原蓮くんはそういう奴のですのでイタいなぁと思ってくだされば成功です。

そう、キャラがそういう奴というだけで現在の作者は中二病こじらせてないから待って愛想尽かさないで!次話も読んで!お願いだから!!

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