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曰く付きの館  作者: 木染維月
序章
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序章

 「死」とは何か。私は考える。



 「魂」という概念が、この国にはある。もしかしたら外国にもあるのかもしれないし、あるいは宗教による考え方なのかもしれない。宗教は詳しくない。外国も詳しくない。


 しかし、「魂」とはいわばヒトの「中身」のようなもの。肉体とか生命の活動とか、そういった科学的な身体の機能は別なところで働いていて、そんな生命活動をしている、動物としての「ヒト」に宿っているということ。「魂」が自分の居場所としてそこに存在する「ヒト」の身体を借りるということ。


 だから、私が考える「死」とは。


 生命の活動が停止する。もちろん、科学的な意味で、だ。そしてその身体が機能していない以上、「魂」にとってその場に居続けることは、居場所としての用を成さないので無意味だ。そういう理由で、仕方なしにまた居場所を探す。宿る。その繰り返し。


 「死」は、魂がその繰り返しに飽きたときに起こることだと思う。

 「魂」が居場所を探すことをやめるからだ。


 「自分」という人格は「魂」がその身体にいるためのものとして造り上げたもの、お芝居の役のようなものだ。だから「自分」の「魂」なんて思い上がりも甚だしい、強いて言うなら「魂」の「自分」といったところだ。人格はあくまで「魂」という本体に付随するものに過ぎない。


 いまひとつまとまらないが、要するに「魂」が本体なのだから「死」が訪れるのも当然「魂」に対してであり、「自分」という人格が一つ消滅することを私は「死」と捉えない、ということだ。今の私の人生は「魂」の人生経験に過ぎない。そう考える。

 「魂」の消滅――それが、「死」。



 ・・・・・・なんてね。

 こんな私の考え事は、今巷で流行の「都市伝説」に付随する一種のブームのようなものだ。その伝説に巻き込まれたが最後、死と隣り合わせの生活が待っている――というのが噂の内容だからだろう。


 ――しかも。


 仮にその伝説に巻き込まれた人がいたとしても、周囲の人間はそれに気づかない。「伝説」側に属する何らかの物――あるいは者――の意志が、巻き込まれた人間の「ドッペルゲンガー」を送り込むからだ。

 それ故に、「伝説」はもう自分のそばまで及んでいるのではないか、そう考えてしまい妙なリアリティが生まれる。・・・・・・理由付けとしてはそんなところだ。



 私達の街に、何時からか囁きだされた噂。


 ――街はずれの山に建つ、祠の無い鳥居をくぐると、この世の者ではない「彼女」に連れて行かれて、「生贄落札会」に参加しなければならないんだって――。




若干お久しぶりです、木染維月です!


亡姫の連載のストックがなかなかできず投稿できない週もあるので、完結しているものを連載してしまえという暴論から投稿することになったこの小説。

こんなタイトルをしていますが、別にホラー作品ではありませんので!


それから、これを書いたのは中学二年生の頃ですので、文字通り若干の中二病をこじらせている上に、駄文で、矛盾や回収されない伏線が見られます。終盤に向かうと少しましになっているのですが……。


黒歴史供養の意味合いも込めての投稿なので、お手柔らかにお願いします笑

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