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MOIRA  作者: 流民
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 八章 ~放たれた矢~


開戦から一日。ガルメシア太平洋艦隊は着実にエイジアの日本に向かって艦隊を進ませていた。その上空には飛行空母のエアカバーを伴い、更にその上にはインビジブルハンマーが警戒を続けており、万全の体制が整えられていた。その太平洋艦隊に突然異変が起こる。

「提督! GPSが作動しません」

 航海長の言葉に指揮官椅子に座る提督は言葉を返す。

「馬鹿な事を言うな。もう一度チェックしろ!」

「チェックは何度もやっています。しかし、こちら側の機器には何の問題もありません!」

「そんな馬鹿な……、インビジブルハンマーの不具合か? 上空の飛行空母にも問い合わせろ! もしインビジブルハンマーの不具合というのであれば大変なことになるぞ……」

 太平洋艦隊がインビジブルハンマーからの通信が途絶える少し前。工作艦、輸送艦、護衛艦からなるジュピトリス艦隊の半数以上の一〇〇隻にも上る艦隊がインビジブルハンマーに対して攻撃を行っていた。その艦隊の中央、ジュピターで指揮を執るフェリス。その傍らにはサンダース。相変わらずサンダースは黙ったままフェリスの右後ろに立っている。

「メティスより連絡。インビジブルハンマー発見。座標送られてきます」

「よしわかった。作戦通り、全艦反転。反転後密集して太陽帆を展開!」

 フェリスの命令後全艦は反転しその場で静止。そしてシュポンという音と共にエアーで打ち出されたワイヤーアンカーに引っ張られるように黄金色の太陽帆が展開される。そして、各艦は隙間を開けない様に艦を密集させる。

「各艦、操艦に注意しろ! ぶつかっても保険は降りんからな。ぶつけた操舵員は一カ月甲板掃除だからな!」

 フェリスの言葉に答えるかのように、各艦は慎重に太陽帆を密集させるように集まってくる。そして、ほとんど隙間なく密集が終わる。

「よし、これより各艦の操舵はジュピターより行う。一切個艦での制御は出来なくなる。いいな? 一切手を触れるんじゃないぞ?」

 フェリスの言葉通り、各艦の操船は出来なくなる。

「メティス各機! 警戒を厳となせ! キュレーネ攻撃機各編隊は艦隊周囲にて待機。ガルメシア宇宙軍の襲来に備えよ!」

「準備は整ったよメルキゼデク。後はお前さんの操船の腕を見せてもらおうじゃないか」

『解っておる。しかし、本当にあのインビジブルハンマーには人は載っておらんのだな?』

「ああ、それは間違いない。あんたよりも優秀なAIが搭載されているらしいからね。だから人は全くいないよ。思いっきりやっておくれ!」

 フェリスの言葉にメルキゼデクは怒った口調で言い返す。

『私より優秀なAIなどこの世には存在せん! そうとわかれば、私の腕前を見せてやる。そこで見ておれフェリス!』

 メルキゼデクはそう言うとメティスの伝えてきた座標に向かって一〇〇隻にも上る艦隊を微調整しながら焦点を合わせる。そして、太陽の光を反射した太陽帆の光が一点に集中する。

高温にさらされたインビジブルハンマーはその耐熱温度を超え機能不全を起こし、計器類の一切合財が停止する。更に、ジュピトリス艦隊からの太陽光線の照射を受け続けたインビジブルハンマーはついにその外殻装甲を融解させ、破壊に成功する。

「メティスより入電。インビジブルハンマーの破壊を確認!」

 オペレーターの声にフェリスはニヤリと笑うが直ぐに顔を引き締め、次の指示を出す。

「よし! 作戦の第二段階に移行する。エイジアに連絡『我、インビジブルハンマーの破壊に成功。これより作戦の第二段階に移行する』とな!」

 フェリスの言葉はすぐさまエイジアの連合艦隊に伝わる。 

そしてその報を受けた連合艦隊所属の核融合ジェット推進潜水艦部隊が静かに、しかし驚異的なスピードでガルメシア太平洋艦隊の周辺を囲む様にその深度を上げていく。そして、潜水艦艦隊から一斉に無航跡の魚雷が発射される。そのスピードは驚異的な速さで、ガルメシア太平洋艦隊に襲いかかる。無航跡の為目視ではほぼ確認する事は不可能。しかしエコーではその存在は確認される。

「提督! 約一〇〇ノットのスピードで我が艦隊に近づく物体多数! このままでは三〇秒後に本艦に当ります!」

「緊急回避! 取舵一杯!」

 艦長の咄嗟の判断でガルメシア艦隊旗艦は取舵を切る。何とか最初の一撃はかわせたが、僚艦には被害が発生している。

「続いて第二射来ます!」

「ええい! 哨戒機は何をしていたのだ! とにかく回避だ! 回避行動を続けろ!」

 ジグザグの動きをランダムに続けるガルメシア太平洋艦隊。それにより被害は何とか抑えられたが、それでも空母二隻の内一隻小破、レールガン搭載戦艦一隻に中破。ミサイル巡洋艦一隻撃沈、ミサイル駆逐艦一隻大破、一隻撃沈。飛行空母に関しては無傷であった。その様子を潜水艦部隊旗艦が潜望鏡深度まで上がりガルメシア艦隊の被害状況を確認する。

「ふむ……思ったより損害が少ないな……」

「再攻撃させますか?」

 副長の言葉に返す艦長。

「いや、やめておこう。これ以上は危険だ、駆逐艦の動きが活発になり出した。この辺りが潮時だろう」

 艦長の言葉に頷く副長。

「この海域より離脱する。ダウン三〇度!」

 艦長の指示に従い艦は深海に消えて行く。

 この戦闘を遥か上空衛星軌道上からフェリス達ジュピトリス艦隊が見ていた。そして作戦の第二段階が動き出す。作戦の第二段階は衛星軌道上からの超高空からの大気圏内外両用戦闘機ヒマリアでの一撃離脱攻撃だ。大気圏突入での攻撃の為相当なスピードが出る。その為かなりの高空で回避運動をしなければ地表に衝突する可能性がある。また、それほどのスピードを出さなければ、ガルメシアの飛行空母にやられてしまう可能性がある。それ程、飛行空母の防空能力は高い。その為ヒマリアは本来なら大気圏突入時はエンジンを切ってグライダーのように突入するのだが、エンジンを限界まで吹かし突入する。それによる摩擦を軽減させるために地表面に対して垂直に降下し、投影面積を最小限にし、その全体に耐熱タイルを張り、それにより摩擦熱を軽減させるという行為で強行突入させるのだ。勝負は一瞬だが、ヒマリアに搭載されたAIがオートで攻撃箇所を示しロックオンする。後は人間がトリガーを引くだけだ。地上に降りたヒマリアはそのまま反転せずエイジア各地の航空基地に着陸する手筈になっている。

「キャプテン、ヒマリア部隊が離陸許可を求めています」

「発艦させろ」

「ヒマリア部隊発艦よろし! グッドラック」

 オペレーターの言葉と共にヒマリアの編隊が電磁カタパルトで押し出され大気圏内に突入する。耐熱タイルが燃えている光が見えるが、それも一瞬で消え、次の瞬間にはもう大気圏内で戦闘を開始する。

 マッハ十というスピードで大気圏内を飛行するヒマリア。端のように見えていた飛行空母が一瞬にしてそのシルエットをはっきりと捕えれるくらいの大きさになり、その時にはAIによって攻撃目標が選定され、ロックオンされる。そして、パイロットは直ぐにトリガーを引き、胴体内に格納されたウェポンベイが開き中距離ミサイルが二発発射される。それをヒマリア全機二〇機が同時に発射し、その総てが飛行空母に突き刺さる。あまりにも一瞬の出来事であった事と、先ほどの潜水艦の攻撃の次の攻撃に備え発艦準備を行っていた為、反撃らしい反撃も出来ずに飛行空母は総てのミサイルをその機体に受け、もはや飛行する事も出来ず、ゆっくりとその高度を下げて行き、ついには太平洋に墜落する。その頃にはヒマリアはもう戦闘区域を離脱しており、空母からの発艦も間に合わず追撃もされる事なく悠々とエイジアに向かっていた。

 そしてその光景を見たガルメシア太平洋艦隊の指揮官は苦渋の決断を迫られていた。

「提督……飛行空母撃墜。太平洋上に沈みます」

「無事な駆逐艦と巡洋艦を向かわせろ。せめて乗員だけでも救助しろ……」

「イエッサー」

 指揮官の横に立つ参謀が指揮官に話しかける。

「提督、今後はどうなさいますか? まだ、艦隊は十分にやれますが」

「エアカバーの無い艦隊など何の役にも立たんよ」

「しかし我々にはまだ空母が二隻あります。それを持ってすればまだ互角以上に戦えるはずです!」

 指揮官は力の無い目で参謀を見つめる。

「確かにインビジブルハンマーがあれば或いはそうれも出来たかもしれない。しかし、恐らくそのインビジブルハンマーももうこの地域の物はジュピトリスに破壊されただろう。そうでなければ今回の攻撃の説明が付かんからな」

「では、どうされるのですか?」

「撤退だよ。これ以上損害を出す訳にはいかん。各艦の修理と漂流者の回収が終われば我々はオーストラリアに帰還する」

 まだ何か言いたそうな参謀だったが、今の現状を理解し黙って頷きオペレータに指示を出す。

「漂流者の回収と応急修理を急がせろ。その後ただちにこの海域を離れる。駆逐艦は対戦警戒を厳となせ!」

 やがて応急修理と漂流者の救出を終わらせた太平洋艦隊はオーストラリアに向かって後退していった。

 この海戦でガルメシア側の被害は飛行空母一隻、ミサイル巡洋艦一隻撃沈、ミサイル駆逐艦一隻撃沈、その他大破、中破、小破多数であったのに対し、エイジア・ジュピトリス連合軍の損害は少なく。潜水艦一隻撃沈、ヒマリア二機墜落の損害であった。圧倒的にエイジア・ジュピトリス連合軍の勝利で終わった。


 太平洋中央部で行われた海戦はガルメシア軍の敗北で終わった。敗色濃厚であったエイジア・ジュピトリス連合軍は初戦を勝利で終わらせたが、まだガルメシアは本気できている訳ではない事は誰の目に見ても明らかだった。それに、損害は与えたとはいえ、太平洋艦隊はまだ健在であり、その圧力は無くなった訳ではない。

 国力の差を考えればまだまだガルメシアは余裕を残している事は間違いなかった。それに、メルキゼデクからの情報では明らかにガルメシアは戦時体制に移行してきていた。本気になったガルメシアを止める事は恐らく難しいだろう。本気になって戦時の量産体制が整えば敗戦は濃厚である。その前にエイジア・ジュピトリス連合軍は決着を付けなければならなかった。そして、エイジアでフェリスを招いての今後の戦略を考える上での会議が行われる事になった。

 出席者は日本の春日、氷上、ジュピトリスのフェリス、中華共和国の劉らが参加し。オブザーバーとしてメルキゼデクとその端末の持ち主ユーリが参加したが、カミュはリングポートで留守番をしていた。そして、今から今後の方針を決定する会議が開かれる事になる。

「みなさん、お忙しい中お集まりいただきありがとうございます」

 春日がそう挨拶を交わすとフェリスがその挨拶に割って入る。

「春日首相。今は悠長に挨拶などしている時間は有りませんわ。さっそく本題に掛かりましょう」

 言葉を途中で止められた春日であったが、その言葉は真実であり、今この瞬間にもガルメシアは次の行動を起こそうとしているかもしれない状況であった。

「そうですな。春日首相、早速本題に入りましょう。時は金なりです」

 劉もフェリスの意見に賛同し、話を先に進めようとする。

「解りました。では、堅苦しい挨拶は抜きにして話を勧めましょう。まず、初戦では我々は勝利を収めました。しかし、今後は今回の様にはいかない事は間違いありません。我々は早期の講和をガルメシアに求める為に次に何を成すのか、どう動くべきかを話し合わなければなりません」

 春日の言葉に全員頷く。そして劉が口を開く。

「前にも私の口から言わせてもらったが、我々は南アフリカを攻略する以外に生き残る道は無い。南アフリカを攻略し、それの返却を条件に煙突の利用権の拡大及び、煙突公社の人事権をエイジアに求めればいいでしょう?」

 劉の言葉は間違いない事は明白であった。しかし、言うは易しであり、それを実行するためにはかなりの困難が待ち受けている事は眼に見えていた。

「しかし劉首相。おっしゃることはごもっともだが、それを実行する手段が非常に難しい。いったいどうやってそれを成すのですかな?」

 春日の言葉に答える劉。

「そんな事は簡単な事です。我々にはジュピトリスが付いている。衛星軌道上からの空挺降下で敵の主要基地を制圧し、それを占領してしまえばいいではないですか」

 劉の言葉にフェリスが反応する。

「劉首相のお言葉もっともですわ。しかし、敵地のど真ん中、いったいその空挺部隊は何処から出されるのですか? 私どもジュピトリスには空挺降下要員などは全くおりませんわ。それに、今後ガルメシア宇宙軍との戦闘も本格的になって行くでしょう。そんな折にとてもでは無いですがそんな現実的ではない作戦の為に我がジュピトリスの人員を割く訳には参りませんわ。それに、仮にそれが成功したとしてどうやって敵地のど真ん中の基地を維持し続けるのですか?」

 春日と氷上、メルキゼデクもそれに同意する。

「では、いったいどうやってガルメシアから譲歩を引き出すと言われるのですかな? まさかこのまま放置するわけにはいかんでしょう? 何か手を打たなければなりません。それが無謀な作戦だとしても、我々は先ほどの春日首相の言葉にも有る通り、このままではどんどん追い詰められていく。そうなれば和平など夢のまた夢でしょう。違いますかな?」

 劉にそう言われ言葉が出ない一同だったが、氷上が春日に耳打ちする。

「確かに劉首相のおっしゃるとおりでしょう。空挺降下は十分な効果がある事は間違いないでしょう。しかし、それだけに頼れば敗戦は必死でしょう」

「ではどうしろと?」

「空挺降下を行う案は否定しません。しかし、それに先んじてインドから地上軍をエジプトに侵攻。スエズ運河を抑え、そのまま南下させ南アフリカに圧力をかけます。その後空挺降下を行い、ガルメシア地上軍の補給路を断つ。そして、ガルメシア地上軍をアフリカ大陸北部に釘付けにしておき、別動隊として、海路で地上軍を輸送、そのまま港を占拠して拠点を確保するというのはどうですかな? それに、スエズを抑えればヨーロッパ連合もエイジアに協力的になるやもしれません。」

 春日の案にフェリスは頷く。だが劉はその案には否定的だ。

「春日首相の言われる事も解るが、それでは時間が掛かりすぎるのではないですかな? それにエイジアの戦力の殆どをつぎ込まなくてはならなくなるでしょう。その時、本土の防衛はどうしますか? ガルメシアの戦力であれば二正面作戦でも十分にできるほどの物量がある事は間違いないでしょう」

 劉の言う事ももっともで、エイジアの戦力はガルメシアと比べても三分の一程度。それも本気で戦時体制に移行しようとしており、それが完全になされればその差は開く一方だろう。そうなる前にも早期講和はこの戦いの前提である。

「ところでメルキゼデクさん。ガルメシアの今の状況はどうなっているかは解りますか?」

 春日の問いにメルキゼデクは答える。

『煙突のCO2の排気量はデトロイト、サンフランシスコ、ヒューストン……この辺りのCO2の排出量はかなり多いな。活発な動きがある事が見られる』

 メルキゼデクのその答えに確実に戦時体制に移行している事が伺える。

「何をどれくらい作っているかは解りますか?」

『さすがにそこまでは解らんが、CO2の排出量から逆算すれば……そうだな、飛行空母だったら四機分位の日産での排出量に相当するかの』

 メルキゼデクの言葉に一同言葉を失う。もちろん飛行空母を一日で作り上げる事は出来ない。しかし、一日でそれ程のCO2の排出量が有るという事は、どれだけの規模で生産しているかという事が伺える。

『しかし、これ以上は生産を上げる事は出来んな』

「というと?」

『空気分離機の処理能力が追い付かん。もっとも、それを無視して作ってしまえば別だが……さすがにそこまではせんだろう』

「兵もさすがにそこまではいないでしょうが……ロボット兵が出てくる可能性はあるか」

 春日がそう呟く。ロボット工学はタイラントの得意分野だ。ガルメシア内での製造は行っているが、ロボット関係の技術は他国には一切公開されていない。それゆえ、ロボット兵が戦争に投入されれば、エイジアはかなり苦境に立たされることになる。

『それにだ、煙突公社がエイジアからのCO2受け入れを拒否すれば、たちまち製造業が軒並みストップするぞ?』

 驚く春日と劉。

「まさか、そんな事が? いや、今なら十分にあり得るかもしれんな……」

 そう呟く春日。

「そうなれば、我々は戦う余力さえも無くなってしまう! CO2が排出できる今の間に戦力の増強をするべきだ!」

 劉は声を荒げる。

『待て待て、そんな事をすれば直ぐにCO2の排出がオーバーしてしまうぞ! ただでさえ、まだ地球は微妙なバランスの上で成り立っているんだ。これ以上CO2の排出を増やせば、また元に戻ってしまうぞ? それに、この戦争自体を回避する方法も考えなければならんのではないか?』

 メルキゼデクの言葉に全員が気付く。地球環境は元に戻りつつあるとはいえ、まだ環境は完全に戻った訳ではない。

「しかし、もう始まってしまった物はそう簡単には終わらせることはできない。何らかの結果を出さなければガルメシアも矛を収める事は出来んだろう」

 春日の言葉に全員が頷く。

「とにかく、これ以上答えの出ない会議は無駄でしょう。劉首相の案でいくか、春日首相の案で行くか多数決を取りましょう」

 フェリスがそう纏めると、春日と劉は頷く。

「では、劉首相の案にご賛成の方はご起立を」

 フェリスの言葉に劉のみが立つ。

「では、決まりましたね」

 フェリスの言葉に苦い表情をする劉であるが、仕方ないと言ったように頷く。

「では、細かいところに関してはお互いの実務者同士の話し合いという事で、一旦この会議は終了という事でよろしいでしょうか?」

 春日の言葉に二人とも頷く。そして、全員は会議室を後にする。


 会議から一週間後、総ての準備が整う。フェリスは会議後リングポートに戻り、作戦の準備段階として、メティスを各方面に飛ばし、インビジブルハンマーの所在を探っていた。

「アマルテア、インビジブルハンマーは全部見つかったか?」

「まだ肝心のアフリカ上空の物が見つかってませんね。それ以外の物はすでに発見して、マーキングしておきましたから。今後は発見も容易でしょう」

 アマルテアの言葉に頷くフェリス。

「ガルメシア宇宙軍の方は動きはないかい?」

「そちらの方も今の所目立った動きはありません」

「嵐の前の静けさかね……まあいい、とにかくアフリカ上空のインビジブルハンマーの発見を急げ」

 フェリスはそう言うと指令室をでる。そして、ユーリとカミュがいる部屋に向かう。部屋に入るとどこか元気のない二人。

「どうしたんだい二人とも?」

 フェリスの言葉にも何も答えない二人。

「メルキゼデク、どうかしたのか?」

『うん? なんかこの戦争は自分たちのせいじゃないのかと思っておるらしい』

「はぁ? まったく何を考えてるんだい? そんな訳無いだろ。まったく、そう言うのを思い上がりだっていうんだよ」

 フェリスの言葉にユーリは力なく口を開く。

「でも……私が煙突になんて行かなかったら、メルキおじ様とも会う事は無かっただろうし、そうすれば、エイジアにいく事も無かった……」

 ユーリの言葉にフェリスはため息を吐く。

「はぁ……、あんた本気で言ってるのかい? あんたらが何かしようが何もしまいが、この戦争は回避出来なかったよ。まあ、あんた等は利用された事には変わりないだろうけど、あんた達が戦争の切っ掛けになんてことは絶対にないよ。遅かれ早かれいずれこうなっていたんだろうから。分かったかいこれ以上気にする事は無いさ」

「でもさフェリス姉さん。俺達が宇宙に来なかったら少なくともヒロキは……」

 カミュの言葉にフェリスはそういえば、というように思い出す。

「ヒロキ? ああ、そう言えばなんだかんだとバタバタしてて、話が出来なかったけど、ヒロキは一緒じゃないのかい? あんたらいつも三人で一緒だったろ?」

フェリスの言葉にカミュが答える。

「俺達が軌道エレベーターで上がって来た時、ちょうどここに来るほんの少し前にガルメシアのあのおっさん、モーゼルだっけ? あのおっさんに俺の身代わりで捕まっちゃったんだ……」

 カミュの言葉にフェリスは驚きと共に言葉を失う。思わず右手で顔の半分を覆ってしまう。

「なんて事……、なんでもっと早く言わないんだい!!」

「でも、いろいろあって、話どころじゃなかったし……」

 カミュの言葉に自分でも反省するフェリス。確かに、カミュ達が来て直ぐにガルメシアとの戦闘も有ったり、地上での戦闘に参加したりバタバタと取り込んではいた。それでも、この何日か、ヒロキはモーゼルに捕えられてままだった。モーゼルの事だ、ヒロキを取引の材料にする可能性もある。そうなれば、フェリスは其の時、この同盟を維持することが出来るだろうか。それを考えるとかなりの不安材料が残る事になる。せめてヒロキが捕えられて直ぐに解っていたら。しかし、それはもう後の祭りだという事は解っている。それでも、何とかヒロキを救う方法を考えなくてはならないだろう。今後の遺恨を残さない為にも。フェリスはそう考えた。

「解った、ヒロキの事はあたいが何とかする。とにかく、あんた等は今は何も考えなくていいよ」

「でも……」

 カミュの言葉を途中で遮るフェリス。

「カミュ、悪いけど今あんたには何もできる事は無いよ。とにかく、あたいにまかしときな。必ず何とかするから。いいね? 早まったマネはするんじゃないよ! 解ったね」

 フェリスのいつもよりも強い言葉にカミュは頷く。

「あたいはちょっと事務室に戻る。それとユーリ」

 フェリスに声をかけられ、フェリスに顔を向けるユーリ。

「しばらくの間端末を貸してくれないかい?」

「いいけど……どうかしたの?」

「ちょっとね。必ず返すから、暫くかしておいてくれ。代わりの端末も渡すから」

 フェリスの言葉に頷くとユーリはフェリスに端末を渡す。

「すまないね。じゃあ、あたいはこれで行くけど、カミュ。絶対に変な気は起こすんじゃないよ? いいね!」

 フェリスはそう言うと部屋を出て、自らの事務室に戻る。部屋に戻った後、アマルテアを呼び出す。その間メルキゼデクに話しかける。

「メルキゼデク、ヒロキが捕まった時の映像を記録してるかい?」

『ああ、今再生しよう。ちょっと待っておれ』

 メルキゼデクはその時の映像を再生する。

 捕まったカミュを助けようとしてカミュを捕まえた警備局員に体当たりし、カミュを氷上の下に投げ、その反動で三人から離れていくヒロキ。そして、そのまま扉は閉められ、ヒロキと三人は離れ離れになり、ヒロキはその後警備局員に取り押さえられる。そして、ヒロキはリングポートのガルメシア側に連れて行かれる。

「この後どうなったか解るかい?」

『ああ、暫くは監禁されていたが、その後軌道エレベーターを使って地上に下ろされたようだな。軌道エレベーターから離れた後はどこに行ったかは把握できない。煙突関係の施設からは離されたようだな』

「そうかい……、ありがとうメルキゼデク」

その映像を見終わった時にアマルテアが部屋のドアをノックする。

「空いてるよ」

 フェリスの言葉に答えるように扉は開かれアマルテアが部屋に入って来る。

「キャプテン、お呼びですか?」

「ああ、ちょっと困ったことになってね……」

 普段見せないフェリスの弱り切った表情を見てアマルテアはよほど悪い事なんだろうと思ったが、それも顔に出さずにフェリスの言葉を待つ。

「実はね……、あたいの弟が、ヒロキって言うんだけど、そいつがどうもガルメシアの、モーゼルに捕まってるらしいんだ……」

 フェリスの言葉に絶句するアマルテア。

「なんとか助けに行かないといけないんだが……うちの諜報網を使って何とか居場所を割り出せないかい?」

 フェリスの言葉に考えるが、貧弱なジュピトリスの諜報網ではおよそ、それに関しては無理であろう、アマルテアはそう判断して、首を横に振る。

「そうかい……。でも、何とか助けに行かないと拙い事になる。何か方法はないかい?」

 アマルテアは少し考えて答える。

「エイジアの諜報網に頼ってはどうでしょう?」

 アマルテアのいう事はもっともだろう。しかし、いくら同盟関係とはいえ、貴重な諜報網の一角が崩れる事になりかねない。その交換条件として何を要求されるか解らない。それでは今後の同盟関係が崩れ、主従関係になってしまう可能性もある。そうなればジュピトリスは終わりだ。

「それ以外の方法はないかい?」

 首を横に振るアマルテア。

「そうかい……。そうだとは思ってはいたけど、やはり厳しいね……」

「とにかく、一度氷上さんにでも話してみてはどうでしょう?」

 顎に手を当て考えるフェリス。

「そうだね、そうするしかないね。メルキゼデク、氷上を呼び出せるかい?」

『ああ、少し待っておれ……、ほれ、でたぞ』

 端末に氷上が現れる。

「氷上、ちょっと話があるんだがいいかい?」

 いつもの様子でないフェリスに氷上は何かを想ったのだろう、黙った話の続きを促す。

「あんたも知ってるとは思うが、ヒロキがガルメシアに捕えられてる。何とか助け出したい。そちらの情報網でヒロキの居場所を割り出せないかい?」

 氷上はいつもの冷静な表情だが、その瞳の奥には少し動揺の色が見られたが、それも一瞬で消え、いたって冷静に答える。

『居場所を特定する事は出来るでしょう。しかし、その後、救出はどうしますか?』

「それはこっちで考える。とにかく、居場所さえわかれば後は何とかする。そっちに迷惑はかけないよ」

 氷上は少し考える。

『解りました。春日首相に相談してみます。解答はもう少し待ってもらえますか?』

「ああ、解った。でも、早く答えが欲しい。急かすようで悪いけど、何とか頼む」

 頭を下げるフェリス。

『解っています。それにもとはと言えば私の責任です。何とか諜報員を動かせるように尽力します』

 氷上の言葉に更に頭を下げるフェリス。

「すまない。恩に着るよ」

『気にしないでください。では、暫く待っていてください』

 氷上はそう言うと通信を切る。通信が切れた後、直ぐにアマルテアに話しかけるフェリス。

「アマルテア、すまないがヒロキの救出の為の要員を直ぐにピックアップしてくれ。地上での戦闘に慣れた奴を一個小隊ほど頼む」

「解りました。しかし、一個小隊では少なくないでしょうか?」

 アマルテアの言葉に首を横に振るフェリス。

「いや、それでも多いくらいだ。あまり大人数で行くと直ぐにばれてしまうだろうからね。とにかく腕利きのメンバーを揃えてくれ」

「解りました。作戦決行は?」

「氷上の回答を待ってから直ぐだ。これ以上は待てない」

 あまりにも早い救出作戦にアマルテアは反論する。

「それではあまりにも時間が無さすぎます。せめて、回答後一日は下さい。でないと……」

 アマルテアの言葉を遮るフェリス。

「解っている。でもね、これ以上はヒロキの事以上に、今後の戦局も左右しかねない。南アフリカ奪取作戦までには総てを終わらせていなければ、計画が破綻する可能性がある。そうなれば……」

 フェリスの言葉に「解りました」とだ答えるアマルテア。

「すまない……あたいの事でみんなには迷惑かけるよ」

「構いませんよキャプテン。みんなキャプテンの為なら命を捨てる覚悟ですよ。あの時、私達の命を助けてくれたのは他ならぬキャプテンです。この命、いつでもキャプテンに捧げるつもりです」

 アマルテアにフェリスは背を向ける。

「では、早速準備に取り掛かります」

 アマルテアに背を向けながら答えるフェリス。

「すまないけど頼むよアマルテア」

 フェリスの言葉に敬礼で答えてアマルテアは部屋を後にする。


 ヒロキ救出作戦が進む中でも、南アフリカ侵攻作戦の準備は着々と進められている。そして、ついに最重要目標となるアフリカ大陸上空のインビジブルハンマーを発見する。

「ようやく見つけたのかい? それで、どんな状況だい?」

 フェリスの言葉に答えるアマルテア。

「かなり厄介です。規模自体は今まで見つかった物とほぼ同じですが、ガルメシア艦隊が周辺に展開しています。哨戒網もかなり広めにとられているため、前と同じ作戦は使えないでしょう」

 アマルテアの言葉にフェリスは渋い顔をみせる。

「艦隊の規模は?」

 フェリスの言葉に答えるオペレーター。

「タイラント級戦艦二隻、ウェイン級戦艦一〇隻、コーディレフスキー級宇宙空母二隻、イトカワ級巡洋艦一五隻、ツキ級駆逐艦三〇隻、その他哨戒艇多数です」

 オペレーターの言葉に顔をしかめるフェリス。

「かなりの大艦隊だね……。さて、どうするアマルテア?」

 肩を竦めて答えるアマルテア。

「これだけの艦隊ですよ? 私なら尻尾を巻いて逃げますね。普通にやって勝てる訳がないです」

 苦笑いで答えるフェリス。

「そうだね。あたいも出来れば逃げたくなるね。まあ、そうも言ってられないし、やるしかないね」

 指令席で頬杖を突くフェリス。

「実際問題どうします、前の作戦は通用しませんよ?」

 アマルテアの言葉に少し黙ったまま考えるフェリス。そして、少しの沈黙の後、フェリスがアマルテアに問いかける。

「最近採取してきた資源採掘用の小惑星のリストはあるかい?」

 フェリスの言葉に直ぐにアマルテアが答え、そのリストをフェリスの指令席のモニターに映し出す。そのモニターを次々に送り、何かを探すフェリス。そして、リストの一つの小惑星の詳細を映し出す。

「ふむ……、まあ手ごろな大きさだね」

 アマルテアがその詳細を見て顔色を変える。

「キャプテン……まさか……」

 アマルテアの言葉にフェリスは子供の様な笑顔で答える。

「ピンポーン! さすがアマルテア」

「し、しかし、危険です! もし失敗すれば地球にも甚大な被害が出る可能性があります!」

 しかし、フェリスは首を横に振る。

「他に良い手が有るかい? 物量に物を言わせて正面からぶつかれば或いは勝てるかもしれないだろうね。でも、仮に勝てたとしても地上での作戦決行に間に合わない。そうなればまったく意味がないし、それにこれだけの戦力だ、負ける可能性もある。それが解っているからガルメシアも本気でこのインビジブルハンマーを確実に守りきるために、この戦力を投入してきたんだろう。だったら、生半可な手ではすべては水の泡さ。あたいだってこんな事はしたくないけどね、これ以外の作戦はもうあたいには思いつかない。他に良い手が有るなら教えてくれないかアマルテア」

 フェリスの言う事は正論だった。しかし、少しでも間違えばせっかく戻ってきた地球の環境はまた元に戻ってしまう可能性も十分に有る。それを考えて天秤にかけて、それでもフェリスはこの作戦を決行する覚悟を決めたのだろう。

「解りました。キャプテンに従います。急ぎ準備させます」

 頷くフェリス。

「急がせてくれ。もうあまり時間がない。地上での作戦までの時間は後二日もないよ! 二十時間以内に小惑星に核融合エンジンを取り付け終わらせるんだよ! いいね? それと並行して動かせる艦は総て臨戦態勢を整えておくんだよ。これよりジュピトリスは第一級臨戦態勢に移行する! 各員の奮闘に期待する!」

 フェリスの言葉に全員が敬礼で返す。そして、作戦の準備は進められる。

 何とか二十時間で総ての準備を終わらせ、フェリスに報告するアマルテア。突貫作業で小惑星に核融合エンジンの取り付けは行われ、何とか試運転まで完了した。

『キャプテン、何とか準備整いました』

 アマルテアの報告を待ちわびていたフェリス。そして、直ぐに全艦に向かって命令を伝えるフェリス。

「準備は整った! 作戦『ケイローンの矢』を発動する。艦隊、順次発進せよ!」

 フェリスの号令の下、艦隊は五隻ほどの輸送船に牽引された小惑星を護衛するように進む。

「アマルテア、後は頼んだよ。それと、ヒロキの事もよろしく頼むよ」

 アマルテアに声をかけるフェリス。

『解っています。こちらの事はご心配なさらずに』

 笑顔で返すアマルテアに笑顔を返すフェリス。

「では、いって来る」

『ご武運を祈ります』

 アマルテアは敬礼しそう返す。そして、いよいよ南アフリカ争奪戦は開始される。


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