二章 ~旅立ちの時~
眼下に見える街の景色、もう雲に手が届く位の高さの所に二人の少年と、一人の少女が煙突の作業スペースから見下ろしている。そこは、地上から三千メートルの場所で、基本的にはロボットが作業するための資材などを置くスペースで、煙突建設当初に作られた物だった。そこを三人は展望台と呼んで、勝手に煙突に侵入して作業用のエレベーターに乗ってここまで上がってきているのだ。
天気のいい日はかなり視界が良いが、それでも街の端っこが見える位で、視界はせいぜい十キロ程度だろう。それでも、昔に比べれば地球はかなり環境が良くなった。今は簡易的な二酸化炭素を吸着するマスクを着用していれば人は外を出歩く事が可能で、三人もその例に漏れる事無く顔の半分位を覆い隠すマスクを付けている。
三人はそれぞれ思い思いの事を、この場所でするのが好きだった。三人はそれぞれのお気に入りの場所で、それぞれに何かをしている。その三人の中の一人、黒髪に東洋人の様な顔立ちで筋肉質なスラリとした体躯の少年が、もう一人の少年に話しかける。
「なあカミュ」
そう呼ばれた少年は霞む景色から眼を離し、寝そべっていた身体を起こし少し長めの茶色い髪を風に少しなびかせ声のする方に振り返る。
「うん? どうかしたかヒロキ」
「いや、お前卒業したらどうするんだよ?」
ヒロキの言葉にカミュは頭を掻きながら答える。
「いや、どうたって……なぁ?」
誰に答えるでもなく、手を頭の後ろに枕の様にしながら再び寝ころび、空を見上げるカミュ。空はだんだんと碧さを取り戻しているが、それでもまだ黄色く霞んで見える。
「そりゃ、お前らは良いよな……やりたいことも決まっているし、そっち系で進めるんだから……」
「カミュは何かやりたいこと無いの?」
今まで読んでいたギリシャ神話と書かれた本から眼をそらし、赤い髪を風に泳がせていた少女が、その茶色い目を寝そべっているカミュに向け、二人の会話に加わる。その声に少し何かを含ませるように答えるカミュ。
「うーん……なんて言うかさぁ、まだ何か一生の仕事を考えるって難しいと思わないかユーリ? だって俺達まだ十八歳だぜ?」
大災害以降、煙突が稼働しだしてから人口は徐々に増えつつある。しかし、それ以上に今は人が不足している事もあり、十八歳で学校を卒業してからは、ほぼ強制的に働き始めなければいけなくなっている。そうでないと社会は回って行かなくなっていたのだ。なので今の時点で仕事が決まっていなければ、誰もやりたくないような仕事に行かされることになる可能性がある。
「じゃあ、とりあえずフェリス姉さんの所ででも働かしてもらったら? フェリス姉さんなら悪くはされないんじゃない?」
ユーリは再び本に視線を落とし活字を目で追いながら、カミュに話しかける。
カミュは自分がフェリスの所で働いている所を想像する。その想像を打ち消すかのように頭を振りユーリに答える。
「いやいや、完全にこき使われる姿しか想像できない……まあ、宇宙には行ってはみたいけど……やっぱり木星船団は俺にはレベルが高すぎるよ」
カミュの言葉にヒロキはため息を吐き、遠くを見つめていた黒い瞳をカミュに向ける。
「はぁ……お前そんな事言ってると、スカイハウス追い出されたら浮浪者だぞ? どうすんだよ」
「解ってる、解ってるって! 大丈夫、ちゃんと考えるから!」
少し拗ねたように二人に背を向けるカミュ。その時、突然煙突が揺れる。
「なんだ? 地震か?」
カミュの言葉にユーリが答える。
「そんな訳ないよ! 煙突はリングポートに支えられて浮いているんだから、地震の力が伝わる事はないはず! それがこんなに揺れたんだからただ事じゃないよ!」
そう言って作業台の端に腰を掛けていたユーリが立ち上がる。その時、またもう一回大きな衝撃が三人を襲う。ユーリは態勢を崩し、作業台から足を踏み外す。
「きゃぁーー」
落ちそうになるユーリの手を、近くにいたヒロキガすかさず掴み持ち上げる。一瞬遅れてカミュがユーリの手を引っ張り上げる。
「ありがとう二人とも……」
ぺたりと座り込みながら二人に礼を言うユーリ。
「とにかく、何かが起こっているみたいだ。一旦煙突から降りよう!」
ヒロキが二人に言い二人は頷く。そして、ユーリは小型端末を鞄の中から取り出し、作業用エレベーターに繋げてエレベーターを呼ぶ。
煙突技術者を目指しているユーリは煙突の構造や、そのプログラムを理解しており、それをハッキングしてこの作業台までいつも来ているのだ。もともと、この作業台に最初に行こうと言い出したのも、煙突の図面を見ながらこの場所を見つけたユーリだった。
「ダメ、煙突が緊急停止してる! 作業用エレベーターが動かない!」
ユーリの言葉にカミュは驚く。
「なんだって!?」
カミュの後にヒロキも続ける。
「他の方法は無いのかユーリ? 完全に停止しているわけじゃないだろう? これだけの大きな設備だ。空気分離機とかその辺りを動かす為のサブコンピューターくらいはあるだろう? そこから何とかならないのか?」
ヒロキの言葉にユーリは考える。
「解らない……でも、とにかくやってみる!」
そう言うとユーリは端末に素早くプログラムを打ち込み、いろいろと手を打っているようだ。ネットワークの中をいろいろ開いてみてエレベーターのプログラムを探すユーリ。そして、ネットワークのかなり深い所に辿り着いたユーリがぽつりと呟く。
「何これ? 【MELCHIZEDEK】? こんなプログラム見た事ない……」
そのプログラムを開くユーリ。すると、突然目の前にホログラムが移り出す。
「な、何これ?」
驚くユーリ、そのホログラムは煙突から投射装置を使って映し出されているようだ。中年の様なその姿は顔だけ映し出されて、宙に浮いているように見える。そして、そのホログラムはユーリたち三人に話しかける。
『私を呼び出したのはお前達か?』
突然話しかけられた三人は驚きのあまり言葉も出ない。
『なんだ? 最近の若いのは挨拶も出来んのか?』
ホログラムの言葉にようやくカミュが正気に戻る。
「お、おっさん、あんた誰だよ?」
カミュの言葉に少し気を悪くしたように口を開くホログラム。
『おっさん? 小僧、今私に向かっておっさんと言ったか? まったく、最近のガキは礼儀も……』
何やらぶつぶつと独り言をつぶやくホログラム。その呟きを中断させるようにユーリがホログラムに話しかける。
「ごめんなさい、おじ様。私達降りられなくなって困っているんです。何とか助けてくれませんか?」
ユーリに話しかけられたホログラムはユーリの方を向き、その姿をじっくりと眺める。
『お前は……いや、なんでもない。そうか、お前だな、たまに私の中をいじくり回していたのは? 名はなんというのだ?』
「人に名前を聞く前に自分から名乗ったらどうなんだ?」
カミュの言葉にホログラムはムッとした顔をして、また何かぶつぶつ言っているが、改めて自己紹介を始める。
『私の名前はメルキゼデク。この煙突のプログラム。まあ人工知能、いわゆるAIと思ってもらったらいい。今から私の事をメルキゼデク様と呼んでも良いんだぞ? 私は偉いんだからな!』
エッヘンといった顔で三人を見つめるメルキゼデク。それを半ばあきれ顔で見る三人。
『どうした? 私は名乗ったんだ、早くお前たちも名乗らんか』
メルキゼデクにそう言われて、ユーリは思い出したかのように自分の名前を名乗る。
「私はユーリ、ユーリ・ウェインです、メルキおじ様」
その後にヒロキが続く。
「俺はヒロキ・ヨコハタ、それとこいつが……」
「俺が、カミュ・サカザキ様だ!」
三人の顔を見てメルキゼデクは少し考える。考えている所に、ユーリが話しかける。
「あの、メルキおじ様?」
『うん? なんだ?』
「いえ、煙突のシステムが止まってしまって、私達下に降りられなくなったんです。メルキおじ様の力で何とか下まで降ろしてもらえませんか?」
『なんだ、そんな事か。今エレベーターを呼ぶから待て。直ぐに来る』
「ところで……」
ヒロキがメルキゼデクに話しかける。
「さっきの揺れはなんだったのメルキゼデク?」
『うむ、どうやら事故かテロかは解らんが、私の身体の一部が爆発したようだ。被害はたいしたことないから直ぐに復旧するだろうが。まさか、お前らじゃないだろうな?』
「なわけないだろ? おっさん、俺らは善良な一般市民だよ!」
そんな話をしている間にエレベーターが到着する。そして、到着したエレベーターの中には作業用ロボットが一体乗っており、三人そのロボットの姿に驚き固まってしまう。
「ちょ、おっさん!?」
逃げ出そうとするカミュ。ユーリも、ヒロキも驚いて固まったままだ。しかし、ロボットはそんな二人を無視するかのようにエレベーターから降りてカミュの方に向かう。
「な、なんで俺の方に来るんだよ! くそ! と、とにかく、俺がひきつけるからお前ら早く逃げろ!」
カミュがそう言うと、ロボットはくるっと九十度回転し、作業通路を昇って行く。
「なんだったんだ? まるで俺達が見えてないみたいな……」
そう思っていると、メルキゼデクは一人で大笑いしている。それに気が付いたカミュがメルキゼデクにムッとした顔を向ける。
「おっさん、何かやったのか?」
『うん? いや、ちょうどエレベーターに作業用ロボットが乗っていただけだ。まあ、お前達の事は認識できない様に細工はしておいたがな。そうでなければ今頃お前達捕まってテロリスト扱いだぞ?』
「だからって、ロボットで脅かす事ないだろう? 意地の悪いじーさんだ!」
カミュの言葉にカチンときたメルキゼデク。
『なんならお前だけロボットに認識されるようにしてやってもいいぞ?』
「お、おい! やめてくれよ! 解ったよ、俺が悪かったよ!」
『解ればいいんだ、解れば!』
「とにかく、急いで下に降りましょう?」
ユーリはそう言ってエレベーターに乗り込み、それにヒロキとカミュも続く。エレベーターの扉が閉まるとメルキゼデクの姿が見えなくなる。
「全く、とんだおっさんだったな……」
カミュがため息の様に呟く。
『聞こえておるぞ小僧!』
そう言って広いエレベーターの中でホログラムが映し出される。
「おわ! おっさんどこにでも出てこられるのかよ!?」
『当たり前だ。煙突は私の身体なんだからな? どこにでも煙突の一部であれば出る事が出来る』
少し自慢げに言うメルキゼデク。
『所でお前達、これからどうするんだ?』
メルキゼデクの質問にヒロキが答える。
「どうって、今から家に帰るんだよ」
『そうか……』
ヒロキの言葉に少し考えるた後、ゆっくりと話し始めるメルキゼデク。
『物は相談だが。私もお前達につき合わせてもらえんか?』
メルキゼデクの言葉に三人は驚く。
「はあ? おっさん、何言ってんだよ?」
驚いたような呆れたようなカミュの言葉の後にユーリが続く。
「メルキおじ様煙突から外に出られないんじゃないんですか?」
「そうだそうだ!」 カミュが続けて言うが、メルキゼデクはそれを無視して答える。
『ユーリ、小型端末を出してみろ』
そう言われたユーリは小型端末を出す。
『ふむ……まあ大丈夫だろう』
「大丈夫って何が?」
ヒロキが質問する。
『なに、私のデータのコピーをそこに入れる事が出来るかどうか見ておったんだ。まあ、これなら何とか人格部分は入る事が出来るだろう。ネットワークも繋がっているなら、そこから本体につなげる事も出来るだろうから、それ程問題もないだろうしな』
「いやいや、ちょっと待てよおっさん。そんな事勝手に……」
カミュの言葉を無視してユーリが答える。
「良いですよ、メルキおじ様」
『おお、そうかそうか。ユーリはいい子だのう。どこかの小僧と違って』
そう言って、チラリとカミュの方を見るメルキゼデク。
それを無視してカミュがユーリに小声で話しかける。
「いいのかよユーリ? こんな得体のしれないおっさん端末の中に入れて?」
「大丈夫、別にウイルスとかでもないし、それにかなり高度なプログラムよ。このプログラムを解析できれば、私は煙突技術者として一流になれる。だから、そのためにもこのチャンスを逃したくないの!」
ひそひそと話すユーリたちにメルキゼデクは話し掛ける。
『話はまとまったか?』
「ええ、メルキおじ様いつでもお越しください」
『ふむ、では今から行かせてもらおうかの』
よっこいしょ、と言うような感じでメルキゼデクのプログラムがユーリの端末の中に入り込んでくる。
「凄い……何このデータ量」
端末の中にどんどん流れ込んでくるメルキゼデク。人格部分と言ってもかなり膨大な量がある。
「端末の容量がパンクするんじゃないかしら……」
ユーリがそう思った時、メルキゼデクの転送が終わる。そして、終わると同時に端末の中でプログラムが立ち上がり、メルキゼデクが端末の小さな画面の中で姿を現す。
『ふう、終わったぞ。少し狭いがまあ、しかたないな。これからよろしく頼むユーリよ』
画面から声を掛けてくるメルキゼデク。
「こちらこそ、よろしくお願いしますメルキおじ様」
こうして、ユーリの端末にメルキゼデクは移り住むことになる。
「ここが私たちの家【スカイハウス】ですメルキおじ様」
そう言ってユーリはユーリ達三人が暮らす家の前に立つ。それ程大きいわけではないが、それでもまだ新しく。それなりの支援者がいるのだろう。決して裕福ではないだろうが、何とか施設の維持自体は出来ているようだ。
「とにかく中に入ろうぜユーリ、俺腹減っちまったよ」
そう言ってカミュが家の中に入って行く。それに続いてヒロキも入り、ユーリも続いていく。
『ここがお前の家かユーリ、ここにお前の家族がいるのか?』
「そうね、家族全員が暮らしているかな。まあ、もうスカイハウスを出た兄や姉達もいるけどね」
ユーリがそう話していると誰かが声を掛けてくる。
「あらあんた達、帰ったのかい?」
「ああ、ただいまカミラ母さん」
ニコリと微笑んで返すカミラ。スカイハウスの代表でみんなからはお母さんと呼ばれているカミラ・クワイエットだ。
「子供たちを呼んできてくれるかい? もう晩御飯だから」
「解った。メルキおじ様、ちょっとここに置いてくね」
そう言うとユーリは端末を置いて、どこかに行ってしまう。取り残されたメルキゼデクは端末のカメラから見える範囲を見ている。すると、先ほどユーリに声を掛けていたカミラが端末の前を通り過ぎる。
『カミラさんとやら』
突然声を掛けられて驚くカミラ。きょろきょろと辺りを見回すが、何処にも人影がない事に疑問に思いながら端末の前に立っている。
『カミラさんとやら、私はあなたの目の前におるよ。ユーリの端末の中だ。ほら、こっちこっち』
そう言われてようやく下に顔を向け、ユーリの端末を見つける。
「あら、こんな所に。声を掛けて来たのはあんたかい?」
『そうだ、私だよ。おっと、自己紹介がまだだったな。私はメルキゼデクと言う者だ。暫くユーリの端末の中に世話になる事になった。何かとよろしく頼むカミラさん』
丁寧なあいさつに答えるカミラ。
「これは、ご丁寧にどうもメル……メルデキ? えーとなんだったかね? えーと……面倒だね、メルさんでいいかい?」
『……まあ、なんでもかまわない。好きなように呼んでくれればいい。ところでカミラさん』
「カミラで良いよメルさん」
『解った、カミラ。ユーリはカミラの本当の娘なのか?』
メルキゼデクの言葉にカミラは少し怪訝な顔で答える。
「なんでそんなこと聞くんだい?」
『うん? いや、昔ちょっとユーリに似た女の子を見た事があってな。それで、ちょっと気になっただけだ』
「ここ【スカイハウス】にいる子達はみんなあたしの大事な子供さ。もっとも、血は繋がってないがね。でも、そんな事は関係ない。血のつながり以上にあたし達はしっかりと繋がっているんだからね」
カミラはメルキゼデクに自分の考えをしっかりと話す。
『そうか……すまなかった変な事を聞いて。忘れてくれ』
メルキゼデクがそう言うとカミラは微笑む。
「ところでメルさん。あんた、ずっとその中にいるのかい?」
カミラの言葉にメルキゼデクは考える。確かに、この中にずっといる事も可能だろうが、メルキゼデクの目的はこの端末に居続ける事ではなかった。そこでメルキゼデクはカミラに話し出す。
『カミラさん。実はな……』
メルキゼデクが話そうとした時、ユーリ達が他の子供達を連れて部屋の中に入って来る。
「お母さん、ご飯まだ? もうお腹ペコペコだよ!」
そう言って、スカイハウスにいる子供達全員がそれぞれに自分の席に座り騒ぎ出す。
「はいはい、今用意するよ。ユーリ、ちょっと手伝ってくれるかい? ヒロキとカミュも」
カミラはそう言うとユーリを連れてキッチンの中に入って行く。ヒロキとカミュは残った子供達を席に着かせて、それぞれに食事の用意をさせていく。この中での最年長がカミュ達三人なのだろう。後は全員どう見ても十代の前半かそれ以下だろう。十代になるとある程度自分で出来る事はやっているようだが、それ以下の子供たちはまだ席に着いても隣同士でふざけ合っている。それをカミュとヒロキは叱り飛ばしながら何とか落ち着かせる。
そうこうしているうちに、ユーリとカミラが食事を運んでくる。それを、全員に分け、全員で一斉に食事をする。騒がしくも有るが、確かにカミラの言った通り、ここにいる者は全員家族として繋がっているのだろう。そう言う暖かい食事風景に見えた。
その食事を見てメルキゼデクは少しほっとした様にその景色を眺めていた。
「そうそう、今日からここに来たお客さんがいるよ」
ユーリはそう言うと、メルキゼデクの入った端末を持ち上げる。端末の中に映し出されたホログラム。それを皆は眺める。一瞬それが何なのか解らなかった子供達だが、少し理解できるようになるとすぐに騒ぎ始める。
「オッチャン誰?」
「なんでユーリねーちゃんの端末に入ってるの?」
「名前なんて言うの?」
それぞれが思い思いにメルキゼデクに話しかける。いっぺんに話しかけられたメルキゼデクは少し混乱しているようだ。
「はいはい、私が今から紹介するからちょっと落ち着く!」
そう言ってユーリはメルキゼデクの事を紹介する。
「このおじさんはね、メルキゼデクさんって言うの。ちょっと私の端末の中に入ってけどね。まあとにかく、みんな仲良くするようにね」
メルキゼデクはそう言われ、端末の中から全員に向かって話しかける。
『うむ、私がメルキゼデクだ。まあよろしくたのむ。私の事はメルキゼデク様とでも呼んでくれればいい』
メルキゼデクはそう言うと皆からまた質問攻めにされるが、それをカミラが抑える。
「はいはいはいはい! とにかくご飯食べてからにしな!」
手を叩きながらのカミラの一声で、子供たちは静まり返り、一斉に食事を口に運び出す。
そして食事が終わると一斉にユーリの端末に群がり、全員で質問攻めにあうメルキゼデクだった。
全員がメルキゼデクに質問をしてお祭り状態だったが、やがて全員疲れ果て最後の一人をカミュがベッドに寝かせるとようやく落ち着いた。
「ごめんなさいメルキおじ様」
ユーリがメルキゼデクに謝る。
『気にする事は無い。私も久しぶりにこんなに人間と話せて楽しかった』
メルキゼデクはそう言うと少し昔を懐かしむような表情をする。
「おっさん、あんた本当にプログラムなのか? なんか……」
カミュの言葉にメルキゼデクはムッとした表情で答える。
『おっさんではない。メルキゼデク様と呼べ! まあ、私はかなり高度なAIだからな。お前が驚くのも無理はないがな』
それまで黙っていたヒロキがメルキゼデクに話しかける。
「ところで、その高度なAIのメルキゼデクさんはこれからどうするんだ? まさかずっとユーリの端末にいるだけって訳じゃないんだろ?」
ヒロキの言葉にメルキゼデクは少し神妙な顔で考え、そしてその答えに答える。
『そうだな……実際目的は有る。しかし、今はまだ話すのはやめておこう』
「なんだよそれおっさん?」
「さあ、そろそろあんたたちももう寝な。明日も学校だろ? 後一週間で学校も卒業なんだ。休まずに最後の思い出しっかり作ってきな」
カミラにそう言われ三人も自分の部屋に帰っていく。
メルキゼデクが来てからはユーリ達の生活は変わった。子供達は妙にメルキゼデクに懐き、カミュも相変わらずメルキゼデクに対しておっさんと呼んでいたが、それでもかなり心を開いていくようになっていた。ユーリは相変わらずメルキゼデクのプログラムに夢中のようだ。ヒロキだけは最初からそれ程変わる事も無かったが、それでもほんの少しの時間しか一緒にいなかったのに、今までもずっとそこにいたかのように振る舞うメルキゼデク。
そしていよいよ卒業も明日という夜。メルキゼデクとカミュが二人きりになる時間が有った。
『のうカミュ』
「うん? どうしたんだおっさん?」
『ユーリやヒロキみたいにお前はやりたい事が無いのか?』
初めて煙突でメルキゼデクと出会った時にヒロキとユーリから言われた言葉だ。
「なんだよ、おっさんまで俺の心配してるのか?」
『うむ。何か迷っているのか?』
メルキゼデクの言葉にカミュは黙り込む。
『何かやりたいことがあるんじゃないのか?』
カミュは、メルキゼデクの言葉に少し考えてから話始める。
「おっさん……」
『なんじゃ?』
「おっさんにこんな事言っても、どうにもならないんだろうけど」
『いいから話してみろ。それだけでも気が楽になるかもしれんぞ』
カミュは意を決した様にメルキゼデクに話始める。
「実は、俺もっといろんな所を見て回りたいんだ。そう、世界中を旅してまわりたい! もちろん今のご時世それが無理なのは解ってる。でも……でもやっぱり俺は外の世界を見て見たい。この街以外の場所を見て周りたいんだ」
カミュは眼を輝かせながらそう言い切ると、また暗い眼をする。
「まあ、無理だよな……」
『のう、カミュ。お前……』
その時、メルキゼデクとカミュのいる部屋に子供達とユーリやヒロキ達も入って来る。どこか沈んでいるカミュの姿を見たユーリが声を掛ける。
「どうしたの、なんかあったの?」
「いや、なんでもねーよ。大丈夫、大丈夫!」
少し明るめに振る舞うカミュ。
「そう? ならいいんだけど……」
「さて、そろそろ寝るかな! じゃあ、俺先に寝るから。お休み! お前らも早く寝ろよ」
カミュはそう言って部屋を足早に出て行く。
「何かあったのメルおじ様?」
『うん? いや、気にする事はない』
メルキゼデクもユーリにそう言って、話を終わらせる。それから暫くメルキゼデクは子供達にまた質問攻めが、カミラがいい加減に寝ろと怒鳴りつけるまで続いた。
学校の卒業式の後、スカイハウスでも恒例の行事が行われていた。そう、一八歳になり学校を卒業した者はスカイハウスを出る事になる。そして、ユーリ、ヒロキ、カミュの三人も卒業の次の日にはスカイハウスを出る事になる。そのための卒業パーティーが開かれるのだ。その飾りつけを子供達が一生懸命にしている。
卒業式が終わった後、三人はいつもの通り煙突に向かう。メルキゼデクと会ってから初めて煙突に登ろうとするが、いつもよりは警備が厳しくなっているように思える。
「ねえ、なんか……いつもより警備ロボットが多くない?」
ユーリの言葉にヒロキも頷く。
「ああ、いつものゆるさが無いな。いったいどうしたんだ?」
「まあいいよ、とにかく行こうぜ。こっちにはメルキゼデクもいるんだし。いざとなれば警備ロボットはおっさんが止められるだろ?」
『なんだ? お前達知らなかったのか?』
「何がだよ、おっさん?」
カミュの言葉に答えるメルキゼデク。
『ちょうどお前達が煙突に登った時、原因不明の揺れが有っただろ?』
「ああ、そう言えばそんなことあったな」
「それがどうかしたのメルキおじ様?」
『うむ、不安を煽ってはいかんから秘密にされておるが、実はあれはテロの疑いが強くてな。まだはっきりとしたことは解らんが、それに備えて警備ロボットを増やしておる』
メルキゼデクの言葉に三人は驚く。テロを行って誰が得をするというのだろう? 三人の中でその疑問が浮かんだ。現状ではまだ煙突が無ければ地球環境は元に戻るだろう。それなのに、また地球を人の住めない星にしようというのだろうか? 三人にはそのテロの理由がまったく解らなかった。
「そうか、じゃあ煙突に登るの今日はやめた方がいいかな」
カミュの言葉にメルキゼデクが答える。
『なに、私がいるんだ。展望台に行くくらいは問題ない。安全につけるようにしてやるから行くぞ』
そう言って三人を作業用のエレベーターに導く。メルキゼデクが操作しているのだろう。ロボットは三人の姿を見ても何も反応せずに、過ぎていく。それ以前にほとんどロボットの姿を見る事も無かった。
エレベーターでいつも通り三人は展望台に登りそこから見える景色を眺める三人。思い思いの時間を過ごす。少し強い風が展望台を吹きぬける。
『カミュ』
突然メルキゼデクに呼ばれるカミュ。
「なんだよおっさん」
『お前、前に言っていただろう。世界を旅してまわりたいと』
メルキゼデクの言葉にユーリとヒロキは驚く。
「そうなのかカミュ?」
ヒロキの言葉にカミュは遠慮がちに頷く。
「なんで私達にも教えてくれなかったのカミュ」
「いや、なんかさお前ら二人はしっかりと目標持って前に進んでいるのに、俺だけこんなんだからさ……なんか言い難いじゃん」
少し照れたような表情で頭を掻くカミュ。
「そんな事ないよカミュ。いい夢よ。ねぇヒロキ?」
ヒロキに同意を求めるユーリ。
「そうだな、まあ実際できるかどうかは別としても、俺もカミュみたいな事は考えた事は有るよ」
二人の言葉に励まされるカミュ。
「そ、そうか?」
そこで三人の話にメルキゼデクが入り込んでくる。
『そこでじゃカミュ。お前本当に旅に出てみる気は無いか?』
突然のメルキゼデクの提案にカミュは驚く。
「――できるのか? いや、まさかそんな訳ないよな。まったく、何言ってんだよ、おっさん。あんまり変な事言ってるとデータ消去しちまうぞ? そんな事が出来れば……」
メルキゼデクはカミュの言葉を途中で遮る。
『まあ、最後まで聞けカミュ。実はな、私の目的もお前と同じだ。この世界を旅してまわる事なんだよ。ただ、私には煙突の制御下を離れられん。であることを思えば、こうして他の端末に人格部分を入れる事くらいしかできん』
「それで、ユーリの端末に入り込んだんだな?」
『ああ、そうだヒロキ。お前らの様な者が来てくれるのを待っておった。それでだカミュ、お前を煙突の外地派遣要員と言う事にして煙突公社で雇い入れる。その立場があれば、世界中どこでも自由にいく事が出来る。それこそ、海の向こうのエイジアにでもいく事が出来るぞ。どうだカミュ。なって行ってみる気は無いか?』
メルキゼデクの言葉に考えるカミュ。そして、覚悟を決めたように口を開く。
「解った。よろしくお願いしますメルキゼデクさん」
『ふふふ、素直でよろしい。あ、後さんではなく様と呼ぶように。公社の職員になったからにはお前は私の部下なんだからな? いいか、解ったな?』
そう言うメルキゼデクに、カミュはキレてユーリの端末を叩きつけようと持ち上げる。
「てめー、おっさん!」
「ちょ、ちょっとカミュやめてよ! 端末が壊れちゃうじゃない!」
『そうだぞカミュ、この端末が壊れたら今の話は無しだぞ、良いのか?』
「う、ぐぐぐ……」
そっと端末を降ろすカミュ。そこでヒロキが話しかけてくる。
「本当に仕方ねーな。お前ら二人だとすぐにユーリの端末を壊しちまいそうだな。俺もついて行ってやるよ。メルキゼデク、俺も公社の人間に登録よろしくな」
そう言うヒロキに続いてユーリも話に入って来る。
「まあ、この端末は私の物なわけだし、私が行かないわけにはいかないわよね? と言う事でメルキおじ様、私の分もちょこちょこっと書き直しお願いしますね?」
ユーリとヒロキの言葉にカミュは少し眼を潤ませる。
「お、お前ら……」
『なんだ? お前らまで行くのか? 本当に物好きだのう……まあ良い。では準備が整ったら出発するからな』
少し呆れたような顔をメルキゼデクはする。そして、三人の旅は始まる。