一章 ~希望の光~
二〇六二年この年はとあるジオフロントである動きが活発になりつつあった。それはまだ一つのジオフロントだけでの動きでしかなかったが、それでも大きな一歩になるであろう事が一人の人物から発言されたのだ。
その発言者は、そのジオフロントの代表者であるジェイ・ウェインという男だ。
「我々は、一〇年以内にこの狭苦しい地下からはい出て、また地上での生活を謳歌できるようになるだろう! しかし、それを達成するには皆の協力が必要だ! どうか、私に力を貸してほしい! 地球を再生させる為に皆の力をどうか私に貸して欲しい!」
壇上で熱弁をふるうウェイン。彼の演説を聞いていた民衆は彼を支持し、盛大な拍手で彼を讃えた。
ウェインはこの状況では人類はいずれ行き詰まり、その種を滅亡させてしまうだけだという事を理解していた。
それに、彼にはこの現状を脱するためのプランが有った。壮大な計画だ。荒唐無稽と言われるかもしれない。しかし、それでも彼はやらなければならなかった。
なぜなら、彼が代表を務めるジオフロントは恐らく地球で最も規模が大きいと思われる所だ。それに伴って、人口も多く、また、もともとあった地下空間を早くから開発していたため、十分に温暖化に対する準備が整っていた。そのため、ここの住人達には生活に余裕があった。食料もなんとか自給でき、エネルギーにも余裕がある。しかし、それでも後二〇年はもたないだろう。だがここは他のジオフロントよりは恵まれているのだ。
それゆえに、ここで何とかしなければ、もう他のジオフロントでは何もすることが出来ず、ただ滅亡を待つだけだろう。実際、途切れ途切れに聞こえる無線から他のジオフロントの状況はかなり追い詰められていた。そう、まだ余裕のあるうちに誰かが、どこかが動き出さなくてはならないのだ。だから彼は動いたのだ。そう、自分がやらなければ誰にもできない。そう言う使命感がウェインを動かしていた。そして、その彼の言葉に心を動かされた者も多数いた。
しかし、ここ北アメリカ大陸のNORADジオフロントだけではウェインの計画を実行するためには、まだ人も資材も不足していた。そのため、ウェインの計画を実行するためにも、もっと多くの人と資材が必要だった。だがウェインは迷わなかった。彼は、近隣のジオフロントを地下で繋ぐ事で、人材、資材の融通を行えるように計画した。もともと、ジオフロントどうしは有機的に繋がる事でその生存率を高くできるように設計されている事から、ある程度は各ジオフロントを繋ぐトンネルは掘られており、それ自体は直ぐに開通する事が出来た。北アメリカ大陸に有るジオフロントはそれなりに規模も大きく、それどうしが繋がる事で、かなり大規模なコミュニティーが出来上がる。
そして、人材と資源の確保が何とか軌道に乗り始めた時ようやくウェインは計画の第一段階を実行に移す。
何段階にも分かれた計画のうち、まずウェインが一番初めに手を付けた物。それは膨大な電力供給を行う為の発電所の建設だった。それは、これ以降、ウェインの計画で確実に増え続けるだろう電力に対して、必要不可欠な物であった。
当時何とか実現されようとしていた核融合炉をジオフロント内に作り上げる。ジオフロントと言う閉鎖空間では火力発電所などは作る事は出来い。原子炉でも何かあった時にはジオフロント内の人は全滅するだろう。そうなると、放射性廃棄物もほとんど出ない核融合炉以外に考えられるものは無かったのだ。それに、核融合に使われる燃料も水素などを使用でき、比較的簡単に手に入れる事が出来た。
「春日。君に核融合炉の建設を一任したい。お願いできるか?」
この時、ウェインは志を同じにする何人かの腹心と言える人物がいた。その一人が、春日 清正と呼ばれる人物で、彼は大規模なジオフロントを持たなかった日本からの難民としてアメリカに受け入れられていた。
日本は自国でジオフロントの建造が出来るほどの地下空間が少なく、自国民を総て自国内のジオフロントで受け入れることが出来なかった。しかし、それを補うために各国にジオフロント建造するための技術、人材を派遣し、それによって自国民の受入を要求したのだ。しかし、それでも日本の国民総てを受け入れられるほど、各国は余裕が有る訳ではなかった。その当時、日本の人口は一億人を下回っていたが、それでも、各国はその受け入れを最小限に留めた。
しかし、日本人はその技術力を生かしてジオフロントを作り上げた事で、その殆どの国で迫害される事なく受け入れられていた。
そのうちの一人が春日だ。建築の技術者であり、プラント設計、更には材料工学の専門家でもあった春日清正だった。彼自身、まだ若かったが、ジオフロントの建造でもかなり尽力し。日本が作ったジオフロントは彼の設計思想の下で作られた物が多かったし、海外でも春日の設計思想が取り入れられた物も多い。ここ、NORADのジオフロントも春日の設計の一つだ。
そんな春日にウェインが核融合炉の建造を頼んだ事は自然な流れと思われた。
「解りました。人類の為に私の持てる総てを持って当らせてもらいます」
春日の答えにウェインは右手を差出す。それを力強く握り返す春日。こうして、地球再生計画の第一歩は動き出す事になる。
しかし、これはあくまでも第一歩に過ぎない。ウェインはまだまだやらなければならないことが山の様にあり、それを一人でこなす事はとてもではないが不可能であった。
ウェインの計画はまだ始まったばかりで、これから彼の計画はますます加速させていかなければならない。そう、でなければ人類滅亡までのタイムリミットは刻一刻と迫ってきているのだから。
ウェインの地球再生計画は幾つかの段階に分かれている。第一段階として、春日が手掛けている核融合炉がある。これは、春日が何とか建設を軌道に乗せつつあった。このペースでいけば、当初の予定一年を待たずに、運転が可能になるだろう。
しかし、それを待って次の計画を実行に移す訳にはいかなかった。そう、次は計画の中枢をなす軌道エレベーター制作の為の手段を作り出さなければならなかった。そう、軌道エレベーターの完成を持って、地球再生計画の第一段階の終了となる。しかし、軌道エレベーターを作る為の手段。そう、ロケットの打ち上げの為のロケットの開発、そして、地球側の軌道エレベーターの宇宙側のポート。さらには基礎になる地球側のアースポートの建設を急がなくてはならなかった。
しかし、アースポートの建設には人間の手を使って建設する事は不可能に近かった。
なぜなら、もう地球表面の気温はすでに百度を超えており、人間が防護服無しで外に出れば、一瞬で眼球は蒸発、体中に大火傷を負い五分と持たずに死んでしまうだろう。そういう過酷な環境で人間を作業にあたらせることは容易には出来なかった。
そこで、ウェインは機械工学の権威と言われた男、サロメ・タイラントに協力を仰いだ。タイラントも若くして機械工学、航空力学等、その分野では世界トップクラスの天才と言われていた人物で、ウェインはタイラントに軌道エレベーターの制作に関して相談を持ちかけた。
「タイラント、軌道エレベーターの建設について、君の考えを教えてくれないか?」
タイラントは少し考えて口を開く。
「これはご存じの事と思われますが……まず、軌道エレベーター建造のための起点が必要です。そこを中心に軌道エレベーターを建造して行かなければなりません。そのためには少なくとも人間が十人は安定して滞在できる宇宙ステーションが必要です。更に、アースポートの建設。この基本設計は春日さんにお願いしすればいいでしょう。しかし、それを実行に移すための手段ですが……」
そう、ウェインが一番聞きたかった事はそこであった。タイラントに人間が過酷な状況で建設作業をできる様な作業服、強化服の様な物を作成して欲しかったのだ。しかしタイラントの答えはウェインの予想を裏切る答えだった。
「今の地表の状況を考えるとアースポートの建造には人間の手では行えません。ですから人間に変わる汎用ロボットを建設に当て、軌道エレベーターの建造に当てます」
その言葉にウェインは驚く。
「汎用ロボット? しかし、そんな物を作る為にはかなり大規模な工場の建設が必要ではないのか? 現実的に難しいように思えるが……それに、ロボットを作り出すのにどれだけの時間が掛かる? 技術的な問題は無いのか? 基礎を作り出す為だけでも膨大な時間が掛かるのではないか?」
矢継ぎ早に質問するウェインの言葉に、タイラントは何度か頷き、ウェインの言葉が終わったタイミングでタイラントは答える。
「確かに、現状から考えれば工場の建設は難しいかもしれません。しかし、それなくして軌道エレベーターの建設は不可能でしょう。しかし、それさえできてしまえば、半年以内にアースポートの建設に従事できるだけのロボットの数をそろえて見せます。それに、もう私はすでに汎用アンドロイドのプロトタイプの製造に成功しています。優秀なアンドロイドですよ彼は」
そう言ってタイラントはプロトタイプのアンドロイドの映像を自らの電子端末を使って見せる。その写真にはまるで人間の、黒髪の東洋人の様な顔立ちをした一八歳位の少年の写真が映し出されている。
「ほう……確かに立派な物だな。しかし、これほど精巧に作られた物を作るにはかなり時間も費用も掛かるだろう? そうなに時間はかけていられる時が今は無い」
「もちろん、これと同じ物を作ればかなりの時間が必要でしょう。しかし、ここまでの物を作り上げる必要はありません。あくまでも建設用の簡易に大量生産できるロボットの製造です。機能もそれ程立派なものはいりません。プログラムも直ぐにでも作り出す事が出来るでしょう」
タイラントの言葉にウェインは少し考える。確かにロボットを使えばかなり作業のペースは上がるだろう。その工場を作る時間を差し引いても、十分に間に合うように思えた。
「ウェイン閣下。今は迷っている時間は有りません。とにかく、大規模な工場を作り上げれば、一日に五十体以上のロボットを作り上げて見せます。それとも、かなり減った人間をアースポート建造の為に更にその数を減らしますか?」
自信満々に答えるタイラント。タイラントの言う通りそれが確実な手だろう。それにこれ以上人口を減らす訳にはいかない。これ以上人口が減ってしまえば、地球再生後に文明を支えるだけの人間がいなくなってしまう可能性があるからだ。
「また春日の負担が増えてしまうな……」
ウェインはぽつりと呟くが、タイラントの表情を見て覚悟を決める。
「解った、私から春日にこの件は伝えておこう。細かい打ち合わせは直接春日としてくれ」
ウェインの言葉に頷いて返すタイラント。
「起動エレベータの件はタイラント、君に任せても良いな? 早速で悪いがすぐにでも基本計画の作成にあたってくれ。我々人類にはもうあまり時間が無い」
ウェインの言葉にタイラントは持ってきた資料をウェインに手渡す。
「もうすでにできております。後は承認を頂ければ直ぐにでも実行可能です」
資料には軌道エレベーター作成計画書と書かれており、その内容に眼を通したウェインはその計画の実現性の高さに目を見張り、直ぐに承認する。
「解った、これで進めてくれ。必要な人材、物資は直ぐにでも送るように手配する」
「ありがとうございます。地球の為に尽力いたします。では、早速準備に取り掛からせていただきます」
タイラントは礼を言うと直ぐに立ち上がり、ウェインの部屋を後にする。
タイラントを見送ったウェインは直ぐに春日に連絡を入れる。そして、連絡を入れてから数分後ウェインの部屋をノックする音が春日の来訪を告げる。
「春日です」
扉越しに声をかける春日。
「ああ、入ってくれ」
直ぐにウェインは春日を部屋に迎え入れる。
「何かご用でしょうか?」
「忙しいところすまないな。核融合炉建設の方はどうだ?」
ウェインの質問に春日は答える。
「はい、すでに一号炉の建造を始めました。続いて二号炉三号炉の建設予定地の開拓に入っています」
「そうか、順調のようだな。その調子で頑張ってくれ」
春日を労うウェイン。そして、本題を切り出す。
「所で、君にお願いしたいことがあるのだが……」
少し表情を曇らせる春日。
「なんでしょう?」
「サロメ・タイラントと言う人物を知っているかね?」
ウェインの言葉に少し考え、思い出したかのように答える春日。
「確か……私の記憶が確かなら機械工学の天才と呼ばれた科学者ですね。それがどうかしましたか?」
「ああ、そのタイラントなんだが、軌道エレベーター建造の事で相談にのってもらったんだが、すでにその計画書を作っていてな。それがこれなんだが見てくれんか?」
そう言って春日に計画書を手渡す。それに眼を通す春日。そして、少し考え込む。
「見事な計画ですね……この計画で行けばすぐにでも一本目の軌道エレベーターが完成するでしょうね。そうすれば『煙突』の建造も順調に進むでしょう。特に、ISS(国際宇宙ステーション)を利用しての軌道エレベーター建造などは実現性が高いように思われます。更にこれはタイラント博士だから実現可能なのでしょうが……ロボットによるアースポートの建設。これが実現できればこれ以上人口の減少に歯止めが掛かるでしょうね」
春日の答えに頷くウェイン。
「そうか。君の眼で見てもそう思うかね。そこで相談なんだが……」
「アースポートの基本設計の立案と、ロボット工場の建設ですね?」
春日の答えにウェインは少し驚きながらも頷く。
「ああ、その通りだ。核融合炉建設で忙しいとは思うが何とかお願いできないだろうか?」
ウェインの言葉を聞いて考え込む春日。これ以上は彼の負担を重くすることは目に見えている。しかし、これを実現させるためには彼以外には不可能であろう。それが解っているウェインは春日に頭を下げる。その姿を見て春日は答える。
「解りました。尽力いたします。しかし、さすがに私一人では何ともなりません。それに物資も現状では到底足りません。何とかその辺りの手配をお願いします」
春日の答えはもっともで、これ以上は春日の能力を遥かに超えて来るだろう。それが解っている以上ウェインは春日の言葉に頷き、人材と資源の優先的な配布を約束する。
「話は終わりですか?」
春日の言葉に頷くウェイン。
「ああ、忙しいところすまなかった。作業に戻ってくれ」
春日は軽く頭を下げウェインの部屋を足早に出て行く。
ウェインからの依頼があったアースポートの基本設計とロボット工場の建設の図面は話があった一週間後には出来上がっていた。それと時を同じにして、軌道エレベーター制作の為のロケットの制作も取りすすめられていた。早ければ一か月後には最初のロケットがISSに向かって打ち上げられることになる。
タイラントの計画は第一段階としてISSの修復作業だ。そして、修復作業が終わり次第低軌道上にあるISSを静止軌道まで押し上げる第二段階が行われる。ISSを利用する事で一から宇宙ステーションを建設する手間が省け、物資の削減が出来た。ISS自体はもう二〇年以上前に放棄されていたが、修理して使えるほどであろうと想定されていた。そして、最初のロケットは打ち上げられた。低軌道上にあるISSが見え始めた時、ロケットの乗員達はISSの姿に驚かされた。
そう、ISSは当初想定していたよりもかなり老朽化が進んでいたのだ。外観を見た限りでは、太陽光パネルの五割は損傷しており、その他のモジュールもかなり穴が開いているようだ。これでは気密が守られている区画はほとんど存在しないのではないだろう。乗員達はそう思いながらだんだんと近づいて来るISSを眺めていた。そして、ISSとの距離を縮め、ドッキング作業を行う。そして、ドッキングが完了し気密の確認を行うが、やはり想像通り気密は守られておらず、まずはそれの修理から行わなくてはならなかった。しかし、唯一それ程の損傷が無く、電力を送れば稼働出来そうなモジュール【きぼう】が有った。乗員達にはまさしくそのモジュールは希望に見えただろう。きぼうをISS修復の拠点にしながら、ISSの修復は遅れながらも順調に行われていた。
当初予想していた被害よりも酷い物であったが、それでも地上でのサポート、そして何よりISSで働く五人のBS達は懸命に働いた。当初予想していたよりも六割ほど多い物資の輸送も順調に行われ、ようやくISSは無事にまたその姿を元の姿に戻ったのだ。そして、第二段階が行われようとしていたが、ここで問題が発生した。
そう、軌道エレベーターの素材として開発されていたCNTが、当初の想定より強度が出ないのだ。それによって、本来ある程度物資を積んでから行われる予定にしていた、第二段階のISSの静止軌道への投入は延期される事になった。その事で春日とタイラントはウェインに呼び出される事になる。
「CNTの強度不足とはどういう事だ? CNTであれば、軌道エレベーターの強度は十分に持つはずじゃなかったのか?」
ウェインの言葉にタイラントは答える。
「はい、確かにちゃんとした物が製造できればCNTは十分に軌道エレベーターの建設に役に立ったでしょう。しかし、現状では綺麗に結晶が出来ず、想定していた強度が出ていません。このままでは、自重に耐えることが出来ずに途中で切れてしまいます」
ウェインはタイラントの言葉に考え込んでしまうが、考えた所で答えは出そうにない。二人が考え込んでいる横で春日が徐に話始める。
「もうすぐ、一号核融合炉の稼働実験が終わります。それが終わればすぐにでも運転できるでしょう。二号炉、三号炉も来月には運転可能です」
突然の春日の話に、ウェインとタイラントが少し困惑しながら答える。
「おおそうか……それは良かった」
「それが終われば、一号炉をダイヤモンドナノフィラメント(DNF)の製造に当らせてはどうでしょうか?」
ウェインは要領を得ない感じであったが、タイラントは直ぐに理解したようだ。
「確かにDNFなら十分な強度が出るだろうし、核融合炉を改造して使えばCNTを作るより簡単に作れるかもしれないな……」
DNFはベンゼンをかなりの高圧に掛ける事で生成する事が出来る。そのため、高温高圧に耐えられる設計になっている核融合炉を使用すれば、DNFは製造可能なのではないか? 春日はそう考えたのだろう。そのためには少し改造を行わらなければならなかったが、それでも最初から作るよりは十分に早くできる、春日の頭の中ではそう計算されていた。
ウェインが二人の答えを聞き、決断する。
「解った、電力供給が少し遅れるが、まずは軌道エレベーターの製造を優先しよう。春日、改造にどれくらいの時間が掛かる?」
春日は即座に答える。
「一週間あれば何とか……」
「解った、春日は直ぐに改造に取り掛かってくれ。タイラントは、DNF製造の準備にかかってくれ」
二人はそう言われるとすぐに準備にかかる。
春日の言葉通り、一週間後には核融合炉をDNF製造に使える設備に改造を終わらせ、タイラントは春日と共同でDNFの製造に取り掛かる。十分な圧力を得たベンゼンは見事にDNFへと姿を変え、それをどんどんと作り続ける。そして、一カ月遅れでようやく軌道エレベーターの一本目のロープがISSに運ばれる事になる。これを持って軌道エレベーター建設は第二段階に入る事になった。
そして、予定より一カ月遅れでISSは静止軌道に入ると地球側と、その反対側にも、DNFのワイヤーを伸ばしていく事になった。
しかし、そこでもまだ問題は残っていた。地球上のアースポートの建設が遅れているのだ。ロボット工場自体はまずは簡易的な設備で稼働しており、ロボットの生産自体は始まっていた。しかし、本格的にロボットを量産するには大規模な設備が必要だが、まだその建設が完了していないのだ。それゆえに、アースポート建設に回せるロボットの数も少なく、現状では五十体がアースポート建造に従事出来ているだけで、到底その数では足りるはずもなかった。
そして、大災害以降、地球の地表の気温は上がり続け、その温度はロボットの耐熱処理の想定を上回っている事もあり、稼働限界が直ぐに来てしまう。耐熱処理の性能を上げる処置を行ってはいるが、それによってまたロボットの生産量が下がっている状態だ。
そう言う状態でアースポートの建設は進められている。ISSからの一本目のワイヤーを固定する第一アンカーの建設がようやく一カ月遅れで完成すると、ISSから中途半端な状態でぶら下がっていたDNFのワイヤーが降ろされ、それが固定される。
本来なら、水上にアースポートが作られるのが最も良いとされていたが、一〇〇度を超える気温で、水は地底湖以外には存在せず、ワイヤーを弛ませる事で、引っ張りに耐えられるようになっている。軌道エレベーターの建設で約半年、それまでの準備期間もいれれば、計画が動き出してから一年ほどの時間が掛かっている。世が平時なら異例の速さであろうが、人類存亡の危機の今では、半年と言う時間はギリギリ人類の生存を見込めるかどうかと言う瀬戸際の所であった。
しかし、とにかく軌道エレベーターの一本は完成した。これにより軌道エレベーターの建設速度は上がって行くだろう。最終的には二十本の軌道エレベーター、更に煙突のカウンターウェイト代わりに設置を行う、宇宙港としても機能する『リングポート』の建設を煙突と同時に行わなければ、最終的な煙突としては完成しないからだ。それを考えれば、時間はいくらあっても足りなかった。とにかく、今は総ての計画を急がなくてはならなかった。人類にはもうあまり時間は残されていのだから。
その頃からウェインは計画を前にも増して強引にでも推し進めて行くようになっていた。そして、それは最初、ウェインの計画を歓迎していたジオフロントの人達も、その強引なやり方に一部の市民が反発をするようになっていた。最初はそれに対して話し合いの場を設け解決していたウェインであったが、その話し合いに参加した市民団体は、ただただ身勝手な要求を突き付けるだけで、人類全体の事ではなく、自分たちの快楽のみを考えただけの要求だった。そんな要求を一度飲んでしまえば、それはどんどんと膨張していき、そして恐らく最後には地球再生計画は頓挫してしまうだろう。だから、ウェインはその要求の一切をはねのけ続けたが、そうする事で、いつしかウェインは独裁者と呼ばれるようになっていた。
だが、ウェインはそう呼ばれても何も気にすることなく、地球再生計画を推し進めるだけであった。しかし、ついにウェインにも無視できない事件が起きてしまったのだ。そう、それが後に【血の一週間】と呼ばれる事件で、その時に流れた血の量は大災害以降、最大の物となり。それだけを見れば、ウェインは完全な独裁者に見られただろう。
しかし、その当時はそう思われていただろうが、それは確実に未来に人類の種を残すという意味では必要な行為だったのだろう。ゆえにウェインはその自らの手を血で汚す事に何のためらいもなかった。
血の一週間と呼ばれる事件は突如としてロボット工場から発生した。それは、労働者が起こしたストライキが切っ掛けだった。それは、あまりにもきつい労働条件の為、労働者が団結した結果だ。
ウェインは最初、三日間の猶予を持って話し合いの場を設けた。しかし、それを労働者側は拒否し、要求の完全受け入れのみを持って、ストライキの解除にしか応じないと要求して、要求の承諾以外の一切の対話をしようとしなかった。
確かに、ウェインの課したノルマはかなり過酷な物であった。しかし、労働者全員にはかなり優遇した扱いをしていた。食料の優先配給、月に二回の休暇。現状考えうる最大の事をウェインとしては行っていた。確かに、大災害前の労働条件に比べれば過酷だろう。一日十二時間以上の労働、それもロボット制作と言う、かなり神経をすり減らす精密な作業だ。それを毎日続ければ、疲労もストレスも溜まって来るだろう。しかし、今は非常事態で、大災害前の様な生易しい環境ではないのだ。一日でも作業を止めてしまえば、それは人類が生き残る可能性がその分だけ減ってしまうという事だ。それを、ウェインは理解していた。だが、労働者を失っては、地球再生計画自体が成り立たなくなってしまう。ゆえに、ウェインは三日間の猶予での話し合いを労働者側に求めた。
しかし、労働者側は完全にそれを拒否し続け、ウェインが定めた三日間目が訪れた。そして、ウェインはついに強硬手段に出たのだ。
最初は、スタングレネードや、催涙ガス、ゴム弾での制圧を試みたが、ロボット製造工場で作られたロボットが、その暴動に使用されだしてから形勢は逆転しだした。それに対抗する為、ウェインは武装警察の出動を命令。それにより、最初の人命が失われたのは暴動から二日後の事だった。最初に労働者の死亡者が発生してから直ぐに逆上した労働者はロボットに武装を施し武装警察に反撃を加える。そして、武装警察にも殉職者が発生するといよいよ手の付けられないような状態に陥って行く。このままではジオフロント内の人口が激減してしまうと思ったウェインは、何とかこの暴動を縮小させようと奔走したが、ウェインの行動も虚しく、一部のジオフロントのみで発生した暴動は、連絡通路で繋がっている全ジオフロントに飛び火し、それを抑えるための武装警察と労働者の間で約五万人もの被害者が発生し、事態発生から一週間後暴動は労働者側の殆どが怪我や死亡と言う形で幕を閉じるも、暴動の首班と思われるグループは逃走し、確保する事は出来ず、後の不安として残る何とも後味の悪い結果となった。
暴動後、ウェインはロボット工場の再建を命じ、其の一週間後には各地のロボット工場の再建が完了。それからまた労働者を働かせることをしたが、その頃からロボット自体を製造のメインに置き、一か月後にはロボット工場に人間の姿は見えなくなった。それによりアースポートの建設は遅れたが、それでもこれ以上暴動を起こされて人口を減らす訳にはいかなかったのだ。
人間の労働者は食料生産や、人間でないと管理できないような物にのみの作業となり、地球再生計画のメインの事業のその殆どはロボットが行うようになっていく。
軌道エレベーターの一本目が完成してから半年、血の一週間が終結して三か月後には、順調に製造が行われたロボットを使ってアースポート建設は急ピッチで進められ、ようやくアースポートは完成した。その頃には順次降ろされてきていたDNFのワイヤーを固定しており、今では、軌道エレベーターは五本が開通しており、当初使っていたISSではその能力が不足してきているため、新たな基地の資材を運んでいる。当初ISSにいた五人はそのままISSに残り、軌道エレベーターのリングポートの建設にあたっているが、もう五人で出来る範囲を超えているため、軌道エレベーターから資材と人員とロボットをどんどんと宇宙に運んでいる。
そんな完成したアースポートの視察にウェインが赴くことになる。その頃にはようやく順調に作業が進み始めていたため、アースポートの竣工記念式典が開かれる事になっていたからだ。
もちろん、この物資が全体的に不足している事態なので、華美な式典ではない。どちらかと言うと建設に従事した者達への慰労を兼ねた式典で有った為、血の一週間以後、ウェインの独裁者としての不名誉な評価を払拭する為に彼の部下達が企画した物だった。
そして、地表に出る為の防護服を着込み、地上車に乗り込み、建設地である旧メキシコの南部に位置するアースポートに向かっているウェインに悲劇が襲う。
式典に向かうウェインはNORADジオフロント出発から三日目、アメリカとメキシコの国境付近。近くにはジオフロントも無く、救助が来るまでにはかなりの時間を要するような場所で、ウェインの乗る車が突如爆発を起こす。そして、その後すぐに襲撃者たちがウェインの一行を襲う。
それにすぐに反応したウェインの護衛についていた武装警察が応戦。激しい銃撃戦の後、襲撃者達は撤退、若しくは死亡し、わずかに生き残った捕虜を拘束するにとどまった。そして、ウェインは車両の爆発に飲み込まれ、その生死は絶望されていたが、防護服は部分的には破損している物の、何とか生きており、同行していた医師により直ぐに治療が行われ何とか一命は取り留めた。
もちろん、式典は中止されウェインはNORADジオフロントに戻ることになり、その途中NORADからの援軍を受け入れ、かなりの厳重な警備体制が敷かれ、無事に帰還する。
帰還後すぐに捕虜の尋問が行われ、かなり過酷な尋問をされ、背後関係が明らかになると、やはり以前の暴動時に逃走中であった労働者達の生き残りと言う事が解った。
これを期にウェインにテロリスト達の拘束を求める武装警察の幹部達だが、それをウェインは拒んだ。確かにこのまま放置していればウェインの命の危険のみならず、ようやくまともに稼働しだした軌道エレベーター、更には核融合炉や、ロボット工場まで狙われる可能性があった。しかし、テロリストとの戦いは無益に人的資源を浪費する。その泥沼にはまる事を恐れたウェインは、各施設の警備の強化を行う事と、捜索は牽制として行い情報のみを収集するだけにとどめた。
そして、ウェイン襲撃から一年後、地球再生計画開始から六年の月日が流れた頃軌道エレベーターが予定通り二〇本完成し、いよいよ地球再生計画の根幹をなす『煙突』とその付随設備の製造を着手し始めたのだ。そして、それとほぼ同時にウェインに一つの連絡が入る。それは、ウェインの息子夫婦に第一子になる女の子が生まれたという報告だった。
ウェイン自身、仕事にかまけ家族には全く会う事が出来ていなかった。家族がいる事自体も忘れるほどであったが、それでもウェインの中で何かこみ上げる物が有ったのだろう。少しの間人払いをされ、ウェインは自分の執務室にこもっていた。そして、ウェインが自室にこもって一時間後、ウェインは自室から出たと思うと、秘書に次の予定は何か? そう聞き、その予定の場所に移動する。その道すがら、秘書に、伝言を頼む。
「すまないが、息子夫婦に一言申し付けてくれないか?」
ウェインは秘書に一言だけ言葉を掛ける。
「ユーリ、孫の名前はユーリと名付けてくれ、と」
それ以降ウェインは黙ってしまい、予定の場所に着く。そして、秘書は直ぐにウェインの息子にその事を連絡し、ウェインの血を引く孫ユーリは家族の祝福の下に誕生した。しかし、ウェイン自身ユーリには会いに行く事はせず、ただひたすら政務をこなしていく毎日であった。
煙突製造が始まって一年。煙突の製造は何とか計画通りに進めることが出来ていた。カウンターウェイト代わりに作られているリングポートから、ぶら下げられるような形で煙突は建設されて行く煙突。このリングポートの建設を並行して行わなくてはならない。どちらかの建設が進みすぎたり遅れてしまうとそのバランスが取れずどちらも破壊してしまいかねないからだ。それゆえに建設は慎重を要した。
今の所全体の計画の一〇パーセントと言ったところだが、リングポートは後少しで基礎部分になるチューブが地球を一周する事になる。それが出来れば建設は遥かに楽になるだろう。
しかし、煙突の製造が遅れている。その理由はロボットが過酷な条件下で本来想定していた稼働時間を遥かに下回っていたからだ。これは以前から対策は練られているが、なかなかそれが功を奏さずに現状まで続いている。しかし、その現状を数でごまかし何とか建設は続いているが、そのロボットを作る資材がだんだんと不足してきているのが現状だ。
その資材の確保と、だんだんと増えてきている人口をジオフロント内で抱えきれずにいた状況を鑑みてウェインはジオフロントの拡張工事を行っている。
しかし、ジオフロントの拡張工事に当てるロボットに余裕は無く、現状では人間を拡張工事に当てる事しかできていなかった。
そして、それは危険な作業であり、少なからず人的被害も出ていた。しかし、それでもウェインは計画を進める事しかできなかった。人口はいずれまた、だんだんと増えていくだろう。しかし、それは地球が再生してこそ初めて人類は繁栄してくるのであって、今はまだ煙突の製造を進めなければならない。そのためには幾人の血が流れてもこの事業を成功させなくてはならなかった。そして、この再生計画を完成させるためにはウェインは自分の命さえも投げ出す覚悟だった。またそうでなければ今まで死んでいった者達にも、申し訳なくも思っていたのだ。
それ位ウェインはこの再生計画を絶対に成功させせるつもりでいたし、その覚悟も有った。しかし、その意識さえも挫かせるような事件が発生した。その事件はあらかじめ武装警察の情報局よりもたらされており、その対策も万全に練られていた。その計画はウェインの殺害計画であった。もちろん、そんな事は一度や二度ではない。以前に式典に参加しようとメキシコに出かけて以来、ウェインは常にその命を危険にさらしていた。それ以来、何度も事前にその計画を阻止で来ていたが、今度はそれを阻止する事が出来なかった。計画がウェインの下に知らされてから二日後、やはり予定通りウェインは襲撃された。しかし、あらかじめそれに対する警備をされていた事もあり、ウェイン自身は無傷でいることが出来た。しかし、ウェインを襲った物とは別のテロリスト達がウェインの家族を狙ったのだ。ウェインに警備を集中していたため、ウェインの家族は手薄になっていた。そして、ウェインの家族を誘拐する予定にしていたのだろう。しかし、ウェインの唯一残った家族である息子夫婦は抵抗し、逆上したテロリストに殺害されてしまう。
何とか武装警察が応援に駆け付けたが、その時にはすでに遅く息子夫婦は事切れており、腕の中ではまだ幼いユーリがただただ泣き叫ぶだけであった。
何とかユーリだけは救出することが出来、後に今回のウェインの家族襲撃の実行犯は後に全員逮捕する事が出来たが、テロ組織の壊滅はかなわなかった。
襲撃事件から暫く、ウェインは何も手に付かなくなる。家族はいないような物と思い込んでいたが、それでもやはり大災害後も生き残った家族である。その死はウェインを打ちのめした。ウェインは一週間もの間誰も部屋に入れる事をせず、生き残った幼いユーリと共に自室に閉じこもった。その間、部屋の中からは何かをするような物音も聞こえたが、それでも誰もウェインの部屋を開ける事は出来なかった。
そして、一週間後ウェインはようやく部屋から出て来たかと思うと、その髪は真白に染まり、顔は憔悴しきていた。そして、腕に抱かれたユーリを秘書に預ける。
「どこか施設に預けてくれないか? 私が面倒を見てやることはかなわない。私の孫だと知れるとまた狙われるかもしれない、だから素性を隠してどこかの施設で面倒を見てもらってくれ」
ウェインはそう言うと振り向く事もせずに執務室に向かって行く。秘書は、仕方なく言われた通りに施設を探して、そこにユーリを預ける事になる。素性はそこの責任者カミラ・クワイエットだけに明かし、できるだけの支援をする事を約束してそこを後にした。
家族襲撃から一年。ウェインはその間黙々と仕事をこなした。ユーリに会いに行く事もせず、ただ黙々と目の前にある問題を一つずつ解決していき、時には新しいビジョンを示し続けた。しかし、前から比べれば自室にこもる時間が多くなってきた。周りはやはり、家族が死んでしまった事はショックが大きかったのだろうと思っていた。しかし、それでも仕事のペースは落とす事も無く、以前にも増して早くなっているようにさえ見られた。
そして、ようやく地球再生計画の一部である空気分離設備が稼働を始める。しかし、まだ煙突の進行度は七〇パーセントと言ったところで、まだ煙突を利用する事も出来ないままだったが、ウェインが最初に示した十年と言う時間には何とか間に合いそうであった。
煙突自体はまだ完成していないが、リングポートはもうすでに使用可能な所もあり、そこでは地球再生計画の第二段階の計画が始まりつつあった。
それは太陽系資源調査船が作り上げられていたのだ。それによって、各惑星へ資源探査に出かけその調査結果をもって、今度は資源採掘船団を送り出す計画になっている。まずは月を目指す事になるが、もうすでに月にはアポロ以降初めての月調査船が到達しており、資源分布を先行して調べている。すると、そこには予想通り大量のヘリウム3が眠っており、将来的なエネルギー不足はこれで解決できると予想された。
更に、月の開発は進められる予定だ。最悪、地球の再生が間に合わず、人類が死滅してしまった場合の為に、月には人類と言う種を保存するためのコロニーになってもらわなくてはならないからだ。しかし、現状では月の開発に手を付ける事は出来ていなかった。それ程もう人類には人的にも、資源にも余裕が残っていなかった。人口は増えてきてはいたが、しかしそれを養っていくだけの食料生産が追い付いていない。これ以上人口が増えてはジオフロント内ではとてもではないが無理であった。そこで、ウェインは種の保存と月開発の両方を兼ねる意味で、月移民を行う事になる。とは言っても、資源は限られている。その為に、ほとんど着の身着のままの人間を月に送り、自分たちで開発させる。それまでのロードマップとある程度の資源は送るが、めどが立てばそれは打ち切られる事になるだろう。
その月面基地の基本設計を春日が、タイラントが生命維持や循環システムを設計する事になる。この頃にはウェインだけでなく、春日やタイラントもかなり疲れた表情をしており、体力的にも、精神的にももう完全に参っており、タイラントと春日は少しの事で対立を繰り返す様になってきていた。それをウェインが何とか取り持って計画を進めていたが、そのウェイン自身、過労と思われる症状で何度か倒れていた。
それ程三人は寝る暇もないほどの激務に追われていたのだ。もちろん、彼らをサポートするための人材はいる。しかし、彼らの代わりになれるような人材は何処にもおらず、やはり負担は最終的にはこの三人に来る事になってしまうのだ。
地球再生計画開始から九年、ようやく煙突の運転が可能なほど完成した。そして、稼働実験を行う事になるが、空気分離設備や、核融合炉、更にはその他諸々の各設備が連動し、初めて煙突は稼働でき、その力を発揮する事が出来る。
しかし、それらすべてを統括するには、現状のコンピューターではとてもではないが制御出来る物ではなかった。それぞれをばらばらに制御すればそれぞれの設備は完全に起動する事が出来た。しかし、それを有機的に連動させるためにはやはり現状では不可能なほど制御が難しかったのだ。
それをうまく連動させるには新しいコンピューターの開発を行わなければならなかった。そして、そのコンピューターは人工知能と言ってもおかしくない程の柔軟な思考、量子コンピューターほどの並列処理能力、それ程の物が必要だった。
開発に取り掛かっていたが、恐らく間に合わないだろう。春日やタイラントそれに煙突に係った総ての人達は悲観し、絶望のどん底に落とされた。
中には自暴自棄になる者まで現れ出すほどだ。そして、それを止めようとする者ももうほとんどいなくなってしまい、人類はこのままその種としての寿命を終わらせてしまうのか? そう思われた時、さらに悲報がウェインの秘書からもたらされた。その秘書の言葉に春日やタイラントはその報告に耳を疑った。
「今……何と言った?」
ようやく口を開いたのは春日だった。
「ウェイン閣下の変死体が煙突の管制室内で見つかりました……」
「警備は何をやっていた! なぜウェインを一人にしたのだ!」
タイラントは秘書に向かって叫び、罵る。
「申し訳ありません……私のミスです……取り返しのつかない事をしてしまいました……」
「タイラント、とにかく管制室に行こう。まだ、望みがあるかもしれない!」
春日の言葉にタイラントも黙って頷き、三人は急いで管制室に向かう。辿り着いた管制室にはもう明らかに手遅れと思われるウェインの亡骸、生きたまま頭の中身を取り出されたかのような、惨殺された亡骸が横たわっていた。
その亡骸を見て、春日とタイラント、秘書の三人は言葉を失う。
「いったい誰がこんな事を……」
春日は一言そう呟いて、無意識のうちにウェインの亡骸に手を合わせている。もう、どう見てもこれは助けようがなかったからだ。
ウェインの亡骸に手を合わせている春日の横で、タイラントは管制室の中を見渡す。そして、タイラントは管制室の赤く点滅するコンソールの前に立つ。そこでモニターを見てタイラントは驚きのあまり言葉を無くす。そして、そこに掛かれている文字に眼を通して、その内容をそっと自分の記録用のチップに保存し、その内容を削除する。
タイラントは徐に煙突の起動キーを打ち込み、煙突を起動させる。
「おい、春日!」
悲しみに暮れる春日にタイラントは声を掛ける。春日は虚ろな目でタイラントの方を見るが、春日にはもはや生きる事の意味を見失いそうになっていた。
「煙突が、煙突が起動するぞ!」
さすがの春日もその言葉には驚き、我が耳を疑った。
「何?」
「いいからこっちに来てみろ!」
「まさか……しかし、どうやって……?」
「ウェインが完成させたんだよ! それ以外に考えられん。とにかく、これで人類は救われる!」
「そんな……ウェインは完成させていたのか……?」
「ああそうだ! とにかく、ウェインは完成させた! どうやって作ったのか、それは解らない。しかし、煙突は起動したんだ!」
春日はその事実を受け入れた。いや、実際にその眼で見て煙突が起動している事が解るからだ。もう、これは疑いようのない事実だった。しかし、春日には疑問も残っていた。なぜこんなに早くコンピューターが完成したのか? ウェインはそれを何故隠していたのか? 春日の謎は深まる。その答えを求めて管制のコンソール画面に眼を向けるが、そこには何も答えは見つからなかった。
「とにかく、ウェインの亡骸をこのままにする訳にはいかない。それに、ウェインを殺害した犯人も捜さなければいけないだろう。直ぐに武装警察に連絡を入れてくれ」
春日は秘書にそう言うと、秘書は直ぐに動きだす。
数日後、ウェインの葬儀が国葬として執り行われ、それと同時に煙突が完成し起動している事も発表された。ジオフロントの人達は皆悲しみと喜びが混ざり合った感情で有ったが、それでもウェインの死に対して三日間の喪に服した。
そして、更に数日後。タイラントの指示の下ウェイン殺害の犯人と思われる男が捕まった。その男は血の一週間以降逃げ続けていたテロリストだった。そして、その日のうちにその男はまともな裁判も開かれずに処刑される。
それはまるで何かを恐れるかのような感じで行われた。確かに、今までの事を考えれば疑いの余地もないだろう。しかし、いくらなんでも急ぎ過ぎる、春日はタイラントに訴えるがタイラントはそれを一蹴して終わる。
もう、ウェインが死んでからは殆どタイラントと春日は完全に相反する存在となっていた。もう二人の間の溝は埋まる事も無いほど深くなっていたのだ。
そして、煙突稼働から一年。更に増設された空気分離機はフル稼働し、地表面は何とかマスクをすれば外で人類が活動できる程になって来ていた。その段階でウェインが描いた計画の第三段階が実施される事になる。そう、それは軌道エレベーターを使用しての宇宙開発であった。まずは、惑星探査船の情報を元に木星、土星に船団を送り込む計画だ。これによって、地球で不足している物資を補わなくてはならなかったからである。
壇上でタイラントが声を高らかに宣言するが、その横に春日の姿は無かった。春日は、タイラントのやり方に納得がいかず、故郷である日本に帰る。まだ、日本は環境が整っているとは言い難い。しかし、大災害以降、生き残ったジオフロントは小規模ながらまだある。春日は日本のジオフロントを目指す事になる。
そして、タイラントと春日、二人は別々の道を歩み始める事になる。