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MOIRA  作者: 流民
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 Epilogue

 二本目の煙突が稼働しだして二〇年の月日が流れた。ユーリの煙突が稼働しだして五年後、ようやく地球環境は安定し、そして、それを見届けるかのようにメルキゼデクはその運転を停止させた。ウェインの脳はもうすでに限界に達しており、何とかそこまで稼働は続けたが、ある日突然電池でも切れたかのようにその運転を突然停止させた。

 それ以降はメルキゼデクの人格部分は何とか残ってはいたが、煙突を稼働させるだけの処理能力は全くなくなっており、暫くはユーリが二本の煙突を運転しているような状態が続いた。しかし、それから二年後。量子コンピューターが開発され、それを使用して煙突の制御を行うことが出来るようになると、ユーリは自分の身体だけである二本目の煙突の制御のみを行うようになった。本来であれば、こちらの制御も量子コンピューターを使えば十分にその制御は可能であったが、それでもユーリは自身の分身でもある二本目の煙突の制御だけは自らが行う事を固持した。

 そして、煙突稼働から一〇年が経過したころには地球環境を大災害以前に戻すような運動が活性化していき、ユーリは自らその運動に積極的に参加していった。

 そして、煙突稼働から一八年が経過した時には地球環境は大災害以前とほとんど遜色がないほど回復しており、もうその頃には煙突の存在理由は殆どなくなってきてしまっており、ユーリの煙突も製造から一九年後にはその機能の一部を残して停止する事になる。

 そして煙突建造から二〇年が経った今日、ユーリの塔。その時にはギリシャ神話の運命の三女神の一人にたとえられ【クロトの塔】と呼ばれるようになっていたが、そこでとある式典が開催されようとしていた。

 大勢の関係者や、観客が見守る中一人の男が壇上に立つ。すると、客席からは大きな歓声と共に惜しみない拍手が送られる。そして、壇上の男は集まった観客と来賓に一度礼をして男は話始める。

「みなさん。この度世界政府樹立に伴い、初代大統領を拝命いたしました氷上将人と申します」

 氷上が会場に集まった全員に向けて挨拶を行うと、その全員からまた惜しみない拍手が送られる。いつまでも鳴りやまない拍手を氷上は手で少し制して演説を続ける。

「今日はその就任のご挨拶の為に、この場に立っている訳ではありません。今日はそれよりももっと重大な発表があり、僭越ではありますが私がこの場に立っています」

 氷上は一旦言葉を止め、全員の顔を見渡すように会場を見渡す。そして、観客も次の言葉を期待を込めた目で待つ。

「そう、今日は我々人類にとって新たなる一歩を踏み出す時なのです」

 氷上の言葉に集まった観客全員が立ち上がり、拍手は口笛を吹いてその言葉に興奮し、次の氷上の言葉を待ち焦がれる。鳴りやまない拍手の中、氷上はその拍手に負けない程の声で更に言葉を続けると、それを聞くために全員はまた静まり返る。

「我々人類は弛まぬ努力と、情熱を持って様々な歴史を作り上げてきました。アポロ11号の月面着陸然り、ボイジャー計画然り、そして煙突計画、さらに本日をもって樹立した世界政府もそうです。しかし、本日は世界政府の樹立だけではありません! 人類は今日を持って太陽系だけの存在ではなくなります! そう、人類は新たに宇宙に、それも太陽系の外、果てない宇宙の旅に出るのです!」

 氷上のその発言の後、今までよりもさらに大きな歓声と拍手に会場は包まれる。

「では、太陽系外探査及び移民船団の二人の司令官をご紹介いたします。カミュ・サカザキ司令官とヒロキ・ヨコハタ司令官です! 皆様、大きな拍手を持ってお迎えください!」

 式典用の真白な司令官服に身を包み、二人は氷上がいる壇上に歩み寄る。明らかにその顔は緊張で強張っている。その時小声で氷上が二人に話しかける。

「リラックスしろ二人とも。お前らいつもはもっと荒くれ者のジュピトリスの人間を部下に従えてるんだろ? それに比べればここにいる人たちは優しいもんだぞ?」

 氷上はそう言って二人に笑顔を向ける。そして壇上に立った二人に氷上は握手をして、下がって行く。そして、最初にヒロキが話始める。

「初めましてみなさん。太陽系外探査及び移民船団の第一船団の司令官職に就任いたしました、先ほど氷上大統領よりご紹介の有りましたヒロキ・ヨコハタと申します。本日はこのような記念すべき日にこのような立場で出席させていただけたことは感謝の念に堪えません。これもひとえに、ご尽力くださった皆様のおかげであります。この場でお礼申し上げます」

 ヒロキは形式通りの挨拶をこなし、頭を下げる。それと同時に、また拍手が起こる。

「では、もう一人の司令官職に就任したカミュ・サカザキをご紹介します」

 ヒロキの言葉でまだ緊張で顔が強張っているカミュがヒロキに背中を押されて前に出る。その時ヒロキもカミュに小声で話しかける。

「ほらカミュ、しっかりしろ。ユーリに笑われるぞ?」

「わ、わかってる!」

 カミュは壇上に立ち、言葉を紡ぐ。

「は、初めましてみなさん。先ほどご紹介に預かりました、太陽系外探査及び移民船団の第二船団の司令官職に就任いたしました、カ、カミュ・サカザキと申します。よ、よろしくお願いします」

 完全にガチガチになっているカミュを見てヒロキも氷上も苦笑している。それでも、カミュは話を続ける。

「私は、幼い頃夢を持っていました」

 カミュの言葉を全員が静かに聞き耳を立てる。

「私は色々な所に旅をして回りたい、そういう夢がありました。もちろん、その頃にはそんな事は夢のまた夢と言うような話でした。しかし、それでも私には世界を旅する幸運に恵まれました。もちろん、それは良い事ばかりではありませんでした。それでも、私はまだその時の夢を見続けています。そして、私は今、未だ人類が旅した事が無い遥かなる宇宙の彼方に向かって旅をします。自慢がしたいわけではありません。私はたまたま運が良かっただけです。そして、その運を招くのは少しの勇気と、そしてそれを共に支えてくれる大切な友達でした。本当に、様々な人達との出会いが私に勇気をくれ、時には励ましてくれました。本当に、本当に感謝しています。ありがとう。そして、また今日ここにお集まりいただいた方々、そして、私達の為にご尽力いただいた方々。本当にありがとうございました!」

 カミュはそう言うと深々と頭を下げた。そして、頭を上げたその時会場を割れんばかりの拍手が響き渡る。そして、その拍手を受け、カミュとヒロキは握手を交わす。

 その後、式典は滞りなく終了し。それから各種のパーティーやマスコミの取材に出演し、一か月後ようやく出発の時が訪れた。

 クロトの塔の前に立つ二人。今は軌道エレベーターとしての機能がほとんどで、地球の人々と宇宙を繋ぐ懸け橋としての機能がメインになっている。

「カミュ、いよいよだな」

「ああ、ようやくこの時が来たな」

 二人はクロトの塔を見上げる。

「じゃあ、行こうか」

「ああ、そうだな」

 ヒロキとカミュはそこで握手を交わす。もうすでに移民船団の他のクルーは乗り込んでおり、準備を整えている。後は二人の到着を待つばかりだ。

『ほら、二人とも! 何やってるの? もうエレベーター出すわよ! 急いで急いで』

 ユーリの声が端末から聞こえる。

「はいはい、解ってるよユーリ。ちょっと待てよ! まったく、お前は昔から変わらないな、ほんとに」

 カミュの言葉にヒロキも苦笑して頷く。そして二人は軌道エレベーターに乗り込む。そして、二人が乗り込んですぐ、軌道エレベーターは動きだし、二人を宇宙に運んで行く。

 数時間後リングポートに到着した二人はそこでまた握手を交わす。

「元気でなカミュ」

「ああ、ヒロキも元気でな」

 二人は笑顔で挨拶をかわし、別々の通路を歩き出す。それから少しして、二人の司令官は船に乗り込み、最終確認を終え、第一船団が隊列を組んで発進していく。

 その姿を見送るカミュ。

「じゃあなヒロキ」

 そう誰にも聞こえない程小声で呟くカミュ。

「司令官、おい、カミュ!」

 その言葉に気が付き、声のする方を見るカミュ。

「準備できたぞ?」

「サンダースさん。この場ではもう少し司令官っぽく扱ってくださいよ……」

 艦橋にいる全員からクスクスと笑い声が聞こえる。

「そうか? すまん。では、改めて。カミュ司令官、総ての艦、発進準備整っています」

「わかった。進路は木星軌道、木星軌道にてスイングバイを行い、第三宇宙速度に加速し、太陽系を離脱する!」

『なかなか様になってるわねカミュ』

 ユーリが話しかけてくる。

「おいおい、ユーリも……頼むからもう少し俺の事司令官っぽく扱ってくれよ士気にかかわるから……」

『私は良いのよ!』

「まったく……」

 少しため息を吐くカミュ。しかし、気を取り直して改めて命令するカミュ。

「太陽帆を広げろ! 進路を全艦木星軌道に全艦発進!」

 そしてカミュとヒロキ、そしてユーリはまだ見ぬ宇宙の旅への一歩を踏み出す。


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