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MOIRA  作者: 流民
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十二章 ~決断~

 ジュピトリス側のリングポートに着いた往還機、すぐさまユーリはオペ室に運ばれ手術が行われる。

 オペ室の前にはカミュとヒロキ、フェリスとメルキゼデクが椅子に座ったままユーリの手術が終わるのを待っている。誰もが一様に口を閉ざし、手術室の点灯するランプを見つめている。その静寂を破る様にフェリスが静かにメルキゼデクに話しかける。

「メルキゼデク……いや、ウェインと呼んだ方がいいかい?」

『どちらでも構わんよ……』

「じゃあ、メルキゼデクと呼ばせてもらうよ。それで、メルキゼデク」

『なんだ?』

「あの時タイラントが言っていた事は本当なのかい?」

 フェリスの言葉にメルキゼデクは黙り込む。

「どうなんだいメルキゼデク。ユーリはあんたの孫なんだろう? その孫にあんた自身がユーリの身体に煙突の鍵を埋め込んだ。そうなんだろう?」

 フェリスは強い口調でメルキゼデクを問い詰める。それに答えるようにようやく言葉を返すメルキゼデク。

『ああ、確かに私がユーリの脳に煙筒の起動プログラムの鍵を埋め込んだ……』

 メルキゼデクは重々しく語る。

「いったいどうして? なぜそんな事を……」

 フェリスの言葉にメルキゼデクはゆっくりと語り始める。

『あの時の、息子夫婦が死んだ時の私は精神的にかなり参っていた。いや、もちろん、それを言い訳にするつもりは無い。だがな、そんな時でも私の頭の中にあったのは煙突の事ばかりだった。そして、息子夫婦が殺された事によって、私が死んでしまう可能性という事を考えてしまった……』

 メルキゼデクがゆっくりと語る言葉にその場にいる全員が耳を傾ける。

「つまり、自分が死んでしまった場合のスペアを作っておきたかった、そう言う訳かい?」

 フェリスの言葉を肯定するメルキゼデク。

『ああ、もし私の身に何か有った時、恐らく人類は滅亡する。そうなってしまえば私は死んでも死にきれない。それを防ぐために……ユーリがまだ幼いうちに私はユーリの脳に煙突の鍵をしまい込んだ』

 メルキゼデクの言葉に全員が黙り込む。

『私が許されない行為をしたことは十分に理解している。それを許して欲しいとも思わないし、許される事でもないだろう。しかし、私には全人類を救うという事以外にその時は考えられなかった……』

「でも、なんでそれがユーリだったんだおっさん?」

 カミュが口を開き、それに答えるメルキゼデク。

『恐らく探せば他の誰かでも良かったんだろう。しかし、その時には適合する人物を探す時間が無かった。もうすぐ完成するであろう煙突を目の前にして私は焦ってもいたんだろう。その時は目の前にいるユーリしか私には見えていなかった。そして、ユーリは十分に煙突の鍵として適合した。それが解った時には私は何も考えずにユーリに煙突の鍵を埋め込んでいたよ……』

 メルキゼデクが話し終わったその時、オペ室のランプが消える。そして、直ぐにドクターがオペ室の外に出てくる。

「ドクター、ユーリの容体は?」

 険しい表情を向けるドクター。

「恐らくもうそれ程の時間は生きていられないでしょう。今は寝ていますが、少しすれば眼が覚めるはずです」

 ドクターの言葉を聞いたカミュが立ちあがりドクターに詰め寄る。

「そんな……ユーリが死んじゃうって事かよ先生! 何とかしてくれよ! 頼むよ先生……」

 ドクターの手術着を掴み、その身体力いっぱいを揺らすカミュ。

「すまない……出来るだけの事はやった。もう後少し早ければ何とかなったかもしれんが……」

 悔しそうな表情のドクターの前に力なく崩れ落ちるカミュ。

「もう少ししたら麻酔が切れて眼を覚ますでしょう。会われますか?」

ドクターの言葉にカミュ以外の全員が頷く。

「解りました。眼が覚めたら連絡させるように伝えておきます。キャプテン……力不足でした……」

 そう呟くドクターにフェリスは肩に手をやる。

「いや、よくやってくれたよ。ゆっくり休んでおくれ……」

 フェリスに言葉をかけられ、ドクターはその場を離れる。

「とにかく、ユーリが目覚めるまではみんな少し休もう。ヒロキ、お前には悪いが独房に入ってもらう」

 フェリスの言葉に頷くヒロキ。

「ええ、解っています。私はガルメシア側の人間ですからね」

 冷静に答えるヒロキ。フェリスがどこかに連絡を入れ、少しして二人の警備兵が現れるとヒロキを連れて行く。

「ヒロキ」

 カミュが力なくヒロキに話しかける。その言葉に振り向くヒロキ。

「お前はまだタイラントのロボットなのか? もう昔に戻る事は出来ないのか?」

 カミュの言葉にヒロキは答えずに少し寂しそうに笑った後連れて行かれる。

「くそ!」カミュはそう言うと床を力いっぱい殴りつける。「なんでだよヒロキ……」カミュの言葉は廊下に虚しく消えて行く。

『フェリス』

「なんだい?」

『私はユーリの側に付いていてやる事は出来んだろうか?』

 メルキゼデクの言葉に少し考えるフェリス。

「まあ、いいんじゃないかい? ドクターにはあたいから言っておくよ」

『すまない』

「ユーリが眼を覚ましたら連絡しておくれ」

『解った』


ICUで様々な機器から線で繋げられるユーリ。深く目を閉じ、眠っているその横でメルキゼデクはそのユーリを見守る。そして、薄らと眼を覚ますユーリ。

『気が付いたか?』

 声のする方に顔を向けるユーリ。

「メルキ……おじ様?」

 ユーリの言葉に黙り込むメルキゼデク。

「みんなは?」

 天井を見上げメルキゼデクに問いかけるユーリ。

『ああ、今呼んでやる。待っていろ』

 メルキゼデクがそう言うがそれを止めるユーリ。

「もう少し待って」

 弱々しくそれを止める。

『……解った』

 意識が朦朧としているのだろう、眼は焦点が合っておらず今にも眠りついてしまいそうに見えるほど弱々しい。

「私、死んじゃうのかな……」ぽつりと呟くユーリ。

『なに、大丈夫だ。医者も言ってた、直ぐに良くなる』

「ふふふ、今のAIは嘘がつけるんだね……」

 力なく笑うユーリ。その言葉にメルキゼデクは言葉も出ない。

「ねえ……メルキおじ様……」

『なんだユーリ』

「私、悪い夢を見てたみたい……カミュとヒロキとみんなとばらばらになるの……それでね、ヒロキはガルメシアのロボットで……カミュは人を殺しちゃって……私はね……殺されるの……」

 ポツリポツリと苦しそうに語るユーリ。

「でも、悪夢の中でも良かったことが一つだけあってね……お爺ちゃんがね……生きてた? そう言っていいのかな、まあ生きてたんだね。それが……その悪夢の中で本当に唯一嬉しかった……」

『ユーリ……』

「でも、やっぱりそれも悪夢なのかな……だって、唯一血の繋がった身内に煙突の鍵にされちゃったんだから……」

 眼を閉じて、深く息を吸い込むユーリ。眼からは雫が顔を伝いベットに流れる。吸い込んだ息を大きく吐き出す。

「ねえお爺ちゃん。なんで、私だったの?」

 責める訳でもなく、ただ淡々と話すユーリ。

『すまないユーリ。私はお前を身代わりにしてしまった……本当にすまないユーリ』

「そっか……ねえ、お爺ちゃん」

『なんだユーリ?』

 少し躊躇いながらも、不安げに言葉を紡ぐユーリ。

「私、死ぬんだよね?」

 ユーリの言葉にメルキゼデクは躊躇いながらも答える。

『ああ……』

「そっかぁ……」

 少し眼を閉じて考えるユーリ。そして、何かを決意した様に眼を開ける。

「お爺ちゃん。みんなを呼んでくれる?」

『解った』

 メルキゼデクは直ぐに全員に連絡を入れる。それからすぐにカミュ、フェリスは部屋に駆けつけ、少し遅れて警備兵に連れられたヒロキが到着する。

「ユーリ眼が覚めたのか? 大丈夫だぞユーリ! すぐ治るからな」

「そうだよユーリ、大した傷じゃないってドクターも言ってたんだ、直ぐに良くなるから、おとなしくしてるんだよ!」

 カミュとフェリスは次々にユーリに話しかける。それを聞いてユーリは少し微笑み、答える。

「カミュ……フェリスねーさん。ありがとう……でもね、もうわかってるんだ……。それにお爺ちゃんにも聞いたんだ。私……もう長くないんでしょ?」

 ユーリの言葉にカミュとフェリスはメルキゼデクに非難の眼を向ける。

「そんな事……」

「いいの、カミュ。解ってるから……」

「ユーリ……」

「でもね……私まだ死にたくない……もっと生きたい……生きたいの……」

 絞り出すような声で話すユーリ。その眼は薄らと滲んでいる。

「だからね私決めたんだ」

 ユーリの言葉に全員は固唾を飲む。

「私ね煙突になるよ……」

 


 災害対策に忙しい中、氷上は秘匿回線を使った連絡を受ける。

「ホットライン……ガルメシアからか」

 それで誰からかは大方察しが付く氷上。取りあえず待たせる訳にもいかず、回線を繋げる。

『やあ氷上君お久しぶりだね』

 案の定タイラントからの通信だ。

「ええ、大統領閣下お久しぶりです」

『元気そうで何より。春日はどうしてるかね?』

「災害対策で駆けまわっていますが、今の時間なら執務室にいるはずです。少し確認してきますので、このままお待ちください」

『ああ、頼む』

 氷上は軽く頭を下げ隣の部屋にいる春日の下に向かう。

「首相、ホットラインが入ってます」

 氷上の言葉の意味を直ぐに理解する春日。

「そうか……解った。こちらに転送してくれ」

「解りました」

 そう言うとまた部屋に戻り画面の向こうのタイラントに話しかける。

「今転送いたします」

『ああ、すまないな氷上』

 直ぐに回線は転送され、トップ会談が行われる。

『久しぶりだな春日』

「ああ、そうだなタイラント。元気そうじゃないか?」

『まあまあだな』

「で、世間話をする為に連絡をよこしたわけではあるまい?」

『ああ、そうだ。どうだ? もうそろそろ戦争なんてやってる場合じゃないと思わないか?』

 タイラントの言葉に春日は考え込む。確かに今の気象条件では休戦状態と一緒だし、実際戦争などやっている暇など無いだろう。

「まあそうだろうな。煙突の稼働状態はどうなんだ? どれくらいでこの嵐は収まりそうなんだ?」

『そうだな……煙突は今一二〇パーセント稼働中だ。これ以上ぶっ続けで運転させると稼働限界を超えるだろうな』

「なに!?」

 タイラントの言葉に春日は思わず声を出す。

『それでだ。どうだもうそろそろ終わらせないか?』

 確かに戦争などやっている場合ではないだろう。正直このまま戦争を終わらせたい、春日はそうも思っていた。しかし、個人としてはそれでもいいが、公人としてはそうもいかない。このまま恐らく戦争は継続する事は無理だろう。それに、エイジアの方が圧倒的に勝利を続けていた。それを考えれば、戦勝国として何らかの補償をされなければ休戦状態であっても戦争を終わらせる事は出来ない。

「ふむ……まあ、戦争を終わらせる事はこちらにも異存はない。しかしな……」

『ああ、そうだろうな。お互い自由に生きにくい立場になったもんだな……』

「全くだ」

 二人は苦笑するが、直ぐに顔を元に戻し話始める。

「で、戦争を終わらせるにもいろいろと条件が有るだろう。それをどうする?」

『ああ、もっともだ。こちらには煙突の設計図を渡す用意がある。それと、起動プログラムもだ』

「ちょっと待て、メルキゼデクを解析できたのか!?」

 タイラントの言葉に春日は驚く。エイジア側でも煙突の制作は何度か計画には上がっていた。実際煙突の制作者の一人である春日がいるので、図面が無くてもある程度の所までは作れたかもしれないだろう。しかし、煙突の建設には二つの問題が有った。一つは制宙権の問題で、これは現状であればジュピトリスがいるので問題は無いだろうが、それ以上にもう一つの大きな問題が有った。それが、起動プログラムである。

 これはウェインが残した最大の謎で、プログラム自体の解析がまったくできない様にプロテクトされたいた。その為、全くプログラムの複製が出来ず、第二の煙突の建設は夢物語で終わっていたのだ。

『いや、メルキゼデクの解析は残念ながら出来ていない』

 怪訝な顔をする春日。

『だがな、プログラムを持つ人物を引き渡す用意はある』

「どういう事だ? その人物がプログラムを作ったというのか?」

『そうか……春日は知らなかったな』

「なんの事だ?」

 少し考えた後話始めるタイラント。

『ああ、実はな春日、ウェイン死ぬ前に遺書を残していた』

 タイラントの言葉に春日は驚いた。そんな話は春日は聞いていなかったからである。

「遺書? どういう事だタイラント? ウェインは殺されたんじゃなかったのか?」

『ああ、すまんな。今まで隠していて。ウェインの死はすべて計画された自殺だ。いや、これは哲学的な話になるが、肉体的にはウェインは死んだが、その意思、人格は生きていると言っていいだろう。俺はウェインが死んだあの日、あの部屋のPCに残された遺書を読んだ。そしてそれを俺は隠した。お前に見せない為にもな。まあ、今はそれはいい。その遺書に総ての事が書かれていたよ』

「どういう事だ?」

『まあ、待て』

 タイラントはそこで一旦言葉を切り。少し息を吸い込む。

『ウェインの遺書にはメルキゼデクの事、起動プログラムの事、煙突の事、未来の事……特にウェインは未来の事を憂慮していたよ。そして、それは現実になった。実際には二つ目の煙突を作る事になるなんて思ってもいなかっただろうがな』

 春日は溜め息をついて答える。

「そうだろうな。しかも煙突を作った張本人たちが争って二本目の煙突を作らないといけなくなるなんて、とんだ喜劇だな……」

『全くだ』

「それで、昔話をしている余裕はもうないだろう。煙突のプログラムは何処にある?」

『今はジュピトリスの手に有る。そちらで交渉するか?』

「なんだ、お前が持っている訳じゃないのか。であれば、戦争は終わらんぞ?」

 少し笑いながら言う春日。

『ああ、煙突が出来たらまたやればいい。それまでは休戦せねばどうせ今の状態ではお互いまともに軍を動かす事も出来んだろう? もっとも、煙突を作るのに資材が山ほどいる。建設が終わった時に戦争する余裕なんてもう無くなってるさ』

 タイラントも少し笑って返す。

「わかった。とにかく、ジュピトリスに連絡を取ろう。それで、プログラムを持っている人間と言うのは誰なんだ?」

『ああ、そうだった、言い忘れる所だった。ユーリ・ウェイン。ジェイ・ウェインの孫さ』

「なに? ユーリ・ウェインだと?」

 タイラントの言葉に流石に春日は驚く。確かにプログラムやそっちの方面には強いようではあったが、それでも十八歳の女の子が煙突の制御のプログラムを作れるとは思えない。

「流石にそんな高等なプログラムをウェインの孫とは言えまだ一八歳の女の子が作れるわけが――」

 春日の言葉に途中で入るタイラント。

『いや、これもお前には言ってはいなかったが、実際はプログラムなんて何もないんだ』

 怪訝な顔をする春日。

『実際は煙突はウェインの脳で動いている』

「!? どういう事だ?」

『お前もウェインの死に方を目の当たりにしただろう? その時のウェインの死体はどうなっていた?』

 タイラントにそう言われ春日は思い出したくもないウェインの死体を思い出す。そこで春日は気が付く。

「まさか……ウェインは煙突を動かすのに自分の脳を使ったというのか!? そんな馬鹿な」

『確かに馬鹿げた話さ、でも建設途中でウェインには解っていたんだろうな。煙突はその当時の、いや今の技術を持ってもそれを制御できるだけのコンピューターは作れないだろうと。それでウェインは考えたのさ。人間の脳を使う事をね』

「しかし、それであれば何も自らの脳を使わなくても――」

『それも遺書に書いてあった。ウェインの性格上犯罪者の脳でもこの計画の為に使うのは躊躇われたんだろう。それに煙突の事を一番よく知っているのはウェインだ。その脳でなければ、ここまでうまく事は運ばなかっただろう。それに、これはウェインの贖罪でもあったんだろう』

「贖罪?」

『ああ、そうだ。地球の為とはいえウェインの計画で多くの人間が死んだ。確かに煙突計画を実行しなければ今の俺達は無かっただろう。だがな、それでもウェインはこの計画の所為で死んだ総ての人に対して、自らの命を持ってその罪を償おうと、ウェインはそう考えたんだろう』

 タイラントの言葉を春日は神妙な顔で聞いている。そして、思いつめた様に口を開く。

「しかし、贖罪ならなぜ自らの罪をユーリに押し付ける様な形を取ったんだ? 実際、もう一つの煙突を作ろうと思えばユーリの存在が間違いなく必要になる。しかし、無関係なユーリにその罪を背負わせる必要はなかったんじゃないか?」

『ああ、ウェインも遺書でそれを嘆いていた。あの時、ウェインの息子夫婦が無くなった時のウェインは正常な状態ではなかったんだろう。そして、息子夫婦が死んだことで、自分ももしかしたら暗殺されるかもしれない。その時はウェインはそれを一番案じていたようだ』

「それでユーリに……」 

 春日の言葉の後一呼吸おいてタイラントが話しかける。

『それで、どうするんだ?』

 ようやく話の本題に戻るタイラント。

「ああ、そうだったな。条件に関してはそれでいいだろう。後は実務者同士で話し合わせるにしてもユーリの事は問題だな……」

『それに関してはこちらの方で何とかする。ユーリの命を奪わずに何とかできる方法もあるだろう』

「そうか。解った、だがジュピトリスには私から連絡しておこう。お前からだと何かと話がこじれそうだからな」

『ああ、そうしてくれ』

「そうさせてもらう」

 二人は少しの間画面越しの顔を見続ける。

「なあタイラント」

『なんだ?』

「俺達は何をしていたんだろうな……」

 春日の言葉に少しの間を置いて答えるタイラント。

『ああ……そうだな』

 また二人の間に沈黙の時間が流れる。しかし、その静寂は氷上からの通信で霧散する。

『閣下申し訳ありません、よろしいでしょうか?』

「どうしたんだ氷上君? 今は会談中だぞ」

 それと解っていて連絡をしてくるほどの案件なのは春日にも解っていた。本来なら氷上は場をわきまえるからである。それでも尚このタイミングで連絡を入れてくるのだ、よほどの案件なのだろう。

「それで、どうしたんだ?」

『ユーリ・ウェインが危篤状態です』



「ユーリの生命活動停しました……」

 医者の言葉に頷くフェリス。

「……そうか。わかった、脳の状態を維持してくれ。頼むぞドクター。神をも恐れぬ行為だが、これは故人の……ユーリの意志でもある! 絶対にユーリを死なせるんじゃないよ!」

「解ってますキャプテン! ジュピトリスの名にかけて絶対にこの子を死なせません!」

「頼むドクター」

 フェリスはそう言うとオペ室の医者とユーリを見つめる。そして、ユーリの脳の保存のオペが開始される。

 医者は補助としてついているメルキゼデクの指示に従いながら、ユーリの身体をそのままにユーリの脳を生かす為の処置を行っていく。この処置によって、ユーリは仮想空間だけであるが、永遠に生き続ける事が出来るようになる。

 そして、その代償として二本目の煙突の制御をおこなう。そう、今後煙突が必要なくなったとしても、ユーリは煙突の中で生き続ける事になる。

 長いオペ中フェリス達はオペの状況を見守り続ける。そこに通信が入る。

『キャプテン、エイジアの氷上さんから通信が入っています』

「わかった、ここに繋いでくれ」

 オペ室の見学室で通信を受けるフェリス。画面の向こうで氷上はいつもの無表情な顔でフェリスを見つめる。

『キャプテン。先ほどの連絡は本当ですか?』

「ユーリの事かい?」

 フェリスの言葉に頷く氷上。

「ああ、本当の話さ。今、身体の生命活動は完全に停止したよ……今は脳を生かす処置を行っている所だよ」

 そう言ってフェリスは氷上にオペの状況を見せる。

『助かりそうですか?』

「ああ、うちの最高の医者が執刀して、メルキゼデクがサポートをしている。間違いないだろう」

『そうですか』

「それより、ガルメシアとの交渉は?」

『ええ、それは滞りなく。今は実務者同士で今後の話し合いを続ける事になるでしょうが、それもほとんど形式的な物になるでしょう。調印は三日後には行われるます。それと同時に煙突の制作も発表されます。その際にはフェリスキャプテンもお越しいただくことになると思います』

「式典かい? めんどくさいね……アマルテアじゃ駄目かい?」

『そうはいかないでしょうね。これは国同士の問題ですからね。国の代表が出席しないわけにはいかないでしょう』

 頭を掻きながらめんどくさそうにするフェリス。

「そんな事より、煙突の制作準備は整っているのかい? 必要な物資は? 作成場所は?」

 フェリスの言葉に氷上はデータを送信する。

『今送ったデータに必要なものと、建設予定地の詳細が書かれています。必要な資材の調達をジュピトリスにお願いする事になると思います』

 リストにざっと目を通すフェリス。

「ふん……いつまでにいるんだい?」

『早ければ早いほど』

「そうだろうね……解ったよ。早速、船団を編成するよ。だけど、木星までの往復でどんなに急いでも一カ月。いくらあたい達でもこれ以上は早くならないよ?」

『ええ、解っています。それまでは手持ちの資材で作業を行っていきますよ。それよりも、ジュピトリスには軌道エレベーターの作成を行ってもらわなければなりません。予定地点にすべて同時に軌道エレベータの作成にかかって下さい』

 氷上の言葉にフェリスは驚く。確かに計画書にはそう書かれてはいる。しかし、二〇本にもなる軌道エレベーターの制作を同時に行う事など、とてもではないが無理な話だ。

「氷上、あたい達はスーパーマンじゃないんだよ? 物資の調達に軌道エレベーターの制作。物資の調達だけでも相当な人員を割くんだ。それに加えて二〇本の起動エレベーターを一気に作るだと? そんな事はできる訳がないじゃないか?」

 フェリスの言葉にも氷上はいつもの無表情で答える。

『人員に関しては問題ありません。ガルメシアからロボット兵が提供される手筈になってます。そちらだけじゃなく煙突作成にはその殆どの労働力はロボットにより行われる予定です』

「ガルメシアがね~、どういう風の吹き回しだい?」

 フェリスの言葉に氷上は少し肩を竦める。

『さあ、私はガルメシアの人間ではないので。ただ……』

「ただ?」

『恐らく今回の話、春日首相とタイラント大統領の間でなんらかの合意が有ったのは確かでしょうね』

「あたいをのけ者にしてかい?」

『そう言う事になりますね。まあ、お気を悪くなさりませんように。あの二人は言わば戦友みたいなものです。我々が及びもつかないような深い何かが有るのでしょう』

「どうかね……。まあいい、とにかくあたいらはあたいらの事をやる。この計画失敗は出来ない。お互い自分の仕事をきっちりやろうじゃないか?」

『そうですね。では、ユーリの件何かあればまたご連絡下さい』

「ああ、解ったよ」

『では』氷上はそう言うと通信を切る。少しの間ユーリのオペの状況を見て、フェリスは見学室を後にし、アマルテアのいる指令室に向かう。指令室に入ると直ぐにアマルテアがフェリスに気が付き話しかけてくる。

「キャプテン、ユーリの状態はどうですか?」

 少なからず今のユーリの状態に責任を感じているアマルテアは見た目こそ普通にしているが、やはり気が気では無いようで、開口一番ユーリの状態を聞いて来る。

「ああ、今は脳を生かす手術を行っている所さ。身体は死んでしまったけどね……でも大丈夫。ドクターとメルキゼデクなら必ずユーリを救ってくれる。大丈夫だよアマルテア」

 そう言ってアマルテアの肩に手を置き、指令席に腰掛けると直ぐにカミュとヒロキに通信を入れる。

「カミュかい?」

『どうかしたのフェリスねーさん?』

「すまないがヒロキと一緒にユーリの側にいてやってくれないか?」

 少し考えた後黙って頷き通信を切る。

「ところでアマルテア」

「はい」

「さっきの氷上の通信で今度また地上に降りなくちゃならない。準備を頼む。それと、これは氷上が送ってきた今後煙突作成に必要になる物資のリストだ。これをもとに船団を編成してくれ。一カ月以内に氷上の所に持って行ってくれ。それと煙突作成手順だ。これから忙しくなるよアマルテア。お前にはまだまだ頑張って貰わないとね。頼むよ?」

 アマルテアは少し微笑み「解りました」そう一言返すとさっそく今フェリスからもらったリストを基に船団の編成にかかる。少しの間コンピューターを見つめざっと計算したところでフェリスに話しかける。

「キャプテン」

「なんだい?」

「ともうもない量ですよこれは……」

 少し呆れたように呟くアマルテア。

「そうだろうね……だが、それでもやらなくちゃならない、それが出来なければ地球は滅びる。それ以前にジュピトリスの名折れだよ! 不可能を可能にする、それがジュピトリスだろ?」

 意地の悪い顔でアマルテアに話しかけるフェリス。

「全く、キャプテンはいつも私に無理難題を押し付けてきますね……」

 少しため息を吐くアマルテア。

「おや、今頃気が付いたのかい? もう長い付き合いだってのに」

「いえ、随分前から知っていましたよ。皮肉を言っただけです。お気になさらずに!」

「まったく、昔からあんたは可愛くないね~。まあ、あたいは出来ると思った人間にしかそんな事は言わないよ。で、目算ではどれほどの船団が必要なんだい?」

「ざっとの計算ですが……」

 アマルテアはそう言うとコンピューターの画面を見せる。その画面を覗き込むフェリス。そしてその数に思わず声を上げる。

「い、一万隻!?」

「この数字はあくまでも輸送船の数です。それに工作艦やら補給艦やらを加えるとゆうにこの倍は行くでしょうね」

「二万席……こりゃ無理だ……現有艦船の四倍なんて、どこをどうひっくり返してもそんな数字出せる訳がない」

「さあ、どうしますキャプテン?」

 アマルテアの挑戦的な瞳にフェリスは顎に手を当てて考え込む。

「謝っちゃおうか今のうちに……」

「いいんですかそんな事言って? ジュピトリスに不可能は無いんですよね?」

 意地の悪い笑顔で見つめるアマルテア。

「全く、あんたの性格の悪さは相変わらずだね」

「キャプテンほどでもありませんよ」

 お互い顔を見合わせて口元を緩ませ、思わず声に出して笑いだす二人。少しの間指令室には二人の笑い声が響く。そして、ひとしきり笑った後二人はまた顔を合わせる。

「まあ、無い物ねだりは仕方ない。取りあえず、煙突作成に使う為の艦を残して、それ以外の艦で船団を組んだとしてどれくらいの数が出せる?」

「そうですね……」

 そう言って氷上のよこした計画書を睨みながらコンピューターに計算をさせるアマルテア。

「ざっと一〇〇隻の工作艦が必要ですね。ですが、一〇〇隻の工作艦をこちらで使ってしまうと資源回収に影響が出ます」

 そこでまたフェリスは考え込む。

「あっちを立たせればこっちが立たぬか……難しいねぇ。解ったよ、ちょっと氷上に連絡を繋いでくれるかい?」

「氷上さんに?」

「ああ、こっちにないんだから有る所に借りるしかないだろう?」

 フェリスの言葉を聞いてアマルテアは納得した。

「ああ、なるほど。確かに良い手ですが……」

 アマルテアは言葉を濁す。フェリスの考えは解る。しかし、つい数日前まで戦争をしていた相手だ。そこでうまく連携を取れるとは思えない。それぞれに多大な犠牲を出している。それが遺恨を忘れて手を取り合って協力し合って、などとは直ぐには出来ないであろう。アマルテアはそう考えたのだ。

「アマルテアの考えも解るが、とにかく今は時間が惜しい。直ぐに氷上に連絡を入れてくれ。なに、あたいに良い考えがある」

「解りました」

 アマルテアはそう言うとエイジアの氷上を呼び出す。少したって氷上が画面に出る。

『どうかしましたか?』

「ああ、ちょっとお願いがあってね」

『ふむ……聞けることと聞けないことがありますよ?』

 少し牽制する氷上。それを無視するかのようにフェリスは少し意地が悪い顔で話す。

「なに、あんたくらい優秀なら簡単な事さ」

『それで、何ですか?』

「ガルメシアがロボット兵をよこしてくれるんだろ?」

『ええ、準備ができ次第そちらに向かうはずですが』

「ロボット兵のほかにも借りたい物が有ってね。それを氷上からガルメシア側に伝えてほしいのさ」

『借りたい物? なんですか、それは』

「そう、ガルメシア宇宙軍の工作艦、またはそれに類する艦を一〇〇隻ばかりね。簡単だろう? それも自動制御の出来る物。ガルメシアならあるだろ?」

 フェリスの言葉に氷上は顔を引き攣らせた。さすがに、民間の船なら何とかなるかもしれないが、海上と違って宇宙だ。未だに民間の宇宙船は無い。宇宙船を持っているのはジュピトリスとガルメシア宇宙軍のみで、足りない物を借りようと思うとガルメシアしかない。しかしそれでも宇宙船、特に軍事機密の塊と言える軍船を仮にも先日まで戦っていた相手から借り受けたいというのだ。それも自動制御の軍船をだ。

『船が足りないのは解ります。自動制御の工作艦が欲しい理由も察しは付きます。しかし、今の時期だからと言え、簡単にガルメシアがそれを納得するとは思えません』

「そうなのかい? なんだ、エイジアの首相の懐刀と言われる氷上も大したことないんだね……あたいはあんたなら簡単にできると思ってたんだけどねぇ。がっかりだよ氷上……」

『そんな言葉には乗りませんよキャプテン。まあ、しかし困っているのは本当でしょうね。解りました首相に頼んでみましょう』

「さすがあたいが見込んだ男だねあんたは。まあ、よろしく頼むよ!」

 調子の良い言葉をフェリスは言うが、氷上はそれを受け流す。

『とにかく、最善は尽くしますので、そちらは物資の調達よろしくお願いいたします。用はそれだけですか?』

「ああ、よろしく頼むよ」

『では』氷上はそう言うとそっけなく通信は切れる。

「これでうちの船団は資源調達に総て回す事が出来るね」

 フェリスの言葉にアマルテアは頷く。

「しかし、それで総てが解決したわけじゃありません。そもそも根本的に船の数が足りません。そこはどうしますか?」

「そうだったねぇ……さて、どうした物かねぇ」

 右手を顎に当て考え込むフェリス。少し考えて司令官席を離れ、うろうろと動き回る。そして、ようやく考えが纏ったのか立ち止まり、また司令官席に腰を据え、アマルテアに話しかける。

「アマルテア、自動慣性制御付きのコンテナはいくつある?」

「ちょっと待ってください……」

 アマルテアはデータを取り出し、それを読み上げる」

「五〇トンクラスの物がかなりの数ストックが有りますね。約二千個ほど、それ以下のクラスまで合わせると五千個は有ります。でも、それをどうするんですか?」

 アマルテアの言葉を聞き流し、更に言葉を続けるフェリス。

「確かコンテナは折り畳み式だったね? それを全部船団に乗せたとして、今回の物資総てを運べるくらいの量になるかい?」

「ちょっと待ってください……そうですね。船団すべてに物資を入れるのと、コンテナ総ての収容数を合計すれば何とかなりそうです」

 アマルテアの言葉を聞いて頷くフェリス。

「よし、慣性制御のコンテナを総て持ち出して、それを木星軌道からレールガンで打ち出す。後は地球まで一直線だ。レールガンの方がスピードは遅いだろうが、それでも順次打ち出して行けば予定通り一カ月で物資はそろうだろう。地球軌道に着いた辺りで慣性制御装置を働かせれば後はこちらで回収可能だ。最悪慣性制御装置が壊れたらネットででもなんででも止めればいい。機動は解るんだからね。コンテナを使い切ったら後は船団に荷物を物資を積み込んで帰ってくればいい。それで何とか間に合うだろう? どうだ、やれそうか?」

 コンピューターを使って計算を始めるアマルテア。

「なんとか行けそうです。ただ、レールガンの数が少し足りないかもしれません。五〇トンクラスのコンテナを打ち出す事が出来るレールガンは限られてますから」

「船団のレールガンを改造してでも何とかさせろ。よし、それじゃあ、そのプランで行く。後の段取りは頼むよアマルテア」

「解りました」

 アマルテアの答えを聞き、フェリスは司令官席を立ちあがる。

「アマルテア、後は頼むよ」

 フェリスはそう言うと指令室を出る。そして、またユーリの状況を見に、見学室に向かう。見学室にはカミュとヒロキがオペの状況を見守っていた。

「どうだい?」

 声をかけられたカミュが振り向く。

「ねーさん。今ちょうど手術が終わったところだよ」

「そうかい」そう言うと窓に近寄り、オペ室の中を覗きこむ。手術が終わった後もユーリの見た目にはほとんど変わりは無い。唯一違う状況と言えば、頭にまかれた包帯位だ。ぐったりとしているドクターにフェリスが話しかける。

「ドクター、どうだい?」

「ええ……何とか無事終わらせました。今はメルキゼデクが電脳世界にユーリを迎えに行っている所です」

「そうかい、ご苦労だったねドクター。ゆっくり休んでおくれ」

「ありがとう……ございます……」

 そう言うとドクターはぐったりと倒れ込み、その場に座り込み眠ってしまった。

「誰か、ドクターを部屋まで運んでやりな」

 オペの助手たちにフェリスはそう言うと、助手たちはドクターを抱え、オペ室を後にする。オペ室には眠ったように眼を閉じるユーリが残される。

「本当にただ眠ってるだけみたいだ……」

 カミュがそっと呟く。その言葉にヒロキも頷く。

『キャプテン、よろしいですか?』

 アマルテアからの突然の通信が見学室に入る。

「どうしたんだい?」

『ガルメシアの工作船がジュピトリスの領有宙域外で待機しています。恐らく、氷上さんにお願いしていた物かと。数も一〇〇隻です。あ、工作船から通信です』

「工作艦から通信? おかしいね……無人じゃないのかい」

『そうですね……繋ぎますか?』

「いや、そっちに行く。それまで待たせておいてくれ」

『解りました』

 見学室を出る前にカミュとヒロキに声をかけるフェリス。

「少し出て来るけど、何かあったら連絡しなよ」

「解りました、フェリスねーさん」

 二人はオペ室のユーリに視線を戻す。その後ろ姿を見て、フェリスはまた指令室に戻る。指令室の部屋に入ると直ぐに見たくもない顔が画面に映っている。

『これはこれは、フェリスキャプテン。今日もお美しいですな』

 画面に映るモーゼルを見て、頭に血が上る感覚を覚えるフェリス。しかし、あくまで冷静に答えるフェリス。

「これこれはモーゼル警備局長。相変わらず品の無い顔ですな。出来れば二度と見たくは有りませんでしたが……それで、今日はどのようなご用件で?」

 フェリスの言葉に冷静さを失いそうになるモーゼルだったが、一つフンッと鼻息を出すと少し冷静になり、あくまでも丁重に話始める。

『なに、エイジアからの連絡がありましてな。どこぞの船団が無能だから力を貸してやって欲しいと聞きましてな。それで、我が優秀なガルメシア宇宙軍の優秀な工作船とロボット兵を引き連れてきたわけです。お分かりいただけましたかな?』

 モーゼルの言葉にフェリスは額に青筋を浮かべ、今にも怒鳴りつけたい気持ちを抑えながら何とか冷静さを保ち答える。

「そうですか。それはご苦労な事で。しかし……私どもがお願いしたのは優秀な工作艦と優秀なロボット兵だけで無能な人間はお願いしておりませんでしたが……どこかで話の行き違いがありましたかな?」

 さすがにこの言葉にモーゼルは切れてしまい、言葉を荒げる。

『お前達が無能だからこっちが工作船引き連れて来てやったと言うのに、どういう扱いだ? こっちだって忙しいんだ、とっととリングポートに誘導しろ! それに俺はお前達がこちらの工作艦とロボット兵に何か細工をしないかを監視する為に派遣されてきた。もし俺の入港を拒むならこの話は無しだ!』

 モーゼルの言葉を聞いてフェリスは氷上の顔を思い浮かべ、頭の中で悪態をつく。あいつは先の尖った尻尾を隠し持ってるに違いないと。

「はぁ……アマルテア、リングポートに誘導してやりな」

 致し方なしと言う感じで一つため息を吐いてアマルテアに指示を出す。それを受けてガルメシア宇宙軍の工作船の一隻がリングポートに入港してくる。そして、この時から第二の煙突作成が急ピッチで進められていく事になる。



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