十一章 ~明かされる真実~
基地内に警報が鳴り響いている。カミュが警報に掛かり、基地内総てに警報が出されて数分が立っている。徐々に基地内の動きが慌ただしくなり、ジュピトリスの宙兵隊が侵入している事が発覚しだした。それに伴って、ガルメシア兵も散見されるようになるが、どうも動きに統一性が無い。ジュピトリス侵入しているのは解っているだろうが、宙兵隊を阻止しようという動きがそれほど見えない。それよりも他にもっと守るべきものがあるかのように、宙兵隊の前にはそれ程の抵抗は無かった。
『どうもおかしいな……まあ、こちらとしては楽でいいが。目標まではどれくらいだ?』
隊長の言葉に隊員の一人が答える。
『通路突き当りを左、そこから約五〇メートル先の部屋に軟禁されているようです』
あらかじめエイジアの諜報員からの情報でヒロキの場所は解ってはいた。しかし、実際にそこに今もいるかどうかは解らない。ジュピトリス側の目的が解っていればヒロキは直ぐにでも連れ出されていただろうが、どうもそのような動きは無い。恐らくまだ同じ場所に軟禁されているだろう。
『そこを左です!』
隊員の言葉に、一旦止まり通路を覗き込む。そこにはガルメシア兵がバリケードを設置して守備の体制を作り上げていた。
『ちっ、厄介だな……、しかし時間をかける訳にはいかん。おい、グレネードを投げ込め。その後全員で突撃をかける。いいな? カウントスリーで行く。いいな? スリー、ツー、ワン!』
隊長のカウントが終わると共にグレネードが投げ込まれ、それがバリケードの前で爆発する。それより少し遅れて宙兵隊が発砲しながらガルメシア兵に突撃をかける。グレネードの爆発でガルメシア兵の何人かに負傷者をだし、更にはグレネードの爆音と煙で視界を遮られ、ほとんどまともな防衛をする間もなくバリケードを突破し、その先にあるであろうヒロキの部屋に向かうが、もうすでにヒロキのいたであろう部屋にはヒロキはいなかった。
『おいカミュ』
サンダースがカミュに声をかける。
「なに?」
『ここにヒロキがいたような跡は有るか? ヒロキの私物とかそういう物は有るか?』
サンダースにそう言われカミュは部屋の中を見渡す。
「……特にそれらしいものは無いよ」
『そうか』サンダースが呟くと、隊長にそれを報告する。恐らく、襲撃が始まる前には移動させられていたのかもしれない。であれば、もうここにはいない可能性がある。
『仕方ない。どこに行ったか解らない以上作戦は失敗だ。引き揚げるぞ』
隊長の言葉に全員が部屋を出て、今来た道を戻ろうとした時、カミュは通路の奥に人影を見つけた。
「ヒロキ!」
カミュの言葉と同時に閃光と爆音が通路内に響き渡る。カミュは宙兵隊の一番最後に着いていたため、被害は殆どなく、ヒロキの様な人物がいた方向に走り出す。無線を通して宙兵隊の何人かがガルメシア兵の攻撃で負傷したことは解ったが、それすらも耳に入らない位、カミュはヒロキの下に駆けだす。その中にはカミュを呼ぶサンダースの声も有ったが、その総ての声がカミュには聞こえていなかった。
「ヒロキ! どこにいるんだ?」
先ほどの爆音と閃光でヒロキの姿を見失い、通路を当てもなく走るカミュ。訳も分からず走り続けていると、ガルメシア兵に出来わしてしまい、ガルメシア兵から銃撃を受けるカミュ。パワードスーツに身を包んでいるため、ガルメシア兵が撃って来る弾丸が貫通する事は無い。しかし、初めての戦場で、今までは隊の真ん中で周りには守ってくれる大人がいた、しかし今は誰もいない状況でカミュはパニックに陥る。そして、がむしゃらに手に持っていた銃をガルメシア兵に向けて撃ち放つ。
「わあああああ!」
撃ち放たれた弾丸の殆どは的外れな方向に飛んで行くが、それでも数発はガルメシア兵に当り、そしてその一発が運悪くガルメシア兵の頭を撃ち抜く。完全に倒れ身じろぎ一つしないガルメシア兵になおもカミュは銃弾を撃ち込み続ける。そして、ようやく弾倉が空になり、トリガーを引いてもカチカチという音しかしなくなったところで、カミュは倒れ込んだガルメシア兵の前に歩み寄り、自分が今行った行為を目の当たりにする。
「……嘘だろ……お、俺が……今……俺がやった……のか……?」
銃弾を受け続け、身体の形が変形してしまっているガルメシア兵の身体を見て、思わず胃の中の内容物を総て吐き出してしまいそうになり、パワードスーツのヘルメットの中にその胃液まみれの物を吐き出してしまう。吐き出した物の臭いで更に気持ちが悪くなり、更にヘルメットの中に吐き出す。それを何度か繰り返しているうちに、もう胃の中には何も吐き出す者が無くなり、ヘルメットの中には吐瀉物でいっぱいになりかけていた。その時になってようやく、ヘルメットのバイザーを開け、溜まりきった物を外に吐き出す。
「はぁはぁはぁはぁ……」
荒い息をしながら、まだ目の前の状況を理解することが出来ないでいるカミュ。それでも力なく立ち上がり、汚物で汚れたバイザーを閉め、今撃ち尽くして空になった弾倉を排出して新しい弾倉を銃に詰める。
「ヒロキを……ヒロキを探さないと……」
ふらふらと、まるで酒にでも酔っているような足取りで、壁に手を突きながら歩き出すカミュ。
「ヒロキ……どこだ……」
うわ言の様にヒロキの名前を呼ぶカミュ。眼は虚ろで、今にも倒れそうだが、それでもヒロキを探して通路の奥の方に歩みを進める。
暫く歩き続けると、行き止まりに大きな扉の付いた壁にぶち当たる。その扉に近寄ると、扉はまるでカミュを待っていたかのように音もなく開き、カミュはその部屋の中に足を踏み入れる。
部屋の中にはカミュの探し求めた人物がいた。そして、その人物にカミュは彼の名前を呼ぶ。
「ヒロキ? ヒロキか?」
バイザーを上げ、ヒロキの方に歩み寄る。
「カミュか?」カミュの姿に気が付いたヒロキがカミュに声をかける。そこで今まで気が付かなかったもう一人の人物の声が聞こえる。
「知り合いかヒロキ?」
声のする方に眼をやると男が一人ヒロキの少し離れた場所に立っていた。
「はい。スカイハウスで一緒だったカミュです」
ヒロキの言葉にその男は顎に手をやり少し考える。そして思い出したかのように顎から手を離しカミュに向かって声をかける。
「ああ、君がカミュか。ヒロキから話は聞いているよ。遠いところご苦労だったね。まあ、何もないところだが少しの間くつろいでくれ」
男はそう言うとディスプレイに眼をやる。
「ヒロキ……誰なんだこのおっさんは?」
カミュの言葉にディスプレイに眼をやっていたヒロキが振り向く。
「ん? ああ、このお方はガルメシアの大統領、タイラント閣下だよ。カミュだってテレビで顔ぐらい見た事あるだろう?」
ヒロキの言葉の意味が解らず、もう一度男の背中を見つめる。
「タイラント? ガルメシアの大統領?」
未だに理解することが出来ないカミュ。少し茫然としている所にタイラントが話しかける。
「まあ、もう少し待ちたまえ。もう少ししたら君たちのもう一人の幼馴染もここに来る予定だ。話はそれからにしようじゃないか」
タイラントの言葉で更に訳が分からなくなる。
「ユーリ? いや、ユーリはジュピトリスのリングポートにいるはず……」
カミュがそう言うとカミュが入ってきた所とは別の扉が開き、少女の甲高い声が部屋の中に響く。
「やめて! 離しなさいよ!」
ロボット兵に両腕を掴まれ部屋の中に連れてこられたユーリ。
「ああ、ようやくご到着のようだな」
タイラントがユーリの方を見て手をスッとかざすと、今ユーリを連れてきた二体のロボット兵はユーリの手を離し、入ってきた扉から出て行く。
「さて、これでそろったな。まあ、カミュ君がここにいるのは少々予定外だったがね」
その声を聞いたユーリがパワードスーツを来たカミュに眼をやる。
「カミュ? カミュなの?」
そう言うとカミュの方に駆け寄り、パワードスーツに抱きつく。
「ああ、俺だよユーリ。それにヒロキもいる」
そう言ってカミュはヒロキの方に顔を向ける。
「ウソ、ヒロキ? 無事だったのヒロキ!?」
ヒロキの方に駆けだそうとするユーリをカミュは引き留める。
「どうしたのカミュ? ヒロキだよ?」
一瞬疑問に満ちた顔をするユーリ。カミュ自身も理由は解らなかったが、なぜかユーリを引き留めた。
「感動の再会はいいものだ。だが、あまり時間がない、話を進めても良いかな?」
「あなたは誰?」
ユーリの疑問にタイラントは少し笑う。
「ああ、そうだったね。そうだな、自己紹介をするくらいの時間は有るだろう。私はガルメシア大統領のタイラント。サロメ・タイラントだよユーリ君」
タイラントの自己紹介に目を丸くするユーリ。相当驚いているようだ。
「では、話を進めさせてもらっても良いかな?」三人共黙ったままだったが、それを肯定と取りタイラントは話始める。
「今地球はまたあの灼熱の星に逆戻りしようとしている。君達も学校で習って知っているだろう? 大災害がまた発生しようとしているんだよ」
そう言ってタイラントはディスプレイを宇宙からの映像に切り替える。そこには渦巻き状の巨大な雲が地球上に見える範囲でも二つ有り、その二つで地球の半分ほどを覆い隠すほどの大きさを持っていた。そして、またディスプレイは切り替わる。その画像は地球の、恐らくはアフリカの今戦場になっている場所だろう。戦車や兵隊の姿が映し出されているが、その殆どは風に飛ばされそうに、あるいは飛ばされ転がる様な車両も映し出されていた。
「これほどの巨大な台風は今までの人類史の中で発生したことは無かっただろう。恐らく、人類史上で最悪の台風だろう」
カミュとユーリは台風の映像に息をのむ。
「なぜこんなことに……」
カミュの言葉にタイラントが返す。
「なぜ? 簡単な事だ。人類は大災害前の事を繰り返したからだよ。唯でさえまだ安定していない地球上で、あれほどの大規模な戦争を行ってしまったんだ。その代償だよ」
「でも、それは煙突があれば……」
ユーリの言葉にタイラントは失笑して答える。
「さあどうだろうか、もう煙突で何とかなる次元は過ぎてしまいつつあるかもしれないね。なあ、そうだろメルキゼデク? いや、ジェイ・ウェインと呼ぶべきかな?」
ユーリの持っている端末に声をかけるタイラント。
「はぁ? ジェイ・ウェイン? 私の名前は確かにウェインだけど、私はユーリ・ウェイン。ジェイ・ウェインじゃないわ」
ユーリは名前を間違えられたと勘違いしたが、タイラントは眼を細めてその言葉に返す。
「ほう……メルキゼデクからは何も聞いていないんだな。君の持っている端末のAI、メルキゼデクと名乗っているが、本当は煙突の制作者であるジェイ・ウェインの記憶を、いや、能力を引き継いだと言うべきか……いや、あるいはジェイ・ウェインそのもの。そして、そのジェイ・ウェインはユーリ――」
『タイラント!』
何かを言おうとしてメルキゼデクが突然割って入る。
「お久しぶりです、ウェイン」
何事もなかったかのように言葉をかけるタイラント。
「さて、これで本当の意味で全員そろいましたね。では、話を続けよう」
ディスプレイに背を向け、全員の方に身体を向けるタイラント。ディスプレイは様々な場所の映像を映し続け、その映像の逆光でタイラントの表情は見えない。
「この映像を見ても分かる通り、このままいけばまた人類は大災害前後の世界に戻ってしまう。そして、今度こそ人類は滅びてしまうだろう。煙突の運転は今でも全開で運転をしている。空気分離機の能力をこれ以上あげても、もう煙突の能力がいっぱいで、温暖化の原因を作る二酸化炭素や窒素酸化物はもう排出できない。それに、台風がこの先何度も発生すれば、いずれ煙突も破壊されてしまう可能性も十分に考えられる。では、どうすればいいのか? 解るかねヒロキ?」
タイラントに話を振られたヒロキは無表情に答える。
「一番早い解決方法は人類すべてを宇宙に脱出させる事ではないでしょうか?」
ヒロキの言葉にタイラントは少し笑って答える。
「ふむ、まあ悪くない答えだ。しかし、人類全体、まあ今の人口なら何とか宇宙に上げれない事も無いだろうね。しかし、減ったとはいえ、地球の人口は現在約二〇億人程いる。その人口を宇宙で養う事は不可能だよ。まだ月の開発も部分的にしか行われていない。リングポートもそれだけの人間を抱える事は出来ないだろう。悪くない答えだが、現実的には少し難しい」
「じゃあ、もう一度地下に戻ればいいのでは?」
ユーリが答えるが、その答えにもまた少し笑って答える。
「確かにそれも良い答えだ。唯ね、これにも問題がある。今に人口を地下で支える事はやはり難しい。大災害後に地下で生き延びた人口は約十億人程、その人口の倍ほどの人間を、整備もほとんどされずに放置され、老朽化した地下で暮らしていくのは難しいだろう。ヒロキの案と、ユーリ君の案両方たしたとしても総ての人間を救い出す事はほぼ無理だろう。そして、仮に両方で生き延びたとしても、そう遠くない未来には滅んでしまうだろう。宇宙と地球、その両方の共生関係で我々の暮らしは保たれていた。そのどちらかを欠けば、いずれは人類は滅びるだろう」
「じゃあ、どうすればいいんだよ?」
カミュが絶望した様に呟く。
「なに、簡単な事だよ。もう一度煙突を製造すればいい。二機の煙突と、更に空気分離施設を増設すれば、これ以上温暖化は進む事は無いだろう。それに今の技術力なら大災害中に我々が作っていたスピードよりも遥かに速いスピードで建設が可能だろう。そうだな……およそ一年くらいあれば建設は出来るのではないだろうか? どう思われますかウェイン?」
タイラントに話を振られたウェイン。少しの沈黙の後に話始める。
『確かに一年あれば建設は可能だろう。我々が煙突を制作した時と違って今はリングポートも有り、海もまだ存在する。発電所も今の既存の物を利用すれば以前よりも遥かに早いスピードで建設は可能だろう。しかし……』
「しかし、何です?」
『可能ではあるが今のこの気象条件、更にはエイジアと戦争中だぞ? ただでさえ人員と物資の両方が必要だ。今のこの条件では不可能ではないか?』
ウェインはそうタイラントに答える。しかし、それを気にする事も無くタイラントは答える。
「戦争は終わらせましょう。もともとこの戦争は私の本意ではなかった。それに、こちらから譲歩すればエイジア側も頷くでしょう」
『確かにガルメシア側から譲歩すれば戦争を終わらせることは可能だろう。だが、現状ではエイジア側が勝利している。それを考えれば並みの譲歩では向こうは譲らないだろう。何を条件として渡すのだ?』
ウェインの言葉にタイラントは口を少し笑って返す。
「なに、そんなに難しい物ではありませんよ。唯一無二の物の情報と、ある一人の人物の引き渡しです。それで総てのかたはつくでしょう。私はそう思っていますがね」
タイラントの言葉に少し考えるが、その言葉の真意に気が付き声を荒げるウェイン。
『一人の人物……まさか!? タイラント、貴様!』
「ようやくお分かりですか? そう、煙突の制作の為のガルメシア側が持つすべての情報と、それを制御するための人物、そうあなたの孫であるユーリ・ウェインの引き渡しです」
タイラントとウェイン以外の三人は言葉の意味の重大さを理解できずにいた。今までもカミュ達三人はエイジアにいた事も有り、エイジアにユーリが引き渡されると聞いてもそれ程危険な事には思えなかった。しかし、タイラントの次の言葉で、その事の重大性に気が付くことになる。
「煙突の起動方法がどうしても解りませんでしてね、いろいろ解析をしてみましたが、【MELCHIZEDE】に阻まれていてその制御方法を見つけ出す事が解りませんでした。しかし、ウェイン、あなたがユーリの端末に移動してからは、そのシステムに隙が出来ましたね。そのおかげで起動システムを解析する事が出来ましたよ」
『うかつだったよ……確かに、ユーリ達との時間が私のプロテクトの隙を作っていたのかもしれないな……だがなタイラント。仮にそれをして、お前は神にでもなるつもりか? そんな事は人道的には絶対に許されるべきことでは無い! だから私は私自身を使った。それが私の意志でもあったしな。だが、ユーリだけは私と同じ運命をたどらせる訳にはいかん!』
ウェインはタイラントに今まで出した事の無いような怒声を浴びせる。二人のやり取りを聞いていたユーリは全く話の成り行きが解ってはいなかった。
「メルキおじ様……いえ、お爺ちゃん? 私に何かが出来るんですか?」
ユーリの言葉にウェインは何も答える事は出来ない。そのかわりにタイラントがそれに答える。
「ユーリ君の身体にはね煙突の起動するための鍵が秘められているんだよ」
「煙突を起動させる為の……鍵? 私が?」
未だにその言葉を理解する事が出来ないユーリ。それを解らせるためにタイラントは説明を始める。
「少し昔話をしよう。なに、ほとんどは君達も知ってる話だ。昔、私達が大災害後煙突を制作した時の話だ。長くなるから、学校で習ったような所ははぶこう。長い年月をかけて、我々、ウェイン、春日、そして私。もちろん他にも多くの物が煙突の制作にかかわったが、最後の最後、煙突が完成した時にどうしても煙突の総てを有機的に稼働させることが出来なかった。あまりにもシステムが複雑すぎたんだ。空気分離機、煙突に繋がる煙道、更には煙突本体の制御。それらすべてを一括でコントロールする為のシステムがその当時では作り上げる事が出来なかった」
そこで一旦言葉を切り、少しの間を置いてまた口を開くタイラント。
「まあ、今でもほぼ不可能だがね。それぐらい難しいコントロールが必要だったんだよ煙突を動かす為にはね。だがね、その煙突がハード部分、ようは煙突としての機器が完了した時点で、ウェイン、つまり君のおじい様は死亡したんだ。公式にはテロリストによる暗殺と言う事にはなっているがね。だが事実は違う。ウェインは煙突のシステムを動かす為のプログラムを作る事が既存のコンピューターでは難しい事が解っていたんだ。そして、その起動の鍵になる為に自らの脳を利用した。人間の脳と言うのはね、その殆ど、約七割を使用していない状態で人間の身体を制御できている。手を動かしたり、歩いたり、心臓を動かしたりと、意識しなくてもそれを脳が総て制御している。煙突もそれと同じ、いやそれ以上に複雑でね。それをコンピューターで行おうとすると膨大なプログラムと、それを処理するためのコンピューターが必要だ。だが、そんな物を作り上げる事は今の技術をもってしても難しい。そして、その問題を解決する為にウェインは自らの脳を煙突の制御の為に差し出した。そうする事で地球を救ったんだよ君のお爺さんはね」
タイラントはそこまで話し終えると、ユーリの表情を伺う。ユーリはその言葉を未だに理解できずにいた。そして、タイラントはユーリに話しかける。
「そしてユーリ。その煙突としての鍵が君の脳内に埋め込まれている。君が幼いころにウェインが何かの時の為にバックアップとして取っておいたのだろう。それが今役に立つときが来た。地球の為にその身を捧げてくれるね? これは君にしかできない事だ、唯一君だけに、ね」
タイラントの歪な微笑みがユーリに向けられる。そして、ユーリに近づく。
「さあユーリ。君が世界を救ってくれ、君のお爺さんのようにね!」
少しずつユーリに近づくタイラント。その動きを阻むかのようにユーリの前に立つカミュ。
「勝手な事言ってんじゃねーよ! もしかしたらユーリにその能力が有るのかもしれねー、けど、それは他人が強制しても良い事じゃね! ユーリは渡さない! 例え、地球が滅びようと、絶対にユーリは渡さない!」
『よく言ったよカミュ! 絶対にユーリを渡すんじゃないよ!』
ユーリの端末からウェインとは違う声が聞こえる。
「フェリスねーさん? どうして?」
『メルキゼデクを通じて話は総て聞かせてもらったよ。この話はエイジアの氷上の所にも繋がっている。とにかく、ユーリを連れてその場を逃げ出すんだよカミュ!』
フェリスの言葉に頷くカミュ。そして、手に持った銃をタイラントに向ける。
「それ以上近づいたら撃つ!」
カミュはタイラントに照準を合わせる。しかし、それに恐れる事無くタイラントは近づく。そして引き鉄に手をかけるカミュ。タイラントとの距離は一〇メートルもない、撃てば必ず当たる距離だ。引き鉄を引き絞ろうとしたところで照準からタイラントが消え、別の物が見える。
「ヒロキ……」
思わず言葉に出すカミュ。
「邪魔だヒロキ! なんでこんな奴を庇うんだ? 早くどいてくれ!」
しかしヒロキはタイラントの前から動こうとしない。
「ヒロキ、お前どうして……」
タイラントの盾になりながらヒロキとタイラントはカミュに近づく。そして、ヒロキの手がカミュの銃に掛かり、その銃を取り上げようとした、しかしカミュはそれを振りほどこうと銃を振り回す。少しの間揉み合いになるが、そのうちにカミュが誤って銃の引き金を引いてしまう。そして、それがヒロキの銃を掴んでいた右肩に当る。
「ヒロキ!」
慌てて銃から手を離すカミュ。しかし、痛みを感じていないかのように立ち上がり今までカミュが持っていた銃を今度はカミュに向けて構える。ヒロキの右腕からは赤い液体が流れる。
「カミュ。すまないが動かないでくれ。お前を撃ちたくはない」
ヒロキの声でカミュは少し冷静になる。
「ヒロキ、お前なんでこんな奴の為に? 俺たち三人はずっと一緒だっただろう? 俺達よりもこんなおっさんを優先するのか? ユーリがどうなっても良いのか?」
カミュの声にも動じる事が無いヒロキ。
「タイラント閣下。今のうちにユーリを」
あくまで冷静にタイラントに話しかけるヒロキ。
「ありがとうヒロキ。暫くの間カミュ君を押さえておいてくれ」
「解りました」そう言って頷くヒロキ。
「ヒロキ! どうしたんだよ、なんでだよ!?」
「カミュ君。申し訳ないがヒロキに何を言っても無駄だよ」
『まさか……洗脳か?』
ユーリの端末からフェリスの声が聞こえる。
「洗脳? まさか。それはスマートではないな。私の中では最もあり得ない行為だよ」
『じゃあ、いったいヒロキに何をしたんだ?』
フェリスの言葉にタイラントはヒロキに話しかける。
「ヒロキ。お前の身体を見せてやれ」
ヒロキは頷き、カミュに銃を向けたまま左手で今銃弾が当たった場所を少しえぐる。その行為に眼をそむけるユーリ。しかし、ヒロキの身体の中に本来あるであろうはずの人間の身体の一部の機関が見えず、代わりに銀色をした物が見える。
「ヒロキはね、私が作り出したなかでも最高のアンドロイドでね、そのボディーの組成の半分が機械で、残りの半分は人間の身体で出来ている。いわば、人間とロボットのハイブリッドでね。私は生体アンドロイドと呼んでいるよ。人間と同じように成長することが出来る。まあ、脳は殆ど人間だがね。ユーリがスカイハウスにいると解った時に私が作り上げてユーリを守る様にプログラムしてスカイハウスに送り込んだ。君達はずっと私に監視されていたんだよ」
タイラントはユーリに手をかける。その時、カミュはヒロキをパワードスーツの力で押し切り、投げ飛ばす。そして、ユーリを掴み、抱きかかえそのまま部屋の外に逃げ出そうと先ほど自らが入ってきた扉の前に立つ。しかし、扉は全く動く気配を見せず、その場で立ち尽くすカミュ。
「なんであかねーだよ! くそ! 開けよ、開けよ!」
カミュはそう言いながら扉を力いっぱい蹴るが、扉は全く動く気配がない。後ろからタイラントが手を伸ばす。そして、遂にユーリは捕まってしまう。
「カミュ君。別に私はユーリ君を殺そうと思っている訳ではない。そんなに心配する事は無いんだよ?」
「嘘を言うな! ウェインは自分の脳を取り出して死んでしまったんだろう? ユーリに同じことをさせる訳にはいかない!」
困ったような笑い顔でカミュを見るタイラント。しかし、それを気にする事も無くユーリの手を取り連れて行く。それを追いかけようとするカミュの前にヒロキが立ちふさがる。
「ヒロキ! お前本当にユーリが連れて行かれても良いのか? 俺達の仲はそんなもんだったのかよ!? え、ヒロキ?」
もともと無表情なヒロキの顔は更に色を失ったかのように全く表情を見せない。それでもカミュはヒロキに話をかけ続けるが、タイラントがそこに割って入る。
「無駄だよカミュ君。ヒロキは今感情を司るプログラムを切らせていてね。君の言葉が響く事は無いよ。さあ、時間が無い。ユーリ君行こうか」
ユーリの手を無理やり引きながら部屋を出ようとしていたところで今まで口を閉じていたユーリが口を開く。
「ちょっと待って!」
ユーリはそう言ってタイラントの手を振りほどこうともがき、ようやくタイラントの手から逃れる。そしてタイラントから離れカミュの方に歩み寄る。
「なんだ、納得してくれている訳ではなかったんだね? 残念だよユーリ君」
残念そうな顔でユーリを見るタイラント。
「そんな訳ないでしょ!」
「何故だい? 君は今の地球を救える唯一の人材なんだよ? それを光栄に思わないのかい?」
タイラントの言葉にユーリは少しの間俯き、そして顔を上げる。
「確かに私が地球を救えるのならそれは光栄な事だと思う。でも、私自身はどうなるの? そんな事をいきなり言われても直ぐに、はい、そうですか。なんて直ぐに納得なんて出来ない!」
ユーリの言葉を無表情に聞き続けるタイラント。その姿を見ているカミュとヒロキ。その時カミュのパワードスーツに無線が入る。
『カミュ、聞こえるかい? 聞こえるのならサインを送っておくれ』
フェリスの声に少し驚きながらも、通信でサインを送るカミュ。
『いい子だよカミュ。今、サンダース達がそちらに向かってる。もう後一分もしないうちに到着するだろう。到着したら合図を送るから、ユーリとヒロキを抱えてそこから逃げるんだよ、いいかいカミュ?』
フェリスの言葉にまたサインを送りいつでもヒロキとユーリを連れだせるように位置を変える。幸い二人の位置はカミュから手を伸ばせばすぐに掴める距離だ。後はパワードスーツの力加減を間違えなければ問題ないだろう。
『カミュ聞こえるかい? 扉の外にサンダース達が到着した。テンカウントで扉を開けて、直ぐにフラッシュを投げ込む。そしたら直ぐにお前は二人を連れて逃げるんだよ。いいね?』
フェリスにサインを送るカミュ。
『10、9、8・・・・・・・・・・・・3、2、1、カミュ今だよ!』
フェリスの合図と共にカミュはユーリとヒロキを抱える。そしてそれと同時に扉が開かれ、中に何かが転がり込む。その一瞬後にそれが凄まじい爆音と光を発する。その隙をついてカミュは扉の外に二人を抱えたまま飛び出す。
『カミュ、よくやった』
外には宙兵隊の面々が控えており、カミュを囲む様にその場を離れて行く。そして、建物の入り口に辿り着く。
『すまん、少し遅れた。だが、作戦は成功だ』
隊長に声をかけられた入り口を確保していた分隊長はほっとした表情を一瞬浮かべたが、直ぐに厳しい表情に戻る。
『隊長、敵の数が増えて来てます。これ以上は長居はできません』
『解っている。とにかく、お嬢ちゃんがたを守りながら撤退する。いいか、お前ら絶対にお嬢ちゃん達にかすり傷も負わせるんじゃないぞ? いいな!』
隊長の言葉に全員が『了解』と答えると、直ぐに全員が動き出す。建物から出ると一斉に来た道を一纏まりになり走り抜けて行く。カミュは二人を抱えたまま隊の中央で守られながら移動する。
『クソ、敵の数が多いな……こんな事ならタイラントを人質に取って来ればよかったか……』
隊員のぼやきに隊長が通信に割り込む。
『馬鹿野郎、そんなことしたらテロリストと一緒だろうが! 馬鹿な事言ってないで目の前の敵を撃て!』
次々と目の前に現れるガルメシア兵に銃弾を撃ち込みながら撤退して行く。最初は混乱しており、組織的な抵抗は無かったが、時間が経つにつれ行動は統一され動きにまとまりが出てくる。
『まずいな……攻撃が激しくなって来てやがる』
隊長がそう呟くほどかなりの銃弾が宙兵隊に降りそそぐ。普通の銃弾ではパワードスーツを貫通させることはできない、なので銃弾の雨の中を突っ走る様に進んで行く。しかし、生身の人間が今は二人いる。一発でも当ってしまえば最悪は死んでしまう可能性もある。
『とにかく、このまま突っ切るぞ! いいな?』
隊長は部下達にそう命令する。恐らくもうそろそろ迎えの往還機も来る。それまでには何とか合流地点にまで行かなければならない。そう言う思いが隊長に少しばかり強硬な命令を4下してしまっていた。全隊がカミュの周りを取り囲み、総ての銃弾をその身に受けながらガルメシアの基地を強行突破していく。そして、ようやく基地の囲いを突破して行こうとしたその時、一発の銃弾がカミュのパワードスーツのバイザーに当り、それに驚いたカミュはヒロキを抱えていた腕を無意識に離し、離したその手で顔を覆ってしまう。
「カミュ! ヒロキが!」
ユーリに言われてカミュは振り向く。
『しまった! ヒロキ、大丈夫か!?』
ヒロキの下に駆け寄り、ヒロキを抱え上げるのにカミュはユーリを担いでいた手も離す。そして、ユーリもヒロキに身を寄せる、しかしその時、ユーリはまったく宙兵隊の誰にも守られていない状態だった。それにいち早く気が付いたサンダースは駆け寄ろうとする。
『カミュ、ユーリが無防備だ!』
カミュは目の前のヒロキの事しか見えておらず、サンダースに声をかけられるまで全くユーリの事を気にしていなかった。そして、サンダースに声をかけられ初めてユーリの方に眼を向ける。その時カミュは今までの人生の中で最も残酷なシーンを目にする。
『え!?』
カミュは目の前のユーリの胸を撃ち抜く銃弾を、そこから噴き出す赤い飛沫を目にして時間が止まる。そして、ゆっくりとユーリはカミュに倒れ込む。そのユーリを抱きかかえるカミュ。目の前の光景が未だ信じられず、抱きかかえたユーリに眼をやるカミュ。その間にもサンダースが駆け寄り、倒れていたヒロキを抱えると、またカミュに声をかける。
『カミュ! 大丈夫だ、まだ間に合う! とにかく、ユーリを抱えてこの場所から撤退する! もうすぐ往還機も来る、とにかく今は急いでこの場を離れるんだ!』
『う、うん。ユーリちょっとの間我慢してくれ』
カミュはそう言うとユーリを両手で大事そうに抱え上げ、サンダースの後ろに着いて行く。
そしてようやく回収場所に到着する頃にはガルメシアの攻撃は止んでいた。
『サンダース無事か?』
『一名重傷、至急治療が必要です!』
『解った、もうすぐ往還機が来る、全員往還機の降下場所の確保! 衛生兵、重傷者の手当てを!』
隊長の言葉で衛生兵がユーリの状態を見る。
『これは……』
傷の状態を見て衛生兵は言葉を失う。傷口は心臓のすぐ横の血管をかすめ、そこから噴き出す様に血液が流れ出していく。そして、血液が流れ出していくたびにユーリの顔はどんどんとその色を失いつつあり、体温も低下していく。
『ユーリ助かりますよね? 大丈夫ですよね?』
カミュは必死に衛生兵に問いかける。それに衛生兵は何も答える事が出来ない。衛生兵は隊長だけに無線で知らせる。
『隊長、恐らくそう長くは持ちません……血液がかなり失われています』
『そうか……とにかく、止血して出来るだけの事はやってくれ。もう往還機が到着する。そうすれば少しはましな治療ができるかもしれん。とにかく、諦めないでやってくれ』
『解りました』
衛生兵と隊長がそう話している間に往還機が轟音を響かせ目の前に着陸する。恐らく直ぐにでもガルメシアの追手が来るだろう。その前にこの場所を離れなくてはならない。
『よし、撤退する。全員乗り込んだらすぐに出発する』
隊長の合図で全員が往還機に乗り込む。そして、往還機の後部ハッチが閉じられると直ぐに往還機は上昇していき、数秒後にはガタガタと機体を揺らしながら大気圏を抜けて行く。その間にもユーリの身体からは血液が流れ出していく。




