十章 ~Broken Earth~
当初の損害予想よりも多い損害を出しつつもジュピトリスの空挺降下による後方攪乱も有り、エイジアは確実にアフリカを陥落させていく。エジプト、スーダン、エチオピア、ソマリア、ケニア、タンザニアと進軍していき、現在はモザンビークでマダガスカルを落としたエイジアの海軍からの補給船で戦力、弾薬の補給を行っていた。これまでの間で大小合わせれば五〇回を超える戦闘が行われ、その度に多くの将兵の命が散って行った。ここまでの間に両軍で失われた将兵の数は三万人を超えていた。その内訳としては、ガルメシア軍五千、エイジア軍二万五千と人員の数だけで見ればエイジア軍の方が劣勢に見えるが、それはガルメシアがアンドロイド兵を多用していた事もあり、ガルメシア側の被害はそれ程多くもないように見えたが、それでも戦闘車両の損害率でいえばガルメシア陸軍の方が損害は多く、ジュピトリスにより制宙権、制空権が確保できているエイジア側に進軍を許している状況がガルメシア側は続いていた。
そして、いよいよ南アフリカ攻略戦が開始される。
「将軍、進軍準備整いました」
通信員の言葉に頷き将軍は静かに命令する。
「全隊前進」
将軍の命令で南アフリカ攻略軍十四万人が静かに動き出す。これが最終決戦になるだろう。これまでは苦戦しながらも前進する事が出来た。しかし、南アフリカはガルメシアにとっての生命線。ここを抑えられれば、ガルメシアの発言力はかなり落ちるだろう。それが解っているいじょう、ガルメシアも本気で防衛を行うだろう。
「ガルメシアの防衛ライン確認できました」
観測員の言葉にガルメシア軍の配置がモニターに映し出される。
「リンボボ河の対岸に陣取っています」
「数は?」将軍の言葉に「おおよそ二個軍ほどの規模と思われます」と答える観測員。その言葉に地図を見ながら頷く。おおよそ想定通りの場所だ。規模も想定通り。恐らくこれが最終決戦になるだろう。
「接触までの時間は?」
「今の速度で約二時間ほどの場所です」
「わかった」と頷く。そして椅子に腰かける。その顔には無精髭が生え、顔も日焼けし、服装も汚れていた。そして、何よりその眼の奥には滓にも似たような疲れが宿っていた。
「少し眠る」将軍はそう言うと帽子を目深にかぶり椅子に深くもたれ掛る。しかし、眼は閉じてもどこか神経が高ぶっているのか、どうしても眠る事は出来ず。眼を閉じているだけに過ぎず、神経は休まる事は無かった。それでもようやくウトウトとしかけた頃通信員に起こされる。
「将軍、ジュピトリスより通信です」
「読め」そのままの姿で通信員の言葉を聞く将軍。「我これより空挺降下を実施する」以上です」
「予定通りだな」エイジア軍の戦闘が開始される前にジュピトリスが後方攪乱、補給線の寸断の為に降下する事になっている。今までもジュピトリスの空挺降下のおかげで勝利を収めていると言っても過言ではなかった。それ程ジュピトリスの宙兵隊は強い。宇宙空間での作業用のパワードスーツを強化し、それに身を包んだ屈強な兵隊が後方攪乱を行うのだ。しかもその一人一人が戦車をも凌駕するような戦力で、後方攪乱を行う。エイジアには心強いが、ガルメシア側にとっては恐怖の対象になっていただろう。これも、ジュピトリスが制宙権の確保を確実に行えているからだ。
「将軍、気象隊より連絡があります」
「定時連絡以外にか?」
将軍は少し疑問に思いながらも通信文を読ませる。
「超大型で猛烈な台風が発生、中心気圧は八一二ヘクトパスカル、瞬間最大風速一〇〇メートル。このままの進路で行くと三時間後に戦闘区域が暴風圏に入る可能性があるとの連絡です」
「……解った」
内心それ程の台風は経験したこともは無く、恐らく人類が経験した中でも最大の台風だろう。作戦は中止にするべきか、将軍は悩んでいたが、それでも決行を決意。恐らくこれはこちらに味方するであろうと予測した。なぜなら、ガルメシア側の戦力は機動力を上げるためにほとんどがホバー機動になっている。正面装甲こそは厚いが、やはり宙に浮かせるためには軽量化しなければならない。そこでこの台風が直撃すれば身動きが出来ないはずだ。そこを突けばエイジア側は非常に有利になるはず。そう読んでいた。恐らく両軍とも航空支援はできない。それに歩兵も身動き取れないだろう。そうなると、戦車同士の戦いになるはずだ。こちらの戦車は無限軌道で動いているのでさすがに飛ばされる事は無いだろう。それを考えれば、エイジアには有利にことが進んでくれるはずだ。
「将軍、ガルメシア軍防衛線まで約三〇分」
「わかった。各部隊最終確認を行っておけ。この戦いには負ける訳にはいかないからな」
将軍はそう言うと椅子に座り直し、両頬を手で叩いてぼんやりとした頭を覚醒させた。
リングポートが襲撃されるほんの少し前、ヒロキ救出作戦も開始されていた。少人数で編成された部隊がリングポートより行われたジャミングによりレーダーに映らない様に大気圏に突入していく。その小型の大気圏往還機の中にはカミュの姿も有った。そして、カミュの隣にはいつもフェリスに付き従っていたあの厳ついスキンヘッドの男、サンダースも。
救出作戦が決まった時、どうしても自分のした失敗を取り返したい。何より、ヒロキを無事に助け出したい。カミュのその気持ちがフェリスを動かした。本心でいえばフェリスはカミュを行かせたくなかった。ヒロキに続いてもしかするとカミュを失ってしまうかもしれなかったからだ。いや、どちらかというとヒロキよりもカミュの方がその危険度は大きい。ヒロキはよほどの事が無い限り殺される事は無いだろう。しかし、カミュは戦闘になればかなりの危険がある。最悪死んでしまう可能性も十分に考えられた。そこで、フェリスは自身の護衛として付いているサンダースにカミュの護衛を任せた。
そのサンダースが、パワードスーツの無線で話しかけてくる。
『カミュとかいったな。お前は所詮民間人だ。お前は戦力になんぞ数えられてはいないし、誰もそんな事には期待してはいない。ただ、俺達の足を引っ張る事だけはするんじゃないぞ。いいな?』
「解ってるよサンダースさん。大丈夫、みんなの足手まといにはならないようにするよ」
カミュの言葉にサンダースは頷く。暫くガタガタと大気圏を突入する振動が続き、それが終わると往還機は今まで自由落下していた物を自らの推力に切り替え、太平洋上から北アメリカ大陸、ガルメシアの本拠地に向かって行く。
かなりのスピードが出ているのだろう、後方に押し付けられるように感じるカミュ。それが少し続いた所で少しずつスピードが緩まる。そして、機長から全員に連絡が入る。
『全員降下準備。いいか、忘れるなよ! 作戦時間はきっちり二時間だ、それ以降は置いて行くからな? よし、降下一分前だ。装備の最終チェックを行え』
そしてカウントダウンが始まると同時に往還機の下部ハッチが開き、地上の様子が見える。地上は予定通り深い森の中で、全員宙吊りの状態で降下のタイミングを待っている中、カミュがサンダースに話しかける。
「サ、サンダースさん!?」
『なんだ?』
「これが普通なんですか? こんな速度で、こんな高さから落とされるんですか?」
『お前……ブリーフィング聞いてなかったのか?』
「い、いや。聞いてましたけど……こんなに凄いもんだとは思いま……」
カミュが総てを言い終わる前にカウントダウンは終わり、救出小隊の全員は高さ三〇メートルから全員が同時に落とされる。そして、カミュは悲鳴を上げる事も出来ないままフワリと自由落下する。落下から一秒か二秒ほどでパワードスーツの自動落下制御装置が働き、姿勢を安定させ、地表すれすれの所で逆噴射をかけ、カミュを無事に地球に下ろした。
『よし、点呼』
隊長の言葉に全員が返事をし、全員が無事とわかると直ぐに隊長は前進を命じる。
『ここから目標までの距離は一〇キロだ、三分以内で移動する。遅れるなよ!』
ほぼパワードスーツのマックスのスピードでこの林の中を進む。カミュはサンダースに引きずられながらその後に続く。引きずられているカミュにしてみれば生きた心地はしなかったが、それでも何とか無事にヒロキが捕えられている場所に辿り着く。少し離れた所からヒロキの捕えられている基地を偵察する。
「あそこにヒロキがいるのか……」
思わず一人呟いてしまうカミュ。その警備の厳重さは煙突の比ではなかった。
「サンダースさん、あんな中に突っ込むんですか?」
『なんだ、怖気づいたのか? なんならここで待ってても良いんだぞ?』
「そ、そんな事ないけど、ただ慎重にいかないとヒロキに何かあったら……」
『お前が心配しなくてもちゃんと計画は練られてるよ。小隊長に任せておけば大丈夫だ』
「う、うん……」
無線越しではあったが、サンダースの声は何処か安心感が有った。その声にカミュは気持ちを少し落ち着け、これからしようとしている事をもう一度冷静に考える事が出来た。カミュはヒロキを何としても助け出さなければ、自分の気持ちがおさまらなかった。しかし、それをする為には誰かの命を取らなければならない事もあるかもしれない。それでもカミュは自分の身代わりに捕まったヒロキを助けたい。その一心でここまで来たのだ。
『全員基地まで近づくぞ。敵に気が付かれない様にしろ! もし敵に発見された場合は各個に戦闘を許可する。移動は迅速に行えよ、スピードが命だからな! 一分後に移動を開始する!』
全員が隊長機に了解の意志を告げ、暫くの待機の後素早く、しかし静かに行動を開始する。基地外周部までは幸い発見される事も無く辿り着いたが、基地周辺には暗視装置やサーチライト、更にはレーザーを利用した侵入者の警報装置まで配置されており、その警戒網は厳重だった。侵入の隙を伺う為に暫くそこで待機していると、基地に近づくヘリの音が聞こえる。そして、そのヘリは基地の中に着陸する。その瞬間、警備兵の注意はヘリの方に注がれ、カミュ達のいる辺りに一瞬の警備の空白地帯が出来る。その隙をついて全員が基地の中に侵入する。
そして、目的の建屋内に進入したところでカミュが警報装置に触れてしまい、基地内全域に警報が鳴り響く。
『カミュお前何やってんだ!?』サンダースの声に言い訳をするカミュ。
「いや、そんな事言っても……」
二人の言い合いに通信で割って入る隊長。
『そんな事を言い争っている暇はない! 一個分隊はここで退路の確保! 残りは強行突破して目標の救出を行う!』
隊長の言葉に全員が行動を起こす。
「ごめんなさい隊長さん……」
『二度目は無いと思え』
「ごめんなさい……」
『サンダース!』
『ハッ』
『子守は頼んだぞ?』隊長の言葉に短く敬礼して答えるサンダース。
『行くぞ!』
隊長の号令と共に一個分隊を残して全員が隊長に続く。
リングポートは襲撃の連絡以降、まったく通信が取れなくなってしまっている。恐らくジャミングとアンテナが破壊されているからだろう。
「急げ! とにかく急いでリングポートに戻るんだ!」
艦隊は全速力でリングポートへと戻って行く。しかし、戦場からはどんなに急いでも三時間は掛かる。僅かな護衛艦と宙兵隊を残すだけのリングポートに今攻められれば占領されてしまう事も考慮するべきであった。フェリスはそう後悔しながらも、とにかく今はリングポートに急ぐ事しかできなかった。
「先行してメティスは出しているのかい?」
艦長はフェリスの言葉に答える。
「連絡後すぐに出しています。恐らくもうそろそろ連絡が、来るはずです」
艦長の言葉の後すぐにオペレーターに連絡が入る。
「メティスから連絡です! 映像出ます」
映し出された映像に全員が息をのむ。リングポートの外壁に数か所穴が開いているのだ。恐らく外部から宙兵隊を突撃させたのだろう。
「なんて事を! リングポートを破壊するなんて協定違反も良い所だ!」
フェリスが怒りのあまりに拳を握りしめ怒声を上げる。本来リングポートは何があっても破壊などとは考えられない行為であった。少しの傷でもそこから全体が崩壊する可能性が十分に有る。リングポートがもし破壊されてしまえばそれはウェイトを失った煙突の破壊にもつながる。ガルメシア側はその禁忌を破ったのだ。
「空気の流出は無いようですが、部分的にリングポートの強度がかなり落ちています! 早急な復旧を行わなければ自重に耐えきれなくなる可能性があります!」
「とにかく、先行して宙兵隊だけでも送れ! 中の状況をメティスを通して連絡させろ、さすがに指令室までは占拠されてはいないはずだ!」
慌ただしくフェリスの命令は実行され、直ぐに各艦からすでに編成されていた宙兵隊が送り出される。それに続いてヒマリア、追加のメティスも飛び立ち、リングポートの制宙権の確保を行う。幸いリングポートの周辺にガルメシア艦艇は見られない。恐らく宙兵隊をガルメシア側のリングポートから送り込んだのだろう。リングポートが繋がっている以上、兵隊を送り込んでくることはいくらでも可能だろうが、さすがにリングポートの外壁を破って突入するなど誰も考えはしないだろう。恐らく中は相当な混乱のはずだ。
「アマルテアが何とかしてくれてはいるだろうが……到着までは後どれくらいかかる?」
フェリスが少しイラついたように到着時間を確認する。
「後一時間ほどかかると思われます」
「宙兵隊は後どれくらいだ到着だ?」
フェリスは椅子の肘掛をトントンと指で叩きながら苛立ちを表に出す。
「約三〇分ほどで到着予定」
「まだ中と連絡は取れないのか?」
「今のところはまだ……」
「とにかく急がせろ!」
フェリスの苛立ちがブリッジ全体に伝播するように伝わる。全員一言も言葉を発しないまましばらくの時間が流れる。その沈黙を破る様にメティスからリングポートとの中継が繋がれる。
『キャプテンご無事ですか?』
移りの悪い画像だが、何とかその人物が識別できる。そこに映っているのはアマルテアで、見た感じは無事のようだ。
「無事かアマルテア!? 今そちらに向かっている、宙兵隊を先行させているから、もう少しだけ持ちこたえろ! 大丈夫、あたいが何とかする!」
少しほっとしたような表情を見せるアマルテア。
『解りました。キャプテンの帰還までは何があってもリングポートを守り切ります!』
アマルテアはそう言うと型にはまったような敬礼をする。
「よろしく頼む」
フェリスは一言だけ返し通信は切れる。
「とにかく、一分一秒でも早くリングポートに戻る! 機関が壊れても構わん、全艦最大戦速!」
フェリスの言葉通りジュピトリス艦隊はその持てる最大のスピードでリングポートに向かう。
「みんな聞いた通りよ! キャプテンが今こちらに向かってる、宙兵隊もあと三十分もすれば到着する、それまで何とか持ちこたえなさい!」
アマルテアの激が飛び、ほとんど戦闘員のいないジュピトリスの下がり切っていた士気は大きく向上した。それ程フェリスの存在は偉大で、フェリスが大丈夫と言えばそれだけで絶対に何とかなる、そう言う安心感がフェリスの言葉には有った。そして事実、今までもフェリスは何とかしてきていた。
しかし現実は厳しく、ジュピトリス側のリングポートの三分の一はガルメシア側の宙兵隊によって占領されていた。しかし、死傷者の数は少なく、何とか少ない戦闘員を要所に配置し、ガルメシア側の攻勢を防いでいた。大胆な発想のフェリスと違って、アマルテアは沈着冷静で全体の状況を読む事で敵の戦力を確実に削っていた。
「ガルメシア軍の大規模な攻勢がA通路に掛けられています! このままでは防衛線突破されます!」
オペレーターの言葉にアマルテアは即断する。
「B通路、C通路の守備隊を廻しなさい! その際通路の隔壁を遮断! A通路を絶対に抜かせるな、あそこが抜かれれば指令室まで一直線よ! 何としても阻止しなさい!」
アマルテアの命令は即時実施され、B、C通路の隔壁は遮断されガルメシア軍の行く手を阻んだ。
「A通路の隔壁の修理はまだ? それに非戦闘員の避難も急いで!」
ガルメシア軍によって破壊されたA通路の隔壁の復旧作業とそれに伴って非戦闘員の避難も同時進行で行われていた。しかし、それにより現場は混乱を極めた。
B、C通路の守備隊がA通路に到着し、ガルメシア軍との間に防衛線を展開したところでガルメシア軍の行動に変化が起きた。
「ガルメシア軍戦線を後退させています!」
オペレーターの言葉に画像を見て確認するアマルテア。
「いったいどういう事?」
アマルテアが呟くが、誰もその呟きに答えれれる者はいなかった。その後完全にガルメシア軍はまるで潮が引いて行くかのようにジュピトリス側のリングポートから去って行った。そして、フェリスの送った宙兵隊が到着する頃には、襲撃された跡が残っているだけで、ガルメシアのロボット兵の残骸と負傷したジュピトリス側の警備兵の呻き声が残るだけだった。
「とにかく、傷ついたリングポートの復旧と人員の点呼を直ぐにかかって。人員は点呼ができ次第報告」
アマルテアはそう言うとようやくジャミングの効果が切れだしてきた通信でフェリスに通信を送る。アマルテアの通信に直ぐに答えるフェリス。
『状況は?』
フェリスの言葉にアマルテアは少し疲れた顔で答える。
「ガルメシア軍の撤退により戦闘は終了しました。現在はリングポートの復旧作業と人員の点呼を行っています」
『そうか。しかし妙だな……』
フェリスの言葉に頷くアマルテア。
「ええ、目的がまったくわかりません」
フェリスは少し考えたが、直ぐに考えるのを止める。
『まあいい、とにかくご苦労だった。あたいももう少ししたらそちらに到着する。工作艦を先行させるからリングポートの復旧に使わせろ』
「解りました。帰還をお待ちしております」
アマルテアが敬礼すると通信が切れる。
「お帰りなさいキャプテン」
指令室に入るとアマルテアがフェリスに敬礼する。
「ご苦労だったなアマルテア。ここからはあたいが指揮を執る」
フェリスの言葉にアマルテアは司令官席をフェリスに明け渡す。
「状況は?」
「リングポートの復旧は殆ど終了しています。また、人員ですが殉職者二〇名、負傷者一五〇名、行方不明者三一四名です。それと……」
アマルテアが言葉を濁す。
「それと?」
「行方不明者の中にユーリとメルキゼデクが含まれています」
アマルテアの言葉を一瞬理解する事が出来なかったフェリス。
「な、なんだと……? もう一度確認する、ユーリが行方不明と言ったかアマルテア?」
「はい……」
アマルテアの工程の言葉にフェリスは右手で眼を覆い椅子に倒れ込む。
「捜索は? 宇宙空間に投げ出された可能性は?」
「ユーリの最終的な位置から見てそれは考えられません」
「では……」
「恐らくガルメシア側に連れ去られたのかと思われます」
アマルテアの言葉にフェリスは椅子の肘掛を力いっぱい殴りつけ、その音が指令室に木霊する。
「ユーリは戦闘中に一人だったのか? 避難は?」
「申し訳ありませんキャプテン……奇襲だった為、非戦闘員の避難誘導が間に合いませんでした……。すべて私の責任です」
アマルテアの言葉にフェリスは口元まで出かけた非難の言葉を飲みこむ。
「いや、お前はよくやってくれた。被害が少なかったのもアマルテアのおかげだ。ユーリの件はアマルテアが気に病む事じゃない。あたいの問題だ」
アマルテアの肩にそっと手を置くフェリス。しかし、その手は力強くアマルテアの肩を掴んでいた。フェリスの気持ちに言葉も出せず俯くアマルテア。
「とにかく、負傷者の救護と行方不明者の捜索を急がせろ」
フェリスの言葉に、今までのアマルテアとのやり取りを見ていた指令室の全員が、時を取り戻したかのように動き出す。
「あたいは少し自室にいる。何かあれば連絡をくれ」
「解りました……」
「アマルテア、気にするな。後はあたいが何とかする」
「はい……」
今度は優しくアマルテアの肩に手を置き指令室を出るフェリス。そして、自室に戻るとフェリスは直ぐにユーリの事を考える。他の行方不明者と共に連れ去られたのか、若しくは今回の襲撃自体がジュピトリスの誰かを狙っての襲撃だったのか……フェリスはそれを考えた。恐らくジュピトリスの何者かを狙っての襲撃なのだろう。でなければ今回の襲撃の目的が解らない。確かにリングポートのある程度の破壊が目的ならそれは達成されただろう。しかし、それには何のメリットもない。下手をすればリングポート全体の崩壊にも繋がりかねない以上、それを行う意味は無い。では、誰を誘拐に来たのか? 本来であればジュピトリスで一番眼を付けられるのはフェリス、それに続くナンバー2のアマルテア。しかし、フェリスはインビジブルハンマー攻略戦の指揮を執っていたため不在、アマルテアを狙ったのであれば、戦闘自体が長期化していただろう。だが、そうはならずに、何らかの目的を達した時点でガルメシア軍は引いて行った。では、いったい誰を目的とした襲撃だったのか。フェリスは自室の椅子に深く腰かけて考えていた。
「解らないね……」
フェリスは呟きまた考え込む。
確かにユーリを狙う可能性は十分に考えられる。ユーリはメルキゼデクの人格部分を自らの端末に入れたいた。それだけでも本来はかなりガルメシアにとってはまずいだろう。しかし、メルキゼデクはあくまでも人格部分で、深層にある機密情報などはロックが掛けられており、メルキゼデク自信でもなかなかその中を覗く事は出来ないようだった。であれば、確かに重要なプログラムではあるが、あくまで複製である以上それ程のリスクを侵してでも取り戻そうとは考えないはずだ。
フェリスはそこまで考えると一旦思考を停止させてた。
「一度氷上にも連絡を入れて見ようかね……」
フェリスはそう思い立つと机の端末に手を伸ばす。指向性アンテナはようやく復旧したようだが、まだノイズが混じる。暫くして氷上が画像に出る。ノイズ交じりの氷上に話しかけるフェリス。
「忙しいところすまないね氷上」
『どうかしましたかフェリスキャプテン?』
「実はね……インビジブルハンマー攻略戦の最中ジュピトリス側のリングポートがガルメシア軍に襲撃されてね……」
『聞いています。被害の状況は大丈夫なのですか?』
氷上の無表情な顔で心配される。
「ああ、襲撃自体は大した事が無かったから、それ程の被害もなく撃退出来たよ」
『そうですか。で、どういった用件で?』
「実はね……ユーリがガルメシアに誘拐された可能性がある」
フェリスの言葉に氷室は少し眉を上げ、口元に指を当て考える。
『ユーリを誘拐する意味がよく解りませんね……』
「ああ、あたいもそれがよく解らなくてね。それであんたにちょっと知恵を貸してもらえないかと思ってね」
正直フェリスの手には余る案件で、考えれば考えるほど思考の泥沼にはまり込んで行っていた。
『ただ単に他の者と一緒に捕虜として連れて行かれた訳ではないのですか?』
「その可能性も考えた。恐らくそれが一番もっともな理由だとは思う。しかし、どうにも解せなくてね……」
『メルキゼデクは一緒なのですか?』
「ああ、ユーリが端末を肌身離さず持っていたからね。恐らく一緒だろう」
『では、メルキゼデクに連絡をしてみてはどうでしょう?』
氷上の言葉にフェリスは思わず声を上げそうになった。
「そうだね……そうだったね! 確かにメルキゼデクに連絡を入れれば早かったね! 解った、忙しいところ申し訳なかったね」
フェリスは氷上に礼を言う。
『いえ、こちらからも時間を見つけてメルキゼデクに連絡を……』
氷上の言葉が途中で切れてしまう。まだアンテナが直っていないのだろうか? そう思ったが、通信状態は良好だ。であれば、考えられるのはエイジア側の通信機器の不調であろうか。フェリスはそう考え、とにかくメルキゼデクに通信を入れる事にした。
端末を通してメルキゼデクに通信を入れるが、返事は帰って来ない。
「まさかメルキゼデクまで壊されたんじゃないだろうね……」
その時ようやくメルキゼデクから通信が入る。
「メルキゼデク! 今どこにいるんだい?」
フェリスの言葉を無視しているのか、あえて言葉をかけないのかは解らない。しかし、メルキゼデクは無言だ。いや、無言ではない。話しかける相手がフェリスでは無く他の誰かと話しているのだろう。
「いったい誰と話しているんだ?」
フェリスの所までは会話の内容は聞こえない。
「メルキゼデク、話が聞こえない。もう少し音声を大きくできないかい?」
フェリス言葉が聞こえているのか、メルキゼデクは周辺の話し声が聞こえるように音声を拾う。声を聞く限りだと、カミュ、ユーリ、メルキゼデク、それと恐らくヒロキだろう。それ以外にももう一人の声が聞こえる。男の声だ。とにかく、ユーリもカミュもヒロキも無事のようだ。
「三人共無事のようだね。しかし、もう一人の男はいったい誰だ?」
地上ではいよいよ南アフリカ攻略戦が始まっていた。戦力はほぼ拮抗してはいるが、エイジア軍は制空権を有しており、最初こそ拮抗していた戦闘も、制空権のあるエイジアがガルメシアを押し始めていた。しかし、リンボボ河の対岸に位置しているガルメシア軍は必死の抵抗を見せ、渡河を想うようには進ませることはさせなかった。
「ふむ……やはり簡単には通らせてはもらえんか……」
将軍は戦況を見て腕を組んで考える。こちらは橋をかけるか既存の橋を渡るしか渡河する方法は無い。ガルメシア側は最悪橋など破壊してしまえば、我々の足止めを行える。恐らく、それを行う為の爆薬が橋には仕込まれているだろう。それを取り除くためにも工兵隊を先行させたいが、橋に近づく事も出来ない。しかもガルメシア側は基本的にはホバー機動なので、橋が無くても行動の制限は受けることは無い。
「本当に厄介な戦車だ……。とにかく、前に進まなければ話にならん。水陸両用車両で川を渡らせろ。それと、空軍に支援を要請しろ!」
将軍の命令を直ぐに連絡し、空軍に要請をする。しかし、空軍からは思わしくない返信が帰ってきた。
「将軍、空軍は出撃を拒否しています!」
「なんだと? どういうことだ!」
「気象隊からの連絡で、台風の接近に伴い、この辺りがもうそろそろ暴風圏に入るようで、出撃が出来ないとの事です。なお、上空援護の航空部隊ももう撤退させると連絡が入っております!」
オペレーターの言葉に将軍は怒鳴り声を上げる。
「何を馬鹿な事を! 今が正念場だ、ここで決まると言っても過言ではない! 連絡を繋げろ、私が直接話す!」
通信員は将軍の端末に連絡を繋げる。
「どういう事だ? もう少しで目的を完遂で来る所まで来ているんだ、こんな所で引き下がれば今までの総てが水の泡だぞ!」
将軍の怒声が指揮車両の中に響き渡る。
『将軍、そうは言ってもこれ以上は上空に待機する事すらも難しくなってきている。ガルメシア側の戦闘機が引き上げるまでは何とか上空援護はするが、それ以上は無理だ、パイロットを無駄に死なせる訳にはいかない』
静かではあるが、確実に怒りを含んだ口調で話す航空団の指揮官。将軍はそれでも指揮官に懇願する。
「それは理解できる。しかし、上空からの攻撃が無ければ有利に戦闘を進める事は難しい! とにかく、もう一度だけでいい、大規模な空爆を実施して欲しい! 今上空にいる部隊だけででもいい! それさえを行ってくれれば、後はこちらで何とかする!」
『しかし……』
「頼む! 今が正念場なんだ!」
『解った、しかしそれ以上はもう無理だ。暴風圏に入りつつある! それにガルメシア空軍も撤退を開始しようとしている』
「助かる!」
将軍は画面越しに敬礼を行い通信は切れる。確かにもうかなり風は強くなってきている。気象隊の予報ではこの辺りは確実に台風が直撃するコースに入っているようだ。しかし、それでも台風はまだかなり遠くにいるはずだ。二千キロは離れているというのに、もう強風圏に入ろうとしている。暴風圏の半径も千キロほどと報告されており、人類が経験した中でも未曾有台風だ。
「将軍、空軍の爆撃が開始されます!」
「わかった、爆撃が終わり次第水陸両用車両を持って渡河を行わせろ、それと工兵にも直ぐに準備をさせて、橋の爆弾の処理を行わせるんだ!」
それから少しして、空軍の大規模な爆撃が始まる。対岸に対して行われている爆撃だったが、それ程川幅が大きくない為、爆撃の音は間近に聞こえる。そして、ある程度爆音が止んだところで、将軍は命令を伝える。
「水陸両用車突撃! 砲兵は砲撃を開始して援護しろ。行け!」
将軍の命令通り、川沿いに並べられて準備していた水陸両用車が一気に動き出す。その数約一〇〇両、その中には歩兵と工兵が乗っており、橋の対岸側を占領して直ぐに爆弾の解除を行わせる。それが終われば部隊は橋を通り一気に対岸に攻め上げる事が出来る。そうなればこの戦いは勝ったような物だろう。将軍はそう考えていた。そして、川を渡り始めた所で川に変化が見えだす。
「将軍」
「どうした?」
「少しずつですが川が増水し始めています」
「増水?」
観測員に言われモニターを見つめる将軍。確かに川は少しずつ増水してきているように見え、それに伴って水の色も濁り、流れも速くなってきている。そして、それが見る見るうちに、川の水位が上がって行く。
「将軍! 気象隊より連絡です! リンポポ川の上流で時間三〇〇ミリの豪雨を観測したとの報告があります!」
「なんだと!? いかん、部隊を引き上げさせろ!」
将軍は直ぐに命令を下すが、一度渡り始めた部隊が簡単に方向転換が出来るはずもなく、どんどんと水かさが増す川の中を流されながら進んで行くしかどうしようもなかった。
「川沿いにいる部隊を後方に下げさせろ! 鉄砲水が来るぞ、急げ!」
しかし、将軍の命令も虚しく、川は見る見るうちに増水していき、渡河中の部隊を飲み込み、更には川の周りにいた両軍の部隊を飲み込み始める。更に、台風の影響が戦場に出始め、豪雨に暴風が吹き始める。
「いかん! 一時撤退だ。歩兵の収容を急げ!」
しかしもうその時には遅く、ほとんどの歩兵は軌道輸送車に収容される前に身動きが取れなくなり、その殆どが風に飛ばされ、軽車両は風に煽られ転がされる。
「とにかく撤退だ! 形振りかまうな急げ!」
エイジア軍が撤退としていた頃、ガルメシア軍も撤退しようとていたが、ホバー機動の車両がほとんどのガルメシア軍は、強くなりだした風にほとんどが煽られ、飛ばされていた。ある程度の風にはアンカーを打ち込んで凌げるようになっていたが、もともとの重量が軽いホバー戦車ではアンカーを打ち込んだところで、その打ち込んだ地盤毎とえぐられてしまえば抗いようもなく飛ばされるだけの運命をたどった。そして、台風の風は今まで観測した事も無いほどの風、秒速一二〇メートルを記録するような風が吹き荒れ、それは更に強さを増していく。
そしてそれは戦場になっている南アフリカだけではなく、同時に地球上で幾つか発生しており、その被害は甚大な物になっていた。そう、愚かな事に、人類は過去に起こした人災をまたここで再現させることになってしまっていた。煙突のおかげで何とかバランスを保っていた地球の環境は、大規模な戦争が起こった事で、その処理能力の限界を超え、また地球を死の惑星に変えさせる一歩手前の状況まで来てしまっていた。




