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MOIRA  作者: 流民
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九章 ~拡大~


ケイローンの矢に参加した艦艇はジュピトリスの保有する戦闘が可能な艦の七〇パーセントほどにあたる約三〇〇隻、ほぼ全力出撃だ。その殆どは輸送船や工作艦と言った艦で、戦闘能力は有るが、やはり戦力不足は否めない。それを質で上回るガルメシア軍に対して数で勝負するしかない。戦力比では艦隊だけで見れば一対六、これでほぼ互角と言っても良いだろう。しかし、ガルメシアにはインビジブルハンマーが有る。前回の様にアウトレンジからの攻撃でインビジブルハンマーを黙らせることはできないだろう。それを考えればジュピトリスの戦力は圧倒的にガルメシアに劣っている事になる。

「キャプテン、そろそろインビジブルハンマーの射程圏内に入ります」

 艦長から声をかけられ「わかった」とだけ返すフェリス。そしてシートから立ち上がり、全体に向かって口を開く。

「矢を放て」

フェリスの命令と共に小惑星に取り付けられた核融合エンジンに火が灯り、長辺百メートル、短編七〇メートルの楕円形の小惑星は徐々にスピードを上げて行く。

「艦隊は小惑星の影に隠れて前進! ここからが本番だよ! 気合い入れて行くんだよ。生きて帰ったら、アマルテアから全員にキスのプレゼントだよ!」

 フェリスの言葉に全員が盛り上がる。もちろん、そんな事はアマルテアは聞いていない。恐らく実行される事は無いだろうが、それでも、荒くれ者どもの士気を高めるには酒かこの手の褒美が一番効く。

「小惑星、インビジブルハンマーからの攻撃を受けています」

 オペレーターの言葉にフェリスは聞き返す。

「損害は?」

「軽微……いえ、ほとんどありません」

 光学兵器の搭載が多いインビジブルハンマーではほとんど小惑星にはダメージを与える事は出来ないようだ、しかし、レールガンやミサイルの射程に入ればそうはいかないだろう。ミサイルで軌道を無理やり変えられてしまえば修正に時間が掛かる。レールガンでの波状攻撃が行われれば小惑星が破壊されてしまう可能性もある。しかし、むやみに艦隊を小惑星の前に出す訳にもいかない。小惑星はある程度の攻撃には耐えれるであろう大きさを想定されていたので、想定以上の攻撃が来る前に接近し、インビジブルハンマーを破壊、そして、艦隊にも接近戦を挑めば、十分にジュピトリスに勝てる見込みは有った。

「レールガン来ます!」

「仕方ないね、こちらからもレールガンを撃つよ、艦隊の両翼を少し伸ばして、両翼から敵艦隊に向けてレールガンを撃て。相手に損害を与えなくても良い、少しでも相手の攻撃が乱れればそれで十分だ。無理するんじゃないよ」

フェリスの命令通り、艦隊は密集隊形を少し解き、小惑星の影から艦隊を外に出す。そして、すぐにガルメシア宇宙軍に向かってレールガンを三度程放つと直ぐに小惑星の影に隠れる。

「インビジブルハンマーまでの距離は?」

「約五〇〇キロ。後一〇分ほどの距離です」

「長い一〇分だね……」フェリス呟く。

「ミサイル接近! 数およそ……五〇〇機!」オペレーターの言葉にため息を吐くフェリス。

「こりゃ隠れてる場合じゃないね……。仕方ない、できればこのまま進みたかったけど。全艦、小惑星の影より緊急展開。それと同時に迎撃ミサイル発射! 急げよ!」

 よく訓練された艦隊はミサイル着弾の数分前には迎撃ミサイルを発射しその殆どを撃墜に成功する。しかし、いくつかは小惑星に衝突し、その軌道を少しずらしたが、直ぐに元の起動に修正させる。

「これよりジュピトリスは全力でガルメシア宇宙軍と戦闘を開始する。各艦、ありったけのミサイルと質量弾をガルメシアにお見舞いしてやりな! それと、母艦機能を有する艦艇は艦載機を全機発艦させろ!」

 慌ただしく艦隊が動き出す。フェリスの命令は直ぐに実行に移され、レールガンから打ち出される質量弾、ミサイルの数はおびただしい数にのぼり、艦載機も発艦した数は一〇〇機を数え、それがガルメシア艦隊とインビジブルハンマー目がけて一斉に飛来する。

「インビジブルハンマーまでの距離は!?」

「距離二〇〇キロ! 後四分で目標到着です! そろそろ退避して下さいキャプテン」

「衝突コースに確実に乗るまでは退避はしない! 全艦その場に踏みとどまって、ガルメシア艦隊に攻撃を加え続けるんだよ! 小惑星にこれ以上攻撃を受けさせるわけにはいかないからね! 退避は衝突回避不可能点を超えるまでしないよ! ど根性見せな!」

「キャプテン、それではインビジブルハンマーを破壊できても、我が艦隊もその破片でかなりの損害を被る可能性があります!」

「解っている! しかしまだ早い! それにだ、小惑星が衝突した場所から後方には破片は殆ど飛んでこないはずだ。回避不可能点を超えたらすぐに小惑星の影になる場所に艦隊を密集させろ!」

 フェリスの言葉に「しかし……」と反論しようとする艦長の言葉をかき消す様にオペレーターが新たな報告を告げる。

「キャプテン、三時方向より新たな艦影! 数三〇!」

「なんだって!?」

「レールガン来ます!」


「回避しろ!」艦長は咄嗟に叫ぶがオペレーターは無情に「間に合いません!」と答え、その次の瞬間ジュピターを衝撃が襲う。一瞬保安灯の赤い色に部屋が染まるが、それもすぐに復旧し、通常電力が回復する。

「被害状況報告!」

「右舷装甲板に損傷がありますが航行、戦闘に問題が出るほどではありません。その他、損害軽微」

「衝突回避不可能点を超えました!」

 別のオペレーターが報告する。

「全艦密集隊形! 飛んでくるデブリをやり過ごすよ!」

 フェリスの言葉のすぐ後にまたオペレーターが叫ぶ。

「矢がインビジブルハンマーに当ります!」

 その次の瞬間、衝突後の爆発の光がモニターに入って来る。そして、無数のデブリがインビジブルハンマーだった物を中心に円形に物凄いスピードで広がる。それに巻き込まれる形で、インビジブルハンマー周辺に展開していたガルメシア宇宙軍の艦艇にも被害を与える。タイラント級、ウェイン級は殆ど損害らしい損害は与えられてはいないようだったが、装甲の薄いイトカワ級やツキ級、には少なからず損害を与えた様に見える。また、コーディレフスキー級宇宙空母は二隻とも飛行甲板が損傷したようで、離発艦は直ぐには出来ない状況に陥る。しかし、損傷具合は軽微に見え、直ぐに修理が行われれば戦闘に参加できそうほどの損傷具合だ。そして、損傷を受けたガルメシア側の損傷艦は本隊より一旦離脱して行く。

「コーディレフスキー級二隻、イトカワ級五隻、ツキ級八隻戦闘空域より離脱していきます」

「よし、空母は残しておくと厄介だ、コーディレフスキー級に追い打ちをかけろ! 全艦レールガン発射用意」

 フェリスの言葉に数秒の後にオペレーターが答える。「質量弾装填完了」その言葉の後に直ぐにフェリスが命令する。「ファイヤー!」

 フェリスの命令と共に全艦がコーディレフスキー級に向かって質量弾を放つ。それは、一直線に飛んで行き、その殆どはコーディレフスキー級に突き刺さり、完全に戦闘不能状態に陥る。しかし、その隙を突く様にガルメシア側の本体がジュピトリス艦隊に砲撃を加える。

「キャプテン、敵艦隊より高エネルギー反応! 更に、ミサイル、質量弾来ます!」

 悲鳴のようなオペレーターの声に反応するフェリス。「エネルギー減衰層を張れ! 迎撃ミサイルも叩きこめ! 回避運動始め!」

 エネルギー減衰層はギリギリ間に合わず、タイラント級とウェイン級から発射されたビームはジュピトリス側の艦艇にその威力を存分に見せつけ、その放たれた数と同じだけの損害を与える。そして、その後に続く様に質量弾とミサイルが飛来する。ミサイルはその殆どが迎撃ミサイルによって迎撃されるが、質量弾によりまたジュピトリス側に損害を増やし続ける。

「損害報告!」艦長の言葉に直ぐにオペレーターがジュピトリス側の被害を計上する。

「戦闘不能及び、撃破数約三〇隻、その他損傷艦艦隊全体の約三割」

 オペレーターの言葉にフェリスは苦しげな表情を浮かべる。しかし、このままでは三時方向からの艦隊にも攻撃を加えられる可能性がある。それ程考えている余裕はフェリスにはなかった。そして、ブリッジにいる全員の視線がフェリスに注がれる。

「全艦、損傷艦を中央に集め紡錘陣形を取れ! 全艦、目の前の敵の中央を突破する! 中央突破後敵の後背に展開する! 急げ!」

 フェリスの命令は直ぐに実行され、紡錘陣形は整えられる。

「全艦、目の前のガルメシア艦隊に向かってありったけの質量弾とミサイルを撃て! エネルギー減衰層も十分に張れ! ファイヤー!」

 フェリスの合図の下、稼働艦全艦が一斉に砲撃を始める。そのいくつかはタイラント級とウェイン級に突き刺さるが、その装甲に半分は弾かれ、損傷を与えれなかった艦も有るが、それでも全艦砲撃を続けながらガルメシア艦隊に突撃する。その間にもガルメシア艦からの砲撃は続けられ、落伍する艦も出る。その間を横目に、フェリスは「すまない……」と呟く。それでも、何とか艦隊はガルメシア艦隊の中央を突破し、ガルメシア艦隊の背後に展開する。しかし、背後に展開を終えた時には、突破したガルメシア艦隊は先ほどまで三時方向にいた艦隊と合流し、体制を整えていた。

数的にはまだジュピトリスが優勢ではあるが、それでも艦の性能差ではまだガルメシア艦隊は十分にその余力を残していた。

「キャプテン、どうしますか?」

 艦長の質問にフェリスは顎に手を当て考える。当初の目的の半分は達成はしている。しかし、今後空挺降下を行う為にはこの宙域の確保が出来ていなければ片手落ちになってしまう。そうなれば地上でのアフリカ争奪戦に悪影響を出してしまう。その為には目の前のガルメシア艦隊を何とか撃破ないし、撤退に追い込まなくてはならない。しかし、このまま戦闘を続けても消耗戦になりかねない。艦の性能が同じであれば消耗戦に引きずり込まれる事を嫌い、ガルメシア艦隊は引き揚げて行くだろう。しかし、艦の性能で考えれば、消耗するのはこちらの方が多いのは目に見えている。

「困った状況だね……。でも、それを何とかしなきゃ、ジュピトリスの名折れだね……。取りあえず、地上に連絡は入れておきな。インビジブルハンマー撃破の報はね。ただ、空挺降下にはまだ時間が掛かるとね」

 フェリスの言葉通り地上には伝えられ、それによって地上軍は動き出す事になる。


 宇宙では南アフリカ争奪戦の前哨戦である作戦『ケイローンの矢』が開始される。それと時を同じして地上でもエイジアの地上軍が一路エジプトを目指している。その進軍途中、エイジア連合軍の指揮官車にはジュピトリスからの連絡が入る。

「将軍、ジュピトリスからの通信文です」通信員の言葉に将軍は短く「読め」と答える。

「我、インビジブルハンマーの撃破には成功するも、ガルメシア宇宙軍の有力な艦隊の攻撃に合い空挺降下未だ実行できず」

「ふむ……、ガルメシア側の防衛ラインまでは後どれくらいだ?」

「この進軍速度を維持すれば、後一時間ほどで先頭部隊がガルメシア防衛線に到着します」

 将軍はそれを聞いて少し悩む。インビジブルハンマーが破壊されているのであれば、このまま地上戦を行っても互角の戦いが出来るだろう。しかし、空挺降下が行われなければ、ガルメシア側の物量にいつかは押され切ってしまうのは目に見えている。その為にも空挺降下は今次作戦には必須条件だ。

「ジュピトリスに連絡を入れろ。空挺降下だけでも先に行う事は出来ないかと」

 通信員がジュピトリスに連絡を入れるが、返事は思わしく無い様だ。宇宙でも切迫した状態が続いているようだ。

「状況が悪いようです。空挺降下を行った後の降下要員たちへの支援が難しいので、空挺降下要員は送れないと言っております」

 将軍はやはりかというような顔をする。無理を承知で言ってみたが予想通りの答えが返ってきた。それを見越して今後の状況を打開しなければならない。最悪、空挺降下の支援はうけれない可能性もある。そうなった場合、どう戦えばいいのか、それを考える必要があった。最悪戦わずして撤退という事も考えなければならないかもしれないが。さすがに、それは出来ない。まだ勝ち目がないわけではない。とにかく、少し速度を落としたい所であるが、そうする事で、ガルメシア側に準備させる時間を与えてしまう。それであれば、このままガルメシアの前線を避け電撃戦を行うしかないのではないか? 

「上空の航空団に連絡は取れるか?」

 将軍の言葉に直ぐに連絡を繋げる通信員。

「繋がりました」

「そちらの準備はどうだ?」

 将軍の言葉に航空団の指揮官は答える。

『ああ、概ね順調だ』

「レーダーで敵の航空隊の様子はうかがえるか?」

『今の所スクランブルは掛かっていないようだな。こちらのステルス性能もそう捨てた物でもないのだろう。こちらも気づかれていないんだ、そっちもまだ場所は特定されていなのではないか?』

「ああ、そう願いたいものだが……恐らく、もうそろそろ敵部隊発見の報が入るだろう。そうなる前に我々は敵前線を避け電撃作戦を敢行する。そして、一気に南アフリカを目指す。それを成す為には、航空支援は必須だ。出来ればそちらから有視界で敵部隊の索敵を行ってほしい。そして、戦略爆撃を敢行できないか?」

 航空団の指揮官は怪訝な顔をする。

『ジュピトリスの空挺降下を待たないのか?』

「まだ連絡が行っていないか? インビジブルハンマーは破壊に成功したようだが、空挺降下の実施はまだ出来そうにない。下手すると、空挺降下の支援はうけれない可能性がある」

 指揮官は少し考える。

『解った、索敵機をもっと広範囲に飛ばしてみよう。しかし、迂回するにしても、スエズはどうする? 海面が下がっているとはいえ、今後の事を考えるとスエズは重要な攻略地点だぞ?』

「ああ、確かにそうだな。しかし、それは後で何ともなるだろう。それこそ、今は南アフリカの方が重要だろう。それに恐らく敵の前線はスエズに張られているだろう。そうなれば結局のところ戦闘で破壊されてしまう。であれば、今のうちに爆撃でその辺りの敵もろともスエズを破壊してしまっても問題ないのではないか? 復旧は戦いが終わってからゆっくりやればいい」

 指揮官は少し考える。

『解った、スエズの辺りを中心に索敵機を飛ばそう。見つけ次第戦略爆撃機を飛ばそう。こちらはそれに全力で掛かる事になる。そちらが電撃戦を敢行するなら、そちらの支援の為に付かせるエアカバーは手薄になるが大丈夫か?』

「問題ない。そちらでガルメシア地上軍を釘付けにしてくれれば、恐らくこちらの方には航空兵力はあまり回ってこないだろう」

『解った。では、当初の予定から変更して我々は単独で動く事にしよう。だが……』

「どうかしたか?」そう聞く将軍。

『くれぐれも気をつけてな。我々は単独では脆い存在だ』

「ああ、解っている。そっちも気を付けてくれ」

 将軍はそう言うと通信を切る。そして、その通信から三〇分後、航空団から緊急連絡が入る。「敵部隊スエズに見えず」と。そして、それから更に十五分後、将軍を驚かせる報告が入って来る。

「ガルメシア軍発見! イスラエル、ガザに上陸し、こちらに向かっている模様!」

「馬鹿な!? イスラエルだと? 我々の真後ろじゃないか? なぜ我々の前方を迂回してまで後方に……」

 将軍はそこで直ぐに意図に気付く。

「しまった、そうか……もともと、奴らはスエズを守ろうとなど思ってもいないという事か。橋を落とせば我々の進軍は一時的に停滞する。そこを後方から付けばそれで我々は退路を断たれる……」

 将軍はそこまで考え、航空団に連絡を取らせる。

「航空団出ました」

 通信員の言葉に直ぐにマイクをひったくり、指揮官に話しかける。

「海上からガルメシアが次々と部隊を揚陸させている! これ以上揚陸させないために輸送船を沈めてくれ!」

 将軍の言葉に指揮官は答える。

『今向かわせているが、海上には航跡は見えるが、船そのものが見えない! それに、総てのセンサーに何もかからない! これでは攻撃は無理だ!』

「光学迷彩だと……それも、数万トン規模の船に対して!? そんな馬鹿な……ちょっと待て、船に光学迷彩が出来る位だ……おい、航空団は狙われてる可能性があるぞ!?」

 将軍が気が付いたその瞬間、嫌な予想は当たり、航空団は敵襲にさらされ、様々な無線が飛び交う。

『敵襲! 後方及び、九時方向よりミサイル接近!』

『各機、各個に回避! 敵に囲まれているぞ、コンバットオープン!』

『ブルー三番機に被弾! 射出確認できず!』

『クソ、敵は何処にいやがる! このままじゃ全滅だ!』

『AWACSは何をしてたんだ!? とにかく、光学迷彩でも、ステルスでも、噴射炎隠す事は出来ないはずだ、ミサイルを赤外線探知に切り替えろ!』

 かなりの混乱の中、将軍は指揮官に怒鳴りつけるように叫ぶ。

「こちらもステルス機能は備わっているんだ、向こうがミサイルで攻撃するからくりが何かあるはずだ!」

 将軍の言葉は雑多な無線の中に消えて行く。

「クソ! 何か方法は無いのか……」

 ガルメシアの上陸地点上空では激しい空戦が続けられ、その直下では陸上部隊が次々と揚陸されていく。そして、その部隊はエイジアの陸上部隊へと次々と進撃を開始していく。

「敵の揚陸された師団が進撃を開始しました! このままでは我が軍の後方に三〇分後に到着します!」

 レーダー員が叫ぶ。

「馬鹿な! ガザからここまでは一〇〇キロは有るぞ? それが三〇分だと?」

 将軍の言葉に反論するように答えるレーダー員。

「しかし、レーダー上での動きは物凄いスピードです! およそ時速二〇〇キロ!」

「そんな馬鹿な……」

将軍はあまりの事に言葉を失うが、それも一瞬で直ぐに迎撃の体制を取らせる。

「とにかく、直ぐに部隊を反転させろ。それと、総司令部に連絡! 我奇襲を受けり、とな! しかし、ガルメシアの戦車はなんて速度だ……」

ガルメシア軍の進撃速度は陸上兵器とは思えない程のスピードで迫って来ており、エイジアの地上軍と接触するのももう後二〇分と掛からないだろう。何とか迎撃の体制を整える事に成功し、敵の先陣が視界に入って来る。それは、砂埃を巻き上げながら一メートルほど浮いた状態で相対する。

「まさか……ホバー戦車なのか? まあいい、とにかく、敵が射程圏内に入れば砲撃を始めろ! 距離四万で自走砲は砲撃開始! それと期待できんだろうが、航空支援の要請もしておけ、ジュピトリスにもな!」

 現状は空からの支援は期待できないが、それはガルメシア側としても同じで、純粋に陸上戦力同士の戦いとなる。スピードではガルメシア側に部があるだろうが、所詮空中に浮く物である以上それ程頑丈な物は出来ないだろう。それであれば、面で制圧すればいい、将軍はそう考えていた。そして、それを実行に移す。

「ガルメシア距離四万切りました!」

 オペレーターの声反応する将軍。

「ファイヤー!」

 将軍の命令が直ぐに実行され、エイジア側の砲撃が一斉に始まり、砲弾がガルメシア軍にたいして次々と落ちて行き、辺りは爆音と硝煙の臭いが立ち込める。

「砲撃の手を休めるな、それと、後方に歩兵の準備をさせておけ、必ず奴らは前進してくるぞ! 距離一万で戦車も砲撃を開始し!」

 将軍の言葉通り、ガルメシア軍は反撃を開始し始める。

「ガルメシア軍距離二万二千! ガルメシアからの砲撃きます!」

 ガルメシアの砲撃は次々とエイジア側の戦力を削って行く。エイジア側の行った攻撃は機動力を生かしほとんどが避けられたようで、ガルメシア側に目立った損害は見えなかった。

「距離二万!」

「AIをリンクさせて各個に砲撃開始! ファイヤー!」

 一斉に放たれた砲弾は、AIにより統制射撃された砲弾は射程距離の中にかなり入り込んでいたガルメシア軍の戦車を確実に捕え、前面に展開していたガルメシア軍の戦車を確実に擱座させその突撃速度を鈍らせる。そこに後方から続いていたガルメシア軍とが入り混じり少しの混乱を呼ぶ。

「今だ、各車一斉砲撃開始!」

 一斉砲撃がガルメシアの少しの混乱を突いて放たれる。その砲弾が次々と着弾すると、その混乱は増々広がり、事態を収拾させるためにガルメシア軍は一度軍を引かせるが、そこに追撃を掛けるエイジア。

「敵の後退に食らい付け! 砲撃を続けながら全車全速前進!」

 しかし、ガルメシア軍は後退時に地雷を設置しながら後退を続ける。ホバー機動のガルメシアは地雷を踏むことは無いが、エイジア側に対しては有効で、それ以上の進撃が続けれなくなる。それに気が付かなかった先頭車両の何台かは地雷にかかり大破したが、直ぐに進軍を止め、それ以降は被害を免れる。

「とにかく態勢を立て直せ。それから空軍に連絡をして気化爆弾を使ってこの辺りの地雷の一掃を要請しろ。もっとも、そんな余裕が今の空軍に有るかどうかは解らないがな……」

 将軍はそう言うと暫く黙り込む。



「地上軍の様子はどうだい?」

 フェリスは艦長に話しかけるが、艦長は首を横に振るだけだった。特に状態は好転しているようではない事を理解するフェリス。実際問題、目の前のガルメシア宇宙軍とにらみ合いが続いている状態では地上の事に気を配っている状態ではない。

「とにかく、目の前のガルメシア宇宙軍を何とかしないとね……」

「キャプテン、今のままではガルメシア宇宙軍の戦略的勝利です。彼らは我々をここに釘付けにするだけでいい訳ですから、向こうから攻めて来る事は無いでしょう。何とかこの状態を打開しなければ我々は最終的には敗北するだけです」

 艦長の言葉にフェリスは苦渋の表情を浮かべる。もちろんフェリスもそんな事は解っている。しかし、いたずらに戦力を動かしても被害が増すばかりで何も得る物は無い。戦力差ではジュピトリスが勝ってはいるが、性能差が強く、まともにやっても勝てる訳ではない。それを考えれば何か手を打てるような状況ではない。それが解っている以上フェリスは何も手を付ける事が出来なかった。

「解っている、だが今の段階ではまだ手を出せない。何か今の状態が好転する材料でもなければ動く事は出来ない」

「しかし……」という艦長に対たいし言葉で止めるフェリス。「少し考えさせてくれ」フェリスはそう言うと椅子を立ち、自室に戻る。自室の扉を開け、椅子に座るとフェリスは考え込む。とにかく、これ以上は戦死者を出したくない。フェリスにとってジュピトリスは第二の故郷だ。それにジュピトリスの人間はフェリスにとって家族のような物で、これ以上の戦死者を出したくはなかった。しかし、それでもフェリスは今の現状を変える為に動かなくてはならない。そう言う使命感の様な物がフェリスの中には存在した。

 フェリスは自室で暫く考えたがやはりいい案は思い浮かばない。このままではエイジアはこの戦いに負けてしまうだろう。何とかこの戦いには勝たなければならない。

「さて……どうした物か……」

 フェリスがそう呟き、何処を見るでもなく視線を泳がせる。そして、何かを決めるかのように立ちあがる。

「……打って出るしかないか。動かなければ何も変わる事は無いね」

 そう言うとフェリスはブリッジに戻り、席に座る。

「何か変わった事は?」

「ありません」艦長の言葉に頷くフェリス。

「艦長、全艦に回線を開け」フェリスの言葉に敬礼で答える艦長。そして、直ぐに全艦に回線が開かれる。

「こちらジュピターのフェリスだ。みんなよく聞いておくれ」

 そこで一呼吸おいてまた話始める。

「あたい達は今窮地に立たされている。もっとも、あんた達はお気楽だからそんな風には思っちゃいないかもしれないがね。まあ、そういう奴の事は置いておいて、実際あたい達は今負けかけている。いや、あたい達自身は勝ってる。でも、全体的に見てあたい達は負けているのは事実だ。そして、それを勝利に導けるのはあたい達しかいない! みんな、これからその勝利への戦いを始めるよ! あたいに付いてきな!」

 フェリスの言葉に下がりかけていた士気は上がり、そしてそれを感じたフェリスは全艦に命令を下す。

「全艦、レールガン一斉射撃! 敵の陣形を突き崩せ!」

 フェリスの命令と共に、ガルメシア軍対して無数の質量弾が打ち出される。そして、それのいくつかは確実に被害を受けているが、それでも前面に展開した戦艦が盾になっており、後方の駆逐艦や巡洋艦にはあまり損害を与える事は出来なかった。しかし、それでもフェリスは射撃を継続させる。

「どんどん撃ってやりな! 砲塔数はこちらの方が多いんだ! 相手に反撃の隙を与えるんじゃないよ!」

 更に打ち続けられる質量弾。しかし、ガルメシア側も反撃を開始する。暫くは質量弾が飛び交う戦闘が継続するが、距離が離れているため、双方決定打にはなっていない。

「ヒマリアの準備はできてるかい? 完了次第直ぐに発進させな! 戦闘機にガルメシアの横を突かせるんだ! 相手の空母はもういない、制空戦闘機はほとんどいないだろうからやりたい放題だよ!」

「ヒマリア準備完了、発艦します!」オペレーターの言葉に頷き、エウロパからヒマリアが飛び出していく。その数は多く、二個中隊九八機の編隊がガルメシア軍の右翼側に回り込む。それに釣られるようにガルメシア軍の一部がヒマリアの方に向きを変える。

「方向転換しているガルメシア艦に砲撃を集中しろ!」

 フェリスの命令は即座に実行され、ガルメシア側に少なくない損害を与える事に成功するが、ここに来てガルメシア側が戦艦の主砲の位置まで距離を詰める動きを見せる。

「高エネルギー反応! 砲撃きます!」オペレーターの声に艦長は即座に答える「エネルギー減衰層展開!」それに残酷に答えるオペレーター「間に合いません!」

「総員何かに掴まれ!」フェリスの言葉に反応できたものはほとんどおらず、凶悪なまでの衝撃がジュピターを襲う。電源系統が切れたのか、辺りは非常灯の赤色に染まる。

「被害状況報告!」

 艦長の言葉に即座に答えるオペレーター。

「本艦左舷に被弾、空気流出が止まりません!」艦長がすかさず命令する「隔壁閉じろ! その他被害は!?」被害状況の映る画面を見ながらオペレーターが答える「機関出力七〇パーセントまで低下、その他武装にも被害、主砲は暫く使えません!」

 艦長は苦しげな表情を見せる。

「キャプテン、艦長として艦を守る義務があります。一旦後退を進言いたします」

「わかった、艦長の思う通りにすればいい。だけど、下がり過ぎない様に。全体の見通しが悪くなるからね」

 フェリスの言葉に敬礼で答える艦長。

「艦を陣の中央まで下げる、手の空いている者は総てダメコンに廻れ!」

「キャプテン、各艦から指示を求められています!」

 その言葉に乱暴に自分の頭を掻きながら答えるフェリス。

「あたいがいないと何もできないのかい? 中級指揮官は何をしてるんだい? 攻撃は続行、ヒマリアが側面から攻撃をしてるんだ、正面からの圧力を強めるんだよ!」

 ヒマリアの攻撃が側面からかけられる事でガルメシア艦隊も少なからず被害が出ていた。そして、それに伴ってジュピトリス艦隊に対する圧力も減ってきている。ガルメシアも少ないながらも直掩機を上げているが、やはり空母がいなくなったこともあり、ほとんどが対空砲火での攻撃がメインになっている。しかし、それではなかなか撃ち落とす事がかなわない状況だ。しかし、それでもジュピトリス艦隊への攻撃は続けられ、艦隊同士での戦いであれば、まだまだ互角以上の戦いが出来るような状態だ。

「もう一押し欲しいね……」フェリスはそう呟く。その時エイジア地上部隊から緊急連絡が入る。

「キャプテン、地上部隊から連絡です! ガルメシアの有力な地上部隊の奇襲を受け、空軍、陸軍共に援軍の要請をしてきています」

「全く次から次へと……。とにかく、こちらにも今は余裕はない! 自前で何とかしろと伝えろ!」

 フェリスの言葉に艦長が話しかけてくる。

「よろしいのですか?」

「仕方ないだろう、こっちにだって余裕はないんだ。逆にこっちが援護をして欲しいくらいだよ」

「それはそうかもしれませんが……」

 艦長の言葉にフェリスは少し考える。今の状況では空挺降下を行う事は出来ないだろう。さっきと状況は対して変わっていない。それをどうすればいいのか? フェリスは内心そう思ってはいたが、確かに、この作戦の主要部隊である地上軍を全くの援護なしでほっておくのも心もとなくは有った。

「キャプテン。空挺降下は無理でも上空援護の航空部隊だけでも送ってはどうでしょうか?」

 艦長の言葉に顎に手を当て考える。それが出来ればかなりの援護が出来る可能性もある。フェリスは今の状況を確認する。

「ヒマリアの準備状況はどうだい?」オペレーターに問いかけるフェリス。

「空挺降下用の援護機の準備は整っています」

「数は?」

「一個中隊四八機です」

 そこでまた考えるフェリス。そこに艦長が声をかけてくる。

「このまま地上軍を見捨てるわけには行きません。一個中隊だけでも送りましょう」

「しかし空戦の真っ最中で蜂の巣を突いた様な状態だよ、そんな所に送っても大丈夫かい?」

「では迂回させて友軍の支配地域であるサウジアラビア上空から降下させましょう。そして、そのまま地上軍の援護、余裕があれば空軍の援護にも回らせればいいでしょう」

「その後の回収はどうする?」

「弾薬、燃料の補給は友軍基地に降りればできるでしょう。まあ、弾薬の補給は規格が違うので燃料のみになるでしょうが、ヒマリアと同時に整備兵と弾薬も降下艇で下せばその後も再度出撃は可能でしょう」

「わかった、やってくれ。エイジアへの連絡も頼む」

「解りました」艦長はそう言うと直ぐに部隊の編成を行い、エイジアの地上の空軍基地にも連絡を入れる。

「エウロパを一旦下げるよ。絶対にエウロパを攻撃させるんじゃないよ! 全艦ミサイルと質量弾を一斉射撃! ファイヤー!」

 一斉に撃ち放たれた質量弾とミサイルはガルメシア艦隊の眼をそらさせるには十分な攻撃を加えた。その間にエウロパ級二隻は一旦後退し、ヒマリアは大気圏往還機三隻を伴ってサウジアラビア上空に慣性飛行で潜伏しながら航行を開始した。到着まではおよそ一時間ほどだろう。それを見送るフェリス。

「さて、あたい達は目の前のガルメシア艦隊を何とかしないとね。敵艦に動きはないかい?」

 オペレーターはそれに答える。

「今の所目立った動きは……。いえ、たった今ツキ級に動きがありました。ヒマリアの部隊に対して相対する形にまります。前面のタイラント級とウェイン級が展開して防御陣を敷いています!」

「ヒマリアの状況?」

「撃墜数は一割ほどですが、弾薬底を尽きかけています。そろそろ帰投させなければ持ちません」

「第二次攻撃隊の準備は?」

「完了していますが、一個中隊が限度です。それ以上はまだ準備が整っていません」

「わかった、準備の出来ている一個中隊を今度は左舷から攻撃を加えさせろ。それが到着するまでは今のヒマリア部隊は駆逐艦を引かせるんじゃないよ! それから、艦隊は距離を詰める! ここで一気にかたを付けるよ! ヒマリア発艦後エネルギー減衰層を三重に張って突撃をかけるよ!」

 フェリスの言葉に直ぐにオペレーターは命令を実行する。

「ヒマリア部隊発艦完了、エネルギー減衰ミサイル発射」

「突撃!」

 フェリスの命令と共に全艦が一糸乱れず一斉に動き出す。それに合わせたかのようにガルメシアのウェイン級、タイラント級の高出力のビーム砲を一斉に撃つが、その威力を半減させ、ジュピトリス艦隊には大きな被害もなくその進撃速度を落とす事は無かった。

「ガルメシア艦隊から新たに質量弾の砲撃を確認、ガルメシアからの質量弾来ます!」

「全艦回避運動!」

 ランダムに動く艦隊運動で質量弾の殆どは回避運動により避けられ、ガルメシア軍とジュピトリスの距離は縮まって行く。

「有効射程距離まで後一〇〇キロ! 最後の減衰層抜けます」

「全艦全速前進! 一気に距離を詰めるよ。有効射程に入ったら全艦一斉にウェイン級とタイラント級に狙いを絞って砲撃開始!」

 減衰層を抜けた事が解ったガルメシア側の戦艦部隊は一斉に砲撃を開始する。ガルメシア側の砲撃は確実にジュピトリス艦を撃ち抜き、常闇の宇宙空間に花火の様にその乗員もろとも大輪の花を咲かせながら原子の塵に戻って行く。しかし、それでもジュピトリス艦隊は突撃の速度を落とさない。ここで速度を落とせば更に被害が拡大する事が解っているからだ。各艦の乗員はそれそれの信じる神に自分の乗艦に被弾しないことを祈りながら突撃を続ける。

「距離一〇〇切りました! 有効射程内に入ります!」

「ファイヤー!」フェリスの号令と共に全艦からあらかじめ割り当てられていた目標に対して一斉に砲撃が開始される。そして、それはウェイン級とタイラント級に総て吸い寄せられるかのように着弾し、その機能を停止させていく。ほとんどの戦艦が今の一撃で撃沈ないし大破し、それに伴ってイトカワ級、ツキ級は大混乱に陥る。その隙を突くかのようにヒマリアが一斉に攻撃を開始し、ガルメシア艦隊は崩壊を始め、それぞれが統制のとれないまま逃走を図る。しかし、それで逃げ切れた艦は殆どなく。ジュピトリス側に拿捕されるか撃沈された。

「なんとか勝てたね……エイジアに連絡。我ガルメシア宇宙軍の撃破に成功。これより準備を整えて地上軍の援護に向かう。と」

 フェリスが艦長にそう声をかけた時、オペレーターが悲鳴の様な声でフェリスに報告をする。

「キャプテン! リングポートより緊急電! リングポートがガルメシア宙兵隊のロボット兵から攻撃を受けているもよう! 至急増援を請うと!」

「艦長、聞いたとおりだ! 空挺降下準備のエウロパ級とガニメデ級を数隻護衛に残して残りはリングポートに急行する! 最大戦速で移動する、落伍艦は後から追いつけばいい! 早くしないと帰る家が無くなるよ! 準備急げ!」



 ガルメシアの敷設した地雷により一旦追撃の手を止めるしかなかった。

「地雷掃討はどうなりそうだ?」将軍は通信員に話しかけるが、空軍はまだ激しい戦闘を行っている最中で、それどころでは無い様で、通信員は首を横に振るだけだ。

「そうか……ジュピトリスの方も同じか?」

「連絡はありませんがそのようです」あっさりと答える通信員。「ふむ……」腕を組みながら椅子に深く腰を掛け考える将軍。当面のガルメシア陸軍の攻撃は無いだろう、将軍はそう考えていた。しかし、それでも一時間位の時間だろう。それまでに空戦が落ち着くとも思えず、更に一時間たてばまだ揚陸途中のガルメシア陸軍の兵器がどんどんと陸揚げされていくだろう。もしその総てが陸揚げされれば恐らく勝ち目はない。少しでも海中に沈める事が出来ればいいのだろうが、何処にもそんな余裕はないのが現状だ。

「さて……どうしたもんかな……」

 スエズに掛かっていた橋は大災害以降使える物は一本。そしてその最後に残っていた橋も早々にガルメシアは落としてしまったようだ。

「制空権が取れていないうちには橋をかける訳にもいかんしな……とにかく、地雷の掃討だけでも勧めんとな。工兵隊の状況は」

「全隊の八割程度は除去できたようです。もう後三〇分もすれば完了するとの報告です」

「わかった。それまでに全部隊に補給を済ませておけ。地雷の除去が終わり次第直ぐに進撃を開始する」

「了解」短く返すオペレーター。暫くは動きもないだろう。将軍はそう思っていた。

「少し休む。何かあったら起こしてくれ」将軍はそう言うと椅子の上で帽子を深めに被り腕を組んだまま眼を閉じる。しばしの休息を取ろうとしたその時、緊急連絡が入る。

「将軍、ジュピトリスより連絡!」その言葉に「読め」と返す将軍。

「我制宙権の確保に至らずも援軍を送る。です!」

「よし、地雷の掃討と補給を急がせろ! ジュピトリスからの援軍の到着は後どれくらいかかりそうだ?」

 時計を確認して答える通信員。

「およそ三〇分後です!」

「わかった、地雷の掃討は作戦機動が出来る範囲で良い! 工兵隊は下げて渡河の用意をさせろ、制空権の確保が出来ている間に橋を架けさせろ! 急げよ!」

「了解! 各員に注ぐ……」

 通信員が各車両に対して連絡を行う。それは大隊から中隊、それが小隊へと一気に伝わり、総ての隊が一斉に動き出す。その中でも工兵隊は前線の地雷掃討から、一気に後方に下がりスエズ運河にまで後退し、本来の任務である渡河橋の準備に取り掛かる。

「工兵部隊スエズ運河に到着。渡河橋の作成に入りました。渡河橋完成まで二時間!」

「よし、作業を急がせろ!」

 将軍はその言葉の後すぐに全隊に向かって通信で呼びかける。

「全隊に注ぐ! 我々の動きを察知して必ずガルメシア軍が我々に攻撃をかけてくるはずだ! しかし、制空権はジュピトリスの援軍によって確保される! 敵をここで食い止め、撤退に追い込め! 幸運を祈る!」

 将軍の言葉とジュピトリスの援軍の言葉にエイジア全軍の士気は上がり、歓声が上がる。

「敵の動きは?」

「まだ動きはありま……いえ、動き始めました!」

「よし、砲兵は射程圏内に入ったらすぐに打ち込め! 敵を寄せ付けるんじゃないぞ、弾幕を張るんだ! ジュピトリスの援軍はまだか?」

 将軍の言葉にレーダーを見ながら答える観測員。

「まだ反応有りません」

「予想到着時間まで後何分だ?」将軍の言葉に答える通信員。

「後二〇分」

「よし、補給科、弾を切らさない様にしろよ!」

「敵、射程圏内に入ります!」

「よし、撃て!」

 将軍の言葉の後すぐに砲兵からの射撃が始まり、爆炎と土煙が上がる。その殆どは有効打にはなってはいないだろう。しかし、それでも敵の進軍を鈍らせる事には成功しており、先ほどの勢いはなくなっている。それでも、普通の戦車の倍以上の速度は出ている。しかし、確実に数量の戦車は擱座しており、その数台が他の戦車の行く手を遮り、進軍速度は確実に下がっている。

「このままでいけば援軍到着まで持ち堪える事が出来そうだな……」

 将軍が呟くが、それを嘲笑うようにガルメシア軍の進軍速度が上がる。

「敵進軍速度が上がります!」

「馬鹿な、どうやって障害物を乗り越えているんだ!?」

 将軍はレーダーを見ながら思わず叫んでしまう。レーダーの画像では明らかに擱座した戦車の上を進んでいるように見える。それを実際に自分の眼で確かめるために将軍はキューポラから外を覗く。そこには驚くべき光景が見える。

「まさか、ホバー機動であんなに高く上がれるのか!? ホバーではないというのか?」

 そう、そこには擱座したガルメシア戦車の上を超えるように飛行しながら進軍する戦車の姿が見えたのだ。

「拙いぞ……このまま進軍速度が上がれば、直ぐに混戦状態になる。そうなれば、我々は……」

「敵砲弾来ます!」

「回避しろ!」

将軍の言葉に全車一斉に動き出すが、回避機動のせいで弾幕は薄くなり、その隙をついてガルメシア軍は距離を詰める。

「これ以上の進軍を許すな! 全車一斉砲撃、撃て!」

 各車両AIで制御された砲弾をガルメシア軍に向かって放つ。それにより、何両かのガルメシア軍戦車が鉄くずに変わるが、それでも進軍速度は変わる事は無い。

「ジュピトリスの援軍到着まで後どれくらいだ?」

「およそ五分!」通信員の言葉の後に直ぐに観測員が声を上げる。

「電離層を抜ける飛行物体あり、IFF確認……援軍です! ジュピトリス来ました! 到着まで後三分!」

「よし、前衛は防衛ラインを下げ、後衛は上げろ! 層を厚くするんだ、工兵隊に近づけさせるなよ! 各個に砲撃開始!」

 その間にもガルメシア軍は前進を続けており、その距離は縮まって行く。そして、その距離が縮まると、ガルメシア戦車から複数の小物体が降りる。

「敵兵戦車より降車! 数約三〇〇〇!」

「馬鹿な! あれだけの速さで動いていた戦車から降車だと!? そんなバカげたタンクデサントが有る物か!」

「しかし、実際に歩兵が確認……いえ、人間ではありません! アンドロイドです! ガルメシア軍、アンドロイド兵を戦車より降下させています!」

「アンドロイド兵だと!? くそ、遂に出て来たのか! とにかく、奴らを近づけさせるな! こちらも歩兵を出せ! ジュピトリスはまだか!?」

「ジュピトリス到着まで後一分!」

「将軍、敵戦車及びアンドロイド兵高速で接近中! 前衛部隊が接触します!」

「これ以上近づけさせるな! 一旦後退させろ!」

 将軍の命令は直ぐに伝えられ、前衛部隊は後退するが、それに食付く様に前進するガルメシア軍。

「なぜ前衛部隊は反撃しない!?」

「敵戦車が浮上しているため、仰角が合わせられません!」

「拙いぞ……このままではジュピトリスの援軍が無意味になる……」

 ジュピトリスの援軍が到着してもこのまま敵味方が入り混じった状態では攻撃を仕掛けられない事は明白で、何とかこれ以上混戦を避けなければならない。もちろん、ガルメシア側もそれを狙っての事だろう。

「仕方ない、隊を二つに分ける! 前衛部隊はそのまま前進、後衛部隊は射撃を行いつつ後退する! ガルメシア軍も前進する我々には射撃は出来ないはずだ! 急げ、援軍がもうそこまで迫っている!」

 前衛部隊は全速でガルメシア軍の直下を進み、後衛部隊は射撃を続けながら後方へ下がる。それによって、ガルメシア軍は前衛部隊と後衛部隊の空白地帯にさらされる事になる。しかし、その頃にはエイジア軍の殆どの戦車は仰角を超えており、僅かに後方の部隊が散発的にガルメシア軍を砲撃するにとどまっていた。しかし、それはガルメシア軍も同じで、エイジア軍を砲撃できる程高度を落としていなかった。しかし、なおもガルメシア軍は前進を続け、ガルメシア軍の後衛部隊の戦闘に差し掛かろうとしていた。

「ジュピトリスより通信!」

「来たか!」

『遅くなりました将軍。我々はこれより、ガルメシア地上軍の攻撃に入ります! 気化爆弾を使います。衝撃に備えて下さい』

「援軍感謝する! 全車、対衝撃態勢!」

『気化爆弾投下五秒前、四、三、二、一……投下!』

 その合図と共に数発の気化爆弾がガルメシア軍中央、左翼、右翼に向かって投下される。その範囲は最小限に留められ、エイジア軍にはほとんど被害は及ばない様に設定されていた。しかし、最小限に設定されていたため、ガルメシア軍もその三割を減らすにとどまっていた。しかし、本来であれば、三割減らせば軍は後退を始める。そう言う意味ではこの攻撃は成功したかに見えた。しかし、それでも尚ガルメシア軍は前進を止めず、エイジア後衛部隊に襲い掛かる。

「将軍、ガルメシア軍前進を止めません!」

「何!? これ以上前線を下げる訳にはいかない! とにかく、前衛部隊を反転させ、後方より射撃を行わせろ!」

「しかし、それではフレンドリーファイヤーの可能性が……」

「構わん! 今はそれしか方法が無い!」

『将軍、我々はこれより対地ミサイルによる攻撃に移行します』

「わかった、我が軍後衛に近づきつつある敵軍を優先的にやってくれ!」

『了解』

 上空援護のヒマリアから対地ミサイルが放たれる。それは、エイジア陸軍の後衛に差し掛かっているガルメシア陸軍の戦車に吸いこまれていき次々とそれを鉄の棺に変えて行く。それを四度程繰り返すと、ヒマリアの編隊は更に上空に上がり、周辺の警戒に当たる。そして、一個中隊四八機総てがミサイルを打ち終わる頃には、ガルメシア陸軍の前衛部隊はほぼ壊滅しており、後続が後退を始めており、それを見た将軍は命令を伝える。

「逃げる敵は追うな。これ以上は戦闘の続行は無意味だ。前衛部隊と後衛部隊は合流して再編成を行え」

 将軍はそう伝えると、もう一つ通信員に話しかける。

「上空のジュピトリスの飛行隊にも連絡を入れろ。支援感謝するとな」

 それだけ伝えると将軍は今まで被っていた帽子を脱ぎ、汗を拭う。そして、ハッチを開け、周囲の状況を確認する。そこには敵味方の戦車の残骸が燃えており、硝煙と血の入り混じった匂いが漂っていた。

「将軍、空軍から連絡です」

「どうした?」

「ガルメシア地上軍の後退と共にガルメシア空軍も引き上げたようです」

「わかった。再編成が終わり次第、予定通りスエズを超えて南アフリカを目指す。それと、予備の師団から戦力を回させろ。このままでは進軍もままならんだろうからな」

「了解」

 外の地獄の様な光景を目に焼き付け、将軍は車内に戻るとハッチを閉め、椅子に座ると手に持った帽子を深くかぶり、疲れがどっと押し寄せたのか先ほど取れなかった睡眠をとる。



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