別れた道の先の五里霧中
「レンドレスと友好条約? 魔族の力による世界の支配を目指そうとして世界から諫められて、それで向こうから国交断絶してきたんだぞ? その魔族との共存だのの方針を破棄する名目すら出さないまま友好関係を結ぶというのか?」
「リューゴ殿下、落ち着いてください。レンドレスなんか信頼できるわけないでしょう! けど長年レンドレスに対してどの国も、外部から干渉し続けてきた。それがほとんど状況は変わってない。接触や鑑賞の仕方を変える必要があるのよ。ひょっとしたらレンドレス共和国解体の絶好のチャンスかもしれない!」
レンドレスとの交渉の場に向かう前に、ロワーナはガーランド王国の皇太子、リューゴと会っていた。
レンドレスからの通信に、交渉の席に着く返事を出したオワサワール側。
その交渉の準備のため、それ以外の対外活動は一切しないという答えが返ってきた。
そのことでオワサワール国内はいろんな意味で安定していた。
その間、ようやく久々にロワーナはリューゴと会う時間を持つことが出来たのである。
激しい言い争いもあったが、リューゴはそれを、オワサワールに対して何もしてあげられなかった腹立たしさを八つ当たりにしているだけど気付き、すぐに沈黙する。
何を言っても言い訳にしかならない。それよりも先を見据え、危ない橋でも状況を打開するなら堂々と進むロワーナの姿勢を見て学ぶべきではないかと彼女を見直す。
例え建前上の婚約であっても、それでもそんな実りのある議論ができたことにその意義も感じ取る。
そして、やはり遠くから見守ることしかできないし、それが彼女に何かの作用が働くわけではないと分かってはいるが、彼女に、無事に戻ってくることを約束させた。
首都ライザラールからミアニムに向かい、その港から海路でレンドレス共和国へ向かうロワーナとその親衛隊。
心配ならば護衛のみなさんもぜひおいでください、という丁重な通信があの後にレンドレスから入ってくる。
今回は友好条約を結ぶ場を作るための準備段階の会合である。
互いに距離感はそんなに近くとろうとはしない。
会合の方向性が急転して刃を抜き合うようなことにはなることはあるかもしれないが、その前に紳士的な姿勢で対面するはずである。
そこでいきなり拘束隔離などなれば、たとえ足並みは乱れていても反レンドレス同盟はその結束はすぐに強まり、一気にレンドレスに攻め入ることも予想できる。
互いに軽率な行動は起きることはないはずである。
ロワーナ一行はレンドレス共和国行きの客船のデッキに座っていた。
まぶしい日差しの下の大きなパラソルの影の中、くつろぐための椅子に思い思いに座っている。
「……彼がかの国にいるかどうか、ようやくはっきり分かりますね……」
「エノーラ、確かに気になるところだろうが、我々はオワサワールと世界が今後どの方向に進むのか、その未来を決める第一段階の場に臨むのだ。……できれば私情は抑えておけ」
エノーラはロワーナの言葉に姿勢を正しくして座りなおす。
ロワーナはリラックスした様子で力を抜いて座ってはいるが、その気持ちは全くぶれてはいなかった。
青い空の中で飛んでいる海鳥の姿がちらほらと視界に入る。
それはレンドレス共和国の港が近い報せ。
客船が港に到着すると、ロワーナ達を歓迎する一団が待ち構えていた。
ロワーナ達が下船すると、大柄な一人の男が近づいてくる。
これまでロワーナもあまり見たことのない、竜が人の形を成している種族。
「は、初めまして……。ひょっとして、ニューロス=ブレア大統領……?」
この国のトップに立つ人物の種族は竜人族。
この種族はこの世界でも珍しく、レンドレス国内にしか存在しないようである。
国交を断絶している国のトップが、無防備にも単身で両手を伸ばし握手を求め、歓迎の意を表している。
その意図が掴めないロワーナは表情を硬くしてその握手に応じる。
「遠路はるばるお越しいただき、ありがとうございます。オワサワール皇国のロワーナ=エンプロア王女ですな。お初にお目にかかります。そしてそちらはお付きの武官の方々ですか」
皇国と共和国。その歴史の深浅を考えれば、いくら年上でも深い歴史を持つ国の王家ということを考えれば、来賓ということもあるが畏まるのは当然の姿勢。
横柄な態度を取られたときの対応を考えていたロワーナは、その心配事が一つ減らすことが出来た。
「まずは会場にご案内しましょう。きれいな海を一望できる宮殿がありましてな。海の玄関口とも言えます」
本来ならば首都にある王国時代の王宮に案内するのが丁重なもてなしと言えるでしょうが、と断りの言葉を付け加える。
彼の父親はレンドレス王国国王。
しかし国の在り方の方針上、世界的に追い詰められつつあった王国は、その息子であるニューロス=ブレアに代を譲り、王政から共和制の国に体制を変えた。
しかし魔族との強い共存意欲が露骨になり、その結果世界すべての国々と国交断絶を決断した。
実質的には体制は王国のまま。その王宮も現役である。
だが建前上、広く知られている共和国を名乗っている。
そうすると王宮や宮殿も元王家の住まいで、現在は職務上の施設。
ニューロス大統領はロワーナ達に社交辞令も混ぜながら、この国の現状の紹介をしながら話し合いの会場となる宮殿に案内をする。
その会場の部屋にいたのは、真ん中のテーブルの左右に座っている、やはり同じ竜人族の女性二人。
一人はロワーナに近い年齢と思われる。
そして部屋の奥の壁沿いに十人、鎧をまとった護衛兵が並んでいた。
ニューロスはテーブルの奥の席に着く。
「さぁ、お座りになってください、ロワーナ王女。……紹介しましょう。我妻のヘミナリアと娘のミラノスです」
「ようこそいらっしゃいました」
「初めまして」
親衛隊もロワーナのそばの壁沿いに立ち並び、ロワーナが入り口に近い椅子に座ったのを見てニューロスは二人の紹介をする。
彼女達が挨拶が終わった後、さらにニューロスが紹介の続きを始めた。
「実は娘のミラノスは、先日結婚式を挙げたばかりでしてな。本来ならば婿も同席させようと思ったのですが、まだ我がブレア家に馴染みきっていないということで、今回は席を外しております。今日のお話しが順調に進められれば、次回には紹介できるかと思います」
ニューロスの家庭内の事情の説明をし始めてから、ロワーナの右側に座っているミラノスが顔を赤くしている。
ロワーナはある意味感心する。
近隣国に対して占拠と解放を繰り返し、国交断絶したまま反同盟の中心となる国から使者を招き入れ、あまつさえ家庭の内部の話をしているその図太さに。
小さめのテーブルが運び込まれ、親衛隊のそばに置かれる。
「何もないまま話をするのも殺風景ですからな。軽食しか用意しておりませんがもしよろしければ。お付きの武官の方々もどうぞ」
ギュールスがみんなのために作った道具の性能に、心身の動きに障害をもたらす物を除去する機能がある。
ニューロスが笑いながら「独など入っておりませんから」という言葉に嘘はないとロワーナは判断したが、それでも彼が作ってくれた道具も念のため活用することにする。
『あれ? ひょっとして思念での通信機能使ってギュールスに声かけられないかな?』
メイファからの通信は、ロワーナと元第一部隊全員に伝わる。
『いなければ反応はない。反応する気がなくても反応はない。反応があったとして、ここで私達はどう対応できるの? どのみちこの会合には無駄な試みよ』
即座にロワーナからの返信が飛んできた。
気落ちする者はいるが、それでも平静を装う親衛隊達。
小腹も空いたこともあり、みんなが一つ二つと軽食に手を伸ばす。
友好関係を結ぶためにどのようにしたらいいか。
協定を結ぶには、規則などをどのようにすべきか。
そのような堅苦しい話はほとんど出なかった。
ロワーナは焦る。
ひょっとしたらまた魔族による占拠と解放が繰り返されるのかと。
その疑問をニューロスに投げかけても、自分の不安を消す返事しか来ないだろう。
その返事通りの行動をとる保証もなし。
何より、被害がない。
そして被害が出たとしても、レンドレスが真っ先にすべき謝罪の相手はオワサワールではなく、占拠した国々である。
レンドレスにとっては、周辺国の占拠はあくまでもその国が標的であり、意外なところから軍勢がやって来て慌てて撤退した、という言い逃れも出来る。
「まぁ国交断絶の状態ですから、他国の情報は入りづらい。どの国がどの国と繋がっているかという情報も入りづらいんですよ」
一度疑い始めると止まらなくなるもので、ロワーナもその状態に陥っている。
誠意が籠っているがゆえにニューロスの表情はコロコロと変わるとも思えるが、うさん臭く大げさに表情を変えているとも思えなくもない。
ロワーナはこの国に来る前には、レンドレス内部から工作を仕掛けることも考えていたが、どこにどのような仕掛けをするのか、いつ仕掛け終わるのか、いつ内部工作を発動させるのか、そういったことまではまだ見えては来ない。
だが魔族の急襲により振り回されている現状を考えれば、話し合いは決裂というわけにはいかない。
話し合いよりも懇親会と言った方が、この場の雰囲気には当てはまっている。
しかしロワーナにとっては、あらゆる意味でギリギリの駆け引きを続けている。
その必死さは、残念ながらレンドレスのブレア家には伝わってはいない。
何とか友好的な雰囲気を壊さず、結論を出すのは保留にして先送りにすることで精いっぱいであった。