ギュールス、初めての防衛戦 逃避行の末とその後
魔族との戦いは、作戦を思いついてからは早かった。
まずは魔術で水を魔族に浴びせる。
近くの川からもいくらか移送させ、魔族に吸収させる水量を増やす。
流石にスライムのような柔らかさにはならないが、それでも地面に落下したときの地面への衝撃は分散され、吸い込んだ水の量の分は重くはなったが地面のへこみは浅くなる。
道具によって魔力、魔術が強化された第一部隊に第三部隊の力が加わったこともあり、魔族が高く飛び跳ねた位置で瞬時に氷結させることが出来た。
そして落下の衝撃で自らの重さに体が耐え切れず、細かく砕け散る二体の魔族。
全員でさらに細かく刻む。
氷結を解除すると軟体に戻る。細かく刻みやすいのは氷結によって固められているから。
「粘土は意外と燃えにくい。だが細かくすることで熱も個々では伝わりやすくなるから……」
「燃えやすい、ということですね。でもこれだけ細かくなると、体の一部を見落とすことも……」
「問題ない。魔力を持っているようだから、その残骸を辿れば討ち漏らしを防ぐことも出来る」
ロワーナの先見通り、粘土の魔族の体はすべて燃え上がる。
細かく砕かれた体なので、火の手も大きくなることもなく、たとえ大きくなったとしてもすぐに燃え尽き焼失していく。
いるかもしれない魔術師を捜索している国軍を呼び戻し、あとは村民達の安否を確かめるだけ。
「しかし今回もギュールスには助けられましたね」
「粘土遊びか……。みんなは遊んだことは?」
ロワーナの問いに全員がかぶりを振った。
「遊んだことがあったとしても、その記憶がないから……」
「遊具はあったとしても、その代わりになる物もたくさんありましたし」
貴族のような生活をしていたわけではないが、近衛兵に属する者達はみな皇族に近い家柄である。
使用した後は必ず身だしなみを整える必要があるような物を使用するよりも、そうする必要のない物を好む傾向は誰にでもある。
つまり似たような経験を持つ者達の集団の中で、一人だけ別の経験を持つギュールスは、そういう意味でも第一部隊にとっては貴重な人材である。
「今回もギュールス抜きではこんなに早く終結できるとは思いませんでしたが……。子供の避難は出来たんでしょうね?」
「通信で呼びかけても応答がありませんね。魔族に直接襲われてはいないから、何かが起きたとしたら魔族が地面に落下した反動で礫が飛んで……」
「それはないよ。あったらみんな冷や汗ものでしょ? あ、火の魔法で火の粉が飛んで延焼とか」
縁起でもないことを次々と笑いながら口にするのは、村、そして国に迫る危機を、被害を最小限に食い止めて撃退できた心の余裕からか。
第三部隊は、そのアクセサリーのことについては知らされておらず、何のことかと、その会話を不思議な思いを持ちながら聞いている。
「私は念のため、いないとは言い切れない魔族を操っていたかもしれん魔術師の探索にあたる。第三部隊は私と同行。ギュールス並びに村民全員の安否の確認は第一部隊に頼む。第一部隊が確認したら探索から引き上げて本部に帰還するとしよう」
ロワーナと第三部隊がガーランド王国方面の林の中に入っていく。
それを見て第一部隊はギュールスを探しに向かった。
緊張感を保ちながらも笑顔も出る彼女達。
なにも状況が分からない村民達を安心させるための手段の一つ。
避難した後の村の中には誰かがいるとは思えないが、どこから誰が見ているのかは分からない。
誰だって一刻も早く安心したいし、不安なことはなるべく早くなくしたいものである。
ギュールスを探し始めて約十分後、彼女らの笑顔にやや陰りがさす。
「ねぇ、なんかヘンな臭いしない?」
「何かが燃えてる? いや、焼けてる?」
「私らの魔法の飛び火なら早く消さないと!」
「煙が上がってる! 臭いも多分そこからっぽいね! 急ごう!」
それから間もなくして、第一部隊全員が驚いた声が上がる。
そこには火傷を負い、それでもまだ火の気が見える背中を上に向けて気を失って倒れているギュールスがいた。
「ギュールス! 大丈夫か?! 何があった!」
「これ、普通の火じゃない! 魔術の火……。何か攻撃受けたみたい! ギュールス! 誰にやられたの?!」
「それと子供がいない! メイファ! ケイナ! ナルア! ギュールスの治療を急げ! 魔術師か何かが潜んでいるかもしれん! 残り全員で辺り探索! ただし避難場所には向かわないように!」
エノーラが指示を出す。
もしも魔族を操る魔術師がいたら、それはどこにいるかを考えた。
村の外なら、村民が避難している場所を知ることは出来ないはずである。
そしてギュールスにダメージを与えたのが魔術師だとしたら、村の中に入ってきたことになる。
村民達とギュールスが救助した子供の安否を確認するためには避難場所に向かわなければならない。
その自分達の後を魔術師がつけてきたら、彼らが人質になるのは目に見えている。
もし最初から村の中に魔術師が潜んでいたなら、すでに避難場所で村民達が被害を受けているはず。
それならばまず警護をしている国軍兵士達が応戦。
彼らからの連絡がなくても村の異変はすぐに分かる。
しかし彼らから何の連絡もないし、異変も感じない。
既に襲撃を受けてるのだとしても、大勢の死傷者が出ていてもおかしくはない。
魔術師が国軍と村民全員を大人しくさせるにも無理がある。
国軍兵士もそれなりに魔術を扱え、耐性も持っているのだ。
となると、今すぐに避難所に向かって彼らの様子を見に行く必要はない。
付近に不審人物がいないと判明した後に向かっても問題はないはずである。
第一部隊は魔族の討伐は済んだものの、改めて警戒態勢をとる。
そして現状をロワーナに報告。
ロワーナは驚くが、林の中にはいないとも言い切れず、そのまま第三部隊と共に林の中の探索を続ける。
石橋を叩いても渡らないほどの慎重さを保ちながら捜索を続ける。
つまり、行けば事態は判明するであろう避難場所には、第一部隊はなかなか
足を運べない。
事の次第が判明したのは、夕方近い時間になってからだった。
…… …… ……。
第一部隊はその後、ようやく避難場所の建物一つ一つを周ることが出来た。
村民全員が無事であることを確認。
しかしギュールスが救助したのはエルフの幼い子供としか伝わっておらず、名前も性別も不明のまま。
そのギュールスは気を失ったままのため、詳しい話を聞くことが出来ない。
片やその母親は国軍の力を借りて一緒に娘を探し、魔族から襲われかけているのを単独で助けて国軍と合流し避難所に戻ったという話を聞いたのみ。
兵士達からは、途中で母親の姿が見えなくなったが、子供を連れて避難所に駆け込むのを目撃。後を追って確認すれば、その子供を探していたという。
そして子供から話を聞くのは大分後。
避難所に戻るとまたすぐに眠ってしまったらしい。
目を覚ましてからようやく話が見えてきた。
「からだがあおいおじちゃんにおこされたの。おそとにでたら、おっきいのがドンドンっていっててすごかった。おじちゃんがだっこしてくれて、おかあさんのところにつれてってあげるって」
母親はその話を聞いて、魔族の血を持つ者だから体が青いのだ。それはあなたをだまそうとしたのだと娘に説明するが、そこでようやく第一部隊は、ギュールスが救助したのはこの娘だと理解した。
説明をすると半信半疑。
『混族』の噂話はこの村にまで行き渡っていた。
母親は何かを言おうとしたが、ロワーナは機先を制した。
「まずはお嬢さん、そして村民の皆さんに死傷者が出なかったことは何よりでした。暴れていた魔族は討伐。ひょっとして操っていた者がいるのではないかと探索しましたがいないことも判明しました。ひとまず村の危機は去りましたが、この後の村の復興で頭が痛い思いをされるかと思いますが……」
村民達に労わりの言葉をかける。
いくら『混族』と罵られようが、彼は仲間であり、部下でもある。
しかしそれをいくら説得しようとも、頭ごなしに否定する者もいないとも限らない。
かと言って、村民との言い争いをするために来たのではない。
村を襲う物を倒しに来た近衛兵師団と国軍。
こちらにどんな被害があろうとも、まずはそれを第一の目的であり目標とする。
そのことで責められる筋合いでも責めるつもりもないロワーナは、必要最低限の事をつたえると近衛兵を全員連れてその場から立ち去った。
飛竜に乗り、本部に到着したのはすっかり日が沈んだ頃。
昼前に魔族を討伐した近衛兵達は、今回も長い一日を終えようとしていた。