出撃の後処理 幕間
ギュールスは施設内の病院に入院し、一か月たとうとしている。
毎日誰かが見舞いで顔を出す。
名目上は見舞い。
実際には監視役。
『混族』とわざわざ罵りに来る者がいないとも限らない。
ギュールスに余計なことを口にしたり入れ知恵をすることで回復を長引かせないようにするためだ。
そしてギュールスが無理をして訓練や道具作りのために病院を抜け出さないかという二点。
スケルトンの討伐終了時、何が起こったかまったく状況を理解できなかった第一部隊は、帰還後に他の部隊と共にようやく襲撃の現場で何があったのかを把握した。
帰還した全部隊からの報告を受けた元帥は、出動した者達全員に分かってもらえるようにレポートを作成したのである。
襲撃事件には黒幕が存在し、ロワーナがこれを討つ。
その存在を知らしめたのがギュールスであり、彼の動きは他の部隊の行動と併せて時系列順にまとめられていた。
「にしてもなー」
「なんです?」
ギュールスが入院している病院に向かっているのはケイナとエリン。
ケイナが浮かない顔で、独り言とも会話とも分からないぼやきをエリンが聞き留める。
「んー? んー……。ギュールスって、頭よく回るよね。粉塵爆発だっけ?」
「あ、あー。あれは……現場見てみたかったなぁ。爽快だったろうなー」
ギュールスが体験した初めての出撃のことを思い返すケイナ。
続けて二回目のことを思い出す。
ギュールスに自分達の普段の活躍を見せることも目的の一つだったが、結局止めを刺したのはギュールス。
「知恵働かせるタイプなのかなーって思ってたんですけどね」
「あんな力業も出来るのかってねー」
「んでこないだの魔術師には、魔力炸裂でしょ?」
「オールマイティ」
「……おまけに道具作りもハンパないって、つくづく何者? って思っちゃうよね」
ため息交じりのケイナの言葉には、自分もそれくらいの才能があったらという羨望の思いが込められている。
「ダメですよ? マネしようなんて考えたら」
彼女達は確かに精鋭ではある。
同じシルフ族で同じ性別。
かと言って個性がないわけではない。
個々の力では彼女らを上回る兵もいる。
しかし互いの長所を引き出し合いながら、互いの欠点を埋め合うことで、組織力や団体行動において相乗効果も相まって、他の兵科からも一目置かれる成果を重ねている近衛兵師団であった。
それは戦場ばかりではなく巡回の警備や生活面でも生かされている。
ギュールスに影響されて、自分の個性を見失うのが一番危険。
それはギュールスに限らず、同じ部隊のメンバー、近衛兵全員に対しても同じである。
自分の良さを見失うことになるので、長所が伸びなくなるのは間違いない。
相手よりも劣っている自分の特性が目につくので、欠点だらけの自分であるという認識を持ってしまいがちになる。
そうなると、個人の問題だけでは済まなくなる。
所属している組織から外されるケースも出ると、残ったメンバーにも負担がかかる。
欠員がある間は、抜けたメンバーの穴をみんなで埋めた上で、効率も落とさない工夫も強いられることにもなる。
「分かってるわよ。でも自分の理想がそばにいたら、こんな風になりたいって憧れちゃったりするものよ」
これにはエリンも同意する。
成長がなければ価値を認めてくれる者も増えていかない。
価値が認められなければ、その存在自体怪しまれる。
向上心があるからこそ、意味のある成長を高めることが出来る。
向上心は具体的な目標があれば生まれやすい。
先輩後輩にこだわらなければ、ギュールスは身近な目標にはなる。
魔族の血を引く者で、その効果によって功績を挙げているのも確かだろうが、それに依存してばかりではないことも見ていて分かる。
むしろ本人は嫌っている。
「とりあえず、変な奴がくっつかないように警戒しなきゃですね。まさか同僚が足を引っ張るとは思わなかったし」
『混族』に拘らなければ優秀な人材であることは上の立場の者しか分からないことではない。
むしろ一緒に現場に出る機会が多い者の方が分かりやすいはずである。
あまりに強すぎる偏見。遠ざける必要があるのはその偏見であろう。
病院の病室棟に入り、ギュールスの個室に向かう二人。
部屋のドアをノックすると、中から聞こえる返事は女性の声。
「誰か来てるのかな?」
「変なこと吹きこまれてないよね?」
慌てて病室に入ると、部屋から出ようとする中年の女性。
「じゃあ楽しみにしてるわねー。お大事にー。あ、近衛兵の方ね。ご苦労様―」
「はい、綺麗なの作ってあげますからー」
その女性は清掃係のリーゼ。この様子では随分長話で盛り上がっていたようだ。
「えーっと……今の……」
「あ、ケイナさんとエリンさん、おはようございます。中庭でしかあったことないんですが、いろんなとこ掃除してるみたいなんですよね、リーゼさん。っつっ。痛たっ」
大分回復してきたようだが、まだ痛みは体に残っているようだ。
それで長話というのも無理なこと。
「まず体休めなさいよ。って言うか随分仲がよろしいんじゃない?」
エリンがやきもちを焼いているような口調で皮肉めいたことを言う。
「仲がいいっていうか、退院したら髪飾り作ってあげるって話を」
「「!!」」
二人の顔が険しくなる。
「え? あの、リハビリを兼ねて、ですから……」
「私達だって作ってほしいわよ!」
「何で団長にだけあんな綺麗なのを作るのよ!」
「え? えぇ?」
「しかも通信機能付きって、あんたどんだけてんこ盛りにする気よ!」
「あたし達にも作りなさいっ!」
ギュールスは朝っぱらから災難である。
彼から見れば、いきなり押しかけられて、近衛兵としての役目ではなく、道具作りを強制されている。
二人がいきなりなぜそんなことを言ってくるのか分からないし、なぜそれをさせられようとしているのか分からない。
頭がどうにかなるほどでもないが、二人の剣幕は恐ろしく感じる。
そして。
「こらっ! なぁに隠れてんのよっ!」
「難病に罹ってるんじゃないんだから、布団からでーなーさーいーよっ!」
痛みを懸命に堪えながら体を丸くして掛布団の中に隠れるギュールス。
魔族より恐ろしいモノが存在していることを思い知らされた朝。
そしてさらにもっと恐ろしいものが病室にやってくる。
三人は、担当の看護師に、今まで受けたことのない大きな雷を落とされたのである。