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部隊内外の諍い 中庭にて そして第一部隊内で

 団長室を出たギュールスは中庭にいた。

 除草に農薬などは使われておらず、しかも野生の動物もこない。

 今まで口にした草の中で最も安全である。


「あら、もう始めてくれてるの? まだ昼休みなんじゃない?」


「あ、どうも……。まぁいろいろと。って言うか、おばさんもここに除草に来る時間じゃないんじゃ?」


「うん、お昼の時間になるまでの作業がちょっと半端でね」


 清掃業のいつものドワーフ族の女性が清掃中の立て看板を中庭の入り口に立て、中に入ってきたところで食事中のギュールスを見つけた。

 駐留本部内で彼女が気安く話しかけられる、数少ない相手の一人となったギュールス。

 彼にとっても、彼女は気軽に声をかけられる数少ない相手である。


「でもあんたがいてくれて仕事がどんどん進んで助かるのよ。半分以上雑草取るの終わってるし。あたし達の仕事はこればかりじゃないからねぇ」


 しかも芝生を毟ったり、雑草を取り残すこともない。

 ギュールスの職人芸はここでも発揮していた。


「でもおばさんの仕事取っちゃうようなマネして申し訳も」


「仕事よりもさ、この芝生の元気がなくなっちゃう方が心配だからね。と言っても芝生のことばかり気に取られてて、建物の中が汚れ放題になっても困るでしょ?」


 ギュールスは軽く頷き、再び除草作業、つまり食事に没頭する。


 そこに乱入してきた者達がいた。


「……そこで何してるの?!」


 ドワーフの女性とギュールスはその声の方に顔を向ける。


「近衛兵の兵隊さんかい。すまんね。今掃除中なんだよ。その看板外した後に」


「おばさん、いつもご苦労様。でも今はね、そこにいる男が問題なのよ!」


 中庭に入ってきた近衛兵は、食堂で騒ぎを起こした第五部隊隊長のネーウルとそのメンバーの二人。

 道端から中庭が見えるその中にギュールスを見かけて、それよりも目立つ立て看板には目もくれず、足音高く中庭に踏み込んできた。


「……あたしにとっちゃ、清掃中の表示も見ずに入ってきたあんたらの方が大問題だよ! あたしらの仕事を邪魔しに来たのかい?! それとも仕事の手伝いに来てくれたのかい?! もしそうならその男よりもあたしに挨拶すべきなんじゃないのかい!」


 ギュールスに迫るネーウルの威圧感よりも、ネーウルに詰め寄る女性の方が圧倒的に迫力があった。


「こんな汚い恰好してるけど、その分中は綺麗にしているはずだよ! そうする努力をしてるからさ! その邪魔をするってことは、その努力に意味はないってことと同じだよ! あんたたちは戦場で命かけてるだろうけど、こっちはこの仕事に誇りを持ってやってるんだよ。それを踏みにじるようなことは、あたしらはここでは用済みと言われてるも同然! 命かけてることとおんなじなんだよ!」


「その男はあなたたちの仕事を邪魔してるだけでしょうに! この男のどこが役に立つと」


「ボランティアだよ! あたしらの負担を軽くして、あたしらの仕事の効率を上げてくれてるそのどこがあたしらの仕事の邪魔になるってんだい! そうやって文句を言うあんたの方が邪魔になってんだよ! あんたがここにいても何の意味もないんだよ! とっとと出ていきな! ここに来たけりゃ看板外した後に来な! そんときゃ出入り自由になってるからさ!」


 通りがかりの通行人が何事かと、時々中庭を覗き込む者が現れる。

 しかし誰も仲裁に入る者はおらず、足を止めて立ち去る者が途切れない。

 何も言い返せなくなったネーウル達は、女性一人の力で中庭からそんな通りへ追い出された。

 戻ってきた女性はカラカラと笑いながらギュールスに話しかける。


「えっと、おばさん……」


「まったく災難だったね。ま、看板外した後なら自由に雑草取りに来てもらえるし、看板立ってる間は手伝いに来てくれるなら出入り自由。どのみちあんたはここにいつでも自由に来れるってわけさね」


 ギュールスに気を遣わせる時間も与えず、怒声に負けないくらいの笑い声をあげる。


「さて、と。頑張りゃここの雑草取りはすぐに終われそうだね。手伝ってもらえるかい?」


「は、はい……」


 そして除草作業は再開される。


「……なんか、外で誰か騒いでない?」


「そうか? まぁ……外から何かが聞こえるほど静かにはなったが」


「今度は誰かの笑い声。何かあったのかな?」


「外で何があっても別にどうでもいいが……ギュールス、来ないのかな。あ、団長」


 ロワーナが食堂に着くと、第一部隊はまだそこにいた。

 食堂では第一部隊のほかにはちらほらと三人ほど客がいるだけで、にぎやかさは全くない。代わりに落ち着ける雰囲気がそこにあった。

 彼女達は食事は粗方済ませているようだが、ギュールスが戻ってくるかもしれないことを考えてしばらく待つつもりだったようだ。


 しかしロワーナから、団長室での話を聞き、やや気持ちを落とす。

 そこで解散となる前に、ロワーナはギュールスから預かった道具をテーブルの上に出す。

 第一部隊にとっては、ギュールスが何をしようとしてたのかをそこでようやく理解した。

 道具を作れるようになった自慢話でも、報告でもなく、一人一人が用いる術と相性がいいと思われる道具を作っていたことを、彼女達はそこで初めて知る。


「先の、魚の魔族と戦っていた時の様子を見ていて、そこから判断したらしい」


 第六部隊からの抗議を受け、意気消沈とまでいかなくても、前向きな姿勢が削ぎ落されていく中で、自分達のことをしっかりと注意して見てくれていたギュールス。

 あの時の彼の気持ちはいかばかりか。

 その後も、近衛兵達から歓迎どころか拒絶されるような言動を受け続けた。

 それでもこうして形に現れるまでに自分達への思いが強いギュールスの心の内を慮ると、切なく感じてしまう。


「……受け取れません。誰一人として同志からの激しい不服の意見や行動から、彼を守ることが出来なかった私達に、その資格は」


「逆だろう、エノーラ」


「逆?」


 ロワーナは、団長室でギュールスに向けた優しい笑顔をここでも第一部隊全員に向ける。


「今まで我々がギュールスに対してとった行動や態度、かけた言葉への思いが込められてる。ただそれだけのことでいいじゃないか。彼のことだ。今後もそれを期待するという気持ちまではなかろう」


 そう言うと、自分あての贈り物を全員に見せる。


「それは……髪飾り?」


「ティアラ……では?」


「細かい仕事も出来たんですね……。この仕事失っても道具屋で十分生計立てられるレベルですよ」


「団長、それ付けてみてくださいよ」


「あ、あたしも見たい」


 ギュールスのことからティアラへ話題が移る。

 しかし彼女達の気分が晴れるのであれば、それに乗るのも悪くはない。

 ストレートの金髪にそっとその飾りをつける。


「きれーい」


「……私も欲しかったな」


「エノーラがそんなこと言うの珍しいねー」


「ばっ……。私にだって綺麗なものを見たら感動する心くらいは持ってるっ」


 メイファの珍しいという指摘に言い返すその顔は赤くなっている。

 言葉ばかりではなく、彼女のそんな表情も珍しいようで、全員から珍しくいじられている。


「みんな、それくらいにしないか。エノーラ、別に恥ずかしく思うことはないだろう。今度ギュールスに頼んでみるといい」


「はっ、はぁ?! わ、私は別にそこまで」


「じゃあ私は頼んでみよう。ちょっとはおしゃれに気を遣ってみようかな」


「なっ、じゃ、じゃあ私もっ」


「やっぱり欲しかったんじゃない。じゃあみんなで頼んでみようよ」


 メイファの提案は、言いたくても言い出せなかった他のメンバーにはありがたく、欲しい人は何人いるかと言う確認には全員が手を上げた。


「……って、団長……」


「何かな? メイファ」


 全員が団長に冷たい視線を浴びせる。


「その髪飾りをプレゼントされてるって言うのに、その挙げてる手の意味が分からないんですけど?」


「……食べ物をたくさんもらっても、お腹に入らなくなったら無駄になる。だがいくらあってももう受け取れないという物ではないからな」


「いくら何でもそれはありませんっ!」


「そうですよ! まずもらってない人から順番にですね」


 思わぬ時間帯に始まった女子会に、ロワーナは顔をほころばせた。

 ギュールスがこの場にいても問題はないどころか、全員から歓迎されるだろう。

 久々に全員の明るい表情を見て、その思いがロワーナにも伝染するが、少しだけ寂しさも感じてしまった。


「ねぇ、おばさん」


「あー、あたしもあんたの名前知らないままだったね。あたしゃリーゼってんだ。あんたは?」


「えっと、ギュールスです。あのリーゼさん。なんかどっからか女性の笑い声が聞こえてくるんですけど……。また誰かここに来るのかな? 五、六人の笑い声ですよ?」


 ほう、とギュールスの耳のよさに感心する声を上げる。


「あたしには聞こえないから、多分建物の中からだね。さっきみたいなことは起きないさ」


 ならいいんですけど、と食事を再開するギュールス。

 中庭の作業の終了はもう目の前である。


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