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部隊内外の諍い 団長室にて

 深夜の非常事態の出動から戻ってきた次の朝。

 やや睡眠時間が短い夜が終わる。


 それでも毎日決められた予定の一つである、起床して身なりを整えた後の点呼の時間は変わらない。

 点呼は本部に滞留している近衛兵の全部隊で行われるため、団長室に集合することになっている。


「……うん、点呼確認終了。さて、昨夜はご苦労だった。だが魔族はいつどこに現れるか分からないし、傭兵との連携も取る必要もある。体力、魔力その他、そして体調にも気を配るように」


 やや気が緩んだ時間帯。

 本部に滞留している部隊は近衛兵ばかりではない。

 武器や鎧などの物理的攻防に長けた兵や魔術に特化した歩兵隊。

 動物や飼育された魔獣の操縦に長けた騎兵部隊。

 特殊地形兵と呼ばれる森林専門、山岳専門の兵。

 道具の使用や、隠密行動が得意の工作兵などもいる。


 首都内、国内の巡回警備は近衛兵ばかりではない。

 今回の近衛兵のように突然の出動があり、休養が必要な場合もある。

 その時はほかの兵科に当番を変えてもらったりして、予定外の出動に万全を期する工夫をしている。


「今日の首都内巡回は第三部隊になるが、そういうことで歩兵隊に当番を代わってもらった。十分休養を取るように。それから第一部隊は話がある。それ以外は解散。以上」


 第二部隊、第三部隊は退室し、第一部隊の九名が残った。


「で、用件は何です? 団長」


「想像はつきますけどね」


「ズバリ、食糧難でしょう!」


 早朝から下らない冗談を聞かされてため息をつくロワーナ。

 戦場では頼もしい部下達も、緊張から解き放たれればご覧の有様。

 もう少しまともにやらんかとも思わなくはない。


「わかってますよ、団長。……ギュールスの件ですね?」


 エノーラが本題に切り込んできた。


「……近衛兵部隊はみな精鋭揃いだ。とは言え第一から第三までと、第四から第七までは明らかに違いがある」


「プライド、気位ばかりが高いって感じです。合同訓練も相手にならないくらい実力に差がありすぎます」


「その通りだ、ケイナ。その気位ばかりが高いことで、ギュールスへの評価がその属性にしか目がいかない。割と由々しき事態ということだ」


「皇帝陛下もしくはエリアード殿下専属の親衛隊に配属させたらどうでしょう? 人材的には引けを取りません」


 ギュールス本人を前にして、エノーラのこの評価を皮切りに高い評価が次々と出てくるが、本人はまるで他人事のように聞き流している。


「近衛兵はある意味隔離されていると見ていい。あまり人前に出ることはない部隊だ。嫌厭されている者でも周りの目を気にせずに本領発揮できる場ではないかということで、例外と試用も兼ねて配属したのだ」


「配属した? されたのではなくて?」


「私が希望したからな。陛下も殿下も、特にこだわりもなかったようだし。それでも決定権は元帥にあるから、私一個人の思いで決められたことではなかったが」


 第一部隊編成の裏話はここで切り上げられた。

 そして本題に入る。

 ロワーナは深夜の面談での結論を公表し、それを聞いた第一部隊はあちらこちらに呆れる感情を振り向ける。


「あのなぁ……ギュールス」


「いや、ギュールスが悪いわけじゃないでしょう。第四部隊……いや、先日の第七部隊もそうです。頭ごなしに決めつけることが多すぎです」


「団長……団長命令で何とでもできるでしょう」


「私の立場からすれば、近衛兵師団全部隊、誰もが私の部下なのだ。劣っている者がいれば、育て、導く義務がある。ギュールスにだけ温情をかけるわけにはいかない」


「だからといって……功績を誰かに譲るなど、迫害していた傭兵と同じではないですか! ギュールス、お前はどうなんだよ」


「傭兵には、そんな風に自分のことを考えてくれる者はいませんでした。その恩に報いるためでもあります」


「いや、そんなの当たり前だって」


「……ここから外されれば、また元の生活に戻ります。だから……この生活に慣れる必要はありますが、慣れるわけにはいきません」


 なぞなぞみたいなことを言い出したギュールス。

 誰もそれを理解することが出来ない。


「この生活に慣れたら、辞任を命じられたら元の生活に戻らなきゃなりませんから」


 これには誰も言い返すことは出来なかった。

 どんなにたくさんの戦功を積んで勇退したとしても、その後は一人の市井の者として生活をしなければならない。その生活の保障がされているわけではない。

『混族』への考え方がすっかり定着されているのだ。


「こういうことって、際限ないよね」


「どういうことですか? メイファさん」


「例えばその戦功を考慮する。その分の報酬を一旦金融関係に預けて、ギュールスがいつでも受け取れるようにする。ところが肩書を失ってからその報酬を受け取ろうとしたときに、そういうレッテルが貼られてたら……」


「受け取ることが出来ない……。財産没収……まさか」


「有り得なくはないよ? ならその報酬を普通の給与に組み込んで、皆と同額にするとか、あるいは部隊預かりにした方がまだ有意義に使える」


「そんな……そんな悲しい有難さなんて……」


「エリンの気持ちも分かるけどさ……。ね、ギュールス」


「はい? えーと、お腹がそろそろ」


「人が真剣にあなたのことを心配してるのに、お茶らけんな!」


 珍しくメイファが怒る。

 ギュールスのそばに来て、両手で彼の両頬をつまんで引っ張る。


「い、いあいいあい。やええー」


「あたし達は、あんたのことホントに心配してるのっ! 分かりなさいよ!」


「メイファ。多分こいつ、あたし達を仲間だと思ってないんじゃない? いろいろ心配してるのに、頼ってこないし縋りもしない。逆かもよ? ギュールスがあたし達を嫌ってるのかも」


「ナルア……」


「昨日のあの道具屋での対応考えると、もうあそこに行く気がないって感じがしたもの。いつも嫌われてるって体験がそうさせちゃったのかもしれないけど、その責任はあたし達にはないからね? 嫌われてきたその責任まで押し付けられるのも面倒。今までは今まで。これからはこれから。そう切り替えてもらいたいんだけどな」


「……嫌ってはいません。嫌われるかもって思いますけど。だから嫌われないように努力するんです。自分が求めたい物はみんなも求めてる。自分がしてほしいことは、みんなもしてほしい。そうに違いないと」


「それが無報酬で尽くすということか?」


「そうしてもらってうれしいとは思われないかもしれません。が、もらえる物がほかにもあるなら、勿体ないからもらおうって思うことはあるんじゃないかと。……って言うか、そうとしか考えられませんでしたから」


「……なんかずっと似たような議論し続けてきたような気がする。何の発展もないって言うか……」


 アイミがややうんざりした顔で愚痴をこぼす。

 何人かがギュールスに愛想が尽きかけているような顔をしている。


「近衛兵師団のシルフ達は、ずっと近衛兵として配属され続けるんでしょう?」


「そりゃそうね。実力が衰えたなんてことがない限りは、採用されたらずっとその役職ね」


「ならそっちの方が大切じゃないですか。……自分はいつ首を切られるか分からない立場だってのは分かってますから」


 ギュールスの発言には、皮肉も捻くれも嫉妬も何もなく、ただ言葉通りの思いしか心の中には存在しなかった。

 そして今まで何度か伝えたことがある言葉を繰り返し口にする。

 仲間意識よりも、民、国、皇族への貢献を尽くすということと、魔族と親密な繋がりが疑われているレンドレスへの警戒する思いが新たに加わった。


 慣れ合うよりも志を一つにしていることの方が重要で、ギュールスはそれを満たしている。

 ロワーナは全員にそう語り、その思いを下に、新たに結束を強くしようという確認を第一部隊は検めた。


「堅苦しいと言えば堅苦しいが、そう言うのも嫌いじゃないな」


 うんざりしていた者達も、ケイナの一言で気持ちを入れ替える。


「じゃあ困ったときはお互い様ということで。ということで、朝ご飯にいこっか? ギュールス」


「いや、団長からの話はほかにないか確認しないと」


「お腹減ったとか言ってたお前が言える立場か」


 機嫌を直したメイファからの誘いを留まらせるギュールス。

 彼への呆れたロワーナの言葉に笑いも出る気持ちの余裕が生まれた第一部隊であった。


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