気が休まらない休養日 次回への備えも含め
ギュールスは本部に戻ってから、メイファとティルに施設の資料室と図書室を案内してもらった。
適当な資料を手にすると、続けて道具作りの部屋となる工房と、道具の試用目的も兼ねる訓練場も場所を説明してもらい、まずは工房で二人と別れた。
二人はギュールスと別れた後、団長室に向かう。
すでにロワーナは外出先から戻って来ていて、休養日にも拘らずその時間を惜しんで事務仕事をしていた。
「む? ご苦労。目的は無事に果たせたか? ……って、どうやらまた何か起きたようだな。話してみろ」
二人の顔を一目見ただけで何か異変を察知するロワーナ。
ギュールスに告白した、他の物には誰一人として知られることのない皇族特有の秘密の力の助けもあるとはいえ、流石上司である。
二人は事の顛末を漏れなく報告する。
「ギュールスの気持ちの持ちようの上下の激しさったらないな。……店の一件についてはともかく、部隊ごとで認識が違うのは問題があるな」
「ですが、店の件についても……」
「何か特別な問題でも起きたか?」
代金の代わりに防具と引き換えに商品を受け渡すことを告げられたこと。
間近にいたわけではなかったからはっきりとは分からなかったが、先にカウンターに置いた代金は銀札三枚。
この世界で流通している貨幣の種類は下のランクから銅、銀、金の三段階になっており、それぞれ、硬貨、それが十枚で札一枚、その札が十枚で塊となっている。塊は札が何枚か重なって厚くなった物のような形状をしている。
その塊十個で上のランクの硬貨一枚となる。
ちなみに前回その道具屋でギュールスが渡したお金は銀貨二枚。前回に比べたら破格である。
いくらなんでもいろいろと感覚がずれ過ぎだろう、とロワーナはため息をついた。
出す方も出す方だが、求める方も求める方である。
「もうその店に行くつもりはないようです。ただ、いつまで近衛兵の所属が許されるのか分からないということも分かっているようで……」
「エリアード元帥がダメと言えば、彼は部外者になってしまう。我々も同様だが、種族と性別も編成基準になるから彼ほどではないが……」
「そして帰ってくるなり道具作りを始めました。爆薬や回復薬は作れるでしょうが、呪符などは普通の者は作れる物ではありませんが」
ロワーナは彼に関するこれまでの報告の記憶を探る。そして思い出した。
「そう言えば冒険者としては魔術師として登録しようとしたらしいな。つまりその素養がある。呪符に込められている力も持っているのだとしたら、自分で作ろうと思えば作れなくはないか」
それはメイファもティルも、ロワーナが気付くまで思い出そうともしなかったことだった。
ロワーナは席から立ち上がる。
もしもその防具を身に付けていなかったら、ギュールスは道具屋で道具を入手し続けることが出来たはずである。
そして防具を身に付けることを義務付けたのはロワーナ。
今の彼を遠くから見守るだけでは不義理ではないか、と考えた。
「ふむ……大体の事情は分かった。彼の様子を見てこよう。二人とも、ご苦労だったな。後は食事の時間まで自由にしていいぞ」
メイファとティルは軽くお辞儀をして団長室から出た後、ギュールスは本部内の店が立ち並ぶ施設に赴いた。
皇族の隠された力をギュールスに告白したのは、気の迷いだったのだろうか。
ロワーナは工房に向かいながら考える。
近衛兵師団の切り札として、国軍の奥の手として手元にずっと置いておきたい。
彼がどれくらいの力を持つのかは、そんな表現をしても間違いはない。
彼を取り巻く、おそらくは彼自身は望まない環境にその身を置かなければならなくなった原因はただ一つ。
望まないわけではないが時々重荷に感じることがある、自身が身を置く今の立場。そうなった原因はただ一つ。
同じ思いを分かち合えるかもしれないことで、彼の環境を改善することにより自分が望む彼の立ち位置を維持できるのではないかという、そんな無意識のうちに感じた思いが、彼へあの告白に至ったのだろう。
断じて同情などではない。
そんな思いを、情けをかけても彼は何も感じないはず。
彼の周りに何の変化も起きないのだから。
それは自分とて同じこと。
ただ、少しくらい安息の場があってもいいだろう。
これまでの彼の功績と、彼が受けたそれらの対価を考えた時に、それをなくして公的立場に立つ自分の思いを通すのは、あまりに都合がよすぎるのだ。
しかし他にも分かっていることがある。
それは、ギュールスを手元に置くことを決定する力は自分にはないことを。
彼もそこは見透かしている。
そしておそらくはそんなことを見通すことが出来るようになれるほど過酷な経験を積んできたのだろう。
「ふ、その安息の場を求めてるのは彼ばかりではない、と言うことか? ……まぁ、否定はせんがな。さて……」
答えが出ないただの思考を煮詰めただけの理論に、適当な妥協を込めた結論を引っ張り出して終結させた。
目の前にはその工房があるためだ。
扉を開けて奥に入る。
何人かの人物がその工房を利用して、何やら道具作りに精を出している。
ロワーナは彼らの仕事の邪魔にならないように、静かに中に進む。
ギュールスが一番奥で作業をしているのを見つけ、作業の内容が分かるくらい近い場所に移動した。
「精が出るな。何をどれくらい完成させた?」
ギュールスの作業の手が止まるのを見て、ロワーナは周りで作業をしている者達の邪魔にならないように、ギュールスにしか聞こえない声で囁いた。
「この作業は火と雷撃の呪符が一枚ずつ。魔力が浸透するまでもう少し時間はかかるかな。同時に作り始めたから……って団長?!」
「素っ頓狂な声を出すな。周りに迷惑だろう?」
周り者達ははギュールスの声に驚いて彼の方を見る。
が、ロワーナのことは誰も眼中になく、ギュールスの方を見て一様に顔をしかめるのは、やはり集中しなければならない作業を邪魔されたためか。
ギュールスはいつも見る体を小さくする姿勢よりもさらもっと体を縮こまらせる。
あちこちからため息が漏れ、再びそれぞれが作業をする音がまた聞こえ出す。
ギュールスにしてみれば、休養日とは言え忙しい身のロワーナ。
予定は新聞社へ取材を受けに行くことばかりではないことくらい、ギュールスも予想は難くない。
そんな彼女がそばに来る。
新人に気にかけるのは上司や先輩の義務の一つだろうが、たかが自分にそんなに頻繁に彼女が近づく理由があるのだろうかと疑問に思う。
「話が耳に入ったからな。道具を売ってくれる店が街中にはなくなったようだと聞いてな」
ギュールスは深くため息をつく。
「そんなことは今までも何度かありました。あの力を使えばなんとかなりますよ。でもあるには越したことがないので、自分でも作ってみようかと思ったところでした」
自分達が道具一切を使えなくなったら、戦闘ばかりではなく日常生活にも支障をきたすこともある。しかしギュールスにとって深刻な問題ではないらしい。
さらに一部、道具の作り方も身に付けたようで、ロワーナが話しかけてきたタイミングも彼にとってちょうどよく、資料と道具を手早く片付けて彼女に作業終了を告げる。
ロワーナはそれに応じてギュールスと共に工房を出た。