気が休まらない休養日 気を休める必要がない彼
ギュールスとその付き添いのメイファとティルは本部から外出。
今度は本部の馬車を手配し、ウォルト=ウァレッツ道具店へ向かった。
ギュールスが近衛兵となってからは二度目の来訪で、メイファはやはりこの店の対応に目を丸くするが、付き添いのティルも二度目でメイファほど驚きはしないものの、お金の無駄遣い、ぼったくりとも思えるギュールスが出す金額には閉口した。
「……随分物が良さそうな装備じゃの。それ、寄越さんか」
「……これは預かり物なので」
「黙れ。お前じゃ宝の持ち腐れってやつじゃわ。でなきゃ他の店に行きな。あぁ、その金は置いてけ。入店料じゃ」
この店の店主である老婆、ウォルトの言葉におとなしく従うギュールス。
老婆の前でちょこんと頭を下げる。
「……今までありがとうございました。……お世話になりま」
「耳が腐る。とっとと出てけ、『混族』がっ」
店を出る直前に、出入り口で待っていた二人がギュールスに声をかける。
「ギュールス、いくら何でもあの対応は」
「いいんですよ」
「良くないだろう! これじゃ脅迫」
「今まで……いい夢を見せてもらえましたから」
「「夢?」」
ティルは思い出した。
最初にこの店に訪れて、その帰りの馬車の中でのギュールスの話のことを。
「……もう、この店に来ることはない、ということか」
「今まで十分にお世話になりましたからそれはいいんですが……」
他の店ではどこも商品を売ってくれなかった。それがここでは、どんなに高額だろうと、どんなに品質が悪かろうと、販売してくれたのだ。
幼い頃に、養ってくれた家族と一緒に訪れた店。
昔の楽しい思い出が、いつかまたやってくると信じてきた。
お金なら、なんとかすれば工面は出来る。
しかしこの防具は自分のために誂えてもらった物。
しかも、近衛兵という条件でないと身に付けられない物。
団長以下、第一部隊の全員からは受け入れてもらったものの、配属が変えられてしまえば身に付けることは許されない物でもある。
いわば借り物。
自分の自由な意志によって扱える物ではない。
「お金は返してもらったらどう? まるで手切れ金じゃない。返してもらえたら、あの夢がまた現実になるかもしれないよ?」
ギュールスはティルの言葉に首を横に振る。
「たくさんの誰かが嫌がることはやるなって、養ってくれた家族達から、そう教わりましたから。それに、最後の最後にあの店主から教わったことがありました。とても、大切な事」
ただ金をせびり取っただけではないか。
それで何を教わったというのか、二人は全く予想もつかない。
「自分が何者であるかってこと、思い知らせてくれました。おんなじ目をしてましたからね」
「誰と?」
「本部の店ですれ違った……近衛兵の先輩シルフと」
ほんの一瞬だが確かに自分に向かって睨みつけてきた近衛兵の目つきが、この店の店主の睨んでいた目つきと同じ感情を含んでいたように見えた。
彼をそんな風に見ていたのかと確認するように二人は見合わせる。
「どんな名称で呼ばれても、自分そのものは変わるはずはないんです。危うく傲慢になるところでした。一人で魔族を大勢倒したなんてあちこちで言われたりしたら、いくら自分でもそう思ってしまいかねない」
二人が声をかけようとするが、その前にギュールスが動き出すのが先だった。
悲しい顔をしながらも、ギュールスは何事もなかったかのように道具屋を出て、外に待機していた馬車に乗り込んだ。
「……第一部隊から第三部隊の三つの部隊はね」
店に向かうまでの馬車の中では、ギュールスは二人と一緒に客車の座席に座っていたのだが、この帰りの車中では一度目の往復と同じように床の上に座っている。
まるで自分の振る舞いはやはりこれが相応しいのだと自分に言い聞かせるように。
そんなギュールスにメイファは静かに語り出した。彼へ特別な思いや目的もなかったが。
「ほとんど駐留本部で待機してるの。当番で街中を警備の巡回や出動命令とが出る以外はね。でも第四から第七は、ライザラールもそうだけど、国内の治安のための巡回でずっと外回り。当番が終わったら帰還するけど、本部に滞在する期間は短いのよね。目的が自分たちが使う物資の補充が中心になるから」
メイファの話を聞いているようだが、目線は斜め下の床に向けたまま。
「けどこれからは本部で道具を買い求めることになるのよね。あっち行ったりこっち行ったり、時間のロスが大変だったけど、その問題も解決……かな?」
ティルの言葉には首を横に振って反応を示す。
「……資料がたくさんあるところに案内してもらいたいんですが」
「資料? 何の?」
「道具作りです。自分でも作れるのがあるかどうか」
二人には本部に到着するまで、ギュールスに差し伸べる言葉を見つけることができなかった。