表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
50/123

所変われど、本人は変わらず その3

 ショリ……ショリ……ショリショリ……


「……中庭の雑草より、こっちの方が味は強いかな? 苦みも強いけど……」


 川のせせらぎが近い岸辺で、胡坐で草を噛みしめるギュールス。

 川の幅はかなりあるが、中に入っても足を取られることが絶対にないほどの浅い川。


「種類があるんだよな、こっちの方が」


 夜に活動する虫や小動物の息遣いが感じられる鳴き声に包まれながら、気の向くままに草を摘み、口に運ぶ。

 それを、もう数えきれないほど繰り返した頃、その息遣いが感じられなくなる。

 川のせせらぎ以外の音はない。

 しかしその静寂はわずかな時間で終わった。

 草を踏む音。

 そして近づく誰かの気配。


「……店に入ることが出来ず、いじけてるのかと思ったがな」


「……団長……なんで……? お店は? 食事会は?!」


「お前のいない食事会に何か意味があるのか? みんなでお前を探してたんだよ」


 ロワーナはそう言うと、ギュールスの隣に膝を伸ばして座る。


「ちょっ! ドレス汚れちゃいますよ!」


「汚れたら洗えばいい。それだけのこと。……随分このあたり草がないな。辺り一帯食べつくしたのか?」


 ロワーナはそう聞きながら苦笑いしている。

 はぁ、まぁと言いながら照れ臭い顔のギュールス。


「私でも食えるのか? それは」


「毒はありません。体に害はないと思うんですが……え?」


 自分に伸ばされたロワーナの手に気付く。

 その手のひらは上向き。


「……あの、この手は……」


「試させてみろ。そっちの手に握ってる草も食べるつもりなんだろ?」


「そりゃ……そうですが……」


 いいからほら、と言いながら急かすロワーナは、明らかにその草を求めている。

 団長の立場でなければ皇帝の娘、殿下の肩書である。

 そんな人物に、川辺に生えている草をたべさせるというのはどうなんだろう、と迷っているギュールス。

 その手から強引に草を取り上げ、自分の口に運ぶロワーナ。


「あ……あの……」


 驚くギュールスは、ただそれを目で追うことしかできなかった。


 ショリ。


「うっ……。に、苦くないか? ……これ、飲み込んでも大丈夫なのか?」


「今言ったように毒はないです。でも口の中に苦みは残ると思うので吐き出しても……って無理しないでくださいよ!」


 一口かじった分を飲み込むと、そんな高貴な身分の物とは思えないくらい顔を歪ませる。


「……よく、これを口にできるものだな」


 ギュールスは草の齧りかけを受け取ると、そのまま一気に口の中に入れる。


「……苦み以外の味もあるんですよ。中庭の雑草よりもその味は濃いですよ?」


 ごくん、と飲み込み、近くにまだ残っている草を探す。

 しかしあることに気付く。


「……みんな、みんな俺のこと探してる?! 早く戻らないと!」


 立ち上がりかけたギュールスの腕を、座ったまま握るロワーナ。

 その動作が止まり、ロワーナを見る。

 その瞬間、ギュールスの体は固まる。

 彼には、ロワーナがなぜそんな顔をこちらに向けているのか分からない。

 そのロワーナは、ギュールスに優しい笑みを向けている。


「あ、あの……」


「座れ、ギュールス」


 言われたままギュールスが座った理由は、単純に腕を引っ張られたため。

 ドスッという鈍い音と共に尻もちをついた。


「あ、あの……」


「しばらくのんびりしても罰は当たるまい」


 しかしのんびりできているのはロワーナだけ。

 ギュールスは、肩書も身分も違い過ぎることをまざまざと見せつけられたばかりのその相手の一人ロワーナであることと、皆が自分のために探して回っていることが気がかりで、のんびりとはかけ離れている心の内。

 しかし気に病んでばかりで何もしないのも時間の無駄である。

 ギュールスは改めて、辺りに伸びている草を手探りで探す。


「なぁ、ギュールス」


「は、はいっ!」


「ふ。……私の部屋では簡単には落ちんとは言ったが……うん、それは本当なんだがな」


「はい?」


「ある種の親近感はあるんだよ。お前には分かってもらえるかもしれないとは思う」


 ロワーナはそう言いながら、ドレスの裾を手繰り、素足をギュールスに見せた。


「えーと、あの」


「ふふ。どうだ? 私の膝は」


 膝には何やら模様が描かれている。


「……薔薇の花……っぽいですね。あれ?」


「うむ、気付いたか? 流石だな」


 一番近い明りは月。街の明かりはほとんど届かない。

 民家の窓から光は見えるものの、その光は二人の辺りを照らすほどではなく、その存在を報せる程度。

 なのに、その模様ははっきりと見える。発光や夜光の物でもないにもかかわらず。


「不思議だろう? 国軍の象徴である白薔薇は、この模様を基にしたものだ。植物と言う思い込みがなければ、ただの線が描かれているただの模様だ」


「言われてみれば……あ、国章も……。あれ? てことは」


「いい所に気が付いたな。そうだ。公共の模様全ての元は、この模様からきている。兄上であるエリアード殿下も、父上であるアンガード皇帝陛下にも、それぞれ体の別の部位に刻まれている。そして、見るがいい」


 その膝を曲げたり伸ばしたりする。

 が、その模様の形は変わらない。

 全体的に円形をかたどっているその模様は、ひざを曲げれば模様の一部も伸びで楕円形になるはずである。

 しかし伸びない。円形が変形しないのである。


「……彫り物、じゃない? 何だ、これ……」


「触ってみても構わんぞ」


「いやいや、それはムリ」


 ギュールスの慌てぶりを思わず笑い声をこぼすロワーナ。

 その感情を落ち着かせ、話を続ける。


「皇族の誰もが生まれながらにして、このような模様を持つ。そんな我々の種族は何だと思う?」


「そりゃあ、シルフ族を中心とした……。あれ?」


「うむ。それは正解だ。だがそればかりではない。それは……お前が自分の『混族』としての力を発揮しない限り正体不明と思われていることと同じなんだよ」


 正体不明。

 そしてその正体不明の血を引く一族。

 その証明となる謎の紋章。


「成長する途中でこの紋章が現れたり消えたりすることはない。そしてその紋章が持つ力もある」


「……特別な、力?」


「うむ。だが目に見える物ではない。そしてその力を思いきり活用しても、ただ勘が鋭いとか、偶然がうまく重なったとしか思われないような力さ」


 ギュールスは知らない世界のことを教わっている、そんな何かの講義を受けているような気持ちになる。


「だからお前と一緒なのかもしれんのだよ」


「はい?」


 ギュールスの声が裏返る。

 いきなり話がとんでもない所に飛んで行った、そんな気がした。


「お前は多くの者から嫌われていた。私達一族は、多くの者から好かれていた。もしお前の一族が多くの者から好かれていたならば、そこまで卑屈な性格にならなかっただろう。『混族』の名称だって国の旗印になれたかもしれなかった。お前と私は紙一重というところさ。いや、我々の身元が突き止められない分、そちらの方に明解さは存在するな、うん」


「そ、それでも……」


 ようやく見つけた草をぶつりと摘む。しかしそれは無意識の行為。

 ギュールスの頭の中は、ロワーナの講釈で満ちていた。


「好かれることは、悪いことじゃ……」


「うむ。だがこの紋章も、拭い取ろうとしても取れない。この国の指導的役割から逃れることが出来ない呪いとも言える。お前の体の色から生まれた解釈は、人によって作り上げられた。だがこの紋章によって得る役割は、誰もかれも周りから押し付けられた。それを前向きに受け止めたか後ろ向きに受け止めたか、それだけの違いさ」


 ドレスを戻し、上体を地面につけて仰向けになる。


「紙一重、とは言ったが、解釈するには縁がない両者かもしれん。だがお前の気持ちも分からなくはない。いや、むしろ分かりやすい立場かもしれん。そしてお前も、私の思いを意外と分かってくれる立場かもしれん」


「そんな立場とは無関係に、あいつらもお前の気持ちに近づこうとしている。同じ時間に同じことをして、同じ思いを共有し、同じ感情を持つ。その度合いは違うし別の思いも同時に持つこともあるだろう。あいつらはお前を仲間として受け入れようと努力している。……お前は、まだ仲間として受け入れようとしないようだがな」


「……そんなことは」


「あるぞ。そんなことはないのだとしたら、あの店の入り口で我々を呼び止めるなりしていただろう。遠慮しているか、一歩身を引いていたかのどちらかだ。あの時のお前の言葉は、お前がどういう意志を持ってどんな行動をするかを決めた言葉だったな」


 ロワーナの言葉は、ギュールスが夕食を一旦中断し、また戻ってきた時のことを指していた。


「気持ちが分かってくれる相手がいるというのは、とても心強いものだ。我々を支えてくれるというのなら、我々もお前を支えてやれるだろう。そしてもう一度言う。皆はお前を待ち受けているぞ。そして私は待ちかねている。後はお前だけだ」


 ギュールスは項垂れている。

 支えられてもらった時の喜びなど、もうすっかり忘れてしまっていた。

 ゆえに、その喜びを分かち合うことが出来るかどうかも分からない。

 けれど。


「自分がいることで、喜んでくれる、うれしい思いを持ってくれる相手がいたら、それは励みになります。その後で蔑まれることが分かっていたとしても」


「……どうしても遠慮してしまうんだな。同じ立場に立てる者が、こうも正反対になるとはるか遠い存在になるのだな……」


「今の俺は、団長に尽くすという思いしか出てきません……」


「……答えが変わらないならそれでもいいさ。ただ、仲間のために、私のために力を尽くせ。そして私はその尽力に報いよう。それでどうだ?」


 その思いはあの夕方以来気持ちを変えるつもりはない。

 ロワーナからの依頼に、ギュールスは力強く頷いた。


 …… …… ……


「あ、ここですね。だんちょーぅ、ギュールスーぅ、早く早くー」


 夕食にありつけられなかった第一部隊は場所を変える。

 レストランには割と足を運ぶ機会はあるが、酒場となると個人で足を運ぶ機会は滅多にない。部隊単位となるとなおさらである。

 ましてや夕食会のために着飾った姿で酒場に入るのも、周りから見れば異様な感じを与えるが、それでも酒場のスタッフからは歓迎された。


 しかしここでもギュールスの姿を見て、ほとんどの者が眉を顰める。

 あからさまに機嫌を悪くする者もいるが、第一部隊のメンバーが彼らを寄せ付けない。

 そして一番近くにいるロワーナが最後の砦である。

 腕づくで追い出そうとする者は自ずといなくなる。


 目を惹く者達の中に嫌厭する者が中にいる。

 酒場の客達の視界には、その集団はどうしても目に入る。

 しかし彼女たちは一切気にしない。


 ロワーナと一緒に馬車の所に戻ってきたギュールスが、ロワーナとだけではなく全員との距離が縮まったように感じたことに好感を持てた。

 数少ない、ギュールスに嫌悪感を感じない者達はその雰囲気に誘われて近寄ると、彼女らの勢いに巻き込まれ知らないうちに一緒に酒を酌み交わしたり一緒に料理を口にする。


 その輪がどんどん広がり、最後にはギュールスを嫌う反応は消えてしまっていた。


「あ、あの……」


「何だ? 何か心配事か?」


「明日の予定に……響かないんですか? 傭兵時代には、二日酔いのまま参戦登録する者もいたりしたので……」


「ふふ、それもそうだな。皆、そろそろ戻るとするぞ。会計は……」


「これで」


 釣りは出るが、ギュールスが受け取った特別褒賞で支払った。

 しかも店内にいる客全員の分と、おそらくまだ残り続けるであろう彼らのその後の飲み代の一部も。


 とてつもない不愉快な思いもさせられたが、酒場のスタッフや客達に惜しまれながら退店し、気持ち良く駐留本部に帰還することが出来た第一部隊一行であった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ